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伝統 美を継ぐ神宝

ドキュメント内 2014春夏日本語.indd (ページ 39-50)

―伊勢の神宮 御装束神宝調製

  

写真=鈴木一彦 文=南里空海 取材協力=神宮司廳・神社本庁

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20 年に一度、伊勢神宮では神様のお引越しが行われる。昨 年 10 月、神社の昇殿だけでなく、1,000 を越す御神宝も作 り変えられた。定期的に新たに一から御神宝を作りあげること で、日本はその美の技術を継承してきた。

伊勢の神宮

三重県伊勢市に鎮座する伊勢の神宮の正式名称は「神宮」。その神宮 は皇祖神・天照大御神を主祭神とする皇大神宮(内宮)と、豊受大御 神を主祭神とする豊受大神宮(外宮)、そのほかに、別宮、摂社、末社、

所管社の 125 社からなり、奉斎される神々は 141 座。その神々は 5500 ヘクタールの鬱蒼と茂る伊勢の森に鎮座されている。

伊勢の神宮では、昨年 10 月に第 62 回神宮式年遷宮を斎行 した。神様のお引っ越しともいうべき遷御の儀は、すべての 灯りが消された浄闇の中、午後 8 時、大宮司をはじめ 11 人 の神職に奉戴された御神体が、20m ほどの純白の絹垣に囲 まれて、厳かに、ゆっくりと新宮へと進む。その遷御の渡御 行列の様子を表現しようと言葉を探しても、言葉が見つから ない。どのような言葉を用いても、この厳かなまつりを表現 することはできない。

 伊勢の神宮では、1300 年にわたり、20 年ごとに古式に倣 い、宮地、建物、御装束神宝などすべて新しく調えて、神様 に新宮にお遷りいただくという、世界に類を見ない営みを、

伊勢の森で続けてきた。この式年遷宮に欠かすことができな いのが、今回ご紹介する御装束神宝である。

 御装束神宝の御装束とは、神座(御神体の周囲)や殿内 を飾る織物をはじめ、神様が装う服飾品や、遷御の儀に用 いる威 儀 具 などの 総 称 のことである。 御 装 束 は 525 種、

1085 点が調製される。

 神宝とは、神々の御用をつとめる調度類のことで、紡績具、

武具、馬具、楽器、文具をはじめ御鏡、御櫛などのことをい う。神宝は 189 種、491 点が調製される。

 御装束神宝に用いられる技法・技術は、現在日本が持っ ている伝統工芸技術の一大集積群であり、なかでもとりわけ 高度な美術工芸が、神宝の調製に集約されているといっても 過言ではない。

 この御装束神宝は、あくまでも神様に奉る御料(神様の御 物)であって、単なる美術工芸品ではない。御料は、金工、

木工、漆工、染織などあらゆる分野にわたり、単独で完成す るものは一つもない。

 たとえば御太刀の場合は、太刀身と太刀拵(鞘)の調製 に分けることができる。60 柄の太刀が調製されるが、その 太刀拵に納める太刀身も 60 振り調製される。そのうち内宮 の御料は、人間国宝の天田昭次さんが携わった。天田さん は太刀身の命ともいうべき地鉄をつくることから始め、一振 りに約 1 年という時間をかけて調製していった。天田さんが 調製した太刀身は玉纏御太刀と須賀利御太刀の二振りで、

いずれも直刀。直刀は、上代の様式を今に伝えているもので、

平安中期以降幕末まで用いられていた反りのある刀(湾刃)

よりも、高い技量が求められる。

  「作刀は簡単なものではなく、とくに真っすぐな刀というの が一番難しい、真っすぐが。波乱万丈を越えないと、刀は真っ すぐにはならないのです」

 天田さんは、1953 年の第 59 回から今回の第 62 回まで、

4 回の遷宮に携わってきた。“ 伊勢の神宮の大神様のために ” と、奉仕し続けた天田さんの言葉は、重く響く。

 太刀身を入れる太刀拵に関しては、京都の森本錺金具製 作所で調製された。太刀拵は、木工、漆工、金工、染織、

玉石作りなど、各分野の高度な技術を持った匠たちが、そ れぞれの技を発揮して成り立つ総合芸術の世界といわれてい る。なかでも玉纏御太刀をはじめ、須賀利御太刀の太刀拵 えは、神宝類の中でも最も華麗で豪華な装飾が施され、美 術工芸的に見ても、調製するうえでも、これ以上難しいもの はないとされている。この太刀拵は、準備期間を含み約 10 2014年  春/夏号  日本語編

