第 1 章 研究背景
1.4 中国の大学入試制度
中国は、行政形態としては中央集権的な体制がとられ、その教育制度は香港、マカオ、台湾を除き、22 省、4 直轄市、5 自治区が中央政府の下にある(金 2011)。そのため、省ごとの教育方針、制度などはほぼ すべて中央政府によって管理されている。
中国の高等教育は、目的や教育方法によれば、普通高等教育、成人高等教育、軍事高等教育の三つの類 型に分けられ、教育課程に注目すれば、大きく大学院課程、本科課程、専科課程に分けることができる。
こうした教育の類型ごとに入学者選抜の方法も異なる(南部・渡辺 2012)。
本節は、普通高等教育、本科課程の入試に焦点を当て、入学制度の概要を説明する。
許(2018b)では、大学入試制度の概要と専攻「振り分け」の可能性について、以下のように詳述した。
1.4.1 大学入試制度の概要
中国の全国統一大学入学試験は、中国語で「高考」と呼ばれる制度である。毎年の 6 月 7 日と 8 日に、
全国が同じ日に実施する試験である。大学に進学する者の圧倒的大多数は事実上この試験の成績のみで選 抜される(南部・渡辺 2012)。大学の入学者の大半を決定する一回限りの重要な試験である(楠山 2005)。
大学入学試験は、近年、推薦入学、合格内定制度、高校校長の実名推薦制度、自主募集制度など幾つか の代替制度を設けている(東・鄧 2011)。例えば、「自主学生募集」制度は、教育部が単純に一度だけの試 験の成績で合否を決めるのではなく、学力試験を基礎とし大学の多様な評価に基づいて合格者を決定する 制度を充実させることや、大学の運営自主権をより拡大させることを目的として導入を決定したものであ る(南部・渡辺 2012)。しかし、これらの制度で入学できる者は限られている。多くの入学者を決定する 制度について、楠山(2005)は以下のように述べている。
中国では、6 月に実施される全国統一入試によって、大学本科(4〜5 年制、日本の大学学部相当)、専 科(基本 2〜3 年制、日本の短期大学に相当)のほとんどの合格者が決定する。受験生は本籍のある地 域で受験(事情により別の地域で受ける場合もあるが、出願の原則として本籍地を通じて行う)する。
各大学の各専攻の募集人数は各省の人数、大学所在地、専攻の特殊性などを鑑みて、省ごとに配分さ れており、受験生はその振り分けられた枠をめぐって、省内の別の受験生と争うことになる。
試験の結果により、各省において、定員や点数、志望人数に応じて、合格資格ラインが定められる。
この合格ラインは省によって異なり、6 種や 8 種のところもあるが、最も一般的なのは、次の 4 種に分 ける省である。それらは、主に軍、警察、公安部に関係する学校に入るための優先合格資格ライン、
主に国家重点大学に入るための第 1 期校合格資格ライン、主に一般大学の本科に入るための第 2 期校 合格ライン、主に専科大学と一般大学の専科コースに入るための第 3 期校合格資格ラインである。上 のクラスにある大学から順に合格者を決定していく。
以上のように、中国では、日本と異なり、大学や専攻ごとに入試が分かれておらず、一回の「高考」で 進学先が決まる(孫・藤井・石川 2013)。また、このような大学入試制度の一つ大きな特徴としては、省 別に入学者選抜が行われていることである。1990年代まで、試験問題は全国共通であったが、現在では、
省ごとに試験問題も作題している(小川・小野寺 2016)。このような特徴は次の 2 つのことを含意してい る(南部 2005)。一つは、受験者が大学進学を希望した時、どの大学、どの専攻でも選ぶことができるわ けではなく、あくまでも当該省に定員が割り振られた専攻しか志望できないということである。ある大学 のある専攻にどんなに行きたくても、受験する時にその専攻の募集定員が所在省に割り振られなければ進 学することができない。もう一つはその定員をめぐっての競争はあくまでも当該省の中だけで完結してい るということである。ある大学のある専攻の募集定員が複数の省に割りふられていたとしても、ある省に おける募集定員は基本的にその省の受験者で満たされるので、ほかの省の受験者と同じ土俵に立つことは
ない。このように、受験者は受験所在地の省の受験者としか競争関係にならないため、省によって、合格 資格ラインが異なることは十分あり得る。
1.4.2 専攻「振り分け」の可能性
前述した大学入学制度によって、大学の合格者が先に決まり、その後、大学が審査で合格者の専攻を決 定する。受験生は、所在省に配分された専門の枠に従い、第 1 志望、第 2 志望、第 3 志望のように順位を つけて志望を提出する。志望を提出する際、「専攻の振り分けに従うか否か」という選択肢がある。「従わ ない」を選択すると、志望した専攻が点数の高い学習者によって埋まった場合は、志望校に入学できなく なり、同じ資格ラインの次の志望校、あるいは、下の資格ラインのレベルの低い志望校にのみ入学できる ことになるというリスクが存在している。「従う」を選択すると、学習者は、志望しなかった専攻に振り分 けられる可能性が生じる。
専攻を決める際の制度は、省や資格ラインによって異なり、非平行志望制度と平行志望制度がある。非 平行志望制度とは、すべての学習者の第一志望を優先して専攻を決定する制度である。平行志望制度とは、
点数が高い学習者の志望を優先的に決定する制度である。
