札幌法学22巻2号(2011)
行為を支配しているということである。
従って、理性的であるとは、他者の利害を考慮に入れるということ
である。これには、人々が自らの利害を捨てなければならず、公共
的理性が求められることになるのである。(4)ロールズの直観主義
ロールズの理論において、公共的理性と同様に、手続的正義と関 連性があると思われるのは直感主義である。
直観という日本語の語義からすると、直観は手続的正義とはもっ ともかけ離れたものであり、出鱈目のように思われるかもしれな
い。しかし、ロールズの正義論の狙いは、一般的に認識された正確
な解決方法が存在していない社会的選択の基本的な問題を、個人が 選択する特別に設定された問題を媒介することによって扱う方法を 提供することであり、この基本的な問題は、非常に信頼できる直観 と、合理的な熟慮のある決定手続きによって解決しうるものだと、ネーゲルは言う109。
応用倫理の問題はまさに、「正確な解決方法が存在していない社 会的選択の基本的問題」であり、ロールズの正義論の基礎にある見 解は応用倫理の問題を解くヒントを与えてくれると思われる。さら
に、ネーゲルによれば、ロールズは、その基盤を求めるべき多くの
実体的な倫理上の結果が存在するときに、倫理の基盤を探求するこ とは有益だと信じていると言う110。そして、ネーゲルはロールズの 直観主義につき次のように述べる。「基礎にある原理がそれ自身の 直観的な道徳のもっともらしさを有し、理論は単にそれが説明する 特定の判断を単に要約するだけでなく、光をあて、もっともらしいものにするのである。」111と。
109 ThomasNagel.uRawIsonJustice .philosqphicalReview,82(2),p220(1973).
110Ibid.p220,
111Ibid,p221.
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医療倫理における手続的正義と討議民主主義(稲積)
また、ロールズの直観主義(intuitionism)は、功利主義に対抗す る概念であるとロールズ自身考えていたとファインバーグは言う112。
しかしながら、直観主義は、功利主義においても、中心的ではない
が、ある重要な役割を演じているという主張もある113。では、ロールズの直観主義はどのような点で応用倫理の問題を解 決するのに役立つのか。
ロールズは、「道徳的事実の複雑さは、多くの識別された諸原理を
要求するが、他方、それらの原理を説明したり、それにウェイトを
割り当てたりする単一の標準は存在しない。そこで、直観主義の理 論は二つの特徴をもつ。第一に、特定の形態の事例に矛盾する指令 を与えるために対立することもある複数の最初の諸原理から成立し ており、第二に、これらの原理を比較考量するための明示的な方法 も優先順位のルールも含んでいない。われわれは直観によって、つ まりわれわれにとって最も正に近いと思われるものによって、あ るバランスに出会うことになるにすぎないのである。あるいは、優112JoelFeinberg∵RawIsandIntuitionism∵NormanDanielsed、inReading 尺α伸J∫ごCrfJJcdJ∫山dJg∫〆A血0ワげノ〟∫JfcらP.108(1978).
113 TomBrooks,FabianFreyenhagened.T7zeLegaqQFJohnRawIs.p.4(2004).
ちなみに、へ−ゼル・ビッグズは直感的反応や、直感的道徳に次のように述べる。
「直感的反応や直感的遺徳は生命倫理一般の出発点であり、研究倫理に関して もまたそうである。それらは、ある実践や提案は本能的に誤っているように見え るが、他のものは完全に受け入れられるように見えるといった事実に基づく。シ ャム双生児の外科手術などがその好例である。臨床的な利益が全くない純粋に実 験的な目的で外科医がある人体を意図的に切り開くということは、外科医は何を するのが適切かということにつき、人の感情を害する。しかし、そのこと自体、
シャム双生児の外科手術に関する計画が自動的に拒絶されることにはならないの である。そうではなく、その試みを行うこと自体が正当化されるかどうかをつき とめ、参加者に潜在的な危険を示すための倫理的な分析がなされるべきである。
その筈えは、その手衝からもたらされる参加者の危険と潜在的な利益との均衡を 含む、要因の数に依存している。要するに、本能的にあらゆる倫理的な感受性を 害するように見える提案でさえ、精査を受け、確立された倫理原則に従って評価 されるべきなのである。」ヘーゲル・ビッグズのこのような理解が功利主義から みた直感の評価としては一般的であろう。Heze18iggs.〃gdJ川ビ∫g〝r力闘fc∫α〃d LDW(Cavendish2010).p50−51.
