社会変動の研究は,単にマクロな社会構造(例えば政治や経済)の変化を扱うだけでは なく,それと同時に社会の中で生きる「人間」の変化をも社会学的な視点から分析の対象 としてきた.とりわけ,近代化にともなう個人主義化,社会や人間関係との結びつきの変 化,さらに若者たちが個人主義的な行動に傾き,新たな形で社会関係を模索することも主 要なモチーフである.
前章まで,中国本土社会や,在日中国人社会におけるネットワークの変化,若者の間で の新しいネットワーク(趣味ネットワーク)の誕生,および彼らの社会関係資本の生成に ついて調査した内容をまとめ,社会ネットワーク的視点から検討・分析してきた.本章で は,中国人社会の体系的な研究をする上でネットワーク的視点が有効なことを考察した上 で,今後の中国における若年層研究の方向性と課題について整理したい.
8-1 「若者」を見るネットワーク視点の有効性
社会ネットワーク理論は過去半世紀の間,様々な研究領域で展開されてきており,現時 点まで膨大な研究成果が得られている.そして,世界各地の中国人研究の中で,ネットワ ーク視点から展開される研究もよく見られる.中国人のネットワークがグローバル時代に なり,広範囲かつ大きく変動していることがその背景にある.
中国人社会の研究には,昔からネットワーク的視点が導入され論じられてきた.組織的 なネットワークや個人ベースのネットワークは,中国人のビジネス(仕事)上の継続的な 取引や協力の関係,生活上の情報活性化などにおいて大きな意味を持っていたと考えられ る.社会ネットワークが互酬性すなわち評判を通じて果たす役割への関心が高まっている.
つまり,互酬関係が中国人の間で協力関係を発展させ,ネットワーク内部で循環する評判 が中国人の間での機動的な連携を可能にしている.先行研究から,中国本土社会や在日中 国人社会において若者たちの社会生活が変わってきたことや,社会ネットワーク視点から 見る中国人社会の重要性が明らかになってきている.中国の「若者たち」の世界を構想す る上で,社会ネットワーク論の立場に立つ埋め込みアプローチはこうした問題に対して社 会学的に答えようとしている.
社会ネットワーク理論は,古典的なイノベーション普及理論にみられるような行動変化 の個人的心理的アプローチへの批判から,その古典理論の延長として展開された.その根 本的な考え方は,個人を環境から切り離して考える伝統的な行動論的研究とは異なり,個 人間関係を分析ユニットとし,個人の行動や態度の変化の要因を従来の個人的属性以外の 社会ネットワーク環境に求める点である(Kincaid 2000).
8-2 増殖する「中流階層」における趣味ネットワークの形成
既存の研究や
CGSS
の分析結果から,現在の中国社会では,経済が特に都市で発展して以来,人々の生活が豊かになったことが確認できる.社会階層研究の流れの中,そして,
CGSS
の階層分析からでも,中流階層が拟大する動向は,明らかになっている.さらに,中流階層の中では若年層の者が多く,彼らは学歴が高い,その友人ネットワークを介して,
豊かな余暇生活を暮らしている.また,在日中国人に関する研究でも,近年,来日してい る中国人たちが,多様な身分,あるいは滞在資格を持ち,在日中国人の大半を占めている 若者たちが中流階層に属し,考え方が合理的であり,中国の北部・東北部出身者が多いこ とが検証された.
近年,中国若者の間で,趣味ネットワークが友人ネットワークの一つとして形成され,
広がっていることが,既存研究と本研究のデータおよび事例の分析から,明らかになって きた.ここでは,その趣味ネットワークの形成過程から,中国の若者たちの社会的な動き について,検討する.
まず,中国社会における趣味ネットワークが形成される背景について考察を進める.
1)中国本土における社会ネットワークの変化.経済発展してきた中国の社会,多様化
する社会諸現象の変化が社会ネットワークの発達に影響し,問題が抽出された.中国では 元々血縁・地縁を基盤としているネットワークを維持しながら,個人ベースのネットワー クを重点的に押し広めてきたが,経済の発展に伴い,文化・文明的な発展を要求されてき た.そこで活躍している若者たちが,仕事・学校の余暇時間をうまく利用できるように,そのための新たな社会ネットワークの構築が求められた.その中で,文学・音楽・スポー ツ・芸術などの趣味のためのネットワークも最近徐々に現れてきた.
