第5章 中国の登録会計士・会計士事務所の制度への示唆
第1節 中国の登録会計士・会計士事務所の独立性に関する要件への 示唆
1 登録会計士・会計士事務所の欠格事由 1)人的な関係と経済的な関係149)
第2章で述べたように、中国の登録会計士・会計士事務所の独立性の確保 に関する規定として、人的・経済的な関係に関する職業道徳遵守原則第4号 がある。
しかし、この規定については、以下の問題がある。第1に、規定には強制 力がない。そのため、被会計監査会社は、当該規定が遵守しなくても、何ら の処罰も受けない。また、被監査会社にとって、当該規定による条件を満た す登録会計士・会計士事務所を探すためには一定のコストをかけなければな らない。したがって、被会計監査会社にとって、当該規定を遵守するインセ ンティブがまったく見当たらない。
これに対して、日本では、公認会計士・監査法人の独立性についての人的・
経済的な欠格事由が、公認会計士法およびその付属法令がある公認会計士法 施行令に規定されている。また、ドイツにおいても、決算監査人・監査法人 の独立性を確保するために、商法典に規定がある。これらの両国の規定は、
法定のものであり、そのエンフォースメントとして、法的強制力が有する。
以上の比較からして、中国においても、エンフォースメントを強化するため、
登録会計士法を改正して、被監査会社に、法定の欠格事由の遵守を義務づけ ることが有用である。
また、当該規定の内容には、いくつかの不明確の点がある。とりわけ、人
149) 本稿における問題の各国の法制度の紹介について、中国法(248-249頁)、日本法(256-258 頁)、ドイツ法(274-278頁)を参照。
的関係に関する欠格事由において、「登録会計士の重要な近親者」または「そ のほかの近親者」が規定されている。しかし、当該内容の判断基準あるいは 範囲は明確ではない。
これに対して、日本では、欠格事由として、「公認会計士又はその配偶者」
が規定されている(日本公認会計士施行令7条1項1号)。またドイツでも、
「決算監査人の配偶者、又は共同生活者」が欠格事由に該当することが規定 されている(ドイツ商法典319条3項2文)。中国法においても、独立性が害 される危険性のある人的関係に関する欠格事由の判断基準を明確するため、
同様の規定を定めるべきであろう。
さらに、経済的関係に関する欠格事由について、中国では、会計士事務所、
会計監査項目グループの構成員あるいはその主要な近親者が、被会計監査会 社に「直接的な利益あるいは重要な間接的な経済利益」を有する場合(職業 道徳遵守原則第4号40条)という規定がある。しかし、ここにいう「直接的 な利益」及び「重要な間接的な利益」の意味は必ずしも明確とは言い難い。
それゆえに、被会計監査会社にとって、自分に有利な標準を設定する可能性 は否定できず、その結果、当該規定の内容が空洞化するおそれがある。
これに対して、日本では、公認会計士は、被監査会社との間で、業務に関 する契約によ生じる「債権又は債務の額が100万円以上」の場合には、当該 会社の会計監査人になることができない(日本公認会計士施行令7条1項4 号)。また、ドイツでは、被監査会社、又は被監査会社を結合し、もしくは その「持ち分の100文の20」以上を有する企業の法律上の代表者、監査役会 の構成員または従業員は、決算監査人になることができない(ドイツ商法典 319条3項1文3号)。中国は、現在のところ、この問題についての実証研究 が行われていない。そのため、日本法及びドイツ法のような具体的な経済利 益に関する数値を導入することは難しい。しかし、今後、当該実証研究が進 めば、両国のような数値基準の導入が可能になると考える。
150) 本稿における問題の各国の法制度の紹介について、中国法(249-250頁)、日本法(258-259 頁)、ドイツ法(278-279頁)を参照。
151) 本稿における問題の各国の法制度の紹介について、中国法(250-251頁)、日本法(259-262 頁)、ドイツ法(279-282頁)を参照。
152) 張・前掲注(20)284頁。
2)業務制限150)
登録会計士・会計士事務所の業務制限について、中国では、日本とドイツ と基本的に同様の内容のものがある。しかし、先の欠格事由と同様に、これ らが自主規制にとして規定されていることが問題である。それゆえに、当該 規定の内容を実務的に実現できるかという懸念がある。この点からは、規定 を法定のものとして、強制力を持たせることも考えられる。しかし、中国の 現実を無視してはいけない。すなわち、中国では、日本やドイツと比べて、
会計士事務所と会社との需給関係が一致していないという問題がある。業務 制限を法定のものとするためには、その前提として、登録会計士・会計士事 務所市場の育成により、会計監査業務を提供する者を増加させることが不可 決である。
2 選 任151)
中国では、登録会計士・会計士事務所の選任手続きは法定されていない。
