﹂ ś raddh ā -/saddh ā
-7│1 仏典
︵パ ーリ 語︑ 仏教 梵語
︶と ジャ イナ 教典
︵ア ルダ マー ガデ ィー 語︶ パ ー リ 語︑ 仏 教 梵 語︑ ア ル ダ マ ー ガ デ ィ ー 語 な ど の 中 期 イ ン ド・ ア ー リ ヤ 語 で は︑ 目 的 語 で あ る 名 詞śrad
﹁ 信﹂
︵中 性 対 格accusative
︶と 動 詞dhā
﹁置 く
﹂と が 完 全に 一 体 化し
︑単 一 の 他動 詞 と な り︑ さら に 語 幹末 の 母 音短 縮も 起こ りま す︒
śraddadhāti>*saddadhati>pa./amg.saddahati;BHSśraddadhāti/śraddadhati
ま た︑ 本来 の動 詞語 形と は別 に︑ 名詞śraddhā
-か らの 派生 動詞
︵denominative
︶ が新 た に 形 成さ れ ま す︒ さら に︑ 語幹 にお いて 音節 融合
︵āya>ā
︶が 起こ り︑ また
︑中 動態 でも 用い られ ます
︒
śraddhāyati>pa.saddhāyati>saddhāti;BHSśraddhāti,śraddhayate
そ の結 果︑ 二種 類の 動詞 形が 併用 され ます
︒ど ちら の動 詞形 でも
﹁信 を置 く︑ 信じ る︑ 信頼 する
﹂と いう ヴェ ーダ 以来 の語 義は 変わ りま せ ん︒ し かし
︑﹁ 信 じ る︑ 信 頼す る
﹂対 象 が間 接 目 的﹁
〜に
﹂を 表 す 与格dative
から 直接 目的
﹁〜 を﹂ を表 す対 格accusative
に 変わ りま す︒
〜!〜!〜!〜!〜!〜!〜!〜!〜!〜!〜!〜!〜!〜!〜!〜!〜!〜!〜!〜!〜!〜!〜!〜!〜!〜!〜!〜!〜!〜!〜!〜!〜!〜!〜!〜!〜!〜!〜!〜!〜!
31 「真実」を「信」に献供する
名 詞śraddh
ā́-も﹁
︵人
・言 葉・ 事実
・理 論へ
︶信 を置 くこ と︑ 信頼
︑信
﹂と いう 原義 で 用 い られ ま す が︑ そこ から
﹁信 念︑ 確信
﹂﹁ 強 い思 い﹂
﹁信 じ頼 るこ と︑ 依存
﹂等 の語 義も 発展 しま す︒ プラ ーク リッ ト 語saḍḍhā
およ びそ れ以 降の 近代 イン ド・ アー リヤ 語で は﹁ 欲望
﹂と いう 意味 も挙 げら れて いま すが
︑初 期仏 典や 初期 ジャ イナ
︵ 優
︶
教典 での
﹁欲 望﹂ を意 味す る使 用は 疑わ しく 思わ れま す︒ 7│
2 無量 寿経LargerSukhāvatīvyūha 後
︵8
︶で 述べ ます よう に︑Sukhāvatīvyūha
と 呼ば れる 経典 には 大小 二種 類 あり ま す
︒大 き い方 が 漢 訳﹁ 無量 寿経
﹂に 対応 し︑ 韻文 と散 文の 両方 から 成り ます
︒こ こ に も︑ 動詞śraddhā
と名 詞śraddhā
-が ヴ ェー ダ 以 来の 本来 の語 義で 現れ ます
︒ こ のテ キス トは いく つか の成 立層 に分 けら れま すが
︑全 体と して は︑ 中期 イン ドア ーリ ヤ語 に属 する 西北 方言 に基 づき サン スク リッ ト 化 され た 言 語と
︑パ ー リ 聖典 の 偈gāthā
-に お お むね 対 応 する か
︑あ る い は少 し 新 しい
︵ 儫
︶
段 階の 韻 律 が 用い ら れ てい ま す︒ 従 って
︑古 典 サ ン スク リ ッ ト文 法 や 韻律 の 規 則 は適 用 さ れ ま せ ん
︒異 読 が 多
︵ 儬
︶
く︑ また 古い 写本 が少 なく
︑語 形・ 語義
・文 意を 確定 する こと が容 易で はあ りま せん が︑ 藤田 宏達 先生 がほ ぼ全 写本 を集 成し 比較 対照 して 出版 され たこ とに より
︑文 献批 判に 基づ く研 究の 道が 拓か れま した
︒以 下に 挙げ ます 私の 訳も この 写本 集成 に依 拠し ます が︑ これ まで に出 版さ れた 校訂 や訳
︵参 考文 献参 照︶ と相 違す る部 分も あり ます
︒そ の場 合に は原 文と 異読 を添 えま した
︒
〜!〜!〜!〜!〜!〜!〜!〜!〜!〜!〜!〜!〜!〜!〜!〜!〜!〜!〜!〜!〜!〜!〜!〜!〜!〜!〜!〜!〜!〜!〜!〜!〜!〜!〜!〜!〜!〜!〜!〜!〜!