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先順位のルールがあるとしても、これらは多かれ少なかれ陳腐で、
一つの判断に到達するための実質的な助けにはならないと考えられ る」114というのである。
医療倫理の場面では、判例理論が構築してきた二重の基準や、合 理性の基準などの合憲性審査基準に類似の基準でさえ功を奏しない
ことは当然と思われる。例えば、二重の基準について言うと、この
基準そのものが陳腐であるとはいえないと思うが、二重の基準が精 神的自由と経済的自由との二つを比較考量し、精神的自由にウェイ トを置くという単純なものであり、例えば生命倫理をめぐる患者の 人権への配慮に関する問題ではとうてい役立ちそうもない。また、憲法判例が築いてきた基準はおおよそ何らかの意味で国家権力を縛 る合憲性審査の基準であり、医療倫理をめぐる諸問題において、た だちに有効な基準にはなりそうにもない。
とすれば、何らかの基準に依ることをやめ、専ら直観によって、
われわれにとって最も正に近いと思われるものによって、ある均衡 点に出会うことになるにすぎない、ということになるのであろう。
しかしながら、このように、個人の尊厳に関するような問題まで もが直観によって判断されるのはあまりにも抽象的で妥当性を欠く のではないかという批判が出されよう。そして、応用倫理における 何を優先的に扱うべきであるかといった優先問題に関する有用かっ 明白な解答や基準があるのではないかといった批判が出されよう。
ただ、この点もロールズによれば、そのような優先順位の問題を解 く明白な解答は存在しないのである。彼はこういう。「優先問題を 解決するために直観に訴えることには、必然的に不合理なものは何
もない。複数の原理を超越する方法はないという可能性を認めなけ ればならない。どのような正義の概念でも、ある程度は直観に頼ら なければならないのは、疑いのないことである。それにもかかわら ず、その直接的な訴えを慎重な判断に帰するために、われわれは自
114JohnRawIs,AT77eOryQfJustice,p.34(1999).
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分のできることを実行しなければならない。」と。そして、自分の
できることとは「直観への依存が完全に排除されないとしても、優 先問題のための明示的な諸原理を定式化するためにわれわれはでき ることをすべきなのである。」と。ロールズは直観に依存せざるをえないが、直観への依存を弱める ことは可能であるというのである。つまり熟慮への手引きは存在す るというのである。熟慮の手引きとなるのが、ロールズの正義論の 中で語られる優先原理である。この優先原理が十分弁護すべきもの であるなら、この理論は直観主義よりすぐれたものとなるのは明ら かだとロールズは主張していると、ファインバーグは言う115。
これに対し、多元主義は原理と規則の順序付け、あるいは、道徳
的要求の相対的重要度の決定方法を示せないならば、困難な応用倫 理の問題ではほとんど指針を示せないのではないかということにな る。そこで、多元主義の問題を克服すべく出されたのがまさにロールズの『正義論』なのである。この本で、ロールズは、正義の一般 理論を、順を追って配列している。そして、ロールズは「無知のベ
ール」におおわれた公正な取引状況にある合理的契約者は次に紹介 する正義原理を受け入れるはずであると主張する116。第2節 手続的正義の概念
手続的正義は、手続と正義という語からなる。
115JoelFeinberg..op.cit..pllO
l16 正義論に対しては、幾つかの有力な批判も存在するが、プチは、ロールズの
一種の社会契約に基づく正義為において、社会契約を結ぶものに課せられる選択 には、特定の社会主義を反映しており、それは、特別な意味での正義ではあるが、
普遍的な理論ではないという。PhilipPettit/ATheoryofJustice?T 771eOTツand 血cf∫わ〃,4(1974)pp311−324
また、ハートは、正義論における、ロールズの、自由は他の社会・経済的な利 益によって制限されてはならず、ただ他の自由のためにのみ制限されるという原 理を正義が要求するという主張に対して、なぜそうなのかロールズは説明不足で あるというH.L.A.Hart/Raw)sLibertyandItsPriority .univerisTy4ChicagoLAW 尺gvfgw,亜(3).(1973).p5封.
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