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2-1. 理論的枠組み

本節では、第1章に基づく問題意識から、本研究の理論的枠組みに関係する先行研究 を概観する。具体的には、まずリスク認知と訪問(回避)意向の関係に着目した観光研 究を概観し、その後、本研究で参照する理論的枠組みに関する先行研究(「SARFに関す る研究」、「DPMに関する研究」、「リスクコミュニケーションに関する研究」、「反転理論

(プロテクティブフレーム)に関する研究」)を概観し、それぞれの先行研究の現状につ いて整理する。

2-1-1. リスク認知と訪問(回避)意向の関係に着目した観光研究

佐々木(2007)は、観光者・訪問客の意思決定は、①観光旅行前の「選択意思決定」、

②観光旅行中の「実施行為」、③観光旅行後の「実施後の評価・感情」段階の3段階に集 約されるとしている。本研究では、観光旅行前の「選択意思決定」段階にあたる、潜在 的訪問客の観光地に対する訪問回避に関する研究に焦点を当てる。

リスク認知と訪問(回避)意向の関係に着目した代表的な観光研究としては、Sönmez

& Graefe(1998a)とSönmez & Graefe(1998b)の研究が挙げられる。まず、Sönmez & Graefe

(1998a)は、アメリカの大学生500名を対象に、世界10地域に関するリスク認知や過 去の旅行経験、安心感が訪問意向・訪問回避意向に与える影響について検討している。

彼らは調査の中で、各地域に関する10種類のリスク認知(「Equipment / functional risk」、

「Financial risk」、「Health risk」、「Physical risk」、「Political instability risk」、「Psychological risk」、「Satisfaction risk」、「Social risk」、「Terrorism risk」、「Time risk」)を測定しており、

それらと訪問意向及び訪問回避意向の関係性についてそれぞれ着目し、リスク認知が訪 問回避意向を予測する上で重要な要因であることを明らかにしている。また、Sönmez &

Graefe(1998b)は、一般のアメリカ人500名を対象に、テロリズムや政治不安のリスク

を内包した旅行の意思決定予測モデルを検証し、リスク認知のレベルがそのような意思 決定を予測する上で重要な要因であることを明らかにしている。また、自然災害が潜在 的訪問客の訪問意向に与える影響について着目したLehto, Douglas & Park(2008)の研究 では、オンライン調査を用いた、学生265名の海岸の観光地への訪問意向に関する、津 波が発生する前後での測定し比較が行われている。また、彼らは、

Pleasure-Arousal-Dominance(PAD)モデルが訪問意向に及ぼす影響も共分散構造分析を用いて検証してお

り、その中で、楽しみの因子(「Pleasure」)が訪問意向に強い正の影響を及ぼしているこ とが確認されている。

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また、近年の訪問意向や訪問回避意向に着目した研究では、リスク認知とデスティネ ーションイメージの知見の統合を試みた研究が多く見られる(Lepp et al. 2011;Chew &

Jahari, 2014;Becken et al. 2017;Khan, Chelliah & Ahmed, 2017;Promsivapallop & Kannaovakun, 2017;Peng & Xiao, 2018)。例えば、Chew & Jahari(2014)は、訪日後のマレーシア人255 名を対象に、東日本大震災後のリスク認知(「Physical Risk」、「Socio-psychological Risk」、

「Financial Risk」)がデスティネーションイメージ(「Cognitive image」、「Affective image」) を介して再訪意向に及ぼす影響について共分散構造分析を用いて検証し、訪問意向に対 して、「Physical Risk」は直接的な負の影響、「Socio-psychological Risk」と「Financial Risk」

は、2 種類のデスティネーションイメージを介して間接的な負の影響を与えることが確 認されている。同様にKhan et al.(2017)も、共分散構造分析を用いて、マレーシアの大 学生370名を対象とし、インド旅行に関するリスク認知がデスティネーションイメージ を介して訪問意向に及ぼす影響を検証している。彼らの調査では、Chew & Jahari(2014)

で扱った3種類のリスクに、「Performance Risk」と「Time Risk」を加えた計5種類のリ スクを対象としており、訪問意向に及ぼす影響に関しては、「Physical Risk」と「Time Risk」

