第 3 章 中央銀行の独立性
日本銀行は金融政策を通じて日本経済に広範かっ強い影響を及ぼしていく公的 性格を持った存在であるとともに、日本銀行の金融政策は強権の発動ではなく市 場メカニズムを通して経済全般に働きかけていくという特徴を持っている。マー ケットの中で銀行業務を行うことを通じて公共政策を実行しているのである。
本章では、こうした両面の性格を有する日本銀行にとって、その使命を達成す る上で不可欠の要件ときれている「中央銀行の独立性j について考えてみたい。
以下、中央銀行の独立性とはどういう定義なのか、その必要性は何か、平成10年 4月から施行された新日本銀行法において独立性はいかに強化、確保されたのか、
といった点を検討する。
I 中 央 銀 行 の 独 立 性 の 定 義
まず、いくつかの文献等から中央銀行の独立性の定義に関する議論等を拾い、
独立性についての標準的なイメージの提示を試みるo とくに、現在、中央銀行の 独立性については、クホローパリゼーションの進展から国際的な水準での視点が求 められているが、以下の主に海外での定義は、こうした視点からも有用で、あると 思われる。
1.アラン・プラインダーの議論
アラン・ブラインダー(プリンストン大学教授)は、アメリカンケインジアン として知られている経済学者だが、 1994年から1996年まで FRB副議長に就任、
その体験に基づき、在任中に中央銀行の独立性について、次のように述べている。
「第1に目標をいかに追求するかという自由を有すること、第2に、極端な事 態を除いて、中央銀行の決定が政府の他の諸機関によって覆きれないこと。 j これは、独立した意思決定(政策決定)の実質的な内容を示したものといえよ う。ブラインダーは、中央銀行の目標は議会によって(立法により)与えられる べきとする。中央銀行といえども、統治機構内でチェックを受けない独立性は許
きれない(独立性は「絶対的な独立性」ではなく、「相対的な独立性」である)が、
議会によって目標が与えられることが、チェックの第一義的な要件ということで ある。ここで、ブラインダーは目標として、ニュージーランドのような数値目標 だけを考えているわけではない。ブンデスパンク型 (r通貨価値の安定J)や FED 型 (r雇用と物価安定等J) の目標規定もその範曙としている。つまり、ブライン ダーの主張する中央銀行の独立性は、「操作目標の独立性(instrument indepen‑ dence)Jであり、「最終目標の独立性 (goalindependence)Jではないのである。
次に、政策決定は、たとえ大統領によっても最高裁によっても覆しえないとす る。ブラインダーは、金融政策は長期のコミットメント、いわば長期投資という 視点を必要とするとして、決定が覆きれない状態を正当化している。
2.
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機能としての独立性j と「組織としての独立性」中央銀行に限らず独立した行政法人の独立を論じる際の概念として、「機能とし ての独立性j と「組織としての独立性」がいわれる。
「機能としての独立性
J
とは、複数の業務を担う組織について、その業務、機 能の性格によって、独立性を考えるとの立場であるo例えば、中央銀行が「金融 政策j と「金融システムの安定」を担うとき、金融政策には独立性を与えるが、金融システム安定政策には政府の監督を認めるといった議論である。わが国の行 政法学では、政府による特殊法人等の監督を「行為監督」と「組織・財務監督」
に分類するが、機能的独立性は監督上は「行為監督
J
に対応した概念である。一方、「組織としての独立性」とは、組織の性格から独立性を考えるものである。
一般に行政行為を営む主体は政府からの監督を受け入れることが前提ときれる が、弁護士の処分等を行う弁護士会、国からの委任事務を委任きれる地方自治体 等は、それぞれ「司法の独立
J
、「地方自治j等の性格から組織として独立性を有している。
ただし、「組織としての独立性jを有しているからといって、自動的にオールマ イティな独立性を有するとは限らない。独立性の範聞は、業務の性質、組織の政 策等を勘案してその組織法に性格づけられる「立法的なもの」である。
ブンデスパンクは最後の議論の実例である。ブンデスパンクは、理事会、役員
第3章 中央銀行の独立性 31
会は連邦の最高官庁たる地位を有するとして組織上の独立性を有しているほか、
理事会メンバーのうち役員の任期は8年で、連邦議員(4年)の倍の長きであり、
解任きれないとの人的独立性を有している。また、政府信用が禁止され、金融政 策手段も自由に決定できるという政策手段の独立性も有しているものの、ブンデ スパンク法第12条が、「プンデスパンクは、本法により同行に与えられた権限の行 使に当っては、連邦政府から独立している j とする通り、その独立性はあくまで 金融政策関連に限られた「機能としての独立性j と理解されている。すなわち同 法には、ボン基本法88条の「通貨発券銀行j として金融政策に関する権限が明定 されているものの、財務代理人としての役割や連邦銀行監督局から委託されてい る銀行監督に関する任務は政府からの委託業務であり、基本法86条の連邦固有行 政の執行に伴い政府の指示を受ける分野とされている。
