8 章 創作プロセスとはいかなるものか?―創作活動のプ ロセスモデルの構築
■8.1 本章のねらい
本章では「第三部 実証研究編」で得られた知見にもとづいて、本論の目的である創作プロセ スをモデル化すること、創作プロセスにおけるプランの役割をモデル化することを目指す。モデ ルを作るにあたって、まず、創作活動を対象とした 6 章、創作に向けた資源の準備を対象とし た7章で得た知見をあらためて整理する(6章は8.1節、7章は8.2節)。つぎに、対象の異なる 2つのプロセスを統合的な枠組みのもとで整理することで、実証研究編で見いだされた知見を踏 まえた、創作プロセスとプランの役割のモデルを構築する。
■8.2 6章の知見のまとめ
第 6 章の映画撮影の創作プロセスを対象とする研究で見いだされた知見を要約するとつぎの ようになる(図8-1参照)。
プラン(理念) → ← 資源(現実)
・現場の構造化
・介入可能性の生起
たえざる課題化と収束
・規範の生成
・志向対象の文化
痕跡の消去
プランの現実への置換
初期値の設定
=
図8-1 創作活動のプロセスの要約
創作の現場では「プランの現実への置換」がなされる。これは、プランに描かれており、いわば 理念的に存在していることを、人材や機材といった資源という“現実に存在している具体物”で 置き換えることを示している。こうして「理念」と「現実」に接点が見いだされることにより、
創作活動が展開できるようになる。プランを現実に置換することでそこに出来する資源は、創作 活動の「初期値」である。初期値は創作活動において、姿かたちを変えていく。しかし、初期値 であるからといって、それが重要でないわけではない。初期値を設定することで、はじめて「現 場の構造化」と「介入可能性の生起」が生じるためである。
現場に資源が配置されること、すなわち初期値が設定されることで、現場のどのあたりで創作 が展開されるのか、また、創作活動のなかで立ち入ってよい区域/立ち入ってはまずい区域/立 ち入りに注意を要する区域といったおおまかな区分けが、現場にいる人びとに明らかになる。つ まり、現場が構造化される(現場の構造化)。また、現場に資源が配置されることで、創作を展 開するために介入していく対象物が出現したことになる。言い換えると、他者と共同で見たり、
手でふれたりすることのできる対象物が現れたわけである(介入可能性の生起)。逆に言えば、
初期値が設定されるまえには、現場は十分に構造化されておらず53、介入しうる対象も存在して いなかったことに注意されたい。
設定された初期値にたいして「たえざる課題化と収束」が生じる。創作者は「これをこうする といいのではないか」「あれはよくないのではないか」といった具合に、初期値にたいして働き かけていく。すなわち、創作における「課題」がうまれる。そして、課題となったことにたいし て、やりとりのなかで何らかの解決がはかられる。うまれた課題はこうして消える。ところが、
解決して消えたとおもわれたことが、ふたたび課題として焦点化されることもある。このように、
一度は消えた課題がふたたび焦点化されるのは、ひとつには、創作活動においては「望ましい対 象のあり方」が一意に決まらないこと、ふたつには、創作対象が多様な側面をもっていること、
に由来すると考えられる。前者については、そもそも創作活動においては、何を「よい」とする かが自明でないこと、そして、創作の過程で望ましいあり方が変わっていくことが関連している といえる。後者については、ある側面の望ましい帰結が、別の側面の望ましい帰結と必ずしも整
53 初期値が設定される前、現場は構造化されていない。ただし、創作活動に先立って実在してる場所のあ り方自体が、現場の構造を規定している側面はあるだろう。たとえば、森のなかに一本道が通っていれば、
それが人びとの活動にとって資源・制約となる、という形で現場の構造を規定している。
合性をはかることができないことが関連しているといえる。そのため課題となったことの結末は、