の、「Cognitive image」を介した間接的な負の影響、「Performance Risk」の「Affective image」

を介した負の影響が確認されている。また、Becken et al. (2017) は、中国の都市スモッグ に焦点を当てており、アメリカ人300名とオーストラリア人300名を被験者とし、認知 的リスク認知(「Risk perception」)、感情的リスク認知(「Feelings Toward Air Quality」)、デ スティネーションイメージ(「Cognitive image」、「Cognitive Infrastructure」、「Affective image」) が訪問意向に及ぼす影響について共分散構造分析を用いて検証している。そして、訪問 意向に対する「Risk perception」による「Affective image」を介した間接的な負の影響、

「Feeling air quality」による直接的な負の影響と3種類のデスティネーションイメージを 介した間接的な負の影響を明らかにし、感情的リスク認知の重要性を指摘している。

上記の通り、観光者・訪問客のリスク認知に関する観光研究は少なからず存在する。

しかしながら、自然災害リスクに対する認知的評価や感情的評価に焦点を当てた研究は 少なく、とりわけ、本研究で対象とする火山噴火の事象を対象とした研究は見当たらな い。また、SARF及びDPMは、先述した議論を鑑みると、潜在的訪問客の訪問回避を説 明する上で有効な理論であると考えられるが、それにも関わらず、これらを援用させた 観光研究は乏しい。また、1-9でも述べた通り、Sönmez & Graefe(1998a)は、“人のリス ク認知の変容”に着目した研究の重要性を指摘しているが、現状としてそのような知見 を提供している研究は見当たらない。

2-1-2. リスクの社会的増幅理論に関する研究

Kasperson et al.(1988)がリスクの社会的増幅理論(SARF)を提案して以降、このフレ

ームワークはリスク事象が人々や社会に与える影響のダイナミズムを説明するのに非常

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に有用なツールであると評価され、多くの研究がなされてきた(中谷内, 2012)。また、

大槻(2011)は、代表的なSARF研究を、「SARFそのものに関する実証研究」と「SARF を他のテーマに援用・適用させている研究」(Jonge, Frewer & Trijp, 2004;伊藤, 2007;西 澤, 2009;関谷, 2009)とに大別している。前者は、SARFを検証することに重きを置いた 研究、後者は、SARFを援用したり、SARFについて議論したりすることでリスク事象を 解明することに重きを置いた研究のことを指しており、本研究は後者の研究として位置 づけられる。また、大槻(2011)は、SARFそのものに関する実証研究を、さらに「SARF の全体プロセスを検証しようとする研究」(Renn et al. 1992;Burns, Slovic, Kasperson, Kasperson, Renn & Emani,1993;Breakwell & Barnett, 2003)と「部分的プロセスに焦点を 当てた研究」(Masuda & Garvin, 2006;手塚, 2006;Lewis & Tyshenko, 2009)に分け、SARF 研究の潮流が全体プロセスから部分的プロセスへと変遷してきている傾向を指摘してい る。

大槻(2011)が紹介した部分的プロセスの研究に関しては、いずれも1-7-5で説明した SARFのステージⅠに軸を置き、「社会的な増幅装置(Social Station)」や「個人的な増幅 装置(Individual Station)」が特定条件下でどのように反応するかに焦点を当てているが、

近年の先行研究においては、特に、「社会的な増幅装置(Social Station)」に着目した研究 が増加傾向にある(e.g., Comrie, Burns, Coulson, Quigley & Quigley, 2019;Rossmann, Meyer

& Schulz, 2018;Wriz, Xenos, Brossard, Scheufele, Chung & Massarani, 2018;Chong & Choy, 2018;Strekalova & Krieger, 2017;Fellenor, Barnett, Potter, Urquhart, Mumford & Quine, 2017;

Chung & Yun, 2013)。その背景としては、SNSなどのソーシャルメディアの普及が強く影

響していると考えられる。例えば、Wriz et al.(2018)は、ジカウイルス感染のリスク事 象に対して、TwitterとFacebookという2つの「社会的な増幅装置(Social Station)」が、

人々のリスクの社会的増幅にどの程度影響を与えているかを検討している。具体的には、

彼らは、TwitterとFacebookの投稿されたデータに対して、センチメント分析2と呼ば れる手法を用いることでネガティブな感情を推定し、リスク増幅の程度を比較している。