例えば、ある大学に合格した同じ省出身の受験生 A(点数 550)、B(点数 540)、C(点数 530)、D(点数 525)、 E(点数 520)がいた場合、5 人とも「専攻の振り分けに従う」ことを選択したとする。ある大学はその省に日本語、
経済、数学、文学、ロシア語を各 1 枠配分した。また、その省では、専攻の志望は 3 つまでである。5 人が提出 した志望を表 5 に示す。
表 5 学習者 5 人の専攻の仮志望
学習者 点数 志望1 志望 2 志望 3 非志望の専攻 A 550 点 ロシア語 文学 経済 数学、日本語 B 540 点 経済 日本語 文学 数学、ロシア語 C 530 点 経済 文学 日本語 数学、ロシア語 D 525 点 文学 日本語 経済 数学、ロシア語 E 520 点 ロシア語 経済 日本語 数学、文学
非平行志望制度は第一志望優先の制度とも言える。点数の高い学習者から順番に全ての学習者の第一志 望を優先的に決定する。その場合の専攻配分を表 6 に示す。A は点数が一番高いため、志望1のロシア語に
入る。B は C より点数が高いため、経済に入る。C の第一志望は枠がなくなったため、D の第一志望を優先 し、D が文学に入る。C、E の第一志望と第二志望の枠が全部なくなり、C は点数が高いため、第三志望の日 本語に入ることになる。数学は E の志望ではないが、数学に入るしかない。この時、E は数学に振り分けら れたことになる。
表 6 非平行志望制度の場合の専攻配分
学習者 点数 志望1 志望 2 志望 3 非志望の専攻 A 550 点 ロシア語 文学 経済 数学、日本語 B 540 点 経済 日本語 文学 数学、ロシア語 C 530 点 経済 文学 日本語 数学、ロシア語 D 525 点 文学 日本語 経済 数学、ロシア語 E 520 点 ロシア語 経済 日本語 数学(振り分け)、文学
平行志望制度は点数優先の制度とも言える。即ち、点数の高い順に、学習者一人一人の志望の順序に従 い、専攻を決定する。平行志望制度の場合の専攻配分を表 7 に示す。A は点数が最も高いため、志望1のロ シア語に入る。B は C より点数が高いため、経済に入る。C にとって、第一志望の経済は枠がないが、D よ り点数が高いため、第二志望の文学に入ることになる。D は第二志望の日本語に入る。E は点数が最も低い ため、残った一枠の数学に入るしかない。この場合、数学は E の志望ではないため、振り分けられたと言 える。
表 7 平行志望制度の場合の専攻配分
学習者 点数 志望1 志望 2 志望 3 非志望の専攻 A 550 点 ロシア語 文学 経済 数学、日本語 B 540 点 経済 日本語 文学 数学、ロシア語 C 530 点 経済 文学 日本語 数学、ロシア語 D 525 点 文学 日本語 経済 数学、ロシア語 E 520 点 ロシア語 経済 日本語 数学(振り分け)、文学
このように、平行志望や非平行志望の両方とも、第 2 志望や第 3 志望である専攻に入る可能性と、本来 志望していなかった専攻に振り分けられる可能性がある。王(2005a)は、中国の日本語専攻学習者の動機
づけの分類を行い、第 1 志望ではないが、日本語学科に編入された者の「強引動機づけ」を示し、中国独 特の「実情」であると指摘した。本研究における「振り分け」は王(2005a)で指摘した「強引動機づけ」
と異なり、日本語を志望していれば、第 3 志望でも、「振り分け」ではないと考えられる。そこで、本研究 では、「振り分け」を、日本語を志望しなかったが、日本語専攻に配置されたと定義する。
1.4.3 中国入試制度の問題点
1.4.3.1 統一入試の合否における地域間不公平現象の存在
統一入試の合否における地域間不公平現象の存在については、現在実施されている統一入試制度では、
実際のところ、完全な全国レベルでの統一入試や合否判定ではなく、上海・広東・広西・河南などの省や 北京・上海といった直轄市では、それぞれ単独に試験問題を出すことになっている。試験問題が違うため に、合格する基準も当然違ってくる。この現象を表面的に見ると、受験生の出身地域の教育発展のレベル に合っていると見えるが、実際合格の点数や標準が違うことにより、教育不平等という現象になっている
(東・鄧 2011)。
1.4.3.2 大学の入学定員を各省に配分する方式による地域格差
各大学の各専攻の入学定員に配分する方式は、常に中国の大学入試の問題点として指摘されている(楠山 2005)。入学試験は全国統一方式をとっているが、各大学の各専攻の入学定員は各省に配分されており、受 験生はその省内の受験生と合格枠を争うことになる。北京大学や清華大学などの特別な大学はその定員を 全国的に配分するが、一般的にはその大学の所在地の省に定員のほとんどが配分され、残りはその周辺の 省に配分される(楠山 2005)。例えば、上海の大学は、ほとんどの枠を上海の学生に配分する。安徽省の 大学はほとんどの枠を安徽省の受験者に配分する。しかし、大学教育資源の配布の不均等性によって、経 済が発展していない安徽省の受験者の大部分は安徽省の大学に入り、上海のような教育が発展している大 都市や良い大学に入りにくくなる。
この方式により、学生はその大学に赴いて受験しなければならないという事態を避けることができ、貧 しく教育条件の悪い地区や少数民族の生徒が大学に進学する道を保証するなどの配慮を行うことができ、