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年の歳月を要している。

 唐組平緒(以下平緒)は、太刀を佩くための帯のことで、

平安時代の貴族が用いていたものである。平緒は、豪華絢 爛といわれる玉纏御太刀と須賀利御太刀、そして第一御太 刀、第二御太刀の付属品として調製される。内宮は縹色、

外宮は薄柿色。神宝として 2 種類、4 条(本)の平緒は、植物 染料で染められた絹糸を用いて組み上げ、さらに日本刺繍 が施されるという、手の込んだもの。

 この平緒を組んでいるのが、古澤康史さん。自ら植物染 料で染め上げた 11 色の紛糸 432 本を用いて、幅 4 寸(約 12cm)、長さ 10 尺(約 303cm)、両端の房の長さを入れて 総長 12 尺 2 寸(約 370cm)に組み上げていく。

  「糸を組むのは、糸を台にセットすれば、手が機械的に動い ていきます。むしろ、糸を染める糸拵えに時間がかかります」

 上質の生糸に撚りをかけ練りを施した「紛糸」という平緒 用の糸をつくり上げると、植物染料で染め上げていく。この 糸を染めるのが大変なのだと古澤さんは言う。

 平緒の基本形は菱形で、1 つの菱形を組むのに約 20 分か かる。それを 13 個組んで 1 段(1cm)、これが 1 日分の調 製となる。1 段を毎日組み続けて、1 条(1 本)が完成する。

長さ 10 尺を組むのに 1 年かかり、4 条組むのには、4 年の 歳月を必要とする。気の遠くなるような根気と集中力と緻密 さで、毎日同じペースでムラが出ないように組んでいかなけ ればならない。

  「集中力は、1 日に 2 〜 3 時間しか持たないと思います。そ の中で、毎日 100 点をとるのは難しいので、常に平均点を 目指して一番きれいな仕上がりに持っていきたいと思ってい ます。平緒は、さらに日本刺繍を施していきますので、その 刺繍のことも考えながら組まなければなりません」

 この平緒には物語がある。

 古澤康史さんの父・古澤裕司氏は優秀な組物師として、

第 60 回、第 61 回の遷宮のときに、平緒を調製した。息子 の康史さんは高校卒業後、大学進学と悩んだ末に、家業の 組物制作の技術を父から学んでみることにした。平成 2 年

(1990)の天皇陛下の御即位に際して “ 大神宝 ” の平緒を父

子で組んだ。この大神宝を完成させて 3 年後に、父が急逝 した。もし、康史さんが大学に進学していたら、この技術は 伝承されず途絶えていた。父が亡くなった時、康史さんは 24 歳。父から平緒の基礎技術を学んだことで、父の死から 3 年後、康史さんのもとに、神宮司庁から第 62 回の式年遷 宮の神宝の調製の依頼があった。伝統の技はかろうじてつ ながったのである。

 式年遷宮がなかったら、日本の文化はここまで残らなかっ たといわれている。もちろん途絶えてしまったものもあるが、

20 年に 1 度、すべてを新しく調えることによって、日本文化 は受け継がれてきたのである。

 今回の式年遷宮には、当代一の名匠たちが “ 一代の名誉 ” として携わり、714 種、1576 点の気品と品格を備えた格調 高い麗しい御料が神のもとに奉じられた。

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太刀身調製。太刀身はすべて直刀と呼ばれる反りのない切刃造。太刀 身を調製しているのは当時の人間国宝・天田昭次さん(平成 25 年 6 月 に死去)。

(p.098) 須賀利御太刀

この太刀の大きな特徴は、柄に 10 個の小鈴をつけた大輪金と、鴇の羽 をまとっていることである。金具の要所に水晶、瑠璃、琥珀、瑪瑙など 114 丸をまとう、玉纏御太刀と並ぶ豪華な飾り太刀である。

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太刀拵は、京都の森本錺金具製作所で調製された。鮫の皮の文様を銀 板に写し取っているのは、4 代目の森本安之助さん。

豪華で華麗な玉纏御太刀に、水晶、瑠璃、琥珀、瑪瑙をちりばめ、300 丸の 5 色の吹き玉をまとわせる。髪の先ほどの誤差も許されない精巧 な技術と集中力が求められる。

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唐組平緒の製作工程。玉纏御太刀、須賀利御太刀などの付属品として 調整される。植物染料で染め上げた 11 色 432 本の絹糸を用いて組み 上げていく。古澤さんは、1 日 1cm、1 年がかりで 1 条(本)を組み上 げていく。

