朱 珉
8. 考察
8.2 傍流事業の特殊性のリスク
樋口(2012)は,メルシャンの水産飼料事業部における循環取引事件の潜在的原因とし て,同事業部が社内で傍流事業の位置付けで事業内容も特殊であったため,経営者の関心 や知識が不足するとともに,事業部内の人事が閉鎖的で長期配置が通例となっていた問題 を指摘した。その上で,事件の原因メカニズムを「傍流事業の特殊性による組織不祥事リ スク」と整理し,「傍流事業の特殊性のために監督が不十分になるとともに,人事配置も閉 鎖的・長期的になるために,組織不祥事が誘発されるリスク」(同 81 頁)と定義した(27)。
日本交通技術では,以前は国内事業が主流であり,傍流の海外事業を乙に任せきりにし ていたので,他の社内取締役には海外事業の経験がまったく無かった。その結果,国内事 業の低迷を肩代わりする新しい柱として海外事業が浮上した際に,乙以外に海外事業を承 知している者がいないために,実質的に監督不在の状態が続いていたのである。
経営実践上の含意としては,かつて傍流であった事業が経営環境の変化により会社の主 流に急成長した場合,それに対する内部牽制や監督機能の整備が追い付かなくなるおそれ があることに注意が必要である。特に日本企業では,社内の主流事業を歩んできた生え抜 きが役員に就くことが通例であるため,経営層が新しい主流事業(かつての傍流事業)に ついて十分なノウハウを持ち合わせていない可能性が高い。こうした監督機能の空白に対 処するために,社外役員やコンサルタントなどの外部の人的資源の活用を検討すべきであ ろう。
おわりに
多くの日本企業が成長機会を求めて海外に進出している中で,外国公務員からのリベー ト要求に直面することが少なくないはずである。本事件に関しても,日本交通技術の関係 者の証言の中に,他の日本企業もリベートを支払っていることを示唆する情報が含まれて おり,相当数の事例が潜在していると推察される(28)。本研究が,リベートの提供という不 正行為に対して心理的抵抗を感じなくても済むように関係者が自己正当化する問題や,海 外事業がそれまで社内の傍流であったため,監督に必要な知識やノウハウが不足する問題 について警鐘を鳴らしたことには重要な意義があると思量する。
この外国公務員贈賄問題を解決していくには,企業側の努力だけでなく,日本政府及 び関係機関によるサポートが重要であることは論を俟たない(29)。本事件の発生を受けて,
(27) 東海ゴム工業の労働安全衛生法違反事件についても,ボイラー保守業務の特殊性により,補修担当者の人事 が長期配置となって異議の提出が心理的に困難になるとともに,上級管理者の監督が疎かになっていたとし て,同様に「傍流事業の特殊性による組織不祥事リスク」が抽出されている(樋口(2013)参照)。
(28) 日本交通技術の関係者は,「どのコンサルタントもやっているというような理解であったので(リベート提供 について)違和感はなかった」(第三者委員会(2014), 72 頁),「取引先に事情を説明したところ,JTC は下手 ですね,現地法人を作ってリベートを提供していなかったのですね,JTC のようにやっていたら,他の会社も 全部捕まってしまうでしょうといったことを言われたことがある」(同 79 頁)と証言している。
(29) 経済産業省の「外国公務員贈賄防止指針」は,「外国公務員贈賄問題は,一企業のみで,外国公務員等の賄賂 要求を不利益も覚悟して拒絶するといった適切な対応を講じることが困難な場合も多い。 (中略) 開発協 力事業に関しては,外務省及び独立行政法人国際協力機構(JICA)に設置された不正腐敗情報相談窓口に相 談をするほか,寄せられた情報を基にこれらの機関が現地政府と協議を行うことも考えられる」(経済産業省
ODA 事業を所管する外務省は「政府開発援助(ODA)事業における不正腐敗(再発防止策 の更なる強化)」(2014 年 10 月 9 日)を発出した。その要旨は以下のとおりである。
・不正腐敗情報受付窓口の相談機能の強化(既に設置されている窓口を利用しやすいよ うに改善。新たに各在外公館の担当者を指名し,JICA にも担当部署を新設)
・受付窓口への相談・通報の促進(自主的に不正を申告した企業に対して入札排除措置 を減免する制度を新設。窓口に関する広報の強化)
・不正に関与した企業に対する入札排除措置の強化
・JICA 不正腐敗防止ガイダンスの策定
・企業コンプライアンスの強化(関係企業・団体との対話を推進。不正に直面した場合 には日本政府や JICA に相談するように要請)
・相手国政府への働きかけ
こうした取り組みは評価できるが,そもそも外国公務員贈賄問題は,以前から広く認識 されていた。2008 年の PCI 事件の際にも,日本政府と JICA が「円借款事業に関する不正腐 敗の再発防止策の導入」を決定し,不正腐敗情報受付窓口の設置など様々な対策を既に進 めてきたはずである。それにもかかわらず,本事件に関して,日本交通技術の関係者に大 使館や JICA に相談しようという発想がまったく浮かばなかったのはどうしてだろうか。
対策のメニューを揃えるだけで,対策の実効を上げようとする熱意が不足しているのでは ないかという疑念が払拭できない。
さらに言えば,外国公務員がその権限を濫用し,契約を「人質」にしてリベートを要求す るという構造が存在する限り,贈賄事件を根絶することは不可能である。この点について 第三者委員会(2014)は,「個社の努力では解決不能の問題であり,今後同様のリベート要 求,提供を防止するためには,受注プロセス自体の問題性が認識されなければならない」
(同 89 頁)と提言している。企業側のコンプライアンス強化という対症療法に安住せず,権 限濫用を封止する受注プロセスの構築に向けて,外務省や JICA が外国政府に対して積極 的に働きかけていくことを期待したい。
参考文献
東京地裁平成 27 年 2 月 4 日判決(平成 26 年(特わ)第 970 号,平成 26 年(特わ)第 1092 号)
Cassin, R. L. (2014) “With Alstom, three French companies are now in the FCPA top ten” The FCPA Blog, December 23, 2014,
http://www.fcpablog.com/blog/2014/12/23/with-alstom-three-french-companies-are-now-in-the-fcpa-top-t.html
Cassin, R. L. (2015) “From Alstom: Six Reasons Why non-U.S. companies dominate the FCPA top ten list” The FCPA Blog, January 5, 2015,
