ポスヤンドゥ(Pos Pelayanan Kesehatan Terpadu: Posyandu)とは、地域住民が自主 的に活動を行う保健活動の拠点である(図3-1および第2章第1節の図2-3、2-4を参照の こと)。高齢者ポスヤンドゥ活動(Posyandu Lansia)とは、高齢者を対象として毎月1回 実施される住民参加型地域保健活動である。政府が1998年以降に規定した新たな「高齢者
(orang lanjut usia)」に属することとなった60歳以上の人びとが活動の対象となる。活 動は政府による高齢者福祉プログラムを遂行するために組織されたカデルと呼ばれる研修 を受けた「ボランティア女性」を動員して実施される(第2章第2節を参照のこと)。
インドネシアにおける福祉の開発は、公務員の妻や公務員の女性といったエリート女性
(女性組織:PKK)を福祉活動の担い手として動員する社会運動として発展してきた。PKK 図3-1 地域保健活動の拠点ポスヤンドゥ
ワレノサリ村A地区のポスヤンドゥ(2011年、筆者撮影)
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に関する研究の蓄積は多い。インドネシアにおけるミクロな研究としては、主にジェンダ ー分野において、インドネシアにおける女性の役割が議論されてきた[Djajadiningrat-
Nieuwenhuis 1987; Suryakusuman 2011; 中谷2007]。これらの研究は、女性が母として、
妻として、次世代の育成者として、国家から社会福祉・家族福祉の担い手に規定されてき た点を批判した。
また、PKK活動の一部であるポスヤンドゥ活動に関する研究では、主に人類学、社会学 の視点から、上意下達の社会構造と関連付けた参加型開発による福祉活動の実装性が議論 されてきた[Sullivan 1983]。一方、スハルト政権崩壊後の住民統制機構を失ったポスヤン ドゥ活動がその後も存続している点に注目した齊藤は、活動の担い手であるカデルがポス ヤンドゥ活動への参加に自己実現といった独自の意味づけを行い、活動に参加することに よってアイデンティティを構築していることを明らかにしている[齊藤2009:283-285]。
他方、マクロな研究としては、応用人類学・開発人類学、医療人類学の観点から、国際 的な政策評価として、現代インドネシアの文脈とは関わりなしに、フィールドの社会・文 化的条件を、開発途上地域の保健活動に共通する一般的な条件として考える研究がある
[Foster and Anderson 1978; Boomgaard, Sciortino and Smyth 1996; Hahn 1999]。これ らの研究は、援助を与える側と援助を受ける側の間で、基本的な人間のニーズと貧困削減、
飢餓の撲滅、感染症の予防、乳幼児死亡率の削減、妊産婦の健康改善などを主題とし、開 発援助としての福祉活動を評価するものである。しかし、これまでのインドネシアにおけ る福祉活動の評価97は母子保健に焦点が当てられ、21 世紀以降の時代的問題である高齢者 に関する取り組みが俎上に載ってこなかった。
従来、ポスヤンドゥは、家族計画の普及および母子保健の向上を目的として設置され、
行政単位の村(desa)、地区(dusun)、RTなどのコミュニティ単位98で活動を行ってきた。
後述するように、ジョグジャカルタ・都市部のポスヤンドゥにおける高齢者ポスヤンドゥ 活動の開始は、スハルト政権下の1994年である。一方、本論文の調査地である農村部A地
97 筆者は既に別稿[合地2014]にてポスヤンドゥ活動プログラムの有益性を評価し、次の 3点を明らかにしている。1)インドネシアにおいて女性の社会参画が実現したからこそ、
ポスヤンドゥ活動は社会的機能を果たせ、このモデルが後に高齢者福祉の展開を可能にし た、2)福祉サービスの提供は二分化されたポテンシャルであるおよびポテンシャルでない 高齢者(第2章第1節を参照のこと)の健康問題に対する多様な価値観を反映している、3)
高齢者にとり、ポスヤンドゥ活動は利用可能な福祉資源の一つとなり得ている[合地2014:
326-327]。
98 人口密集度により、活動の規模が異なる。例えば、1つの地区の住民を対象にしている 場合や3つの地区の住民を対象として合同で活動する場合等がある。
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区における高齢者ポスヤンドゥ活動の開始は地方分権化99以降である。スハルト政権下のポ スヤンドゥ活動は、中央集権的な住民統制機構の役割を果たす一つの制度的活動であった が、地方分権化以降の活動は住民統制的性質を和らげ、コミュニティ独自の運営に任され ている部分が大きく、筆者の調査では比較的緩やかに展開しているように思われる[cf. 合 地2014]。
本章で取りあげる A 地区の高齢者ポスヤンドゥでは、インドネシア保健省(クロンプロ ゴ支局)を頂点とする行政機構に基づき、3カ月に1回、地域保健センターから医療専門職 が巡回する無料の健康診断100が実施される。この無料の健康診断は、農村部で見られる高 齢者福祉にかかわる取り組みの一つといえる。一方、医療専門職が巡回しない残りの月、
すなわち、3カ月に 2回の活動は住民間の相互扶助慣行によって実施されるA 地区独自の 取り組みとなる。本章では、高齢者ポスヤンドゥ活動を通して、農村部における高齢者福 祉の展開状況について考察する。
第 1 節では、農村部との比較として、インドネシアにおいて高齢化対策のモデルケース となっていた都市部・高齢者ポスヤンドゥ活動の実践を紹介し、活動の課題を踏まえた上 で、次に分析する農村部の活動実践へと議論をつなげていく。第 2 節では、A 地区におけ る高齢者ポスヤンドゥ活動の実践を概観し、活動に参加する高齢者の特徴を分析する。次 に、高齢者ポスヤンドゥ活動を実施していない地域の事例をあげ、ポスヤンドゥに依らな い高齢者福祉の可能性について検討する。
