経 典 生 成 の 論 理
||特に真宗の立場からl|
山
本 晃 紹
︵ 本 願 寺 派
﹀
一
、は じ め に
四︑生成詩的回顧 二
︑ 生 成 の 論 理
五︑大乗的な発足
三︑文献史的な考察六︑結
語 は
じ め に
広い意味では︑経・律・論は︑ともに︑仏教の経典である︒
﹁ 一 二 一
論 占 一 仲
﹂
﹁成
実宗
﹂
﹁摂
論宗
﹂
﹁四
論宗
﹂と
いっ
た り
コニ経一論﹂といってみたりすることは︑こうした論理を展開させる︒もっとも︑そうした場合には︑経典とい
わず
に︑
﹁聖
典﹂
とか
︑
﹁聖
教
L
とか
︑
﹁仏教的典籍﹂といったほうが便利かもしれない︒しかし︑経典というもの
が教義の基礎理念を提示する典籍だということになると︑広く経典といっても差支えぬはずである︒後世︑仏典結集
の範囲が︑経・律二蔵から︑論を含めたコニ蔵﹂に展開したり︑数多くの新経典が編集されている事実はこの論理の
妥当なことを物語っている︒
いわ
んや
︑
﹁法をみるものは仏をみる﹂という立場にたてば︑後世︑経典がいくら編集
されたとしても差支えぬし︑論までが経典の領域に入りこんでも差支えぬことになる︒また︑そこにこそ大乗の大乗
たるゆえんがある︒だが︑今は︑広義の立場は一応譲って︑﹁如是我間﹂とか︑﹁一二蔵Lとかいう古い分別の場で︑経
典生成の論理を考えてみたい︒﹁生成﹂とは﹁生じ成る﹂という考え方である︒用語としては︑まだ熟していないか
もしれないが︑そうした立場で私は論理を構築しようとしているのである︒
生 成 の 論 理
追憶記的な出発
まず
律﹂
可山
口間
三が
︑そ
して
︑
のち
に︑
経由
ロ宵
仰が
結集
され
たと
いう
︒
事実
︑
また
︑
律は仏陀
の在世中にその主要部分は成文化していたはずだから︑作業は一層容易であったろう︒それには︑さらに︑動機とし
て律の結集が緊要でもあったろう︒事実︑またそうだつたといい伝えられている︒ともあれ︑律の根本は﹁戒本﹂切る・
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であ
る︒
﹂れは仏陀のことばに非常に近いもの︑
つま
り︑
機に応じての個人への禁戒が規条化されたもの
で︑これが布薩のたびに詞出され︑これに照して日常の行動を反省・憤悔したといわれる︒ところが︑経になると︑
その中の備や論理には原形的なものがあったとしても︑総体は︑滅後︑追憶記
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5
町的にとりまとめられた﹁物一語
り﹂
口同
母丘
町叩
であ
る︒
だか
ら︑
他者
の要
素は
混入
しや
すい
︒
その中心点は物語りを構成している法ロ﹁耳目白の
論理
であ
って
︑
クルlドな意味の仏語という要素は薄められる︒
複合
的な
一編
集
ところが︑時のたつにつれて︑経という語に重さが加わって来て︑経典全部が金口の説法・仏語
−不変の真理といった解釈が成立して来る︒が︑結局は︑それはわずかに︑今はなき師の教を仏陀の死後綴りあわせ
経典生成の論理
一六
経典生成の論理
二ハ
四
たものだけであって︑決して仏陀白からが手をとっての作品ではない︒それどころか︑その教も︑仏陀在世の時代︑
その
時代
の通
念︑
また︑仏陀が面接された人たちに対しての説法でしかない︒だから︑時代の推移とともに︑経の様
式に変化や補訂が必要となって来るのである︒特に経といってみても︑原始仏教の経由U可ロといわれているものは︑
西紀前
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iN
CC
のころ印度に一期を作ったといわれる﹁スlトラ文学﹂ともいうべき一文学形式を追うた作品と類
型な文学作品であった︒だが︑こうしたいわば幼稚な文学作品の叙述形式が華麗に展開したサンスクリット文学の社
ム 五 に ︑
そのままの形で楽しくうけ入れられるはずがない︒そこで︑文学作品としての荘厳な大乗経典が原始経典の型
を追うて誕生するのである︒だから︑大乗経典とは︑時代錯誤
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ロ25と地方色−o g
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を清算した新様式
の経典︑今のことばでいえば︑新教科書である︒
しか
し︑
いくら改変してみても︑仏教的思惟は一貫している︒だか
ら︑変化は時代的校訂
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わずかに補訂的な添加でしかあり得ない︒ただ︑いえることは︑添加があり︑その意味で複合的
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協合
的口
︒︒
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己
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要素
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とで
ある
︒
文献史的な考察
二種の範曙およそ︑文学作品は︑形態的には︑大きくは︑パ円可唱・可踊的なものと︑
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思惟的なものとの二種
にわ
けう
る︒
そし
て︑
これら二種の作品の生成の限界は︑書写文字発生のころであったといえる︒
総じていうと︑文字以前の作品には︑詩歌・散文の二種はあっても︑録記方法がないので︑散文は︑光波のように︑
瞬間的に明滅したらしい︒残ったものは︑概して詩歌風なものであったのである︒そして︑その残存を可能にしたも
のは詩歌のもつ韻律美であろう︒つまり︑律美が記憶労力目白
2 5
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同を援助したのである︒
文字後の展開ところが︑文字の発生は︑作品の形に変革をもたらしたc
つま
り︑
文字
は言
語を
1
1ある限度内の
