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維 O   報                      七+二

ドキュメント内 年 三 月 十 日 稜 行 (ページ 41-47)

喋じ︑語塞ウ︑棲目坐に生し︑萬慮條に沈むo嚴粛静蓼︑七百學生の精露今果して何庭をや

辿る︒胸底熱血避﹀︑隻眼血泪漣測たウ︒捧讃畢◇︑一同最敬禮を行ム︒次ユ校長再び祭

壇に立て玉串を捧■奉﹀︑一同叉最敬禮Y行ふ︒此に於て式全く畢り︑解散を命せらる︒

時將さに十時るちん巴す○然れ已も誠悼追慕︑陪阻逡巡︑恨然去るに恐び難く︑麗わす躊

曙低徊するもの数歩︑数分し

歳月荏蒋2一月十日に至う︑國民喪鼓に期を終るo黒布は腕を解かれ︑帽を腕す︑而めも 我輩胸中の悲痛は︑解く能はす︑除く能は古o天地を傭仰Lて︑熟涙止む能はすo志擢け 心傷み︑永く筆Y取葛よ禁へす○悪んぞ詞章Y修むるを得んや○臆し

○第五回通常會 二月廿一日午後一時よう第四

高等學校本舘担所にてにて︑開催せらる︒大島會

長 先 今より開會すべきを述べ︑次で

第一席高山教授登壇  ﹁クレオソート及グアヤ

ールに就て﹂なる按題一の下に︑熱心に︑荘重に︑

殆ん舌一時間牛の長演認をなし︵詳.細は次號に

る︶

第二席渡 貞氏 は﹁怪しの臨床實験﹂あ就て︑

種奇響の辮を揮ひ︑人をして或は笑しめ或は一

嘆せしむ

第三席金子一敢授 

薩⁝骨上鯉怜突・起のデモソス

トラチオソ﹂に就て︑其稀有易る實験の紹介あ

り︵詳゜細は次號に譲る︶

第四席木村教授は﹁人体國の人民﹂参る演題を

以て︑いピ面白く人体の造構及び生理に付て説 明わう︵詳細ハ次號に譲る︶

第 五 席 小川教授  ﹁膀胱充満を卵巣嚢腫と誤ま

りし一例﹂に就て︑縷々競て曰く世上自已の學藝

誇りo技術を負ふ者頗る多しoしか賄余は︹自

ら其過失をあけて○大方の示紋を乞ふもの少な

きを怪むc去年夏余け腹部に一大腫物を有す移

女子の一患.者に遭過せう○営時余は之を卵⁝巣嚢

に診断してO直ちに適當菰る塵潰を行ハん巴 欲したるも該患者n爾肺結核○蜜尿病等の疾病

を有L︒到底手術に堪ぷる能はホε思惟したる

を以て○巳を得下其儘放置したりo后藪日Y経て

再試之を診したるに︑腫物ハ幾分か其位地形状

を憂じ︑且つ以前其高さ隣に全卒面にあ6し者

が︑縮小して麟下三指横穫の部あ下うLを認め

たるも︑卵集嚢腫に於て︑時として斯の如き憂象

を見るこ巴あるが故に︑余は爾卵巣嚢腫をるを

疑nぎ◇き︑然るに第三回の診察に於て︑患者が

其 直 前排尿せうピ訴ひしにも係はら古︑試に伺

カプー・7ルを掠入して︑排尿せしめたるに︑何スつ

圓らむ尿を排泄する.殆んぜ二千立方仙迷o下腹

   

雑  報

腫瘍n全時に忽焉として油⁝失せむ電はo余

は・今余が誤謬の診察を掲げてo⁝世の輕々診し去

て余ε其轍を全ぶせん巴する者を戒む竃︑夫 れより欧洲諸大家乃蕎明なる實例を引証し︑演

じ去ウ演じ來つて亦醗藍るく︑聴者をして麻姑

痒きを援くが如き戚あ全しめき︑

終nつて︑大嶋會長閉會を告ぐ︑時に后六

森口専次郎君逝く 會員繋科第三年生森口専 次 郎 君は一月十五H︑有爲の材を齎して︑九泉・

下に入る○君爲人沈毅寡獣︑萄句人芭合はず︑

自ら僻界將ポの明星を以て任せう○然るに昨年

以來︑氣色頓に揚らず︑姿容大に衰ふる竜のあ

ちO畢友或は其罹病に非さるやを疑ひ︑勘むるに

自重を以てすれば︑君轍ち之を斥けて曰く︑男

志を立て︑研鍛に從ふo匿々二竪の故Y以て

學業を廃するが如きハ︑我所志に非#に︑螢雲奮

                       

 七

+ 三

   

