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三つの出現条件の成立についての考察

ドキュメント内 現代語における感情用言の形式と意味 (ページ 33-37)

第 2 章 感情動詞の特異なガ格

5. 三つの出現条件の成立についての考察

c. ?育児への夫の無関心な態度がむかつく(育児への夫の無関心な態 度にむかつく)

d. この手の質問がいちばん困る(この手の質問にいちばん困る)

(11)と比較して,文脈のない(12)は,(12d)を除いて不自然である。

(12d)をひとまず措くと,丸括弧で示した,通常のニ格をとる感情動詞に よる文が文脈なしで自然であることと対照的である。(11a, b, c)を見ると,

それぞれに共通する文脈があるように思われる。(11a)では,「上ブレと下 ブレでどちらが困るかと言うと(下ブレが困る)」,(11b)では,「年金改革 関連法案の審議で何があきれるかと言うと(採決のやり方があきれる)」,

(11c)では,「夫との関係で何がむかつくかと言うと(育児への夫の無関 心な態度がむかつく)」というような文脈が想定される。一方,(11d)では,

「いちばん」と共起しており,いくつかの候補の中から一つ(「この手の質 問」)を選ぶという意味が際立っていることが注目される。この「いちばん」

によって,文脈がなくても自然であると考えられる。このことから,ガ格

「誘因/対象」型感情動詞文は,当該の問題に対して話し手が持つ感情につ いて,その感情を引き起こす候補としての複数の「誘因」ないし「対象」の 中から一つを選ぶというような文脈で使われていると考えられる。

よって,次の(13)のような出現条件があると考えられる。

(13)特定の感情を引き起こす候補としての複数の「誘因」ないし「対象」

の中から,話し手が一つを選んでいること(出現条件Ⅲ)

(14) a. ニ格をとる感情動詞が述語であること(出現条件Ⅰ)

b. 「誘因」ないし「対象」を表す名詞句としてコトをとること(出

現条件Ⅱ)

c. 特定の感情を引き起こす候補としての複数の「誘因」ないし「対

象」の中から,話し手が一つを選んでいること(出現条件Ⅲ)

三つの出現条件のうち,出現条件Ⅰ・Ⅱは感情動詞を感情形容詞に近づけ るように働くと考えられる。まず,出現条件Ⅰについては,「時間的限定性」

の観点から,「状態」を表す述語であることと相関すると思われる。工藤

(2014:47)は,「時間的限定性」の観点から述語の意味的タイプをスケー ル的な違いで捉え,「運動」「状態」「滞在」(以上「時間的限定性」あり)

「存在」「特性」「関係」「質」(以上「時間的限定性」なし)に分類している。

「状態」を表す述語のうちの動詞は「アスペクト対立がぼやけて,スル形式 がテンス的に〈現在〉を表せるようになる」ものとされている。

感情動詞には「そんなこと,困るよ」のようにル形が現在の事態を表すも のがあることが指摘されているが(堀川 1992,山岡 2000,三原 2000,小 竹・酒井2011など),とる格に着目するとそれらはニ格をとる感情動詞と捉 えられる11。したがって,出現条件Ⅰによって,ニ格をとる感情動詞が「状 態」を表し得る述語として取り出される。一方,感情形容詞のほとんどが

「状態」を表す述語のうちの形容詞に位置付けられるということから,取り 出された「状態」を表し得る感情動詞は感情形容詞と同列に位置付けられる ことにもなると考えられる。次に,出現条件Ⅱについては,名詞句の具体的 な意味において感情形容詞との類似性を保つと捉えられる。

出現条件Ⅰ・Ⅱを満たすことで,ガ格「誘因/対象」型感情動詞文の述語 が感情形容詞と類似することになるということに関しては,次の(15)と

(16)の例が示唆的である。感情形容詞は「感情主」を文中に表す場合に,

「~には」「~にとって(は)」という形式をとることもできるが(寺村 1982),ガ格「誘因/対象」型感情動詞文においてもこれらの形式をとるも

11三原(2000)は,ル形が現在の事態を表す感情動詞の例として「悩む,困る,驚く,弱る,

焦る,苦しむ,おびえる,まいる,滅入る,まごつく,戸惑う,白ける,ひるむ,めげる,懲 りる,失望する,落胆する」を挙げ,これらの感情動詞をニ格をとる「自動詞」と分析してい る。また,山岡(2000:185-188)は,ヲ格をとらないことを,ル形で発話時の感情を表出す る「文機能」を持つ感情動詞(「感情表出動詞」)であるための必要条件としている。

