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第5章 まとめ

5.2 今後の研究課題

制度導入検討にあたっては、費用便益分析が重要と指摘したが、ここで費用と便益の定量 化が課題となる。また、本稿は 2,000 ㎡以上の新築分譲マンション市場を分析対象とした が、賃貸住宅、戸建て住宅や既存住宅等を対象にする際等には、性能計算・評価・設計や性 能向上等に係るコスト増を抑えるため、EU のように省エネ・光熱費のみとするなど、評価 項目の絞り込みや簡易評価を検討することも必要になろう。そのためにも、対象建築物の特 性に応じた費用と便益の定量分析等の研究の蓄積が重要となる。

62 実証分析2におけるメジャー7の広告表示義務ありの物件の予測値の分布(%)において約2%。なお、今回実 証分析を行ったサンプル 3,434 件のうちランク5は 26 物件で0.7%に過ぎなかった。

63 一方で、外部性対策と情報の非対称性対策は互いに影響を及ぼすので総合的に考える必要があることにも留 意が必要である(例えば、ピグー税等により社会的費用を内部化する際、広告表示義務等により情報の非対称性 が緩和された状態を前提とするかどうかで、外部性対策に求められる水準は異なる)

64 多くの地方自治体で導入されている金利優遇や容積率緩和などは外部性対策として位置づけられる。要件等を 環境効率(BEE 値)の水準で判断しているが、BEE 値と外部性の大きさやその影響範囲等については検証が必 要である。

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このため、広告表示義務による消費者の購買行動への影響分析や環境不動産の価値の定量 化(環境性能と不動産価格の関係に係る実証分析の蓄積等)、住宅の性能ごとの情報の非対 称性の程度把握、住宅の断熱化等による副次的便益(知的生産性、健康増進等)、広告表示 義務に係る費用の定量化(特に広告の機会費用の算定)等の研究を蓄積していくことが必要 である。また、消費者にとって情報価値の高い分かりやすい表示内容・方法のあり方(光熱 費表示の追加など)や表示制度の信頼性を高めるためのモニタリングの方法(第三者による 評価や抽出検査など)も、今後の研究課題である。

住宅品質に係る情報の非対称性は既存住宅市場において特に大きいことからも、今後、戸 建住宅含めた既存住宅の売買・賃貸時の効率的な表示制度のあり方について、研究を進化さ せる必要がある。

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補論 高品質企業が任意表示制度を活用しないのはなぜか

3.1では、高品質企業が同じ表示制度を活用しない場合には、当該表示制度は消費者にと って情報価値が低いものとなってしまう可能性を指摘した。では、なぜ高品質企業が当該表 示をしないことが起きるのかについて考察する。

そもそも個々の企業の行動から考えると、任意の表示制度を活用するのは、それによって、

高品質であることを消費者に示して、当該物件の付加価値をつけるのが狙いである。当然、

品質を向上させ、表示を行うことには費用が発生する。企業は、品質を向上させ、表示を行 うことにより発生する「限界便益」が、それにより発生する「限界費用」を上回れば、品質 向上及び表示を行うことになる。一方で「限界便益」が「限界費用」を下回れば、品質向上 や表示を行わないことになる。

ここで重要なのは、個々の企業によって、その「限界便益」と「限界費用」は異なる点で ある。企業は差別化戦略において、消費者に対して異なるものさしで差別化を図ろうと試み るが、その際、そのものさしを消費者が信頼するかどうかが鍵になる。技術力のある中小企 業では、企業独自のシグナリングが信頼されない場合、公的なものさしが重要な価値を持つ。

こうした企業が環境性能で差別化を図ろうとする場合、公的表示による「限界便益」が大き く、表示を選択する可能性が大きい。一方で、消費者から高品質企業と予想されているよう な大手企業であれば、総合的な評価や消費者からの信頼度で十分に差別化可能であるため、

環境性能の公的表示による「限界便益」は必ずしも高くない。大手企業は、ブランドが確立 されているが、そのブランドは環境性能に関して内容、レベルともにあいまいなものに留ま る。あいまいな内容でも消費者から信用されている大手はあえて環境性能の表示をするこ とはない。その結果、大手不動産会社は公的表示制度を積極的に活用しなくなる可能性があ る65。消費者が、高品質マンションと認識する物件において当該表示制度が活用されていな いと、消費者は当該表示制度を認知する機会も減り、信頼性も高まらない。そして、そもそ も、消費者は表示しない大手企業の物件と同じものさしで性能を比較できない。

このケースでは、大手企業以外においてもその行動に影響を及ぼす可能性がある。つまり、

高品質住宅市場において表示制度が一定程度普及しないと、消費者は性能を比較すること が依然として困難(情報探索コストが大きい)であり、表示の便益が小さい。表示の便益が 小さいと結果として表示制度は活用されなくなる。表示物件が少ないと、物件比較も困難と なる。このような状況下では、必ずしも自主的な表示の取組みが期待できないことが考えら れる。

65 また、最高級ブランドを自負する企業においては、最高等級(ランク5)以外の評価(ランク4など)は、競合他社よ り優れていたとしてもブランドを毀損する恐れがあるとして、積極的に表示をしない。現状では、CASBEE の S ラン ク(最高等級)はハードルが高いこともあり、ブランドの維持・形成や CSR としてパイロットプロジェクト以外ではあま り取得されていない。なお、最高等級を取得したマンションは、企業のプレスリリースや HP 等で「○○マンションは、

○県初の建築物総合環境性能評価システム「CASBEE」の最高ランク S で評価認証を取得しました」などと、積極 的にアピールされることが多い。

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