また、Chong & Choy (2018) も同様に、Facebookや新聞などの煙霧に関する投稿データに

対して、センチメント分析を行っており、各リスク認知の度合いを比較することで、SARF 内の情報チャネルにおけるソーシャルメディアの重要性を指摘している。このように、

近年ではソーシャルメディアという新たな「社会的増幅装置(Social Station)」が SARF にとってどのような役割を果たすかを検討した研究、いわばSARFの理論拡張を促進す る研究が増えてきているといえる。

SARFの適用に関しては、流行病(Busby & Duckett, 2012;Rickard et al. 2013;Strekalova, 2017;Ng, Yang & Vishwanath, 2017)や癌(Strekalova & Krieger, 2017)などの健康に関す るリスク事象(Wardman, & Lofstedt, 2018;Clahsen, van Kamp, Hakkert, Vermeire & Piersma, 2018)を中心に、近年では様々な場面で適用が試みられている。例えば、Mase, Cho &

Prokopy(2015)は、気候変動に関するリスク事象を対象としており、農業関係者の気候

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変動に対するリスク認知や信念、態度に及ぼす要因を明らかにしている(気候変動を対 象としたその他の先行研究:Shakeela & Becken, 2014;Dessai, Adger, Hulme, Turnpenny, Kohler & Warren, 2004, Renn, 2011;Poumadere, Mays, Le Mer & Blong, 2005)。また、

Brenkert-Smith, Dickinson, Champ & Flores(2012)は、森林火災に関するリスク事象にSARFを適

用させることで、周辺住民の森林火災に対するリスク認知の概念的モデルの開発を試み ている。その他の適用に関しては、BSE(狂牛病)問題を対象としたBoyd & Jardine(2011)

や、群衆事故を対象としたZhou, Wang & Zhang(2017)、水の再利用に関するリスク事象 を対象としたKandiah, Binder, & Berglund(2017)などがある。

このように、SARF は幅広いリスク事象に適用されているが、本研究で対象とする火 山噴火の場面を対象とし、SARFを適用した研究は未だ見当たらない。また、SARFを適 用させた研究のほとんどが、市民や住民のリスク増幅を対象としており、訪問客のリス ク増幅を検討したものは少ない。例えば、Shakeela & Becken(2014)は、沿岸の観光地の 観光従事者の知覚する気候変動に関するリスクの増幅を検討しているが、本研究のよう に潜在的訪問客の観点から、リスク増幅を検討した事例は未だ見当たらない。

2-1-3. 二重過程理論に関する研究

二重過程理論(DPM)は、これまでに、社会心理学や認知心理学の様々な分野の研究 において適用や発展がなされてきた(Kahneman, 2011;Smith & DeCoster, 2000)。またリ スク認知研究においても、Loewenstein et al.(2001)が“Risk-as-feeling”の枠組みを提唱 し、リスク認知における感情の重要性を指摘して以降、DPMの適用は注目を集めており

(Loewenstein et al. 2001;Loewenstein & Lerner, 2003;Slovic & Peters, 2006;Lerner et al.

2015;中谷内, 2009)、リスク認知の文脈におけるDPM研究は増加傾向にある。さらにリ スク認知に関するDPM研究に限定しても、その適用対象は様々である。例えば、Wu, Qi, Hu, Zhang & Zhao(2017)は、消費者の都市スモッグに対する対策用グッズ(マスクや空 気清浄機など)の購入意図に着目し、DPMのモデルを用いて、Heuristic-Systematic Model

(HSM)と呼ばれる個人のリスク判断時の情報処理に焦点を当てたフレームワークの構 築を行っている。彼らの調査では、より具体的には、「ヒューリスティック処理(Heuristic

processing)」と「システマティック処理(Systematic processing)」がリスク認知に与える

影響について検討している。HSMとリスク認知の関係に着目した研究は他にも、東日本 大震災の福島原発事故を対象としたRyu & Kim(2014)やZhu, Wei & Zhao(2016)の研 究、自動車メーカーのリコール危機を対象としたWei, Zhao, Wang, Cheng & Zhao(2016)

の研究、癌などの公衆衛生のリスクコミュニケーションを対象としたTrumbo(2002)の 研究などが挙げられる。

また、工藤・中谷内(2014)は、東日本大震災後の事故地域の農産物に対する消費者 の購買行動に着目し、DPMに基づいてフレームワークの構築を行っている。具体的には、

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