http://www.fcpablog.com/blog/2015/1/5/from-alstom-six-reasons-why-non-us-companies-dominate-the-fc.html
United States Department of Justice (USDJ) (2011) “United States v. JGC Corporation
(2015), 17-18 頁)としている。
Docket No. 11-CR-260”
http://www.justice.gov/sites/default/files/criminal-fraud/legacy/2011/04/27/04-6-11jgc -corp-dpa.pdf
United States Sentencing Commission (USSC) (2014) “2014 Guidelines Manual Chapter Eight – Sentencing of Organizations”,
http://www.ussc.gov/guidelines-manual/2014/2014-chapter-8 経済産業省(2015) 『外国公務員贈賄防止指針』(2015 年改訂版)
第三者委員会(2014) 『調査報告書(公表版)』
高巖・國廣正・五味祐子(2012) 『グローバル・リスクとしての海外腐敗行為 −ナイジェ リア贈賄事件を巡って−』麗澤経済研究 20(2), 1-24 頁
日本交通技術(2008) 「技術・人そして未来へ 日本交通技術株式会社 50 年史」
樋口晴彦(2011) 「組織不祥事の原因メカニズムの分析 ―18 事例に関する三分類・因果 表示法を用いた分析と原因の類型化―」『CUC Policy Studies Review』30 号 , 13-24 頁 樋口晴彦(2012) 「メルシャン循環取引事件の事例研究」『千葉商大論叢』50(1), 71-83 頁 樋口晴彦(2013) 「東海ゴム工業の労働安全衛生法違反事件の事例研究」『危機管理システ
ム研究学会研究年報』第 11 号 , 1-9 頁
樋口晴彦(2016) 「労働者健康福祉機構の虚偽報告事件の事例研究 ―「天下り」問題を 中心に―」『千葉商大論叢』53(2), 187-207 頁
(2016.1.20 受稿,2016.2.18 受理)
- Abstract -
Study of the Bribery Case to Foreign Public Officials by Japan Transportation Consultants (JTC)
The study pointed out that the Bribery Case by JTC was derived from four reasons;
strong need to promote overseas business in response to deterioration of domestic performance, large up-front investment, rebate as business practices, and competition with foreign companies.
The study showed three causes which made it hard for the rebate to be found;
inadequate check by accounting section, cooperation in rebate treatment by accounting manager, and lack of monitoring against overseas business department by internal directors.
The study also extracted two typical mechanism to induce organizational misconducts from the case; the risk of self-justification and that of particularities of business.
年功序列と職業指導
髙 島 明
はじめに
日本的雇用システムは終身雇用・年功序列・企業内労働組合の三つの柱からなり,これ が雇用システムの「三種の神器」といわれるものである。三種の神器の中でも特に,年功序 列に日本の社会構造が反映され,それは日本人が歩んできたこれまでの伝統的な生き方と 無関係ではありえない。年功序列は日本だけではなく,その他の国でも行われているもの だが,これは日本人の働き方に際立った影響を与えている。
就職した若者の中で三年以内に会社を辞めてしまう割合は,大卒で三割,高卒で五割,
中卒で七割といわれている。
若者が会社に就職をしても,自分のやりたいことができず,早期に会社を辞めてしまう 原因に年功序列があげられ,これも確かに若者が早期に会社を辞めてしまう原因の一つで ある。しかし,現在の若者は安定した生活を望んでいるのであり,早期に会社を辞めてし まう原因は長時間労働と,何年たっても賃金が以前のように上昇せず,その結果若者は将 来に希望が持てないからである。
若者は勤務年数とともに,少しでも良いから賃金の上昇を望んでいる。その代わり,親 からの経済的な支援もあり,生活費が余りかからないということで,若いときの低賃金に はある程度我慢ができるようである。
現代の若者は,様々な試験を潜り抜け,自分の能力を評価できるようになっているので,
高望みをしなくなりつつある。特に,若い時の職業選択は難しいもので,若者は職業であ れをしたい,これをしたいと思うよりも,とりあえず自分を受け入れてくれる会社に入り,
与えられた仕事に従事していくという姿勢が強くなってきている。
自己実現とは,自分の将来の目的をはっきり持ち,これを実現していくということでも あるが,それよりも,多くの人にとってその人を取り囲む環境があり,その環境に従って 歩んでいったことが,後から振り返ってみたときに,そのことで自分の能力が生かせて,
自分にとっての自己実現だった,と思えるようなこともありうる。
拙稿では,なぜ日本において三種の神器の中の一つである年功序列が,ことさらに大切 にされるのかを述べ,若者はこれから働くうえで,年功序列に対して,どのように考えて いるかを見ていくことにする。
1.家族主義と年功序列 1 - 1.日本の伝統と家族主義
1947 年の教育基本法は,普遍的であるが故に,抽象的であり,世界のいかなる国にも通