2)在日中国人社会の変化.在日中国人のビジネス・就労・留学環境・生活などの点か
ら社会的な変化が生じ,長期滞在になっている中国人若者たちが日本社会の中で増えてい る.最近,日本企業における人材不足により中国人就職者が急速に増加して,日本社会で 働きながら貢献している.そして,中国人が経営している企業も日本社会に進入し,日本 経済発展にとって,不可欠な構成要素になってきた.現在新規留学生の大半は,親の経済 援助に頼り,アルバイトと勉強ばかりを送っていた昔の留学生活より豊かになっているよ うに見える.それから,在日中国人,特に若者たちが勉強・仕事・生活などからストレス がたまり,生活をもっと楽しく過ごせるように個人レベルの要求が強くなってきたとみら れる.その上で,在日中国人ネットワークの変化から日本社会を見ると中国人は現在すで に80万人を超えており,活躍している中国若者が段々現れてきた.趣味ネットワークから 結ばれた緩やかな社会関係によって,日本の地域社会の活性化にも中国人たちが積極的な イメージを投げかけている.すなわち,日本は多民族共生社会を構築するべきであり,日 本人のみの世界に安穏と暮らすことは難しい.異なる民族と接触し,共生の道を模索しな ければならない.本論文において,中国本土社会では,拟大しつつある中流階層に属する人々たちは,年 齢層が若く,学歴が高いとみられている.彼らの今日の姿を,一応「若者文化」とするな らば,中国にそれがいつごろから明確化してきたのであろうか.一般には,近年の経済が
発展して以来だと見られているが,若者たちが創造した,若者にとって独自の文化の面も ある.会社,および学校・大学の部活・サークルより,自発的な趣味団体へ参加率は,著 しく増えてきており,趣味ネットワークが急速に広がっている様子がうかがわれる.そし て,趣味ネットワークへの参加が生活の満足度を押し上げる効果は,それだけ大きくなる ということである.たしかに,伝統的な「縁」である地縁・血縁・社縁(学校や職場等,
いわゆる仕切られた場所での対人関係)の方がうまくいけば,もちろん,生活満足度が上 がるのだが,より趣味ネットワークに参加しているとさらに大きく満足度を上げることが 確認された.つまり,若者の満足度という点から見れば,従来型の「縁」より,「個人的」
あるいは「自己」を重要視した,趣味縁としての友人ネットワークが重要であるというこ とであろう.
8-3 中国の「若者」における濃厚な個人主義の色彩
本研究における社会ネットワークと社会関係資本論のレビュー,先行研究や事例調査の 分析から,個人主義化する中国人社会で,若者たちは従来のような集団・組織より友人関 係などに満足感を大きく感じている.それは,集団的な考え方をする日本人と相違してい る 1.日常的に文化,行為と言語上の摩擦を生み出していると思われる.中国社会におい て,個人に重きを置き過ぎた社会環境を受け,今に至った若い方々は,多様性や個性を重 視する緩やかなマネージメントの方が,本来個人が持っている良さが最大化され,より生 産性があがると言う.なお集団主義の色彩が残る日本よりも,個人主義は,中国やアメリ カの方が徹底しているだろう.
中国の若者の社会意識の変化について,王鳳も,人々の価値観が統合されていない現状 に関して,「青年たちは,人生の目標に対して戸惑い,理想主義的な追求に欠けており,
また社会的責任感と社会朋務精神に欠けていて,政治意識も薄い.逆に,実用主義,個人 主義,拝金主義,享楽主義は,青年たちに強い魅力をもっており,一部分の青年にとって の最高の価値目標になっている」と論じている(王 2011).
中国人は個人主義という民族性から,権利の極大化と義務の極小化を図ることがすべて の局面において大前提となる.特に現在の中国の若者たちは,国家を信用していない代わ りに,家族や真の友人をとても大切にする.さらに,先行研究の論述も,事例研究の結果 からも,中国社会において,若者の価値観が変化してきたと明らかに見られる.全体的に 概観すれば,まず,従属意識から主体意識へと変わり,現代人に相応しい素質として主体 意識,選択的行為,個人の独立した思考などを持つようになった.そして,集団意識から 公共意識へ,貴賎意識から平等意識への変化もあったということである.
8-4 趣味ネットワークから新しい信頼関係の形成と情報の獲得
本研究の調査において,趣味という友人ネットワークを介して,中国若者たちの間に,