それゆえに、実際上の問題として、登録会計士・会計士事務所の選任が、会 社の大株主又は董事会・董事からの影響を受ける可能性がある。このような 弊害については、以下の対処を考えることができる。
まず、中国の登録会計士・会計事務所の選任機関を、日本法及びドイツ法 のように、法律に明記すべきである。また、その選任機関は、会社の最高意 思決定機関である株主会とするのが適切である。このように選任機関を株主 総会とすることで、監査対象である董事会・董事の影響を抑制することがで きる。また同様に大株主の影響を一定程度に制限することができる152)。 さらに、大株主または董事会・董事からの影響を防ぐために、候補者の提 案の段階で、対策を講じることが有用である。すなわち、第1に、日本法で
は、株主総会を招集する取締役会が、公認会計士の選任議案を提出する。こ の場合、会計監査人の独立性を確保するために、当該選任議案の内容は、監 査役会が決定する(日本会社法344条1項)。これにより、取締役の影響を排 除することができる。第2に、ドイツ法では、決算監査人・監査法人の独立 性の確保のために、候補者の議案の株主総会への提出手続きは監査役(会)
により行われる(株式法126条、127条及び111条2項3文)。したがって、当 該選任前の準備段階において、取締役からの影響が完全に排除される。これ らの2つの対策に見られる通点は、監査役会の独立性を重視し、その活用に より、会計監査人・決算監査人・監査法人の選任の独立性を確保するという ことである。このような手法は、中国法にも参考になると考えられる。
一時・補欠登録会計士・会計士事務所の選任
登録会計士・会計士事務所は、特定の事由により、会社の会計監査を行う ことができない場合において、一時または補欠者を選任する。もっともその 際には、「大株主」または「董事会・董事」からの影響を受ける可能性もある。
日本法では、会計監査人が欠けた場合、または定款で定める員数が欠けた 場合において、遅滞なく会計監査人が選任されないときは、監査役会(監査 役会)は、一時会計監査人の職務を行うべきものを選任しなければならない
(日本会社法346条4項・6項)。これに対して、ドイツ法では、裁判所が補 欠決算監査人・監査法人を選任する(ドイツ商法典318条3項1文)。これら の方法によって、両国では、取締役の影響を排除している。
中国においても、登録会計士・会計士事務所が欠けた場合、同様の問題が 生じる。この点について、中国の現状からすると、上記のうち、日本法の仕 組みのほうが実現性は高いと考えられる。現在の中国の裁判所は、補欠決算 監査人・監査法人を選任できるような能力を有していないためである。その ため、日本法のように、一時会計監査人の選任を監事会に委ねることが合理 である。会計監査の連続性を維持するためにも、選任を会社の機関である監 事会に委ねることが適切であると思われる。
3 任期とローテーション制度 1)任 期153)
中国の登録会計士は、法律上のものではないため、粉飾決算のスキャンダ ルが暴露されない限り、契約により、その任期が延長される可能性がある。
登録会計士・会計士事務所と被会計監査会社との間の長期にわたる関係は、
独立した会計監査を害する可能性がある。
このような課題について、日本法では、会計士監査人の任期が法律により 1年と規定されている(日本会社法338条1項)。もっとも、そこでは、株主 総会の決議において、別段の決議がなかったとき、再任されたとみなされる
(同条2項)。これは、会計監査人の独立性を確保するためのものである。し かし、その反面、実際上、会社との癒着により、会計監査人の任期が長期と なる可能性も否定できない。この点については、後述するように、日本の会 社法は、一定の場合に、監査役(監査役会)に会計監査人の解任権を与えて いる(日本法340条)。
つぎに、ドイツ法では、決算監査人・監査法人の任期は明文で規定されて いない。もっとも、毎年開催される決算監査人・監査法人の選任を決議する 株主総会において、独立性を害する可能性があれば、新しい決算監査人を選 任する決議がなされるであろう(株式法319条1項4号)。
以上両国の制度については、法定化と区別違いがあること以外に、実質的 な効果からみれば、両者は同じであるように思われる。それは、日本法では、
会計監査人の任期を明確に任期1年として規定している。ドイツ法では、法 律上に規定していないが、毎年の株主総会が決算監査人の独立性を審査する と規定している。
また、会計監査機関の選任を株主総会にかけることにより、会計監査機関 による適正的に監査を毎年確認する点およびより安定的に業務を執行するこ とができるような点は、日本法およびドイツ法では同様である。そのため、
153) 本稿における問題の各国の法制度の紹介について、中国法(251頁)、日本法(262-263頁)、
ドイツ法(282頁)を参照。