32
︵ 1︶ 聞信 偈 釈 尊が アー ナン ダに 阿弥 陀如 来の 仏 国 土を 散 文 で解 説 し た 後に 続 く 韻文
﹁聞 信 偈﹂ に は︑śraddadhati
の 可能 性・ 条件 を表 す願 望法
︵optative
︶三 人称 単数 能動 態śraddadheya
が現 れま す︒ 第4
偈
﹁ 安楽 ある
︵sukhāvatī
︶ 世界
︵lokadhātu
︶﹂ の 名 を聞 く だ けで
︵śrutvāiva
条 件 を表 す 絶 対詞
+eva
︶︑ こ こ に福 徳が 生じ るが
︑そ の福 徳の 十六 分の 一さ えに も︑ 似姿 さえ にも
︑そ れら
︵第 3偈 で述 べた
︶個 々の 諸 世界 はな らな い︒
!
natākalāpi ①upamāpitasya ǀpuṇyasyabhontīprthaglokadhātavaḥǀ yallokadhātūyaSukhāvatīye ǀśrutvāivanāmabhavatīhapuṇyaṃǀǀ4ǀǀ
﹇Triṣṭubhacd+Jagatīb;adbreakᴗᴗᴗ
﹈
① 写 本Rkalāṃpi,
他 の 全 写 本︵N1
を 含 む︶kalāpi.
校 訂MaxMüller&Nanjio[MN]=Wogihara[W]
kalāpi,Ashikaga[A]kalāṃpi,Fujita[F]kalāṃpī.
主 格
︵+api
︶ と し てkalāpi
とupamāpi
と は 対 を 成 す︒ 韻 律上 の理 由か ら全 写本 にあ るpi をpī[F]
に訂 正す る必 要は 無い
②① ︒
第5 偈 勝者
︵ジ ナ︶ のこ とば を 理 解し て い る者 た ち が︵jinavacanasaṃjñā
︶︑ 信 じる な ら ば︵śraddadheya
︶︑ そ の 者た ちに は︑ そこ から
︵tato
︶ 多く の福 徳が 生 じ る だろ う
︵bhaveta
︶︒ 信 じ るこ と
︵śraddhā
︶ が︑ 動き
〜"〜"〜"〜"〜"〜"〜"〜"〜"〜"〜"〜"〜"〜"〜"〜"〜"〜"〜"〜"〜"〜"〜"〜"〜"〜"〜"〜"〜"〜"〜"〜"〜"〜"〜"〜"〜"〜"〜"〜"〜"
33 「真実」を「信」に献供する
③
回 るも のた ち︵jagatasya:*jagata<jagat
︶ にと って
︵安 楽あ る世 界Sukhāvatīlokadhātu
に
︶到 達 す るた め の根 であ るか ら︒ それ 故 にこ そ 聞 い たな ら ば︵ 条 件の 絶 体 詞︶
︑疑 念 を 取 り除 く べ きで あ る︵ 29注
﹁梵 天 勧請
﹂の 例を 参照
︶︒
①②tatobahūpuṇyabhavetateṣāṃ ǀyeśraddadheyajinavacanasaṃjñāǀ
③śraddhāhimūlaṃjagatasyaprāpte ǀtasmāddhiśrutvāvimatiṃvinodayed
︵iti
︶ǀǀ5ǀǀ
﹇Triṣṭubhabc+Jagatīd;bcadence
第1 音節 の分 解︵vaca
︶﹈
①
śraddadheya
︵śraddadhati,3.sg.act.opt.[BHSG§29.28]
︶= 写 本R≈N1śraddhadheya;
他 写 本
śraddhave,śraddhaye.