(p.101) 古澤康史さん

古澤さんは 24 歳のときに、仕事の師である父を亡くす。父の教えを基に、

4 年がかりで気品に満ちた麗しい平緒 4 条(本)を調進した。

南里空海(なんり・くみ)

1999 年、ヴァチカン「大聖年」の扉が開かれた際に取材を許された唯 一の日本人ジャーナリスト。キリスト教だけでなく仏教や神道にも造詣 が深い。著書に『伊勢の神宮』『ヴァチカン』『神饌』『伊勢の神宮 御 装束神宝』などがある。

いま行きたい

地方のすし名店

  

撮影=古市和義、鈴木一彦、坂本正行、佐藤竜一郎、大見謝星斗 取材・文=遠藤賀子、直江磨美 ( かた田 )

編集協力=瀬川 慧、西村晶子、柳 ゆう

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美食家を唸らせる名店が軒を連ねるのは、大都市・東京だ けではありません。今、注目されているのが地方のすし店。

気鋭の若手すし職人からベテランの主人まで、彼らが握るす しを求めて全国からお客が訪れます。その多くが漁港に程近 く、その土地だけでしか味わえない獲れたてのネタを手頃に 堪能できる、地方のすし店ならではの魅力を紹介します。

上:駿河湾に面した、静岡県焼津市の焼津漁港。停泊する小型船の先 に素晴らしい富士山の眺望が広がる。

右:焼津ではその日の朝、揚がったばかりの真鯵、甘鯛、かます、ほう ぼう、太刀魚、赤むつ、さより ( 手前から奥に ) が、すし店の調理場に 入る。

中:板前はその魚に適した細工を施してから、シャリと一緒にすしとし て握る。

奥:松野すしのにぎり。近海だけでなく遠洋漁業も行われている焼津で は鮪も揚がるため大トロや中トロが安く食べられる。

※記事内に表記されている料金は、2014 年 4 月 1 日以降の消費税 8%

を含む料金です。

静岡県

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松乃寿司

 map ①        

遠洋、近海の魚が揚がる焼津港が目の前に

焼津港から車で数分の松乃すしは、主人の斎田清さんが 50 年営む地元に根ざした店だ。県内はもちろん、周辺の愛知 県や岐阜県からも多くの常連客が、観光の際に立ち寄る。

「静岡は気候に恵まれた土地で、花や果物が豊富だし、もち

ろん魚も豊富。近海の白身魚も種類が多いですし、遠洋漁 業による鮪も入ります」と斎田さん。これからの 5 月はすず き、いさきなどの白身、生のしらす、鰹などが旬だ。店で 使う魚は 8 割を焼津港から、赤貝やみる貝、しゃこや穴子な どは隣の愛知県の三河湾から仕入れる。斎田さんは「なる べく手を加えず、ネタの持ち味を生かす」というが、素材の よさを引き出す江戸前の細工も忘れない。たとえばれんこ 鯛 ( 上写真の中央 ) は、三枚におろしてから塩でしめ、湯引 きをし軽く包丁で筋目を入れてからシャリと握る。引き締まっ た身はうまみがたっぷり感じられる。

 オリジナルのいかのてっぽうずしは人気メニュ−で、じん どういかの中に中トロ、ねぎ、大葉、もみ海苔を詰めたもの。

柔らかい歯ごたえのいかに、ねぎトロの脂と薬味の大葉が よく合う。店内はカウンタ−席だけでなく小上がりや座敷も あり、寛いで食事ができる。富士山から車で 1 時間の距離 なので、観光の際に足を延ばして訪れたい。

上:左から、炙ったかます、れんこ鯛。ともに焼津港で揚がった魚に細 工を施して。右は隣の愛知県から仕入れた穴子。にぎりおまかせ 3,240 円。

中:主人の斎田清さん ( 右 ) と、息子の成広さん。

左下:いかのてっぽうずし 700 円。

下:店は一戸建てで駐車場も完備。

静岡県焼津市本町 4-6-3 Tel. 054-627-6666

11 時〜 14 時、17 時〜 21 時 水曜定休

富山県

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美乃鮨

 map ②         富山産の米と富山湾の魚介のにぎり

全国の漁港の中でも魚種が豊富なことで知られる富山県。

美乃鮨は富山市内の中心街にあり、女性同士でも入りやす い構えだ。主人の三島裕起さんは富山で店を継いで 20 年、

2014年  春/夏号  日本語編

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