3.米国議会・合同委員会報告書
米国議会の上院下院合同経済委員会による調査は、政府と中央銀行の関係を、
政策決定を巡る制度的な枠組みからみた調査である(調査の主査はJohnB Good‑
manハーバード大学教授)。
同調査では、カナダ、フランス、イタリア、 ドイツ、日本、スイスの6ヶ国に ついて、中央銀行と政府の関係について調査しているが、その際のポイントは次 の6点である。
① 政策決定への政府の介入の程度
② 政策委員および役員の任命権、その任期
③ 政策変更の公示
④ 政府への信用供与
⑤ 予算の決定権
⑥ 監査制度に関する政府の介入
上記の6点は、 FRBとの対比を念頭に対照とすべき具体的な点を選別・列挙し たものとみられる。同調査結果では、①政策決定に関して政府が関与する国もあ ること、②役員等の任命手続等も各国でやや区々であること、③年次報告書以外 の政策等の報告も区々であること、④政府への信用供与についてはバラエティは
あるが、概ね直接的な供与は制限きれていること、⑤監事のほか、内部運営につ いて政府のチェックを受けている場合もあること等、上記6ヶ国では、 ドイツ、
スイス並みの独立性が必ずしも付与されているわけではないことが、暗に示きれ ている。
なお、本調査の後、欧州中央銀行の設立に沿って、各国では中央銀行法の改正 が行われており、報告にあったバラエティは縮小する方向にあることには注意が 必要である。また、予算について、日本は6ヶ国のうち唯一予算の自主決定権を 持たない固との指摘を受けている。
4.欧州中央銀行に向けての改正
EU(欧州連合)では、第3段階で本格稼動する欧州│中央銀行 (EuropeanCen‑ tral Bank)の金融政策決定に関し、政府等からの独立性の確保を予定している。
このため、 E U加盟国に対し遅くとも欧州中央銀行の創設までに、中央銀行法を 含む国内法について以下の4点を満たすよう改正することを求めてきた。
① 中央銀行の第一義的な目的を「物価安定の維持Jとすること(決済システ ムの円滑な運営も目的とされている)。
② 中央銀行の政策決定に際して、 E U諸機関、政府等からいかなる指令も受 けないこと。
③ 中央銀行の政府、その他公共機関に対する信用供与(債券の直接引受を含 む)を禁止すること。
④ 中央銀行総裁の任期が5年を下回らないよう定め、政府等による裁量的な 罷免権を排除すること。
上記4点は今や独立した中央銀行の最低条件として国際的な水準を形成してい る。
5.中央銀行の独立性指数
1980年代より経済学界においては、具体的な中央銀行法の改正の動き等を背景 に、中央銀行の独立性を指数化する試みが行われている(その概要は、藤木(1996
(a)、(b)Jに詳しい)。初期の研究ではあるが、要点をつかんでいると思われる Bade
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and Parkin (1987Jは、 OECD加盟12カ国について、中央銀行法から以下の諸点 をポイントに調査を行っている。
① 政府との経済的関係 a 中央銀行理事給与決定権
b.中央銀行予算の決定権 c 中央銀行収益の処分決定権
② 政府との政治的関係 a 中央銀行理事の任免権
b.中央銀行理事会への政府委員参加
C 金融政策最終決定権の帰属
以上、中央銀行の独立性の定義に関する議論をみてきた。中央銀行の独立性を 測るポイントとしては、金融政策への政府の関与(これには人事〈任命・任期〉
等も含む)という狭義の視点のほか、これを保証する制度的な枠組みとして、予 算・決算等への政府の関与、政府への信用供与も重要なポイントとなっているの がわかる。
II 中 央 銀 行 の 独 立 性 の 必 要 性
中央銀行になぜ独立性が必要なのだろうか。このことについて、松下前日銀総 裁は次のように明確に述べている。
「それは、『通貨を管理する仕事一一金融政策の運営と言ってもよいがーーは、
短期的に見ると、使おうと思えばいろいろな目的に使うことができる。しかし、
使い方を誤れば、後になって必ず大きな弊害を招<j といった事情に由来して いる。例えば過去において、各国で、政府による安上がりな財源調達とか、為 替レートの無理な調整などの目的で、通貨供給量の安易な拡大や、金利の行き 過ぎた引き下げが行われたことはたびたびある。その結果、物価の安定が損な われ、経済の大きな変動がもたらきれるとか、財政節度が失われるなど、結局、
国民生活が犠牲となった例は数多い。いわば、こうした過去の歴史的経験が、
『通貨価値の安定という責務をはっきりとさせたうえで、この責務をその時々