校 訂F=W=MNśraddhate
もAśraddhaṇeya
も 写 本 に 基 づ か な い
︒写 本R の 語 形 が正 しく
︑条 件節3.sg.act.opt.śraddhayeya
と帰 結節3.sg.med.opt.bhaveta
が対 応す る︒
②
jinavacanasaṃjñā=
写 本R=
校 訂A≈
写 本N1jinavacanasamajñā;
校 訂F=W=MNjinavacanaṃ
saprajñāḥ.cadence
第1 音節 の分 解︵vaca
︶ が注 目さ れる
︒
③
jagatasya=R
とN1
を含 む大 多数 の写 本= 校訂A=W=MN;
写 本K1=T6=Sjagasya;
校訂Fjagato
’sya.
藤田 訳︵2015
︶は
﹁こ の︹ 極楽
︺世 界に
︵到 達す るた めの
︶﹂ と解 する
︵同 書p.236f.
参 照︶
︒
︵ 2︶ 散文 次 に釈 尊 がア ジ タ に対 し て︑ 阿 弥 陀仏 の 国 土に 生 ま れ変 わ る 方 法を 説 く 散文 で は︑abhi
に よ り 拡大 さ れ た動
〜!〜!〜!〜!〜!〜!〜!〜!〜!〜!〜!〜!〜!〜!〜!〜!〜!〜!〜!〜!〜!〜!〜!〜!〜!〜!〜!〜!〜!〜!〜!〜!〜!〜!〜!〜!〜!〜!〜!〜!〜!
34
詞abhi-śrad-dadhati
の 直説 法現 在形 が対 格目 的語 とと もに 2回 現れ ます
︒
﹁ また
︑疑 念を 持 たず
︑欲 望 を 断ち 切 っ て︑ 安楽 あ る
︵Sukhāvatī
︶世 界 に︵ 死 後︶ 発生 す る た めに 善 根 を植 え︑ 師 であ る 仏 た ちの 無 執 着で あ る 智を
︑正 し い と 判断 し
︵avakalpayanti
︶︑ 信じ
︵abhiśraddadhati
︶︑ 傾 倒 する
︵adhimucyante
︶︵ 者 たち は︶
⁝﹂
﹁ 無執 着で ある 仏智 を疑 わず
︑ま た︑ 自ら の善 根を 信じ る︵abhiśraddadhati
︶ 者た ちは
⁝﹂
︵ 3︶ 流通 偈
︵ 儭
︶
無 量寿 経を 締め くく る﹁ 流通 偈﹂ にも 動詞 形が 現れ ます
︒ 第8
偈abhi
に より 拡大 され た動 詞が 可能 性︵ 条件
︶を 表す 願望 法で 対格 目的 語と とも に現 れま す︒
①
そ れ故 に︑ 生ま れつ き判 断力 を持 つ 賢 明な 人 が︑ 私 の 言葉 を 信 じる な ら ば︵abhiśraddadheya
︶︑ そ の 人は
②
︵ 儮
︶
勝 者 の 智の 集 積 を すべ て 目 の当 た り にし て
︑﹁ 仏 は 未来 を 解 っ て い る︵prajānaṃ
︶﹂ と 感 嘆 の 語 を 発 す る で あろ う︒
①tasmānnaraḥpaṇḍitavijñajātiyaḥ ǀyomayhavākyaṃabhiśraddadheyaǀ
!
②krtsnāṃsasākṣījinajñānarāśiṃ ǀbuddhaprajānaṃtigirāmudīrayetǀǀ
〜"〜"〜"〜"〜"〜"〜"〜"〜"〜"〜"〜"〜"〜"〜"〜"〜"〜"〜"〜"〜"〜"〜"〜"〜"〜"〜"〜"〜"〜"〜"〜"〜"〜"〜"〜"〜"〜"〜"〜"〜"
35 「真実」を「信」に献供する
﹇Jagatīad+Triṣṭubhbc
﹈
①
abhiśraddadheya=
校 訂MN=W
︵写 本 に 当 該 語 形 な し
︶︒ 写 本N1abhiśradda
﹇+
﹈yaḥ;S
︵校 訂
MN
写本P
︶abhidadheyaḥ;R
を 含む 儠写 本abhiśraddadheyuḥ
︵3.pl.act.opt.
