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先制対策を止めなかった司法

第三章 先制的デモ規制体制における司法の役割

第一節 先制対策を止めなかった司法

政治性が高い治安判決とはいえ、裁判所は公安警察のように直接に所属組織 や思想をそのまま判断根拠にすることができない。法的構成要件をめぐって論 理的に立証することが求めている。しかし、実際に構成要件や適用範囲を決め る場合に、一般の当事者と比較すれば、裁判所が社会運動による事情を考慮し た上、不利益を被らせる事例がしばしば見られている。このような事例におい て、一見して判決理由は特に社会運動と関係なく、法適用の範囲から著しく逸 脱するわけでもない。さらに、社会運動側が勝訴した判決もなくはない。その ため、体制として裁判所は公安検察のような協力意識を持っていると言い難い。

しかし、このような判決傾向が積み上げてきた結果、ますます公安警察政策に 一致する方向に傾き、裁判所も先制的デモ規制体制に組み込まれると考えられ る。

理論上、司法独立が機能している限り、行政へのチェック機能も発揮できる はずだと考えられている。しかし、結果として司法は行政権、ここでは公安警 察政策に肩入れすることになっている。その理由は序章で紹介されたように、

日本司法の保守性格、それとも行政が司法人事を通じてのコントロールなど、

様々な批判が挙げられている。他方、日本の司法独立が干渉されている証拠は ない限り、司法判断の結果は尊重されるすべきだろう。また、社会運動におけ る犯罪行為を裁判でしっかり裁いた日本の治安体制を賛賞すべきではないか、

と司法を擁護する論点もある。そこで、以下は実際の治安判決を考察した上で、

先制的デモ規制に歯止めになっていない理由を明らかにする。

1. 治安判決における「危険」の構築

公安警察が行う警備情報活動の特徴は、予防的、先制的警察活動である。一 般情報活動や事件情報活動はもちろん、事前から行っている。そして、事件発 生後から行うはずだった捜査情報活動も、第二章で述べていたように、日常の 事件化政策によって、事前に、そして平時に行うようになった。

しかし、まだ何でもなかった状況に対して、警備情報活動を行うことができ る前提として、「危険」の存在が必要となる。行政法では、例えば一般情報活 動の根拠とされている警察法2 条 1 項も、犯罪または公安を害する事態の発生 前に防止するとされている。つまり、危険を防御することである。一般条項に よる警備情報活動の限界は、「目的の正当性」、「行為の必要性」及び「行為 の相当性.妥当性」、つまり比例原則とされている(平野, 2003)。実際に警察の 情報活動に比例原則を適用する際に、危険の存否はしばしば争点になっている。

そして、事件化政策によって刑事訴訟法上の強制処分を発動する要件として、

逃亡、証拠隠滅の「おそれ」、つまり危険が必要とされている。裁判になれば、

いかにその危険の存在を認定、証明するのかがしばしば争点になっている。警 察法2 条 1 項による情報活動の理由として「危険」、そして刑事訴訟法上の強 制処分構成要件として「危険」、この二つ「危険」の存在を証明できるのは、

事件化ポリシングの成立要件になっている。

裁判において警備情報活動の適法性を証明するために、上記二つ「危険」の 存否はしばしば争点になっている。そこで、警察は社会運動の「前歴」、「犯 罪意思及び意思の実行可能性」、「組織性」という三つの側面から、対象の「危 険」を証明してきた。

まず社会運動組織の活動「前歴」から、将来に犯罪を着手する危険性。例え ば、北陸鉄道労組事件72において、警察が協力者に報酬を渡って、労組に参加 する共産党員の情報を収集させる警備情報活動の適法性が争点になった。裁判 所はまず「いわゆる警備情報収集活動が 警察官の職務行為となるか否かにつ いてはとくに明文の規定の存しないところである」としている。そして、裁判

72 昭和4495日金沢地裁判決(判時56824頁)

所は警察法2 条 1 項を引用し、「警察が警察法2 条 1 項に定める職責を全うす るためには、公共の安全、秩序の維持に対する犯罪の発生を予防し、あるいは 一旦発生した犯罪による損害を最少限度にとどめるため」と述べ、警備情報活 動の根拠を警察法2 条 1 項にしている。当情報活動の適法性判断について、「当 時の日本共産党は、合法政党の一つであるとはいえ、革命の戦術について武力 革命方式よりいわゆる不確定方式に転換して間もなくのことであり、なおまだ 暴力主義的破壊行為を行うおそれのある団体とみられてもやむをえない状態 にあつた」と判断し、当警備情報活動が適法だと判示した。

