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中流部の雪渓

ドキュメント内 西朋28 (ページ 37-41)

  ない。 

  雪渓の末端で、左斜面の隙間から、下に降りる。ザイルで確保しながらであるが、どろどろの 斜面を滑り落ちれば、岩が剥き出しの急で冷たい流れにまっさかさまだ。緊張の連続である。下 に降りると個人的に一安心。しかし、後続が無事来れるのか。あいかわらずの濁流は、小滝の連 続でスノーブリッジの中に吸い込まれていく。その雪板の薄さ!!  これがいつ崩壊するかは、神 のみぞ知る、我々は、そんな危ういところを進んでいたのだ(後続がまだ乗っているのは「橋脚」

の上部分で、そんなに心配はなかった)。 

  それでも、遠くには日本海と佐渡島。よく見れば海に浮かぶ 2 艘の船がゆっくりと尾を引いてい る。この対比!下界はなんて平和なのだろう。 

 

  さあ、これからどう進むべきだろうか。また左を登り返すのだろうか。上を行くにも下を行く にも、どちらにせよかなりリスキーなのである。 

 

  ここからは下!という上野先輩の判断で、先頭を突進する。出口は遠い。80m はあろうか。視界 の最奥には茶色い小滝が日に照らされている。一抹の疑問も次の瞬間には吹っ飛んでいる。もう、

ここを突破するしかない、あの滝を登れるかなんていう不安を考えることすらできない。そのまま 直進する。頭の中は冷静さを失っていた。 

  滝だ!!落差は 4‑5m。雪渓の下で悠長にザイルで確保して…なんてやってられるものか、こいつ

を登れっっ!!左から取り付き、どこをどうやって登ったのか・・・、気づいたときは上にいた。

無心に登っていた。 

  だが、今度は後続にザイルを垂せ、とっさの判断。確保地点を求めて雪渓左わきに開いた斜面 を登るがどろどろでだめ。戻って、「橋脚」の真下で岩の上にびくともしない氷めがけてピッケル をぶちこむ。このピッケル一本に託し、ビレイをとった。 

  佐藤君、山野さんを確保して、あとはノーザイルで突破。(反省:ピッケルはセルフビレイにし て、腰または肩がらみがよかったのでは。ピッケルが氷からはずれたら…) 

  ダッシュで雪渓の下から逃げる。こんな所がスノーフォール帯というのか。小ゴルジュの中に 崩壊した雪の塊がごろごろ転がっている。 

 

  まもなくゴルジュ帯を抜け出し、平和な流れとなる。稜線にはガスがかかり、流れは相変わら ず濁っているものの、岸辺の若草が朱色の光に照らされ、なんとも美しい。そして、上空は青空! 

雲上の楽園にふさわしい光景が広がっている。17 時に休憩をとり、先を偵察する。すぐそこで二 俣となり、左俣からは清冽な水が落ちている。右俣の上流には雪渓があるのか、濁っている。ち ょうど二俣手前で幕営できるスペースを見つけ、稜線まで達しなかったけれど長かった今日の行 動を終える。標高約 1220m。 

  夕食はポトフ。日本海に沈む夕日、シルエットの佐渡島を眺めながらの仕度。なんて幸せなん だろう。ほっぺたをつねって夢じゃないんだというように、寒い風が生きていることを実感させ る。 

  8/14 

  発 5:20−6:32R6:45−ヤブコギ−8:24 杁差岳 9:30−R−R−12:00 頼母木小屋   

  快晴の朝がきた。堂々と横たわる飯豊最北端の山々に、明けの明星が沈みつつある。背後の大 海原が少しずつ赤みを増している。 

  ササ潅木の中に小滝が連続し、ぐんぐん高度を上げる。1P ほどで地形が二俣状となり、ついに 水が途切れる。ここから急傾斜の始まりだ。水を汲み、待ち受けるやぶに気合を入れて突入。サ サ帯と潅木帯の境目を進むと、結構楽だ。それでも稜線はまだかまだかという感じなので、とき おり、小鳥の声に耳を傾けたり、はるか下方を振り返ったりする。ようやく傾斜が緩み、1 時間 のやぶこぎで稜線に出た。「やったー」西朋合宿初参加の佐藤君がさけぶ。 

 

  休憩の誘惑に駆られながらも、登山道をゆっくり 15 分ほどで杁差岳の頂上に到着。大休止。 

 

  360 度の大展望に、台風に気をもんだことがうそのように思い出された。彼方北には 3 年前行 った朝日連峰が連なる。南には門内、北股と続く主稜線が、優しく、雄大な山ふところを広げて

いる。そして、西には日本海の青、意外に大きな佐渡島。しかし…、海辺には原子力発電所らし き煙突群も見える。もし今あれが爆発したら…一瞬にしてここまでやられてしまうのではないか。

現代文明が、いかに砂上の楼閣と紙一重であることだろう。 

 