第1節 ポスヤンドゥ活動の実践
1-1 都市部・高齢者ポスヤンドゥ活動の特徴
表3-1 は、ジョグジャカルタ特別州の市および4県にあるポスヤンドゥの数を示したも のである。州の統計では、ポスヤンドゥは次の 4 つに分類されている。①PRATAMA(活 動が安定していないポスヤンドゥ)、②MADYA(5人以上のカデルによって年に 8回以上 の活動を実施しているが、優先的活動プログラム(家族計画、栄養改善、予防接種などの
遂行が50%以下である)、③PURNAMA(5人以上のカデルによって年に8回以上の活動を
実施しており、優先的プログラムの遂行が50%以上である)、④MANDIRI(定期的に活動
99 1999年5月に「地方自治法」が制定され、2004年に「1999年地方自治法」が改正さ
れた。これにより、中央集権的な構造は権力を分散して各地域の特徴を反映する政策を展 開した。
100 地方政府からの限られた予算で無料の健康診断が行われる。
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第 2 章で述べたように、中部ジャワ・ソロにおいて、高齢者ポスヤンドゥ活動が開始さ
れたのは2002 年である。また、ジャカルタ郊外では、地域保健センターが高齢者に対して
ポスヤンドゥ活動に参加するよう指導するのは2004 年である[齊藤 2009:142]。さらに、
ジョグジャカルタ・クロンプロゴ県において、農村開発プロジェクトの一環で公式に開設 された福祉村「ルマ・ビンタル」において展開される高齢者ポスヤンドゥ活動の開始は2010 年である。
本論が取り上げる 2 カ所の都市部ポスヤンドゥにおいて、高齢者に向けたプログラムが 開始されたのは 1994 年101であった。インドネシアの中でも非常に早い時期に開始された と言って良い。これらのポスヤンドゥは、ジョグジャカルタでは都市部に指定されている
101 1994年当時の高齢者、すなわち「老人(orang jompo)」(第2章第1節を参照のこと)
は、55歳以上と定義されていたため、高齢者ポスヤンドゥ活動へ参加できる人は55歳以上 とされていた。1998年以降、参加の条件は60歳以上の高齢者となったが、希望があれば 60歳未満の住民でも参加は可能とされている。
人口1,000人
PRATAMA MADYA PURNAMA MANDIRI あたり
ジョグジャカルタ市 0 173 257 192 622 394,012 1.5
クロンプロゴ県 62 86 410 404 962 393,221 2.4
バントゥル県 44 356 457 252 1127 927,958 1.2
スレマン県 67 340 660 449 1516 1,114,833 1.3
グヌンキドゥル県 2 319 847 296 1464 684,74 21.3
州合計 175 1274 2649 1593 5691 3,514,762
出典:Profil Kesehatan DIY 2013, Daerah Istimewa Yogyakarta Dalam Angka 2013 より筆者作成
ポスヤンドゥ
合計
市・県 人口
表3-1 ジョグジャカルタ特別州における人口1,000人あたりのポスヤンドゥ数
(2012年)
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地域に設置されている。なお、ここでは筆者が2010年および2011年に実施した調査の資 料を使用する。
活動に参加できるのは、各ポスヤンドゥ設置地区に居住する60歳以上の全ての住民であ る。そして、これらの住民は高齢者グループ(kelompok lansia)と呼ばれている。つまり、
60歳以上であれば自動的に高齢者グループの成員102となる。
本調査が対象とする高齢者グループは、それぞれグループ名に花の名前をつけている。
本論文では、高齢者グループをそれぞれ仮名で、ひまわりグループ(Kelompok Lansia Bunga Matahari)および蓮の花グループ(Kelompok Lansia Bunga Teratai)と呼ぶ。60 歳以上の住民は、必然的に高齢者グループの成員となるが、活動への参加度は自由である。
どちらのポスヤンドゥ活動も高齢者を対象とした活動日は毎月 1 回である。なお、ひまわ りグループはポスヤンドゥ設置地区の1地区の高齢者、蓮の花グループは、近隣3地区の 高齢者が対象となる。
(1)健康促進・病気予防教育
ひまわりグループが参加するポスヤンドゥは、ジョグジャカルタ市北部の市街地に設置 されている。近隣には総合病院や国立大学などの高等教育機関が多く、またショッピング モールや観光ホテルが立ち並ぶ地域である。
活動は 6 名のカデルが実施する。誰がカデルを務めるかは住民の話し合いにより決定さ れる。会長を務めるのは元RT(行政単位で下から2番目)長の妻で2人の子供を持つ50 代の女性である。他のカデルは主婦・公務員の妻であり、ポスヤンドゥ活動では副会長、
書記、会計などを担当する。毎月、これらのカデルによって高齢期の過ごし方に関する啓 蒙活動がくり広げられる。
啓蒙の内容は、例えば、デング熱に対する注意喚起として、「3 日以上熱が下がらなけれ ば病院へ行くように」、「衛生的な環境を心掛けるように」、栄養改善として、「揚げ物や甘 い物を控えること」、「運動すること」などが述べられ、参加者全員で輪になって体操する こともある。
102 インドネシアでは、例えば、青年グループ(kelompok pemuda)や農民グルー(kelompok tani)のように、集団は紐帯を強化するために、規範や価値を共有するのが望ましいとされ ている。