課題がすっきりなくなったという意味で「解決」と呼ぶよりも、課題となったことが暫定的に収 まっているという意味で、「収束」と呼ぶことが望ましい。人びとによって、たえることなく対 象にたいして課題化がなされ、そして収束を迎えることをくりかえすなかで、創作活動それ自体 もまた収束していくことになる。この「たえざる課題化と収束」という創作活動の特徴は、事前 に活動の手続きを定めておくことができないという創作活動の特徴と関係しているといえよう。
創作活動にみられる「たえざる課題化と収束」において、創作者の行為がどのように変化して いくのか、また、創作者が志向している対象、すなわち志向対象がどのように変化していくのか、
にそれぞれ注目してみよう。すると、創作者の行為については「規範の生成」、志向対象につい ては「志向対象の分化」という変化が起こっているとまとめることができる。
たえざる課題化と収束において、創作者は互いの行為に「ああしてほしい」「こうしないでほ しい」といった具合に注文をつける。これは、人びとが互いの行為にたいして「規範」を設けて いるとみることができる。創作が展開していくなかで、規範は増えていき、人びとの行為は次第 に自由度を奪われていく。ただし、自由と引き換えに、活動は固有性を増していく。規範の生成 は、資源のひとつである道具をもちいることでもなされる。ひとつには、道具を据え置くなど固 定すること、もうひとつには、行為の目印となる資源を利用することである。こうした資源を媒 介した規範の生成は、行為を制約するとともに規範の達成をうながすことにもなっている54。
行為にこうした変化が起こっているなか、志向対象に注目してみてみれば、それがすこしずつ 分化していることがわかる。当初はあいまいでぼんやりしていた志向対象は、メンバーが発話や 行為によって介入することで、より細部にいたるまで介入しうる対象へと見えかたが変わってい く。創作活動では、志向対象をどこまでどのように分化していくかが、プロダクト/パフォーマ ンスの成否を決めるといってもいいだろう。
創作活動は、上記のプロセスを通じて展開する。ところが、対象をただ創作するだけでは不完 全になってしまう。それは、建築における足場のように、創作活動においては必要であるものの、
54 創作活動の種類、創作対象に応じて、規範の生成のどの方法が重要かが異なるだろう。たとえば、ダン スやバレエのようなパフォーマンスアートでは、相互行為に規範を設けてそれを練習することが重要にな るだろう。一方、彫刻や絵画のようなプロダクトアートは、素材という資源(道具)の変化、とくに資源 を媒介した規範の生成が重要であろう。そして、演劇のようなアートでは、そのいずれもが重要となるだ ろう。
創作対象自身にとっては不必要であるもの、すなわち「痕跡」が残っているためである。そこで 痕跡を消去することが求められる。創作対象から適切に痕跡を消去することができてはじめて創 作物が創作活動から自律する(社会的評価に向けてリリースされる)ことになる。
■8.3 7章の知見のまとめ
第 7 章の映画撮影に向けて資源を準備していくプロセスの研究で見いだされた知見を要約す るとつぎのようになる(図8-2参照)。
プランと資源の相互構成
プランをハブとする資源のネットワーク 選択する
プラン 資源
(人材、機材、素材、現場)
作り変える
図8-2 創作活動に向けた資源の準備プロセスの要約
創作のプランに描かれたことを実現するためには、人材、素材、機材、現場といった資源を準 備することが求められる。資源を準備するプロセスにおいて、プランは探すべき資源を検討する ために、また、多様な資源のなかから特定の資源を選択する基準としてもちいられる。こうして プランにさまざまな資源が結びつけられていく。さらに、プランに結びついた資源が別の資源を プランに結びつけていく。つまり、資源を媒介した資源の選択がなされる。
また、資源を準備するプロセスでは、プランをもちいて資源を選択するだけでなく、準備され た資源によってプランが作り変えられることがある。こうした過程は「プランと資源の相互構成」
と呼ぶことができる。
このプロセスを通じて、資源はプランを媒介としてネットワーク上につながっていく。こうし て「プランをハブとする資源のネットワーク」が作られていく。