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第 5 章 中央銀行のシーニョレッジ

通貨の発行益、いわゆる「シーニョレッジ (seigniorage)

J

の問題は、従来、主 として国際通貨制度との関連で検討されることが多かったが、近年、金融システ ムの安定化や中央銀行の業務、役割との関連でシーニョレッジをいかに活用、還 元すべきかといった観点から議論されることが多くなってきている。

本章では、まずシーニョレッジの定義、内容について整理し、そのおおよその 大きさを確認したうえ、日本銀行におけるシーニョレッジの還元方法や今後のあ

り方について述べる。

I シ ー ニ ョ レ ッ ジ と は 何 か

マネーの発行に伴い発行者が取得する利益は、一般に「シーニョレッジ j と呼 ばれ、「マネーの発行額面とその製造原価との差額としてマネ一発行者が取得する 利益

J

としてとらえられている。こつしたシーニョレッジは、マネーの素材とし て安価な紙等が使われるフィアット・マネー (fiatmoney、不換通貨)制度にお いて典型的に現れる。マネーの供給者が実際に取得するシーニョレツジの形態と しては、「発行益としてのシーニョレッジ」と「運用益としてのシーニョレッジ」

の2つがある。前者は、「新規に発行したマネーの額面と製造原価等の差額として 発行者が取得する利益(キャピタルゲイン )Jであり、後者は、「発行済のマネー 見合いで保有する資産から得られる利子等の収入と、発行済のマネーの管理費用 等との差額として発行者が取得する利益(インカムゲイン)Jのことである。

この分類に従うと、中央銀行が取得するシーニョレッジは「運用益としてのシー ニョレッジ」となり、政府が取得するシーニョレッジは「発行益としてのシーニョ

レッジ」であるo このょっに両者のシーニョレッジが異なるのは、次のような理 由によるものである。

中央銀行にとって銀行券はお金ではなく、その所持者に対する負債である。負 債の成立には債権をもっ相手がいる。未発行で相手がおらず中央銀行の金庫に 眠っている銀行券は紙片にすぎない。中央銀行は銀行であるので銀行券という負

債を見合いとして金融資産(手形・債券の買入れ、貸付けなど)を購入する。財 やサービスを買うことはありえない。その結果、有利子の金融資産と無利子の負 債=銀行券(ただし印刷費はかかる)が見合って利益が出るのである。このよう に利益の源は銀行券の額面からではなく、そこから生まれる利鞘からである。す なわち、中央銀行の取得するシーニョレッジは運用益としてのシーニョレッジで ある。

他方、政府の発行する貨幣、紙幣(わが国では、現在、政府紙幣は発行されて おらず、貨幣のみである)は、返済の必要性(債務性)が意識されておらず、発 行額面で財・サービスが購入され、費消されてしまう。このため、政府は発行額 面と製造原価の差額を利益として取得する。つまり、政府の取得するシーニョレッ ジは発行益としてのシーニョレッジである。同じシーニョレッジといっても、政 府紙幣・貨幣と中央銀行券はと全く異質で、ある。銀行券で中央銀行が買うのは金 融資産だけであり、実物資産ではない。中央銀行が物を買いうるとしても、それ は金融資産が生み出す利鞘分だけなのである。

今日、ほとんどの国においてマネーは中央銀行によって独占的に発行されてお り、この結果、シーニョレッジも必然的に中央銀行に集中されている。こうした 制度が採用されているのは、マネーの自由な発行を民間部門に認めると、シーニョ

レッジの獲得を目指してマネーが安易に発行されることとなり、マネーの増発に よるインフレの高進や複数のマネーの流通に伴う煩わしさ(取引費用の増大)と いった様々な問題が顕現化し、マネーがその機能を果たせなくなると考えられて いるためである。これは、過去の歴史において民間部門が競争的にマネーを供給 するという通貨制度(いわゆる「フリーバンキングJ)はあまりうまく機能しなかっ たという経験を踏まえた考え方といえよう。

II  シーニョレッジの大きさ

中央銀行にもたらされるシーニョレッジは実際には銀行券発行見合い資産の

「運用益としてのシーニョレッジ j であるが、その大きさはどの位のものであろ うか。シーニョレッジの大きさについては、各国中央銀行とも、その資産・負債 や損益の状況について必ずしも詳細に明らかにしていないこともあって、正確な

5 中央銀行のシーニョレッジ 59 

(第3表)主要国のシーニョレッジの対GNP比(%)

一 一 ¥ ¥ ‑ ‑ ‑ ‑ ‑ ‑

1960‑73 1973‑78

日本 1.4  1.2  米国 0.4  0.5  イギリス 0.6  1.0 

ドイツ 0.9  0.7  フランス 1.2  0.3  イタリア 2.0  3.9  カナ夕、 0.5  0.7  スイス 2.1  1.4  スウェーテーン 0.5  0.9  先進14カ国平均 1.0  1.0 

(出所) S.  Fischer (1982) 

数字を把握することは困難な状況である。

しかし、シーニョレッジのおおよその大きさをつかむという点では、 Fischer (1982)の試算がひとつの目安となろう。 Fischerは、シーニョレッジを単純に