のが観察される。

(15) a. なんでもそうだが,バリで物を買う場合,大量に買うとかなり安 くなる。でもバリに初めて行った日本人なら,たった1つ相手の 言い値で買っても安く感じると思う。我々リピーターには,それ が困るんだけどね。みんながたくさんお金払っちゃうから,どん どん価格がつり上がってしまうんだ。

(http://www.kutapesona.com/br_bali/kyokunbali.html)

b. (筆者注:滞在したバンコクのホテルについて)長期滞在者には 朝食が飽きる。

(http://hotels.his-vacation.com/jp/jp/HotelPromotion/BKK01260.aspx)

c. (筆者注:コンビニのパンについて)年寄りには,この濃厚マヨ

ネーズ味が飽き飽きします。

(http://isawagarden.seesaa.net/article/353656427.html)

(16) a. (問)下流の農区はどうしても被害に遭う。下水に関係ないかも しれないが,上流にたくさん鶏舎があり,川に汚水が流れてい る。調査を行ったことがあるか。

(答)鶏舎はコミプラ(筆者注:コミュニティ・プラント)に 接続されていない。鶏舎で自己処理して川に流している。

(問)下流にとってはそれが困る。見解を聞きたい

(平成19年9月21日(金),『議案第131号』,姫路市)

b. 経済制裁が,どれだけイラクにとって困るかというこ とも,私

たちが考えているほどではないだろう。空爆の翌朝,町の市場は 平常通り開かれていた,という。

(『毎日』1998年12月20日,東京朝刊・大阪朝刊,3頁)

c. 認めるのは癪だが,兄は何もかも揃え持った男だ。そうあるため

には相応の努力をしているのだろうが,そんな苦労はチラリとも 表に出さず,いつも涼しげな顔つきで達観したことを言う。泰成 にとってはそれがどうにもムカつく。どうせ自分は兄のように良 くできた男じゃない。

(遠野春日『絡みつく視線』,『BCCWJ』所収)

ガ格「誘因/対象」型感情動詞文が「~には」「~にとって(は)」という 形式をとることから,述語の感情動詞が感情形容詞として機能していると考 えられる。

さらに,出現条件Ⅲは感情動詞のとるニ格をガ格に置き換えるように働く と考えられる。(11)で見たような文脈が必要であることは,名詞述語文に おけるガ格の用法とされる「指定」(三上1953)と結び付けることができる ように思われる。三上(1953)は,次の(17)のような例で「指定」を説 明している。

(17) a. 君ノ帽子ハドレデス?

b. 幹事ハ私デス

c. 到着シタノハ扁理デス

三上(1953)によると,ガ格名詞句と述語名詞句の一致関係を認めるの が「指定」であるため,「~ハ」によって提示される主題を持つ(17)は,

(18)のようにガ格を用いた文に変えることができるとされている12

(18) a. ドレガ君ノ帽子デス?

b. 私ガ幹事デス

c. 扁理ガ到着シタンデス

ここで前節の(11)で見た文脈を形式的に整理すると,「~するのは X だ

(X は「誘因」ないし「対象」)」というようになる。すなわち,意味構造上,

(17)に対応する「指定」と同様に解釈することができる。このことから,

文脈上,「誘因」ないし「対象」を表す名詞句に必要とされる意味が「指定」

によって表現可能となるために,ニ格ではなくガ格に置き換わると考えられ る。

ガ格「誘因/対象」型感情動詞文が「指定」の文として機能するというこ とに関しては,次の(19)の例を傍証として挙げる。(19)は,ガ格「誘因

12 三上(1953:81-82)は,(17)において「~ハ」で提示される主題(「君ノ帽子」「幹事」

「到着」)を「顕題」,(18)において「~ハ」で提示されない主題(「君ノ帽子」「幹事」「到 着」)を「陰題」と呼んでいる。

/対象」型感情動詞文が(18)に対応する「指定」の形式(「X が~するの だ」)をとって現れている例である。このような事実を踏まえて,ガ格「誘 因/対象」型感情動詞文全般において「指定」の意味構造と対応すると捉え る。

(19) a. われわれだって,イングランドという日本語を使うときには,ス コットランドやアイルランドを含まない意味に使うだろう。だ が,イギリスという言葉が困るのだ。

(田村明『イギリスは豊かなり』,『BCCWJ』所収)

b. 総論がいけないのではなく,各論の裏づけのない総論が困るので

ある。

(深代惇郎『深代惇郎の天声人語』,『BCCWJ』所収)

ドキュメント内 現代語における感情用言の形式と意味 (ページ 33-37)