雑  報

如し︒客臓果して痛を得︑金澤病院に入院し

て︑山崎高橋爾警學士乃︑懇篤なる治療の下に︑

振養怠δ・なかりーが︑天之に年Y假さず︑蹄郷

途 次 宇 野氣の客舎に於て︑途に瞑せり・享年 二 十四︑悲夫︒

○幹事の交迭 醤科第三年級幹事石森國臣君都

合にょう︑其⁝職を解ーた゜るを以て︑稲⁝歓撰學を行

ー慮︑生沼曹六君當撰せφo

O新入會員 前の本校助敢授谷中正勝氏は︑今

向本會へ入會せられたうo氏は當時秋田縣米内

澤病院長を奉職し︑令聞噴々泥◇巴云ふO

O

堅 部 評 議 會

今回我が聲學部に評議會なる

ものを設けられ︑學校長の諮問に感ヒ︑重要の校

Y

評 議する乙と︺なれり○而ーて高安主事︑木 村 敷授︑櫻井敷授︑山崎散授該評議員を命せら

色︑其の任期は−二箇年なウ巴云ぶo

O

舎 監

任命 散授・今井省三氏は・今阿本校合監

七 十 四

を命せら乏たうo

O

阜生掛の任命 今回新ユ學生掛を︑輻見宙太

郎︑日下庄太郎の南助授放に任命せら巨たうρ

級 長及幹生 今度學級整理の便を計う︑學生 心得の實行Y督働誘導せんが爲め︑各學級ユ級

長一名幹生若干名を置うるo蓋ー級長ぬ携任學

Y

統率し︑行歌及勤惰を監査し︑兼て数膓内の 秩 序及清潔を保持するものにしてo幹生ハ級長

指圖に依う︑學生心得の實行を誘導するもの

なクo而して級長の任期は一學年間巴し︑幹生は

一學期間巴せう︑但し擶期後更に縫績する乙と

あるべー巴云ふO

O

業 士 交名 元高等中學校堅學部卒翼缶にし

て其後得業士の稀號を用ゐる之巴・.細ぽ︑日せ夕れ

たる諸君は左の如し

  馨 學 得 業 士  木村辰次郎︵山 口︶ 島村豊次鄭二右 川︶

上 野

貞吉︵富 山︶

秘森佐一︵稲井︶

加 須 屋 武留︵牝海道︶

藥 學 得 業 士

鵜澤豊吉︵石 川︶

岡市太郎︵石 野 崎

 三郎︵石

吉田和三郎︵兵

) 

庫川川

) 

久保喜卒︵石川︶

   

 ○卒業生諸氏の方向

客秋︑犀涯古今亭に︑金欝を叩いて︑卒業生諸氏

を法つてよク︑烏兎匁〃己ユ三閲月o寒嵐梢を描

ひ︑冷氣執に蒲つo起て諸氏が奮︻寓を訪へぱ︑柴

扉人なく︑安室堅く鎖すo來者荘々去者亦荘々︑

吾輩許て堂Y全ふtて︑研鍛の業に從ひーものo

回憶何ぞ窮ま夕むo今諸氏が方向を追尋ーて︑全

學諸氏に報ず︑敢て無用の學にあちさらん欺o

鈴木寛之助東虚太郎末岡外次郎の三氏は金澤

病院内科に入う︑室田萬三太郎︐東頁卒の二氏は 全 外

科に入芝少c

園崎純次郎︑森川脩爾氏は歩兵第七聯隊第十一

 ●雑  報 中隊︑本多勝久︑田上捗爾氏は全第十二中隊へ各

年一

志 願 兵巴ーて入隊せう︒四氏皆現役を志願

ーカム・巴云ムo肚志知るべし

嶋田士口三郎︑竹中繁次郎︑金子太須計の三氏は.︑

客 臓 上京︑嶋田︑金子爾氏は相件ひて醤科大學病 理 室 入う︑竹中氏は全生理室に入芝>o竹中氏 響て他R語つていふっ須里大學に遊ぴ︑更よ航し

て海西k趣かんピo果ーて然るう︑ア︑果しぐ然

るうo亦一個の風雲見o喜ぶべきる6︒叉金子氏

よう常地の知友に贈ウたる書簡の一節に曰く︑

余輩は充分濁語を學び居らさるがため︑何虞へ

出ても頭上が夕ず︑大ユ悔恨致居候︑爾來上京せ

ん巴欲するものは︑・充分なる猫語の修養を要す

る儀巴被存候εo好箇の鑑戒εいムベしo

其 他 紺 谷 艮作︑氏・は遠めらす上京の途あ就・のる べく︑中嶋正泰氏は過日常地を過ぎて上京の途

上れ∧ノ︑林幸市郎氏は−河牝郡木越村の自宅に                         七 十 五

   

