1。問題と目的
・はじめに
不登校という現象は、その本人、家族、学校、社会など、それぞれの問題が複雑に絡み 合って起きていると思われる。文部科学省の学校基本調査では、平成15年度の不登校生徒 は、102,126人で、37人に1人の割合で不登校の生徒がいることになり、クラスに1人は いるというような事態になっている。いつからこのような状況がはじまったのだろうか。
児童生徒が学校へ来ないという事態は、文部科学省の生徒指導関係略年表を見ると、昭 和57年に登校拒否児童生徒が2万人を超えた。この状況を改善しようと文部省(当時)は、
昭和58年には『登校拒否に関する手引書』(生徒指導資料第18集、生徒指導研究資料第 12集『生徒の健全育成をめぐる諸問題:登校拒否問題を中心に』)を作成している。しかし ながら、登校拒否児童生徒の数は増加の一途をたどり、平成11年には不登校児童生徒の数 は13万人を超すほどになってしまった。平成13年度をピークに数の上では少し減少して いるが、ここには、教育支援センター(適応指導教室)や民間施設等に通い指導要録上「出 席扱い」になっている生徒(公立中学校だけで17,428人)が含まれていない。ということ
は、まだ12万人ほどの中学生が学校へ行っていない状況にある。さらに、学校へは登校し ているが、保健室や別室での指導を受けている生徒もいる。それらを含めると、まだまだ 厳しい状況であることは言うまでもない。
しかしながら、第一章に不登校にかかわる国の答申や施策の表を載せておいたが、不登 校に関して何もしてこなかったわけではない。いろいろな答申や施策を出し、一刻もはや く状況を改善しようとしてきた。それなのに、大きな社会問題にまでなってしまっている のはどうしてなのだろうか。
筆者自身は、昭和59年から教師として学校現場で中学生と接してきたが、このような状 況を目の当たりにすることもなく、また、実感することもなく今日まできた。学校に登校 してこない生徒は確かにいたが、学校で勉強しているよりも友だちと遊んでいるほうが楽 しいといったような理由から学校へ来ていなかったように思う。また、生徒自身の生活の 乱れから、朝起きて学校へ来れないというようなこともあった。このようなことから、筆 者としては、学校へ来ない生徒に対してそれほど深刻に受け止めていなかった。筆者も含 め、教師の不登校に対する認識や考えが不十分であったことは否めない。しかし、ここ数
年の問に、筆者の不登校生徒に対する思いも変った。学校で見ている限りにおいては、勉 強についていけないわけでもなく、ひとりで孤立しているわけでもない。いじめられてい る様子もない。そのような生徒が、突然学校へ登校しなくなるのである。いったいどうし て学校へ来れないのかと自問した。
現在の社会状況を見ると、都市化や核家族化、少子化の進展等により、育児についても 体験が不足し、地域とのつながりも希薄になっているために、相談する相手もなく、育児 不安に悩む保護者も少なくない。また、子ども達にとっても、少子化にともない、昔のよ
うに多数の子ども達が異年齢集団を形成して様々な体験をするという機会も場所も減って いる。また、放課後、塾や習い事に時問を割き、遊ぶ時間が減っており、遊ぴも戸外に場 所がないため、家の中でゲームをしたり、インターネットや携帯電話による情報が子ども 達の周りにあふれている。このような家庭や社会の状況も不登校という現象を作り出す要 因と考えられるだろう。
序章において、文部科学省が平成15年度の不登校になった直接のきっかけの調査で、学 校生活に起因、家庭生活に起因、本人の問題に起因、その他という分類をしていると述べ た。不登校の児童生徒の多くは、生まれてから小学校へ入学するまで、家族と一番多くの 時間を過ごしている。自分を育ててくれている親たちは、厳しい社会のなかで生きている。
子どもを含めてβ々の生活は社会に多くの影響を受けている。また、子どもたちが小学校、
中学校と学校生活を送るようになると、学校生活が重要な要因となるのは当然のことであ る。教師や友だちも含めてその影響を受けるであろう。また、学校区内の地域との繋がり も子どもたちになんらかの影響を与えるであろう。そう考えると、原因を1つにしぽると いうことは極めて困難なことである。したがって、調査結果は、それら多様な原因の中か
ら教師があえて一っを選んで、その回答をもとに集計したものと考えられる。
