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筑後川下流クリーク地域では,国営事業等により基盤整備や土地改良施設整備が実施され統廃 合されたクリークの法面崩壊が進み,維持管理に支障が生じるとともに,周辺住民の日常生活に 影響を及ぼすなど大きな問題となっていることを述べた. 

  これに対して,クリークの再生を図るため,法面崩壊対策とともに,これを機に先の事業によ って消失した親水性などを取り戻して豊かな水環境を備えた昔のクリーク水辺へと復元するた めの検討が進められているも述べた. 

  このような背景のもとに,本研究では,筑後川下流左岸クリーク地域の関係14市町における

①住民のクリークに対する意識,②田園環境マスタープラン,③クリーク地域の土質,水質,④ クリーク地域の生態系などに関する現況把握に基づいて,クリークが用排水路や洪水調節などの 本来の機能に加えて,親水機能などの多面的機能を有した周辺住民だけでなく多くの人々に親し まれるクリークへ再生するためのビジョン構築に資することを目的とした. 

  クリークの保全と創出については,いくつかの視点から住民に親しまれるクリークのあるべき 姿を探ってみることができる. 

   

クリーク及びその水辺のあるべき姿: 

  筑後川下流クリーク地域におけるクリークの水面積は,地域住民一人当たりどのくらいの水面 積になるのだろう. 

いま,クリークの好ましいイメージについて,周辺住民を中心にアンケート調査を実施すれば,

どのような回答結果になるのだろうか.おそらく「自然を感じさせるクリーク」,「清らかな水 のあるクリーク」及び「いつも豊かな水を湛え,かつ流れのあるクリーク」などの回答が,上位 を占めるであろう. 

  また,クリーク及びその周辺でしてみたいことを尋ねると,「散歩」,「釣り」及び「水遊び」

などが上位の回答として返ってくるであろう.つまり,水とのふれあいを求める項目が主になる であろう.これは,人々がクリークの持つ自然の姿や水の風景を楽しみたいと考えるためである. 

  したがって,クリークの整備では,水や生物などクリークの特色を生かした整備を行わなけれ ばならないことを示している. 

  昔々のクリークの思い出やクリークでの水遊びの思い出について,50代,60代及びこれ以 上の世代の人々に問えば,ほとんどの人が小学校・中学校時代にクリークでよく遊んだ,そして 遊びの中心は魚釣り,魚採りだったが上位を占めるであろう.つまり,クリーク整備に,生物の 重要性が明白である. 

 

  クリーク及びその周辺における自然: 

  「自然」という語は,人それぞれイメージが異なるものであるが,一般的には,クリークの自 然感は生物の豊かさ,コンクリートなどの人工材料の少なさ,変化に富む風景などがキーワード

になるであろう. 

  クリークに自然性を具備させるには,生物の豊かさが必須の条件である.この生物の豊かさと は,生物の量だけではなく,生息生物の豊富な種類が重要である.様々な種類の生物が生息して いる環境は,クリーク水位の人為的な増減や湛水などの自然的影響に対して安定性が高いと言え る. 

生物豊かなクリークづくりを目指して,全ての生物を対象にしてそれらの生息環境を調査,把 握することは極めて困難である.そこで,一般的には,食物連鎖の上位生物(鳥,魚など),と くに人間と関係の深い生物(トンボなど),また,貴重種などを対象に,それらの生息環境を調 査し,保全を図り,生態系の健全な維持が肝要である.また,クリークの水の流れもクリークに 生息する生物に大きな影響を与えるので,このことも考慮することが必要となる.つまり,鳥は 採餌,営巣及び休息のため水辺を利用するので,このことを配慮した水辺環境づくりが必要であ る.また,魚はクリークの特色を示す代表的な生物であり,前述した鳥と同様に食物連鎖の上位 生物であるので,魚が増殖する環境づくりは,そのクリークの生態系の保全に有用な方法である と考えられる.トンボなどは人間とのかかわりが深い生物であり,その他水棲昆虫などはクリー クにおける食物連鎖において,付着藻類と魚を繋ぐ重要な位置を占める.この付着藻類は食物連 鎖においては代表的生産者であり,水棲昆虫や魚の餌となる. 