︶= 校 訂A=F.
主 語が 単数 で あ る から 動 詞 複数 形abhiśraddadheyuḥ
は 認 めが た い︒ 動 詞単 数 形abhiśraddadheya
が
︑写 本N1
とS に 示 さ れ る よ う にgerundive
の 主 格 単 数abhidadheyaḥ
と 誤 解 さ れ
︑さ ら にabhiśraddadheyuḥ
に 変 化 し た の で はな いか と推 測さ れる
︒︵ 1
︶﹁ 聞信 偈﹂ 第5 偈
①śraddadheya
参 照︒
②
prajānaṃ=Ox
等 7写 本= 校 訂MN=W
︵ 現 在 分 詞prajānaṃ<prajānan
︶;N1
とR を 含 む 償写 本
prajānā=
校 訂A=F. 第9
偈 名 詞派 生 動 詞śraddhāti
︵<śraddhāyati
︶の 命 令 法2 人 称複 数 形śradddhātha
が 現 れま す
︒同 偈 の最 後 に ある 命令 法janayātha
と対 を成 して いま す︒
①
あ る時 には
︑人 間﹇ とし て生 まれ ると いう
﹈利 得が 得ら れう る︵labhyāti
︶︒ あ る時 には
︑仏 陀た ち に も顕
②
現 す る こ と が﹇ 得 ら れ う る
﹈︒
﹇ 君 た ち は﹈ 信 ぜ よ︵śraddhātha
︶︑
﹇ 先 を 解 る
﹈智 慧
︵prajñā
注 33参 照︶
③
は 非常 に長 い期 間を 経て
︑得 られ るで あろ う︵lapsyate
︶︒ そ の目 的に 到達 する ため に︑ 雄々 し さ︵ 勇 猛心
vīrya
︶を
﹇君 たち は﹈ 生ぜ しめ よ︵janayātha
︶︒
①kadācilabhyātimanuṣyalābhaḥ ǀkadācibuddhānapiprādurbhāvaḥ|
〜!〜!〜!〜!〜!〜!〜!〜!〜!〜!〜!〜!〜!〜!〜!〜!〜!〜!〜!〜!〜!〜!〜!〜!〜!〜!〜!〜!〜!〜!〜!〜!〜!〜!〜!〜!〜!〜!〜!〜!〜!
36
②③śraddhāthaprajñāsucireṇalapsyate ǀtasyārthaprāptyaijanayāthavīryaṃǀǀ
﹇Triṣṭubhabc+Jagatīc
﹈
①
labhyāti
写 本R=N1=
校 訂A=F;
写 本Srabhyati,O2labhyatti;
他 の 全 写 本labhyati=
校 訂MN=
W.
十二 世紀 の貝 葉写 本R
・N1labhyāti
と 十 七〜 二十 世 紀 の 紙写 本labhyatti
︵rabhyati
︶ の 読み が 対 立す る
︒後 者は 仏教 梵語 と し て 通例 の 受 動態 で あ るが
︑break
がᴗᴗᴗ
とな る
︒こ れ は仏 教 梵 語 では 珍 し くな い 現 象 であ る が
︑流 通 偈に お い ては 忌 避 され る 傾 向 が 見 ら れ る
︒R
・N1labhyāti
はbreak
を
│ᴗᴗ
と す る が︑ 単純 に韻 律上 の理 由︵metricausa
︶ だけ で動 詞語 幹母 音が 延 長さ れ た とは 考 え 難 い︒ 語根 か ら 形成 さ れる 願望 法optative
︵ いわ ゆる 希 求法precative
︶ 3人 称 単 数 能動 態 が 部分 的 に 中期 イ ン ド アー リ ヤ 語に 残 り
︑受 動 義 務 分 詞gerundive
と の 混 交 を 経 て︑ 不 変 化 詞︵ 副 詞
︶と し て 用 い ら れ る
︑例 え ばśakyāt>
PālisakkāBHSśakyā;labhyāt>Pālilabbhā,BHSlabhyā,labhyaṃ,labhā