「ベースマネーの培加額(製造原価はゼロと仮定)Jとして捉え、 1960‑73年と 1973‑78年における年平均のシーニョレッジを推計している。それによると、イ ンフレ率や実質経済成長率等の格差を映じて、国によりバラツキはあるが、先進 14か国平均ベースでみると、両期間とも、年平均でGNPの1%程度のシーニョ レッジが生じていることが分る(第3表参照)。このため、欧米先進国では、 GNP の約1%もある中央銀行のシーニョレッジをいかにしたらより有効に活用、還元 することができるかを改めて検討することが、重要な政策課題のlっとして採り 上げられている。

皿 日本銀行におけるシーニョレッジの還元方法

日本銀行のシーニョレッジの事後的な還元(会計処理上の純利益ベースで行う

還元)は、①租税納付、②配当金支払い、③準備金積立て、④国庫納付、によっ て行われる。このうち、①の租税納付は、当期純益金のうち積立金、配当金等に 相当する部分に係る法人税等であり、② ④に関しては、出資証券に対する年5%

の配当金が支払われ、剰余金の5%の法定積立金をはじめとする準備金が積立て られたあと、これらを控除した全額が国庫に納付される、という形で行われてい る。国庫納付金は一般会計(税外収入)に組入れられ、他の収入と区別されずに 財政支出されている。このように、いわゆる全額納付金制度がとられているのは、

日本銀行の剰余金は、銀行券の独占的発行に由来するものであるために、内部留 保に充てる以外は国庫に帰属すべきであるとの考え方に基づいているo

しかし、そもそも中央銀行にシーニョレッジを集中させた目的は、歴史的な教 訓も経て、マネーの自由な発行を民間部門に認めた場合、シーニョレッジ獲得を 目指した不換紙幣が増発される弊害を除去するためのものである。そのシーニョ レッジを、政府が当然のごとく帰属権を要求したとすれば、政府は不換紙幣の増 発によって財政収入を増大させるというインセンティブを保有するだけに、イン フレ助長的な金融政策を求めるおそれが強まってくる。極端な事例が、発展途上 国にみられるような中央銀行会計と財政の融合 (amalgamation)である(アルゼ ンチン、フィリピン等の例)。この場合、単に中央銀行利益の国庫納付という方法 のみでなく、あらゆる種類の事後的、事前的な還元方法を通じた直接的かつ大規 模な財政赤字ファイナンスが可能となるから、インフレや財政節度の緩みが一層 深刻化する。

このように、シーニョレッジの国庫納付については、政府のインフレ・バイア スも助長しかねないだけに、諸外国においては、納付金の国庫金への充当に当っ てその支出先を限定するなどの工夫もみられ、多分に精神規定的な面もあるが、

少なくとも理念としては財政の節度を維持するという点での意義を有している。

例えば、米国の連邦準備法には、純利益から準備金、配当金を除いた国庫納付金 の使途は、国債の償還等に限定きれる旨の規定がある。また、 ドイツのプンデス パンクの場合は、 1989年の「連邦予算構造法」改正により、納付金が当初見通し を上回った場合は、その分を政府の債務処理に充てることになっている。

これに対して、わが国の場合は、国庫納付金が一般会計に組入れられ、他の収

5 中央銀行のシーニョレッジ 61  入と区別きれずに財政支出されているが、この点で壮上述の財政のテ。ィシプリン 維持という点で問題となりうるところである。

IV  中央銀行の利益処分のあり方

以上みてきたように、わが国では、シーニョレッジの活用、還元方法としては、

中央銀行の収支決算後に生じる純益金を、銀行券の独占発行権を中央銀行に付与 している政府(国庫一般会計)へ納付するのが一般的かっ唯一の方法であるとの 見方が少なくない。

しかし、中央銀行のシーニョレッジ還元は、必ずしも政府への納付(あるいは 政府短期証券への低利引受けといった歪んだ形の還元も含めて)を通ヒてだけな されるべきものではない。それは、本来、①準備金を積み、「最後の貸し手」機能 が真に必要な時に備えて自己の財務内容を強化し、中央銀行の発行する通貨に対 する信認を高め、通貨の安定に寄与することや、②中央銀行が提供する決済サー ビス等の質や範囲を向上させるための費用(中央銀行サービスコスト)に充当す る、といった方法によっても、国民に還元きれるべき筋合いのものである。

とくに近年、中央銀行の役割として金融システムの安定化政策の重要性が増し、

中央銀行が提供する決済サービスや中央銀行の「最後の貸し手」機能のあり方、

並びにそのコスト負担をどフするかが改めて問われている状況下、マネー供給以 外の中央銀行業務に係るコストの負担も、国庫納付等の純益金の処分と同様に シーニョレッジの還元であるとの見方が増えてきている点が注目される。例えば、

「最後の貸し手J機能の発動コストへのシーニョレツジの充当に関してみると、

あまり踏み込んだ対応をとっていない中央銀行(米国 FRB等)がある一方で、

インカム・ロスだけでなく、キャピタル・ロスを被るのも妨げないといった形で、

比較的積極的にシーニョレッジを「最後の貸し手j機能の発動コストとして活用 している中央銀行(イングランド銀行、カナダ銀行等)がある点は、極めて興味 深い。

こうした中央銀行業務へのコスト負担と政府への納付金とのバランスについて は、通貨価値の信認確保に密接に関わるため、中央銀行自身が判断していく性格 のものと考えられよう。

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