ここでは,本論文における冬季の道路交通における異常事象発生の危険性評価手法について提案する.手法 の提案にあたり,本研究で評価対象とする異常事象の定義,手法構築に求めれられる要件,技術的な課題,手 法のコンセプト等の手法の詳細を整理する.
3-1 研究対象の定義について
3-1-1 本研究の異常事象の定義
本研究における異常事象とは降雪・凍結といった冬季の気象条件の影響により,道路の走行性能が大幅に低 下し,車両の性能が十分に発揮できないために進行不能となり,道路交通に悪影響を及ぼす事象と定義する.
なお,道路車線外(駐車場や路肩等)で発生するスタックなどといった交通流への影響が軽微である事象につ いては,本研究における異常事象の危険性評価の対象外とする.また,降雪自体が稀な地域では,降雪が即,
異常事象の発生に繋がるため本研究の対象外とする.
3-1-2 道路の走行性能の定義
本研究における道路の走行性能とは,ある道路区間・時間帯において,交通条件によらず(車両密度,信号,
交差点,沿道出入り,路上駐車の影響を受けない状況下)に一般的なドライバーが安全に走行できる上限速度 とする.この道路の走行性能は,道路の状態を運転者が認識することで,自動車の走行速度に表れると考える.
本論文では,この道路の走行性能を観測するセンサーの代替としてプローブ車両の速度に着目する.
3-2
3-2 手法に求められる要件
ここでは,本論文で提案する手法の必要要件について整理する.提案手法は,道路管理実務への適用を 目指しているため,冬期道路交通確保対策検討委員会資料及び国土交通省東北地方整備局及び近畿地方整 備局福井河川国道事務所に対してヒアリング結果を基に,以下のとおり道路管理実務へ適用するための必 要要件の整理を行った.
(1) 誤発報が少ない手法
道路管理の人員は限られており,特に地方自治体等は技術者が少ないため,誤発報が多発すると,業務 の効率を下げることとなり,不確実な情報でむやみに発報するモデルは望ましくない.特に一般道の場合,
道路の路面の状態以外の影響が自動車の走行速度に表れる場面(信号,沿道施設,路上駐車等)が多々存在 するため,これまでの道路管理のように道路区間の平均的な速度をモニタリングし,その速度の低下を異 常と判定すると,誤発報が多発する.本論文で提案する手法は,誤発報が少なく,適切なタイミングで,
正確にアラート出来る手法である必要がある.
(2) 異常事象が発生する前に危険性が評価できる手法
提案手法は,異常事象が発生する前に,道路管理者への対応を促す必要があるため,リアルタイムに異 常事象が発生する前にその危険性を評価できる必要がある.国土交通省が公表する降雪時を想定したタイ ムライン1)2)3)によると,大雪に関する気象情報を得て(異常事象の発生発生の1日前)から警戒態勢が布か れ,優先区間への除雪車の配置が行われる.異常事象の発生半日前から数時間前には,通行止めの予想さ れる路線,区間の発表,凍結防止剤の散布が行われる.異常事象が発生する前に,リアルタイムにその発 生危険性を評価出来れば,道路管理者の降雪時の道路管理に関する各判断に貢献出来る.
(3) 早期に異常事象を発見できる手法
異常事象の発生後は,被害情報を収集し,関係機関と情報共有を行い,道路利用者に被害情報の提供を 行う必要がある.一刻を争う判断が必要となるため,事象発生直後に出来る限り,早期に異常を発見でき る手法である必要がある.
(4) 転用性が高い手法
近年の異常気象により,雪の降り方が変わっており,降雪がどこで発生するか,異常事象がどこで発生 するか予測することは困難である.そのため,地域や道路種別が異なっていても,異常事象の発生危険性 を評価できる必要がある.また,急こう配や,交差点で一旦停止した後に再発進できないような立ち往生 にも対応するため,道路の特性(単路・交差点,幾何構造)が異なっていても,同一手法で,異常事象の発 生危険性を評価できる必要がある.
3-3
3-3 手法のコンセプト
本節では,1-2節に整理した目的を達成するため,前述した研究対象と道路の走行性能との関係及び必要要 件を考慮し,提案手法のコンセプトについて述べる.
まず前提として,冬季の道路交通における異常事象は,気象条件,ドライバーのスキル,車両の性能,道路 の性能が複雑に絡み合った事象である.そのため,現時点で,一般的に収集可能なデータでは,その発生を完 全に予測することは困難である.ただし,異常事象が発生する前には,多くの場合,積雪や凍結の影響によっ て道路の走行性能の低下が存在すると考える.
