第6章 比較研究
第1節 分析の枠組み
第5章では、ブランドを中心とする競争が激しくなっており、現在、中国市場はその重要な舞台 であることを提起した(山下ら2006;李 2014)。すなわち、中国市場においてブランド戦略を成功 させた企業は、競争優位を獲得できるといえよう。
ブランディング・イン・チャイナの方法として、山下ら(2006)はマーケティング・インフラを 提唱した。それは、流通インフラとコミュニケーションインフラの双方から、企業のブランディン グを考察する方法である。流通インフラとは、マーチャンダイジング、購買、ロジスティクス/SCM 等、流通チャネルが成立する上で必要なさまざまな機能や施設であり、コミュニケーションインフ ラとは、テレビなら放送網、新聞雑誌なら配送・配達などのメディアの流通網や、コンテンツの製 作会社群が地理的に布石された姿を指す。
本章では、このマーケティング・インフラを理論的な分析の枠組みとし、ユニクロと中国企業と の比較研究を進めていきたい。
第1項 流通
流通とは、「貨幣・商品などが経済界や市場で移転されること。特に、商品が生産者から消費者 に渡ること」とされる(デジタル大辞泉)。つまり、流通は商品あるいはサービスが、生産者から最 終消費者に渡るまでの輸送・保管・取引など一連の活動を指す。
1960年代以降、流通近代化論が日本で大いに議論されてきた。1950年代後半になると、生産が高 度化し、高度大衆消費社会(high mass consumption society)が形成された(ロストウ1961)。しかし、
生産と消費を結びつける流通面では効率が依然として低いという「流通の遅れ」が指摘される(林 1962、Drucker 1962)。そのため、流通面では大きな変革が起こると予言された(林 1964)。 流通革命(つまり流通近代化)の本質について、佐藤(1974)は小売店鋪の大型化ではなく、チ ェーンストア化によって小売企業の大型化を図ることだと考察した。堤(1979)も、流通近代化論 は主にチェーンストアの経営形態による小売業の大規模化・組織化・産業化にあると指摘した。流
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通近代化は、様々な角度からアプローチすることができる。関根(2008)は国民経済的な観点から流 通近代化を考察し、4 つのポイントにまとめた。それは、①中小小売商の競争力強化、②チェーン 経営形態による流通効率化、③卸売商の機能高度化、④不合理な商慣行の是正、である。また、関 根は文化の継承・発展と街づくりを含んだ広義の「流通近代化」を提起した。
1990年代に入り、インターネットの普及によって高度情報化社会が現れた。ITの利用による流通 への影響は「流通市場ないし需要の構造の変化とそれに機動的に適応する生産ないし供給体制の構 築が可能になった」と指摘された(山口・福田・佐久間 2005)。換言すれば、ITの利用を通して、
製造業者・卸売業者・小売業者の間の情報の獲得と共有が可能になり、流通上の諸費用が節約され るといえる。だが、ITが流通に対する効用は限界があり、その限界は「人間と人間のコミュニケー ション」にある。いわゆる暗黙知的な情報の収集・伝達や以心伝心、阿吽の呼吸的なコミュニケー ションにおいては、ITの利用の効果には限界があるといわれている。
また、流通近代化の基準もITによる高度情報化の出現とともに変わりつつある。上原(2000)は「流 通を生産者はもとより消費者をも含めて社会の構成員が協働して形成し、それにより全員が共生す る場として流通を見直し、評価しようということ」と述べている。要するに、21世紀の流通は生産 者、消費者を含める共生的で協働的な市場流通であるといえる。
流通インフラの一部としてのサプライチェーンマネジメント(SCM)は、製品の生産、物流、配 送、販売に至るまでの流れを管理することを意味する。流通と交通の連携を基軸とした小売業の SCMは、「物流」→「ロジスティクス」→「サプライチェーン」というコンセプトの流れが明らか になった(宮下2010、2013)。近年、アパレル業界におけるSCMが注目され、「アジャイル・サプ ライチエーン(Agile Supply Chain)」や「ファストファッションSCM( SCM for the fashion industry)」 などの用語が現れた(苗 2015)。販売情報に基づくSCM は、リードタイムの短縮、需要不確実性 への俊敏な対応5、延期−投機の最適なミックス6、などによってQR(Quick Response)の実現を可能に している。以上の先行研究からわかるように、アパレル業界における流通を分析する際には、ITの 効用、共生的で協働的な市場流通、ならびにSCMに対する考察が有用である。
5崔(2006)
6高嶋(1989)、矢作(1992)
100 第2項 コミュニケーション
Berlo(1960) によると、コミュニケーションとは「送り手が何らかの目的を達成するために受け手
に対してメッセージを伝達することであり、その動的なプロセスである」とされる。マーケティン グ領域におけるコミュニケーションの概念として、マーケティング・コミュニケーション(以下 MC)という表現が用いられる。
MCは主に、企業のプロモーション活動である。MCの定義は「メーカーが顧客のニーズ・ウォ ンツに適合した製品・商品・サービス情報を、口頭もしくは広告・広報その他の方法で、発信者で あるメーカーから受信者である消費者・顧客に好意的態度をもって購買してもらうために提供され るメッセージ、情報提供・情報伝達を指す」(三宅 2004)。企業は広告などの手段を通して、消費者 とのコミュニケーションを行っている。MCの理論的な研究は、様々な角度からアプローチするこ とができる。例えば、管理論的アプローチ、コミュニケーション論的アプローチ、要素拡張論的ア プローチ(齋藤 2013)などがある。また、1990年代以降、MC 理論が積み上げた体系を包括する 概念として、IMC(統合マーケティング・コミュニケーション)という考え方も出現した。
伝統的なMCでは、マス広告を中心とする一方通行的なコミュニケーションが主流であった。し かし、1990年代後半からインターネットが普及し始め、インターネットを利用するMCが盛んにな った。例えば、企業ウェブサイト、ソーシャル・ネットワーク・サービス(SNS)、インターネット 広告などの展開が見られる。現在、企業が利用するMCの媒体は、新聞、雑誌、ラジオ、テレビの 四媒体にインターネットを加えたマスコミ五媒体であると指摘される(三宅 2004)。
インターネットを媒介とする MC は、企業と消費者との相互作用(interaction)に特徴がある (Grönroos 2004)。相互作用を通して、消費者が企業と同等な地位に立ち、対話を実現する可能性が 高まった。相互作用のMCと類似した研究としては、近年の「共創型マーケティング・コミュニケ ーション」(畠山 2012)、「共進化マーケティング」(濱岡 2004)等があげられる。このように、MC の展開には、情報の送り手と受け手という構造から脱却し、主客相互作用型、さらには主客一体型 のコミュニケーションを行うこと(中尾 2010)、つまりホリスティックな視点が求められていると いえる(嶋口2006)。このようにMCを理解するためには、インターネットの介在、ならびにホリ スティック・アプローチについての研究が必要であろう。
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