第4章 総合考察と今後の課題
第2節 今後の課題
第1項 「不登校を考える会」の今後の課題
会発足後,4年目のアンケートから第3章第1節で述べたような「保護者・教師の参加の 違い」という本会の根幹ともいえる大きな課題が見えてきた。どうやらこの会の雰囲気を 強く作り出しているのは,やはり教師で,そのあたりに今後の課題がうかがえるように思
われる。
昨今,筆者の周りでも,不登校の問題に強い関心を持ち,カウンセリングの研修会・勉 強会などへ積極的に参加をする教師が増えている。なぜこの生徒が学校に来なくなったの か。学校としてどう対処すればよいのかを考え,その方法を模索し,適切で,具体的なア ドバイスを求めている。学んだ事柄を何とか学校現場で活かそうと試みるのは,確かに意 味のあることだと思う。しかし,そういう教師の前で保護者が内なる思いを語るのは非常 に難しい。この会を表面的に「不登校に関わる保護者・教師がグループで率直に話し合い,
支え合い,学びの場」ととらえるのではなく,「保護者・教師がお互いの立場を越え,一人 一人の人間として,互いにその重みを感じ合い,それが自立への大きな援助につながる」
という深い意味合いがあることを特に強調したい。そうなると会の進め方も,おのずと決 まってくる。「不登校を考える」というテーマはあっても,あえて細かな議題は考える必要 がないのである。毎回,会のテーマをスタッフが提示するのであれば,参加者に無理に考 えさせ,発言を強要することにもつながるだろうし,今日は発言したくないという参加者 の思いを尊重できない。あらかじめ議題を連絡し,次回はこのことで話し合いましょうと いうのも同じである。その場,その時の感情がことさら話しにくくなるような気がする。
だから,二度とない,月一度のその会に,その参加者によるその場自体に大きな意味を見 いだし,その場の雰囲気による発言を大切にしたいと考えている。
このような会では,参加人数も20名前後がぎりぎりかと思う。ほぼ毎月,会報を発行し,
A府私立中・高等学校すべてに送付し,各学校の不登校生の保護者に紹介して欲しいとい う思いはあるが,逆に参加者が多くなり過ぎると,会の主旨を貫き,運営していくことは 困難を極めるだろう。まだ,現実に参加者が多過ぎたことがなく,その対応は具体化して いないが,考えておかねばならない課題ではある。
今,スタッフにできることは,会や会報を通して会の意味合い・主旨を参加者に深く理 解してもらう努力を粘り強く続けていくことであろう。そうすることで,より一層居心地
のいい会になり,また立場を越え者同士深いところで分かり合えた,感じ合えたと実感で きたとき,この保護者・教師の差は限りなく縮まるであろうと考えている。そうするため には,教師の参加姿勢や,特にその場を提供しているファシリテーターの役割を今後一層,
考えていく必要があるだろう。
現在は,私学の教員が本会の運営を全面的に行っているが,保護者の代表が会の運営に 参画することで,保護者の意見を取り入れることができ,より充実した会になると考え,
今後の検討課題としたい。
第2項 「会報」の今後の課題
1996(平成8)年9月に実施した記述式のアンケート項目に「学校で会報はどのように 役立てておられますか。具体的にお教えください」と記し,A府私立中・高等学校の生徒 相談(教育相談)担当者から回答を得た。それには「分掌内で回覧する」「全職員に印刷を
して配る」「不登校生をもつ担任に渡す」「職員室や保健室に掲示する」などがあった。最 近では,中・高等学校の担当者から会報のコピーを渡され,その会報を片手に本会に参加 する保護者も多くなってきていることからも,学校と本会の橋渡し的な役割を会報が担っ ているとも考えられる。
また,ある学校の養護教諭は保健室に来室した生徒にこの会報を見せ,それをきっかけ に生徒との会話が進んでいるという。その学校の生徒は,会報に描かれたイラストが可愛 いとそれに色を塗ってくれるのだそうだ。会報に携わる者として,いろいろな使われ方が あることを嬉しく思っている。