そこで,本論文では,気象の影響により道路の走行性能が一定程度低下した時,異常事象が発生しやすい状 態であると考え,道路の走行性能の低下と異常事象の関係を分析することで異常事象の発生危険性の評価手法 の構築,評価を行う.具体的には,降雪がある,気温が低いなどの気象条件が悪い状況において,図 3-1に示 すように,「①リアルタイムの道路の走行性能」が「②過去に発揮された道路の走行性能」よりも大きく低下 している場合に,道路の状態が悪い状態であり,異常事象がいつ発生してもおかしくない状態であると考える.
図 3-1 提案手法のイメージ図 道路の走行性能
時間
②過去に発揮された道路の走行性能分布 異常発生
①と②の性能分布の乖離 =
異常事象がいつ発生してもおかしくない状態
①リアルタイムに推定する道路の走行性能分布 (状態空間モデルで推定)
3-4
この時,道路の走行性能の代替として,プローブ車両速度に着目するが,プローブ車両の速度によって道路 の走行性能を計測する際には,様々な不確実性が存在する.プローブ車両速度の不確実性を生む要因は,表 3-1のように分類できると考える.精度のよい手法を構築するためには出来るだけ,この不確実性を除外する 必要がある.そこで,本研究で提案する手法は,明暗といった時間的な変動,道路特性といった空間的な変動 を考慮して,時間帯別,道路区間別に行う.そのほかの要因については,明確に分類・除外することが出来な いため,プローブの車両速度は確率的に分布すると考える.特に一般道の場合,信号や沿道施設,路上駐車等 の外乱が多く,道路路面の状況に関係なく速度を落とす車両が存在するために,実データを見ると図 3-2に示 すように二山に分布する.
ここで,道路の走行性能は,交通条件によらずに一般的なドライバーが安全に走行できる上限速度と考えて いるため,道路路面の状況に関係なく人為的制御(信号,前方車両),道路特性(交差点・単路・沿道状況)速度を 落とす車両の影響は出来るだけ除外する必要がある.そのために,本研究では,道路の走行性能の代替として 評価区間を通過した車両の速度集合の 85パーセンタイル値(以降は,単に85パーセンタイル速度)に着目する.
85パーセンタイル速度に着目することで,信号や沿道施設,路上駐車等の外乱の影響により速度を落とす車両 を除外出来るため,85パーセンタイル速度は,単路区間でも交差点区間でも図 3-3に示すように一山に分布す
る.85パーセンタイル速度は交通の分野では,一般的なドライバーが前に遅い車がない条件で,運転者が自分
の判断で走行する際の速度の上限値と考えられている.
ただし,85パーセンタイル速度をリアルタイムに観測する場合は,過去のデータとは異なり,サンプルが少 ない中での推定となることが多く,より不確実性が高まるため,モデルと観測値の両方を用いて確率的に推定 する.本研究ではこのリアルタイムの道路の走行性能を推定する際に,状態空間モデルの枠組みを用いる.
上記を踏まえると,85パーセンタイル速度を用いて,リアルタイムに推定する道路の走行性能と過去の道路 の走行性能は共に不確実性を伴い,確率的に分布するため,確率分布間の乖離を考慮した評価が必要となる.
この時,評価対象区間の空間解像度と時間解像度が重要となるが,異常事象の危険性を評価する際の空間解像 度と時間解像度の考え方については,3-8で整理する.
3-5
表 3-1 プローブ車両速度に影響を与える要因(不確実性を生む要因)と対応
カテゴリ 要因 対応
時間的変動 明暗 時間帯別に評価することで考慮(分類・除外) 天候 明確に定義,分類できず除外できない
空間的変動 幾何構造 プローブ速度を一定の道路区間毎に評価することで考慮(分 類・除外)
人為的制御(信号,前方車 両),道路特性(交差点・
単路・沿道状況)
85パーセンタイル速度に着目することで除外
個体差 ドライバー,車両 明確に定義,分類できず除外できない(一部は85パーセンタ イル速度に着目することで除外)
その他 観測誤差(GPS誤差) 明確に定義,分類できず除外できない
図 3-2 区間別時間帯別の個別車両の通過速度分布の例
図 3-3 時間帯別の85パーセンタイル速度分布