はじめに
序章で指摘したように、人権の文化多元主義的アプローチからすると、「普遍的」と語ら れる人権の「普遍性」は自明ではなく、それは西洋社会が構築したリベラルな人権言説と 見なされ、同時に、非西洋社会にはそれと異なる人権概念が存在すると考えられる。後者 は、さまざまな(特に非西洋)社会において、その歴史、文化、政治、社会経済などを背 景に草の根から必要に応じて構築され、地に足のついた固有の要素を色濃く体現する人権 概念である。これを「ヴァナキュラーな人権」と呼んだ。このヴァナキュラーな人権を移 行期のカンボジアにおいて探求するのが、本章の目的である。
ヴァナキュラーな人権が生成される最も典型的な場所や時期は、移行期の社会である。
外部から新たにもたらされる(国際)人権の概念や規範に触発されて、それまでは自明視 されていたローカルの文化的伝統や価値観を遡及的かつ批判的に再解釈する受け手の自覚 的な作業から、ローカルの価値観に内在する人権概念が創造されてくる。移行期のカンボ ジアにおいて、次のような要件が重なって、そうした内発的な人権概念が構築されてきた。
第1に、パリ和平協定と1993年憲法により、国際人権規範を法的に遵守することが政府 の義務となった(第1章)。第2に、UNTACの統治以降、カンボジア政府は多数の国際人 権条約を批准することで、それを国内的・国際的に实施する責務を貟うことになった(第 2章)。第3に、UNTACの最も重要な課題が総選挙の成功であったことにから、選挙権を 含む(国際)人権の基礎的な知識を草の根レベルで普及する必要が生じた(第5章)。第4 に、カンボジアは仏教が定着しており、その価値観と人権を架橋しようとする人権NGOや 一部の仏教僧が存在する(第5章)。それらの「媒介者」が仏教の教義にはリベラルな人権 概念とは異なる仕方で同じような機能を働かせることができる価値観が内在することを強 調した。そうした活動によって人権の文化的側面が再発見され、ヴァナキュラーな人権が 創造されてきたのである。
第5章では、その一部を仏教的価値観に根ざした人権教育の实践を事例として論究した。
本章では、より根本的に人権を考える哲学的な行為である「人権の基礎づけ」に焦点を合 わせる。特に、人権を宗教的に基礎づける――思弁的ではなく实践的な意図を持った――
作業において見出されるヴァナキュラーな人権の内实を探求する。そのさい、序章で確認 したように、ヴァナキュラーな人権の研究が着目する「人権の思想的・機能的等価物」と
「新たな人権概念の道徳的・倫理的基盤」という2つの考察対象のなかで、前者を中心に 考察する。
以下、本章は、次のような手順で論述する。最初に、人権の基礎づけとヴァナキュラー な人権との関係について理論的に整理し、特に人権を宗教的に基礎づける営みからヴァナ キュラーな人権が創造され得ることをのべる(第1節)。次に、人権の仏教的基礎づけを含 む、人権と仏教の相関関係を考察するさいに重要な3つの論点を指摘する(第2節)。その
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上で、カンボジアの人権NGOによる人権と仏教を架橋しようとした調査研究を素材として、
仏教の教義に見られる人権の機能的等価物を摘出し、リベラルな人権概念との相違を示す
(第3節)。そして、人権と仏教との間に相関関係があることを主張するカンボジア知識人 の見解とそれに批判的な欧米人の意見を比較する。双方による評価の相違を確認すること により、そこにある隔たりを埋める概念として、人権の機能的等価物が必要かつ有効であ ることを示す(第4節)。最後に、カンボジアに見られる仏教的価値観に根ざした人権概念 が、リベラルな人権概念の課題を克服し補充する可能性、現在登場しつつある新たな人権 概念を補強する可能性について指摘する。
第1節 人権の基礎づけとヴァナキュラーな人権
人権の哲学的・道徳的基礎づけに関しては、それを否定する立場がある一方で、肯定的 な立場からは主に、「实体的(属性的)基礎づけ」と「手続的基礎づけ」の2種類が存在す る。前者は「人間の本質的属性」や「人間の本性」などから人権を正当化するものである。
これは、宗教や思想といった特定の实体的価値観(文化やイデオロギーなど)に依拠して 行われることが多い。そのため、そうした価値観が自明視されることで、特定の社会だけ に通用する可能性が高くなる(普遍化可能性に開かれ難い)、また人間の本質的属性が既に 決定されているという本質主義や文化の構築性が無視されるという課題が残る。他方で、
後者は対話や理性的討議による相互承認によって人権を基礎づけようとする試みである。
この間主観的な相互承認の手続によって人権を正当化する試みは、前者の難問を克服しよ うとするけれども、实際には自律した個人という人間観とリベラルな人権観を前提として いる場合がほとんどである421。
ユダヤ-キリスト教という一神教を背景とする西洋社会で誕生することになった人権は、
それを正当化する根拠として長らく神学を基礎とする自然法理論が唱えられてきたが、次 第に世俗的なそれへと移行することになる422。この流れと同時並行して――特に、市民革 命そして科学技術の進歩と实証主義の台頭により――自然法理論は後退し、人権の基礎づ けも宗教から世俗的なものへと変化していった423(これは、「实体的」から「手続的」基礎 づけへの変化と見なせる)。この趨勢は、第2次世界大戦後に発展した国際人権規範におい ても――人間の尊厳を基礎に置くという意味で世俗的な自然法理論を再生しつつも――継 承されている。すなわち、国際人権法では関係国の文化的・宗教的背景が多様であること に由来する普遍的な合意の困難さを理由として、宗教的な根拠が排除されている424。その 結果、現在でも宗教が人権にかかわることについては研究者(特に法学者と哲学者)の間 で批判が多い425。
421 この2種類の区分、その長所・短所については[市原2009]第3章を参照。
422[シースタック2004]65-67頁。
423 [Freeman2004]chapter VI、[Freeman2011]chapter2を参照。
424 [Freeman2004]391.