その他、金沢事件73、八王子警察手帳奪取事件74など事件において、スパイ の使用や警察による内偵など情報活動について、警察は調査対象の日本共産党 または日本社会主義青年同盟が法令違反の前歴があるため、将来も犯罪を行う 危険性があると主張している。具体的に前歴とされたのは、1951-1952年の間 に発生した白鳥事件、曙事件など暴力事件が、共産党と関連すると見られてい る。その後、1955年の日本共産党第6回全国協議会において、武力革命主義 から転換すると決議された。その方針転換にもかかわらず、1970年代までの 判決は「なおまだ暴力主義的破壊行為を行うおそれのある」と認定し、警察活 動が適法と判示した(赤井, 1998)。

しかし、1980年代、遅くても1990年代以降、デモや武装闘争などの行動が 低迷してきたため、上記のようなデモ活動が高揚していた時代で、簡単に対象 組織の「前歴」を持ち出し、情報活動または強制捜査の正当性を証明すること は難しくなってきた。つまり、暴力活動と見られる行動の「前歴」を持つ社会 運動組織に対し、長年に渡ってデモなど直接行動の低迷によって、一番近い前 歴もすでに数十年前の事件になってしまった。このような古い前歴によって、

裁判所に対して社会運動組織の危険性を証明できるかどうか、かなり疑問にな ってきた。実際に20年前の事件による危険性証明の合理性を認められず、強 制捜査の必要性が否定された事例もある75。また、前歴がない新たな社会運動 組織について、その危険性をどう証明するのかまた新たな課題になっている。

73 昭和35227日名古屋金沢支部判決(公刊物未登載)

74 昭和43520日東京地裁八王子支部判決(公刊物未登載)

75 例えば、公安警察はある過激派組織の暴力性を証明するために、20年以上前に当組織の前 身と見られる組織の暴力活動前歴を挙げた。しかし、裁判所は、当組織がすでに20年以上暴 力性が有する活動を行なっていないため、暴力性を堅持している合理性を認めず、強制捜査の 必要性を否定し、令状請求を違法と判断した。(公刊物未登載)(警備判例研究会, 2016, pp.

307-308)を参照。

そこで、日常の事件化ポリシングの機能の一つは、「危険」を証明するために

「前歴を生産すること」と考えられる。もちろん、昔のようなゲリラ事件や爆 弾闘争など「前歴」の方が、より強い説得力を持つことは言うまでもない。し かし、事件化ポリシングによって検挙された詐欺や免状登録不実など犯罪歴は、

「前歴あり」の組織に対し、「現在も暴力主義を保持していること」を立証で きる(警備判例研究会, 2016, P.308)。「前歴なし」の組織に対し、構成員の刑事 前科は当組織の危険性を証明し、今後の情報活動または強制捜査の土台になり うる。

また、オウム真理教事件の後、国際間テロ予防対策の風潮に合わせ、犯罪前 歴がなかった組織にも、「意思」と「意思実行の可能性」によって当組織が治 安を脅かす危険性があることを証明できると主張している。その「意思」を証 明できる証拠に関して、組織の規約や綱領、リーダーの反社会思想、組織の閉 鎖性が挙げられている。「意思実行の可能性」に次いては、リーダーの絶対権 威、メンバーの絶対忠誠、集金や加入勧誘などの行為によって証明できると挙 される(赤井, 1998)。具体例として、長期間に具体的暴力行動がなくでも、当組 織の近年の機関誌における言論を証拠にし、「第三者の目から見た場合には、

本件事案当時の文とも、かつての暴力主義を依然として保持し続けていると理 解されてもやむを得ない側面がある」76という危険性を立証することによって、

裁判所に逮捕、捜査差押の適法性が認められた(警備判例研究会, 2016, P.299)。

また、刑事手続法関連の治安判決を考察すれば、社会運動の要件である「組 織性」も危険の立証に繋がると考えられる。デモ活動も、ある種の組織性があ る団体が集団的に行う活動である。しかし、治安判決において、裁判所が「組 織性がある」という点によって刑事手続上の不利益に繋がると考えている。例 えば留置の必要性について、制限時間以内であっても、身柄拘束の必要性が消 滅した時点から被疑者を釈放すべきである。しかし、ポスター貼りによって京 都府屋外広告物条例違反で逮捕された被疑者が日本共産党の党員であると判 明した場合に、一審判決は「本件貼付行為の動機、組織性については、印刷先 を捜索するも判明せず、他に有力な手かがりも得られず、被疑者が取調べに対 して黙秘し、その協力も得られなかった…釈放すれば、かかる多数の者と通謀 して、口裏を合わせる等罪証隠滅を図るおそれがないとはいえない」と判示し

76 平成21107日横浜地裁判決(公刊物未登載)

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