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休日にウイーンで見たもの

第 5 章 その他 xxx

5.4 休日にウイーンで見たもの

5.4.1 休日の街歩き ( 執筆担当:東松真 )

日曜日は大学でのプログラムがないため、自由に街の散策をすることができた。ウィーンはそれほど広 くはない中心部に建築が集中しているため、1日でかなりのスポットを巡ることができる。私は朝9時半 頃に地下鉄でSchottentor駅まで向かい、そこからリンク沿いを左回りに散策し、最後に中心部をまわる というプランで過ごした。店の閉まっている日曜日は建築名所を周り、平日の空き時間はお土産探しに当

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て、夜はオペラやコンサート、バーなどで楽しむのがおすすめである。

 期間中にほとんどの建築名所を網羅したが、中でも王宮にある国立図書館は群を抜いて素晴らしかっ た。私は建築を専攻しており、国内外の数多くの建築を見てきたが、建築を見て感動したのはこれが初め てだった。彫刻や絵画の美しさにとどまらない、国の権威をまざまざと感じさせられるような空間で、小 一時間ほどぼーっと座って過ごしてしまうほどだった。建築への興味に関わらずぜひ外さずに見て欲しい と思えるような建築であった。

5.13 オーストリア国立図書館 5.14 日本とはスケールの違う市庁舎

5.4.2 ウイーンの休日について ( 執筆担当:村松彩香 )

(1) 美術史博物館

1階には、工芸美術作品や古代エジプトの壁画や古代ギリシア、ローマのコレクション等が展示されて いた。展示品に合わせてそれぞれ部屋の内装が異なるという点も非常に魅力的であった。2階には絵画が 展示されており、全体的に人物画の割合が多いような印象を受けたが、ブリューゲルの『バベルの塔』を はじめとしてフェルメールやラファエロなどの有名作品も多数展示されていた。また絵画の模写をするパ フォーマンスも行われていた。とても広いうえに展示品の数も多いので時間が経つのがあっという間だっ たが、普段なかなか見ることのできない作品を実際に目の前で鑑賞でき、とても充実した時間を過ごすこ とができた。

         

xxxvi5章 その他

5.15 美術史博物館の外観 5.16 展示品に合わせた天井装飾

(2) オーストリア国立図書館

ガイドブックで「世界一美しい図書館」としても紹介されており、豪華なホールを意味するプルンク ザールという名のついた、ホーフブルク宮殿にあるバロック様式の図書館である。館内には20万冊以上 の蔵書のほか、大理石で造られた柱や美しい天井画が見られる。周りの高い本棚に囲まれた空間に身を置 き、窓から差す太陽の光に照らされながら何時間でも座って読書をしていたいと思うような、とても素敵 な場所だった。丸天井となっている中央部にはマリア・テレジアの父であるカール6世の像が飾られてお り、そのほかにも本はもちろん、絵画や写真等も多数展示されていた。

(3) 新王宮内の博物館

ここには、古楽器コレクション、狩猟・武器コレクション、エフェソス博物館の3部門のコレクション がある。まず古楽器コレクションでは、「ラ・カンパネラ」など数々の超絶技巧曲で有名な作曲家である フランツ・リストが使用したピアノや、現代のものとは違う珍しい形をしたピアノ、そのほか歴史的な楽 器が数多く並んでいた。実際に試演ができるピアノも置いてあり、その音色はまさにJ.S.バッハが生き ていた頃のバロック時代を彷彿させるものであった。あとの2部門については、時間の関係上残念ながら 見ることができなかったものの、狩猟・武器コレクションでは中世以降の狩猟具や武具、エフィソス博物 館では古代都市エフィソスで出土した彫刻作品が鑑賞でき、どちらも貴重な展示品ばかりである。

5.17 フランツ・リストが使用したピアノ 5.18 鍵盤が3段のピアノ

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第 6

所感

本プログラムに参加した理由は、元々ヨーロッパ人の知り合いが少なかったこと、また文化や宗教、地 理など様々な観点からみて興味があったからである。さらに、アーヘン工科大学やウイーン工科大学での 学生生活や研究環境を知ることができる魅力的な機会であると考えたからだ。

アーヘン工科大学で訪問した研究室は自分の専門分野である航空・宇宙に非常に近く、最先端の研究が 行われていて興味深かった。さらに、大学案内や講義だけに限らず、アーヘンではおよそ20 人ぐらいの

「バディ」が参加しており、貴重なグローバルな経験ができた。バディ全員が日本に興味があるフレンド リーな方々で、お互いの文化や大学生活など色々な話をすることができ、とても楽しかった。

一方、ウイーンでは学生交流はあまりなかったが、自分の分野以外でも多くの研究所を訪問することが できた。また、ウイーンでは自由行動の日が一日あった。「シティバイク」というレンタルバイクを借り、

一人で美術史博物館,自然史博物館,ホーフブルク王宮,ベルヴェデーレ宮殿,カール教会といった街の有 名なスポットを観光した。GPSがなく、手元のガイドブックの地図しかなかったが、街の大学生、店員、

軍要員など様々な方が親切に案内をしてくれた。ウイーンの歴史的な建物を観光するだけでなく、街の 人々と触れ合えることができ、彼らの心の優しさを感じられる良い経験だった。