しかし、それが原因で不登校になってしまったと、安易に考えるのは危険ではないだろ うか。しかも、原因のはっきりしない「その他」の回答が多数を占めている。今や、小学 校も中学校も義務教育であるということで、子どもたちは、学校へ行かなければいけない ことは当然わかっている。それでも、学校へ行けないという子どもたちの葛藤について私 たちは知らなければならないのではないだろうか。直面している問題について葛藤し、試 行錯誤を繰り返し、その結果、学校へ行かないという選択をしてしまう子どもたちの心の
うちを理解しなければいけないのではないだろうか。
・E曲o戯の発達観と青年期の葛藤
以下、中学生の時期の葛藤について、E曲on(1973/1982,1977,1980,1997!2001)の理 論を中心にみていくことにする。
さて、E曲onは家族の人間関係、及び親の課せられている社会的責任や義務が、子ども 達の養育環境を決定するものと考え、社会的・対人的な側面から発達を見直そうとした。
また、人間の生涯にわたっての発達を考え、人間の八っの発達段階が構想され、それを漸 成図式(epigeneもicschemeMこよって表現した(図2参照〉。さらに、私たちが生きていく上 で、なくてはならない心理・社会的な能力であり、人間的な強さである徳(virtue)が併記さ れている。
漸成的観点から見た発達とはどのようなものであろうか。対角線上の対立命題(r〜対
〜」)によって示されているのは、自我が直面する心理・社会的危機の性質である。
老年期鴨
成人期 刷
繭成人期 u
青年期 v
学重期w
遷戯期m
幼児期初期∬
乳児期 1
縫合対 絶鎧,嫌悪 生殖幌
顛
対 停 滞
親密
娼
対 孤 立
嚢 岡一性
対 同一性混乱
轟観
轍
対劣等感 自主性
鮒
封 郭悪感
趣駒
B律腔討 瓢 疑惑 蜜憲 碁本的信頼
対 蕃本的不儒
看ヨ
1 2
3
45 6 7 8
図2 Erik80nの漸成図式
たとえば、図式の対角線に沿って徳の系列を見渡してみると、希望と忠誠の間に意志、
目的、適格のステップが仮定され、また忠誠と世話の問には愛というステップが仮定され ている。しかしこの図式はまた、垂直方向に見た場合には、各々のステップがそれ以前の
全てのステップに根をおろしていることを示し、一方水平方向に見た場合には、これらの 徳の発達的成熟(及び心理・社会的危機)がそれぞれ、より高次の、発達途上にある段階 に新たな意味合いを付与するとともに、より「低次」の、すでに発達し終わった段階にも 新たな意味合いを付与することを示している。
本論の主題である中学生という時期についても、漸成的な発達という観点から考えてい く必要がある。
さて、申学生は、12歳から15歳までの時期であり、Er曲onによれば、この時期は、青 年期のはじまりで、「同一性 対 同一性の混乱」(iαentityvs.identityconfhsion)という 心理・社会的危機をいよいよ迎えるとされている。人問は、青年期になってはじめて、ア イデンティティの危機を経験し、かつそれを克服するカを、身体的成長、精神的成熟、社 会的責任感などの点で、発達させることができるようになるとしている。そして、青年期 における同一性対同一性混乱の対立から現われる徳は、忠誠である。ところで、青年期は 児童期と成人期を繋ぐ時期である。そして、青年期における基本的な同一性のパターンは、
(1)乳児期から児童期にいたる個人の様々な同一化群を、選択的に、或るものは肯定し、或 るものは拒絶することによって再統合されるかたちで現われるものであると同時に、(2)そ の時代の社会的過程が青年に期待する同一化群から現われてくるものであろう。すなわち、
同一性という感覚は、乳児期から経験してきた多様な自己像(そして青年期に再現される それら)と、青年に対して選択と傾倒のために社会から提供される様々な役割機会とを、
自我が徐々に調和させていく過程そのものである。
また、青年期に出現する独自の強さ、つまり、忠誠は、たとえば乳児期に培った自分を 信頼する能力の、より高次の水準での再生であり、同時にそこには他者が信頼に足る存在 であるという実感が伴っている。さらにそこには、自分の忠実性をいかなるイデオロギー にもコミットさせうるという自主性及び勤勉性が付加されているのである。その過程で、
仕事や愛情における頼もしいパートナーと出会い、前成人期、成人期における心理・社会的 な葛藤を織りこんでゆくのである。忠誠は、誰かに導いてもらいたいという欲求を、親的 人物から賢明な助言者や指導者に向け替えたものなので、イデオロギーを伝える仲介者と
しての助言者や指導者を熱心に受け入れる。
この忠誠と対をなす不協和特性は、役割拒否である。ただし、同一性の形成は或る程度 の役割拒否なしには不可能である。なぜなら、個人の同一性は他者・社会から与えられる 同一化群に還元できるものではなく、自我の再統合の過程が不可欠だからである。最後の