筆者の勤務する学校では,毎回,全職員にこの会報を配布している。また,職員研修に 会報を抜粋して使用したこともあり,「不登校を考える会」や「会報」については多くの職 員に周知されている。また会には参加できなくても,会報に関心を持ち,筆者にいろいろ な感想を述べてくれる教師が増えてきたことからも,「不登校」への関心と対応を多くの教 師が考えるきっかけとなってきており,着実にすそ野を広げることにつながっていると考
えている。筆者は不登校に関することで保護者と面接をする際にも,この会報を渡すことが多い。
渦中にいるときは会報に書かれた内容がなかなか理解しにくかったが,気持ちが落ち着い てくると,会報に書かれている内容が理解できたと保護者から言われることが多い。きっ と渡した会報を何度も読み返され,その中から何かを得ようとされているのだろうと想像 すると,非常にありがたく,今後も読者の心に響き,読まれて安心する,また気づきにつ ながるようなものを作っていきたいと思う次第である。
この会報は,スタッフの力だけで作り出せるものではない,ということもぜひ申し添え ておきたい。本会に参加された保護者・教師またカウンセラーからの原稿や,その場での 様子をもとに作成しているのである。いわば「会」に携わるすべての人の力でできている ものである。今後,さらに内容の充実を図るためにも,多くの方にこの会報を読んでいた だき,感想や体験談などを読者の声として会報に掲載していくことが必要ではないかと思 っている。また,実際そうすることが読者のニーズに近づき,よりよい会報になっていく
ことだろうと考えている。本会と同様に,保護者の代表が会報作成に携わることで,今までとは違った視点をもっ
た会報ができるのではないかと考えている。それについても今後の検討課題としたい。
第3項本会とベーシック・エンカウンターグループの比較から
第2章第2節で述べたように,本会は参加者の自己理解や他者理解が促進することを第 一の目標として,ベーシック・エンカウンターグループを基本として発足した。しかし第
3章第4節に述べた一事例のように,本会は個人へのアプローチの場面が多く見られる。
参加者には,「実際に子どもとどう向き合っていけばよいか」といった心理的援助を求め ている保護者が多い。会の基本理念で書いたように,本会は決して子どもへの対応のhow to を教える場ではない。むしろ保護者自身の心に焦点をあて,子どもの気持ちを理解してい こうという姿勢を持ち,毎回カウンセリングもしくはセラピーといってよい関わりがなさ れている。4人のファシリテーターのうち2人は臨床心理士であり,その位置づけはファ シリテーターというよりもセラピストというべきかもしれない。ただ,当然ではあるが深 く考えてみたい参加者の自主性は尊重される。
ベーシック・エンカウンターグループでは,参加者が自由に自らを表すことがもっと多 く,「出会い」を大切にしょうとするであろう。本会では,当事者以外の発言は少なく,最 後まで黙ったままの参加者も珍しくない。ただ,その場にいるだけでも「随分参考になっ た」「心が落ち着いた」という人が多いことは,終了時のアンケートにも書かれている。し かし,「とても話せそうにない」という参加者がいるのもまた事実である。一方,参加して いる教師の中には「保護者にもっと話して欲しい」といった,やや外からながめるような 参加の仕方をする者もいる。保護者と教師の心理的援助の切迫感に違いがあるのは仕方の ないところであるが,このような参加者の「心のギャップ」をしっかりと捉え,交流を持 てるような場を作っていくことも必要なことである。そうなると,参加者の自由な発言を 得るためには,ファシリテーターの会を進めていくための工夫を考えていく必要があると 思われる。また2時間という枠組みは短すぎる感もある。しかしその限られた枠の中で,
できるだけ保護者・教師が直接伝え合える場が,本会の目的である「悩みを率直に出し合 い,相互の交流を深めるなかで,子どもたちの自立への援助」につながっていくと考えて
いる。
今後さらにそのような会を目指し,保護者・教師という立場を越えた両者が「出会える」
別つくりこそが今後の課題だと筆者は考えている。
ドキュメント内
不登校に関わる保護者・教師への援助についての実践的研究 : グループセラピーとしての「不登校を考える会」
(ページ 70-164)