両方の大学は最先端の研究が行われている素晴らしい大学で、交換留学生を非常に歓迎している。国際 連合ウィーン事務局での案内を含め、IAEAでの講義も印象的だった。このプログラムのおけげでヨー ロッパへの知識が広がった。これからドイツ語を勉強し、機会があればバディと日本で再会したいと思 う。貴重な体験を提供して下さり、対応をして下さった先生方々やスタッフに感謝する。

(アマル・ディランカ)   

私はこのプログラムを通して、多くのものを学び感じることができた。そして、様々な貴重な経験を し、様々な人と出会うことができた。そもそも、ドイツ、そしてオーストリアとは私にとって、長らく憧 れの地であったと同時に、当然のことながら、今もそうあり続けている。それぞれの国で見たこと感じた ことの中でも、本稿で触れられることの少なかった、文化的な面を中心に記していく。

 まずは、ドイツである。文化的側面に話を進める前に、専門ごとに分かれ訪問した、アーヘン工科大 学Flight System DynamicsCharles Ben教授の研究室について、感じたことを述べたい。最も印象 に残ったことは、学科の垣根を超えて学生主体で取り組むプロジェクトが豊富にあることであった。確か に東工大にも似たようなものはいくつかあるが、それらは多くの場合、限られた学科の学生にとどまる。

アーヘン工科大学のそういった学科間のつながりの強さというものが垣間見えた。

 続いて、ドイツで出会った人々との交流について書きたい。東工大のドイツ・オーストリアのプログ ラムは、以前からアーヘン工科大学においてバディを用意してくださっており、今回も大変お世話になっ

xxxviii 6章 所感

た。学生交流の時間では、お互いの食文化や言語、日常生活など、他愛もないことから、真剣な話まで実 に様々な話をすることができ、このプログラム全体を通して最も貴重であり、且つ楽しかった経験である と言っても過言ではない。欧州では、何でもないことであるようではあるが、彼らの多くがいくつかの言 語を操ることができる。言語力というものが、どれだけのアドバンテージになるかというものをここまで 痛感した経験はおそらく、未だかつて無かったと思う。というのも、彼らの話を聞いていく中で、言語の 壁さえなければ、少なくとも欧州の中は本当に自由に行き来することができ、その自由がいかに大きな意 味を持つかを実感したからである。

  ドイツを出国する最終日、堺さんと角田さんの案内の下、ライン川沿いにあるデュッセルドルフの メディンハーウェンへと足を運ぶことができた。そこは、いわゆる中世ヨーロッパの壮麗な街並みとは対 照的に、近現代の非常に興味深い建築群が立ち並んでいた。フランクゲーリーによるノイアーツァルホー フを始め、モンドリアン風の外観をした建物や、たくさんの色鮮やかな人形たちが、壁を登っていく様子 を表現した建物など、そこかしこに個性溢れる建築の数々がライン川の両岸を埋め尽くしていた。西洋の 歴史的な建造物とは一線を画すそれらは、見ていて飽きることはなく、違った美しさや、独特なバランス を持っていた。

  一方で、オーストリアの特にウィーンという地は、正に中世ヨーロッパの豪勢を極めた貴族たちの 象徴ともいうべき宮殿や庭園が、都市の中心を美しく飾っていた。同時に、ウィーンは 音楽の都 であ る。長い音楽の歴史の中で、数えきれない音楽家たちがここウィーンで、人生の一部を過ごし、多くの名 曲の数々を後世に残していった。そして今もなお、世界中のクラシックファンの憧れの聖地であり、彼ら を魅了し続けている。そして私も魅せられた一人である。

様々な貴重な経験をした中でも、一際特筆すべきは、ウィーン国立オペラ座で見たトゥーランドット であるだろう。初めて見たオペラが、ウィーン国立オペラ座でのトゥーランドットであったというのは 何とも贅沢な話ではある。そして、ウィーンフィルはシーズンの関係で見ることができなかったものの、

ウィーン学友協会の黄金の間で、モーツァルトのとヨハン・シュトラウスというウィーンを代表する二大 作曲家の作品の数々を聴くという経験は人生でも、幾度とないであろう。

更に幸運なことに、ウィーン渡航中、幾度かピアノを弾ける機会があった。新王宮内にある古楽器コレ クションの中のチェンバロを弾くことができたのも印象深かったが、音楽館のロビーにてピアノを弾いた とき、全く上手く弾けなかったにもかかわらず、偶然居合わせた方々に拍手をいただけたことが本当に嬉 しかった。

それ以外にもベートーヴェンが難聴の症状の発症により遺書を書いた、ハイリゲンシュタットヘの訪問 や、交響曲第6番「田園」の構想を練ったとされる、小川沿いのBeethovengangをのんびり散歩するな ど、ベートーヴェンの生きた時代に思いを馳せることができた。

このプログラム全体を通して言えることは、想像を超える多くの方々が、このprogramに関わり、多 くの時間を割いてくださったことを決して忘れてはいけないということである。もちろん一緒に渡航し た、個性豊かなメンバーの方々がいなければ、こんなに充実したプログラムにはならなかったであろう。

本当にありがとう。

(中釜雄太郎)   

今回私がこのプログラムに参加したのは、短期間とはいえ日本とは違う環境で生活してみる為、海外で 自分の英語が通じるのかを実践を通して確認する為、そして海外でITがどのように生かされているかを 知る為、という3つの目的があったからである。結論としては、全ての目的を達成し、充実した有意義な

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