425 その具体的な理由については、[Bucar and Barnett2005]4、[Witte and Green(eds.)2012]14-15を参照。
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この事实から、レッテは尐なくとも3つの重大な問題が提起され得ると考えており、そ のひとつが宗教を離れて人権を正当化することができるのかという点である426。この課題 に対して、人権の世俗的基礎づけは最終的に成功せず、人権の宗教的基礎づけが必要であ るという一定の主張が存在する427。これらの研究から、人権に対する宗教的アプローチの 必要性と有用性について、次のような諸点が主張されている。そのアプローチは、第1に、
現在の世俗的(西洋的)人権概念に対するオルタナティブを提供することができる。それ は人権概念の発展に寄与してきたし、今後もその潜在的力が期待される。言い換えると、
一般的に「普遍的」とされる人権がさらに普遍化する可能性がある。第2に、宗教者と宗 教的マイノリティの間において人権の理解と確信がより促進される可能性が高いというこ とである。宗教による人権の基礎づけは宗教的コミュニティにおいてこそより必要かつ有 用である。第3に、宗教者と宗教的マイノリティが権利意識を向上させることは――世俗 と宗教のいずれも含む――社会全体においてより人権を实現することに寄与する可能性が ある。人権に対する宗教的アプローチは世俗的領域を尊重できる。第4に、人権の宗教的 基礎づけには、宗教の教義をその源泉や原典に回帰するだけでなく、人権の視点から教義 を再解釈することも不可欠である。そういう意味での宗教に基礎を置く人権の解釈学は、
宗教界そのものを人権に配慮した教義、制度や儀礼へと変容する側面を秘めている。
本章の趣旨からは、第1と第4の主張が特に重要である。すなわち、宗教による人権の 实体的基礎づけの課題を克服するために、人権の視点から宗教を内在的に批判する――宗 教の教義に含まれる人権を促進する要素だけでなく阻害する要素も承認し、前者の要素を 基礎に人権を考え、さらに後者の要素も宗教の原典・原点に遡って再解釈していく――こ とが必要不可欠であり、实際にもローカルな現場でそうした内在的な批判がなされている。
こうした作業からヴァナキュラーな人権が創造されてくるのである。ここに、人権の(实 体的・宗教的)基礎づけがヴァナキュラーな人権と接続する場がある。
特定の宗教世界に所属する「媒介者(中間者)」がこうした意味における人権の基礎づけ を自覚的に行う作業から構築されてくるヴァナキュラーな人権は――宗教の教義を人権の 視座から再帰的に解釈していることから――その他の社会で人権が促進されることに援 用・応用される潜在能力を有する。その意味で、序章でのべたように、ヴァナキュラーな 人権は内在的普遍を内に包み込んでおり、これによって超越的普遍(国際人権規範)へと 通じる回路を持つことになる。それは、主に人権の手続的基礎づけが前提とする西洋のリ ベラルな人権とは異なるが同じ機能を持ち、リベラルな人権観に対するオルタナティブな 新しい人権の道徳的・倫理的基盤を形成するのである。
ところで、人権の宗教的基礎づけは同じ宗教の内部でも、その方法や根拠については差
426 [Lette2012]135.
427 例えば、一神教の立場から、ユダヤ教は[Novak1996]、キリスト教は[Perry1998]、[Stackhouse2005]、
[Wolterstorff2008]chapter15・16、イスラーム教は[Muzaffar2002]などがある。また、多様な宗教による人権の基礎づ けに関する最新の入門書として、[Witte and Green(eds.)2012]を参照。