︵BHSDs.v.labhā
お よびśakyā
参 照
︶︒ こ のよ うな
︑可 能性 を表 す願 望法 に由 来す る不 変化
詞labhyā
︵t
︶﹁ 獲 得可 能で
︵あ る︶
﹂︵ 獲 得の 対象 は 主語 で表 され る︶ が受 動態labhyati
に 影響 を与 え︑labhyāti
が 形成 され たと 推測 され る︒
②
śraddhātha=
写本R=N1=
校訂A=F,
他 の全 写本śraddhārtha
︵ṃ
︶︑ 校訂MNśraddhārthaprajñā,W 注307
﹁蔵 訳に 依れ ばśraddhā’thaprajñā
の写 誤な り﹂
︒
③ 古イ ン ド アー リ ヤ 語で は
︑他 動 詞labh
は 能 動 の意 味 で 常 に中 動 語 尾を 取 る︵labhate
︶︒ 従 っ て︑ 未来 形lapsyate
は 能動 の意 味で あ る とも 受 動 の意 味 で あ ると も 解 釈可 能 で ある
︒本 偈 で は︑ 受 動の 未 来 形と し て用 いら れて いる
︒中 期イ ンド アー リヤ 語で は︑ 語根 では なく
︑受 動態 語幹 から 未来 形が 形成 され るの
〜!〜!〜!〜!〜!〜!〜!〜!〜!〜!〜!〜!〜!〜!〜!〜!〜!〜!〜!〜!〜!〜!〜!〜!〜!〜!〜!〜!〜!〜!〜!〜!〜!〜!〜!〜!〜!〜!〜!〜!〜!
37 「真実」を「信」に献供する
が 普通 であ る︵*labhyiṣyate>labbhissati
︶︒ 動詞
語形śraddhātha
は︑ 従来 の校 訂お よび 訳で は︑ 名詞śraddhā+atha/artha
と 解さ れて きま した
︒例 えば
︑ 藤
田訳
﹁あ る時 には
︑人 間の 身が 得ら れ︑ ある 時に は仏 たち が出 現す るこ とも ある
︒信 も︑ 智慧 も︑ 非常 に 長い 時間 を経 て得 られ るで あろ う︒ その 意義 を知 得す るた めに
﹇そ なた たち は﹈ 精進 をお こせ よ︒
﹂ 中 村/ 紀野 訳﹁ ある とき には 人間 の身 をう ける こと とな り︑ ある とき には 仏た ちと なっ て出 現す る︒ 信も 智 慧 も きわ め て 長 い時 を 経 て得 ら れ るで あ ろ う︒ そ の意 義 を 知る 智 慧 ある 人 々 は 精進 を 起 こ す べ き で あ る
︒﹂ 荻 原訳
﹁時 あり て人 身の 利を 得︑ 時あ りて 諸佛 出現 す︑ 信及 び智 は長 久に して 得べ し︑ 其義 利を 得ん が為 め に汝 等は 精進 を生 ずべ し︒
﹂ こ
の場 合 は﹁ 信﹂śraddhā
も
﹁︵ 先 を解 る
︶智 慧
﹂︵prajñā
︶ も︑ 共 に︑ 長い 時 間 の後 に は じ めて 得 ら れる こ と にな りま す︒ しか し先 に述 べ た︵ 1︶ 聞信 偈 に 説 かれ て い るよ う に︑
﹁ 信﹂śraddhā
は 阿弥 陀 仏 の 名や そ の 世界 を聞 くと
︑す ぐに 発生 すべ きも ので すか ら︑ この 解釈 には 無理 があ りま す︒ 7│
3 阿弥 陀経SmallerSukhāvatīvyūha 小 さ い 方 のSukhāvatīvyūha
は 漢 訳﹁ 阿 弥 陀 経
﹂に 対 応 し
︑散 文 だ け か ら 成 り ま す︒ 動 詞 中 動 態śraddadhāte
〜!〜!〜!〜!〜!〜!〜!〜!〜!〜!〜!〜!〜!〜!〜!〜!〜!〜!〜!〜!〜!〜!〜!〜!〜!〜!〜!〜!〜!〜!〜!〜!〜!〜!〜!〜!〜!〜!〜!〜!〜!
38