維  報

あウて︑修得の妙腕を揮ひ︑四方忠客の需めに

纏せウ︒近くは新紙にれける實扶的里血清療法

H

大々的廣告を以て見るも︑氏が氣炎のあ

る所を知るに足るo廣野喜久雄共は目下本市木

新保に潜むて︑自夕池中の腔龍を以て任せる

も︑二月下旬頃にn︑朋昨郡の某地ゐ門戸を張

る積ク易うε︑さ渇人よ語うたうに云へば︑其雲

銅 翔するの日ハ︑遠うらすして目賭するY

得べし︒婦竃氏n郷里幅井縣丹生郡安居村に於

て︑父君を助けて頻あ趨死同生の技を施し︑近村

欝師殆ご顔色なしピは眞欺o月前の徴星其光

輝を失ムは抑も當然︑しうも吾輩は夫の非命に

鎚る︑上の徒をLて︑よく其天壽を全からしめん

を希ふ而巳︒千田榮三男氏は痛疾甚だ蓬@︑先頃

止善堂病院に入蓬ウピo氏にして疾病H器さら

ずんバ︑亦こ芝有爲の一俊材︑時爾盤寒盟朋︑乞 ム 加餐せよo債堀直江氏は其ハ郷地信州飯田に悠

                          七 十 六

々し︑永井環兵は嚢11三州幡豆郡なる田中病院

聰せら4﹂たウ逗聞くo 卒 業 生諸氏の動灘概ね斯の如し︒知らヤ校堂幾 百

士.誰人の面影か︑よく枕頭に捉匂來って︑

悟⁝々巴して温故知新の綻談をなす者そo

O一年志願兵消息 小西寅次郎氏ぱ近衛歩兵第

聯 隊 第 入

隊に︑安田順太郎氏は金澤歩兵第 七 聯 隊第一中隊に︑石田太吉氏は全第二中隊に︑

間中泰三氏は大津歩兵第九聯隊瑳五申隊に︑河

本算悟及松坂治助の爾氏は︑姫路歩兵第十聯隊 第 七中隊に︑準井正澄及渡邊鐵の爾氏はー︑大坂歩

兵第二十聯塚第九中隊に︑谷一年志願兵巴ーン㌦

入螢せられカ∧o

O

剤官任命 卒業生金田一春.澁谷十郎は︑兼

て一年志願兵ゐて入螢の堤︑今度金田一春氏は

陸 軍 三 等 藥 剤官︑東京衛戌病院勤務に︑澁谷十郎 氏は陸軍三等藥剃官.名古屋衛戌病院勤務に任

命された0

0

甲午麟學會新年宴會 は去る一月九日正午よ

6︑本市里見町大野棲に於て︑石川縣藥捌師會巴

合併ゐて催せしに︑會する竜の四十八名にし

て︐頗る盛會をうしピ云ム﹂

○職員及一學生の種痘 ム﹂や天然痘n︑各府縣到

る庭に流行して其の毒⁝勢を疸にせさるハ壱し︒

於て︑我校は小川︑野田︑岡部︑村上敷授及松

本︑森嶋助教授ゐ種痘委員を一命ヒ︑殴︻科第四年生

をして施術者だらしむ〇二月十二︑十三爾日︑本

桟職員を始め︑讐學部及大堅豫科學生総計五百 五 六十名に種痘を施し︒後ち十五︑十六雨日にい

た◇︑之Y験診せしゐ︑善戚者百二三十名あ6就

中既に幼時天然痘を患へたるも乃にして︑善戚

る屯の︑職員中あ=一名あリカる由o蓋し今回

種痘成蹟は︑學術上の興味勘から宇o依て野田 散 授は次號に於て︑緻密精細の報告を寄稿て斯    

雑  報 る︑由

海 軍 少 軍 讐 候 補生の募集 今般海軍少軍馨候

補生三十四名を募集し︑且將來は毎年春秋二回

莫 集 可 相成見込に付き︑屡學部卒業生井在校 學 生 卒 業 出願すへき様勤誘の義︑海軍衛 生 會 議 長よう︑我が主事k宛て依頼わうたう︑行

よ肚心の男子︑走芝青雲の健見︑而して志願乃者

は︑明治二十六年十二月勅令第二百五十一號︵海

軍 高 等 武 官 候補生規則︶︑同二十入年九月勅令第

百二十七號︑同二十九年⊥ハ月勅A口第二百五十八

號︵共ゐ海軍高等武官候補生規則中改正の件︶及

同二十九年三月海軍省令第二號︵海軍少軍閤候

補生探用試験規則︶に依0︑本年四月三十日まで

海 軍 衛 生 會議ユ出願し︑身賠槍査及學術槍査

は本年五月十一日よう︑海軍大學校内ゐ於て開

始すピ云ふ︑弦に惑考の爲め検査科目Y鵠⁝■︑旬

ほ海軍少藥剤官候補生の瞼査科目をも皐ゆん

   

  

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