 

  クリークの水質と生態系: 

  水質の指標としては,好気性微生物が水中の有機物を酸化分解するのに必要な酸素量であるB ODを用いて評価することが多いが,BODはあくまでクリークに対する好気性微生物の生産・

活動量を示すものである.有機物がクリークの中でどのようにエネルギーを失い,無機物に転化 するか,その過程においてどのような生物が増加するかが水質評価では重要となる.したがって,

クリークの水質を保全,改善するには,生態系を理解し,エネルギーの消費や移動構造を把握し 検討することが重要である. 

  クリークの水質を視覚的に評価する場合,私たちは透明度(透視度)の良い水を好み,また,

色相については青,緑の系統を好み,彩度の高い水を好むことになるだろう.さらに,クリーク の水底や側岸に付着した生物の種類やそれらの量も水質評価の要素と考えられる.つまり,水の 透明度は十分あるものの水底や水生植物に通称「水わた」と呼ばれる糸状細菌が付着した場合に は,水質の悪さを感じることになる.そのうえ,非植物体の数が増加すると,水底付近における 酸素消費速度が大きくなり,酸素供給が追いつかず嫌気化するところも発生し,私たち人間の感 覚や酸素呼吸生物にとって顕著な悪影響を及ぼすことになる. 

  クリークのように停滞性が比較的強い水域の水質を考えるとき問題となるのが,富栄養化現象 の要因である植物プランクトンの異常増殖が挙げられる.植物プランクトンの異常増殖は異臭や 景観上の問題,それらの死骸の沈降堆積泥の嫌気化など種々の問題を惹き起こすことになる. 

したがって,クリークが良好な水質とバランスのとれた生態系を持続的に維持するには,大型 植物によりプランクトンの増殖に必要な栄養塩類を吸収させ,プランクトンの増殖を抑制する方

法も一つの策である.この策により,大型植物が繁茂し,これらに多量の藻類が付着し,これら による栄養塩類の吸収効果が期待できる.この際,大型植物の繁茂には,補償深度や底質などに たいする制約条件を満たすことが必要となる.もう一つには,植物プランクトンを摂取する動物 プランクトン,魚などの生物の生息環境を保全し,それらの繁殖を促し,植物プランクトンの現 存量の増加をコントロールすることが考えられる.害虫の防除に天敵を使用するのと同様の考え 方である. 

 

クリーク水辺の整備と生態系: 

  クリーク地域に豊かな自然,豊かな生物相を保全・創出するには,多様な環境を作ることが重 要である.そのためには,クリークにおいては,空間の大きさ,水の流れ,透明度などの物理的 条件,餌の供給源としての植物,動物などの生物的条件のいろいろの組み合わせを考えなければ ならない. 

  また,定型断面的,直線的なクリークでは多様性が減少するので,一般河川で行われているよ うな瀬・淵に類似した場の創出や植生の保全など多様な環境及び豊かな自然を創出するために工 夫を凝らしたクリークづくりが重要である. 

  クリークを生物の豊かな,きれいな水を湛えた姿に整備し,それを維持するには,クリークに 与えられる太陽エネルギーやその他の自然エネルギーを上手く活用することも重要である. 

   

いずれにしても,クリーク再整備計画は,これまでの農業基盤の機能だけを重視したものでは なく,親水機能や景観機能も考慮した地域住民が積極的にクリークを利活用できるような,維持 管理にも主体的に取り組めるようなものが望ましい.しかし,地域住民の意向を取り入れ,生活 環境や周りの景観にあったクリーク再整備を提供はできても,実際に利用しそのよさを引き出し 高めていけるのは地域住民だけであることをしっかりと意識するべきである.また,地元の人た ちに受け入れられ誇りとなるようなクリーク再整備を行うことで,その親水機能や景観機能,さ らに維持管理活動が地域の人々の豊かな地域づくりに寄与できるようなものになることも期待 できる. 

クリークはこれまで述べたように様々な機能を持っており,その機能に見合うような護岸整備 や親水空間整備にも様々な手法がある.また,アンケート調査結果からも分かるように住民の意 見もある程度の傾向は見られるものの,完全に一致していることはない.そのため,すべての条 件を満足し,すべての周辺住民に受け入れられるようなクリーク像を構築することは困難である ように思われる. 

今後は,地域の特性,生態系,水環境などをよく理解して,50 年後,100 年後と,永きにわた って,クリーク本来の機能は勿論、自然豊かな地域および親水性豊かな水環境が持続できるよう な,また,多くの人々に親しまれるような「クリーク水辺の創出」を目指したクリーク整備の手 法を検討していく予定である。 

 

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