  さて、ここからは稜線の登山道を南下し、2P 半で頼母木小屋へ。暑いのに加え、沢が終わって 疲れがどっと出たせいか、つらい 2 時間だった。 

 

  下山する山野さん、上野先輩、高橋先輩にお礼をし、加藤先輩、佐藤君、尾崎が残る。テント 張って午後は休養。T シャツを洗ったり、沢たびを洗ったり、水場の恩恵に浸りながらのんびり すごした。 

    8/15 

  発 3:55−R−R−7:15 北股岳 7:39−R−R−R−12:25 御西小屋 12:44−13:56 大日岳 14:21−15:25 御西小屋 

 

  今日からは縦走に入る。4 時出発予定、気合の 2 時起きである。ヘッドランプをつけて出発。

流れるガスに、背後から照らす月の光が不気味だ。やがて、空が少しずつ白み始め、進むべき稜 線がシルエットで浮かぶ。そこには朝露滴る一筋の道が続いている。 

  地神山でようやくご来光を迎える。モルゲンロートの山々。飯豊の優しい山容が,最も美しく 輝くひと時だ。こんな山は西高の夏山合宿にもってこいなのではないだろうかと話しながら進む。

北股岳からはかすみの向こうに今宵の泊まり場、御西小屋を望む。遠いー。 

 

  石転び沢下山の加藤先輩と別れ、残るはいよいよ縦走の 2 人のみ。 

  烏帽子岳を過ぎるころから、ガスが多くなるが順調に進む。レストは結構長めにとる。左下方 には檜山沢の雪渓が雄大に広がっている。、沢という沢はすべて雪渓で埋まり、まるで木の葉の葉 脈のようで、尾根は葉っぱのふちに思える。途中、雪渓でガスに巻かれ道を見失ったところがあ ったが、12 時半には御西小屋に着いた。 

 

  大日岳が飯豊の最高峰じゃなけりゃあ、わざわざ往復しないだろうな、そんなことをぶつくさ 言いながら、半ば義務的に歩き出す。多くの登山者は空身で行っているようだ。が、我々はセオ リーとおりにアタック背負ちゃったりするから、意外に手ごわい(そりゃ最高峰だから当然か)。 最後の急登にあえぎ、コースタイム 1 時間たっぷりかけて大日岳に達する。延々と歩いてきた稜 線が、雲間に見え隠れするが、さすがに疲れて座り込んでしまう。 

 

  テン場に戻って水くみ、天気図、飯つくり。ブロッケンを眺めながらの夕食となった。飯豊の 夏は日本アルプスの夏とはちょっと違ったやわらかな雰囲気を感じる。さあいよいよ明日は最終 日。 

  8/16 

  発 3:40−4:50 飯豊本山 5:11−R−R−R−9:56 横峰小屋跡 10:13−R−R−12:48 飯豊鉱泉   

  今日で今合宿も終了だ。しかし行程は短くない。川入発のバスに間に合わせるべく、今日も 2 時起きの 3 半発だ。まだどのテントも起きていない。「さあとっとと帰ろうぜ」、なんて言ってみ る。時間といい、道のりといい、お帰りモードとは言い難い。 

  平坦な道で月明かりに照らされて、ほとんど懐電なしで行ける。冬の星座が瞬き、雪田が淡青 色の神秘的な輝きを見せる。まるで UV ランプのよう。飯豊本山頂上でご来光。今まで歩いてきた、

杁差岳からの稜線が一望にできる。いよいよ、今年の夏山合宿が(夏が…)終わろうとしている。 

  下山にかかる。ここからは急に人も多くなり、メインコースである。草履塚、切合小屋と過ぎ ていくうちに、少しずつ高山の趣が薄れていく。三国小屋で飯豊連峰の展望に別れを告げ、急下 降していく。「馬返し」というだけあって、急な岩稜の道だ。地図でみた感じ以上に下る。地蔵山 を巻き、長坂の下りをカウントダウン。上十五里、中十五里と着実にゴールを目指す。しかし、

下十五里で休んだらなかなか出発できず。御沢小屋跡ではにわか雨をいいことに、またもしばら く休憩タイムを取る。 

 

  最後の林道をがんばって、12:50、ついに飯豊鉱泉に到着。粋な若主人にもてなされ、ひなびた お風呂で汗を流す。 

  鉱泉でいっしょになった人たちが呼んでいたタクシーに同乗させてくれたが、喜多方まで連れ て行かれ、かえってバスより高くついたのはちょっと悔しい。喜多方ラーメンで合宿の無事終了 を祝う(ことができたのでまあいいか)。SL が来た。土産を買った。僕らは 18 キップで帰途に就 く。郡山では、集中豪雨で乱れたダイヤが幸いして、先行するはずだった東北線にうまい具合に 乗ることができた。 

ドキュメント内 西朋28 (ページ 37-41)