ことではあるが
1
1固定させたのである︒活字の発明から︑写真・石版・謄写印刷︑モノタイプ︑ライノタイプ︑ティ
プレコーダー︑テレタイプ等への展開は︑言語の録記能率を高め︑散文℃
25
の極度な発達へと
︑民
一
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手心
今や二十
世紀の文学は︑散文学全盛の時代といわれる︒そして︑詩句︒
1 4
は︑視覚的・思惟的なものへと移り変ろうとして
いる︒こうした文学作品の形態移行の様相は南北両伝の仏教経典の上においてもみられる︒﹃われわれは﹁パlリl語
の本
﹂と
いう
︒
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近代的な意味の本
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内で
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それは暗記のための覚え書き的な条章である﹄
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田口当日仏聞が指摘しているように︑例えば︑ディl
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lヤを読んでみても︑冗長・反覆の推積物であって︑その意味では︑本としてはまことにお粗末
な作品である︒無量寿経などとは︑くらべものにならない︒
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り︑
﹃それは読む話回仏ためのも
のではなかったのである﹄
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M出・︶︒作品形態としては︑詩歌と散文の中聞を行く作品であ一ったのである︒
四 生 成 詩 的 回 顧
思惟の本流印欧語族HECa
ロ
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の詩歌の一つの特徴は︑サイズが大きなものへと発達したことである︒
その適切な例は叙事詩︒立のである︒これは日本の詩が一時縮小の道をたどったのと逆な現象である︒そして︑この
叙事詩についても︑前文字時代のものと︑録一記術発達後のものとの二類がある︒ここでは︑前文字時代的︑
つま
り︑
古層の叙事詩についてのみ考えてみる︒それは︑この種の作品が経典生成の過程を推測するのに役立つからである︒
さて︑この叙事詩とは︑一口にいえば︑物語詩で︑音楽伴奏のもとに吟出される形の詩をいう︒だいたい︑
日本
で
は文字時代に発達した琵琶歌や浄瑠璃を想定すればよい︒
だか
ら︑
一詩
行の
音量
は︑
一息の可唱音量に等しい︒内容
的には︑英雄詩
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口
S
匂
O白日とも呼ばれるように︑物語の中心に主題的な人物がいて︑﹂の人物の動きを中心に
経典生成の論理
一六 五
経典生成の論理
一六 六
物語
りが
進め
られ
る︒
その点は今日の小説とあまりえらぶところがない︒が︑
古層
の叙
事詩
では
︑
作品
が︑
その民族
の合力で完成されている︒描かれている人物は︑時代や民族の理想を代表し︑これが作品を生命づけ︑育てあげてい
る︒
ちょ
うど
︑
﹁忠
臣蔵
L
が︑
長期
間︑
日本民族の上下を問わず︑愛情をもって迎えられたようなものである︒n
−
2︸ ︑
ふ/ふJ
浄瑠璃は︑文字以後の作品であって︑録記された︑個人の作品であるのに対して︑印欧語族の古層の叙事詩は︑吟出
だけで伝持され︑残存した協合的な作品である︒
さて︑この古層の叙事詩が仏教の経典生成史に関連するのは︑物語りの背景に思想のワクがあることである︒別な
ことばでいえば︑自由と独創の場にたつ創作とは別なものである︒
叙事詩的増幅これを要するに︑古層の叙事詩の一つの特徴は民族や時代の理想が不可変的な思想のワクを作り︑
これが支配し︑この中心点を生命として増幅され︑成長していることである︒例を印度に求めてみると︑
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がある︒ギリシャへ行けば︑イリヤッドロ広島wオデッセイC
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回目
︒話
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︵八
世紀
半︶
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また︑英仏聞には︑英国のマロリlω
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サl王物語円︒冨C丘
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︵十
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その特徴はいずれも作家があまり明確でな
く︑時代の経過や民族の成長とともにふとりあがったことである︒印度のマハl
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lラタに例をとってみると︑十八
篇・十万頭︑世界一と称せられるこの史詩も︑普通はヴィヤl
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の作といわれるが︑的確なことはわからな
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やは
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ヴェーダとともに︑徐徐にふとりあがり︑協合的に︑増幅・完成されたものというのが︑穏当な考え方
であ
ろう
︒
同じような立場にあったのが仏教経典であった︒特に︑仏陀の後継者は人でなく︑法己目同日目印であるかぎり︑そ