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一 、

ドキュメント内 真宗教学研究 第26号(2005) (ページ 56-83)

証﹂における海の誓聡は︑一つの側面に留まらず︑本願

海︑無明海︑群生海といった多国性を持つ︒勿論これら︑

親驚が用いる海の壁一一山は︑釈尊以来の祖師方の伝統に基

づく︒しかし︑親鷲は経典及び祖師方の海の警職を受継

ぎながらも︑単なる伝承に留まらず︑独自の意義を見出

した︒親驚は伝統に帰入しながら︑しかもこの伝統を主

体的に受け留めたといえよう︒なぜならば︑親驚自身の

獲信の表明を海に除える記述が︑﹃教行信証﹄において

見受けられるからである︒この親驚の表明は︑﹁化身土

巻﹂のいわゆる︽三願転入︾の丈において︑親驚が第十

九願を端緒とし︑第二卜願を通して第卜八願へと転入し

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ていく様相として表現される︒この︽三願転入︾の丈に

おいて︑親驚が願海に転入していく相に注目すると︑親

鷲における﹁海﹂の警聡の意義の一端を確認できる︒そ

こで︑数ある海の警除の中でも﹁願海﹂という語に着目

し︑︽三願転入︾の文について論考を試みたい︒

一 乗 海 釈

まず︑︽三願転入︾の丈に先立って︑﹁行巻﹂の一乗海

釈を押えたい︒それは︑親驚が海と喰える大行の用きに

ついて︑一乗海釈で確認できるからである︒

﹁一乗海﹂という語は善導の﹁菩薩蔵頓教一乗海﹂に

依る︒善導が︑一乗を海に瞭えたことは︑親鷲に多大な

影響を及ぼしたと考えられる︒親驚はこの一乗海を︑一

乗と海に分け︑まず源信の﹁一乗要決﹄の文を下地とし

ながら一乗を押えなおす︒

言リ一乗海一者一乗者大乗大乗者側来得二乗−者

得二阿綜多羅三親三菩提一阿梅菩提者即是浬繋界浬

繋界者即是究克法身得二究克法身一者則究二寛一

乗 元 二 異 如 来 一 元 二 異 法 身 如 来 町 法 身 究 二 克

J

一乗一者即是無遺不断大乗元一有一三来三乗一二乗三

乗 者 入 一 一 於 二 乗 二 乗 者 即 第 一 義 乗 唯 是 誓 願

親驚における「ijについての考察

一 一 例 乗 也

﹃ 定 本

﹄ 七 六 頁

この丈は︑﹁一乗は大乗であり︑大乗は仏乗である﹂と

いう言葉を通して︑親驚にとって︑一乗は誓願一仏乗で

あることの宣言である︒これによれば︑一乗は大乗︑そ

の中でも仏釆として︑仏の回向の用きによって無上正遍

道に主ることが確認される︒そして大乗の他に二乗三乗

があるのではなく︑二乗三乗が︑我々を大乗に入らしめ

る為の方便であることが了解できる︒つまり︑一乗釈は︑

一乗こそ究克の教えであり︑一乗は如来の誓願に他なら

ないという親驚の確かめである︒だから︑親驚において

一乗とは詳しくは誓願一仏乗であり︑親鷲は後に﹁弘誓

一乗海﹂として︑より具体的に一乗を表現するに至るの

であ

る︒

﹃華

厳経

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そして一乗釈に続き︑﹃浬繋経﹄と

が配され︑その後に海釈が置かれる︒

言二海一者従二久遠一己来轄二凡聖所修雑修雑善川水

縛一

逆詩

関提

恒沙

無明

海水

一成

一一

本願

大悲

智慧

員貰

沙高徳大賓海水一聡三之如二海也︑良知如問﹁経﹄説

l J

言三煩悩泳解成二功徳水一氏︵﹃定本﹄七八頁︶

ここで一乗の用きが海に喰えられる︒雑善の川水は衆生

の行為の象徴であり︑無明の海水は衆生の存在の象徴で の引丈 ある︒川水という雑善の問題性も︑海水という無明の問題性も︑転じて大宝海水の本願大悲智慧真実恒沙万徳という内容と成る︒川水も海水も︑本願の海水と成るのである︒これが海の﹁転成﹂の用きである︒海は︑雑善という衆生の行為の問題性も︑無明という衆生の存在の問題性も︑功徳の内容に転成せしめる︒そして︑この﹁転成﹂の用きは﹁煩悩の氷解けて功徳の水となる﹂と除えられる︒大行である称名によって功徳宝海へ流入した雑善の川水︑無明の海水は︑本願の功徳海水に転ぜしめられる︒このように海とは﹁転成﹂の用きを聡えるものであ

る︒

更に親鷲は︑海が持つ転成の用きに加えて︑﹁浄土論﹄

の﹁大衆功徳﹂の丈を下地として︑白釈を展開する︒

願海

者不

三宿

一一

二乗

雑善

中下

屍骸

一何

況宿

二人

天虚

仮邪

偏差口業雑毒雑心屍骸一乎︵﹃定本﹄七八l

九頁

この丈によって親驚は︑海の﹁不宿﹂の用きについて論

ずる︒ここで海が︑願海として表現され︑如来の誓願を

その根源に持つことを明らかとなる︒仏乗である願海は︑

声聞乗菩薩乗という二乗ですら︑その雑善の屍骸を受け

入れることはない︒﹁不宿﹂︑それは二乗雑善の中下の屍

骸を宿さないという海の用きである︒海は一一乗雑善の中

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下の屍骸を残さずに本願の海へと転成させる︒屍骸を宿

さないこと︑それがいかに厳しいものであろうか︒声聞

乗菩薩乗と難も雑なる善を持つものは宿さない︒二乗雑

善中下の屍骸は︑そのまま海面へと浮かび上がり︑流さ

れて浜へと漂着する︒つまり︑海は自我を海水に転ぜし

めることをしない︒むしろ︑自我を宿すことなく浜へと

打ち上げ︑明らかにする︒換言すれば︑﹁不宿﹂とは自

我を隠すことを許さない用きであるといえよう︒

さて︑一乗海釈における﹁転成﹂と﹁不宿﹂という用

きの根源には前に確認した誓願一仏乗があり︑この一乗

海には如来の本願力が用く︒それを親驚は﹁浄土論註﹄

﹁不虚作住持功徳﹂の文を引用して確認する︒それは︑

﹁添

土論

﹄日

何者

荘巌

不虚

作住

持功

徳成

就備

当一

口国

観二備本願力一遇元二空過者一能令三速漏一足功徳大賓

海一故国一不虚作住持功徳成就者蓋是阿嫡陀如来本

願力也︑今首略・示肉虚空之相・不ニ能二住持一用

1

額二

彼不

虚作

住持

之義

一引

所二

二一

一口

一不

虚作

性持

者依

F

f

法裁菩薩凹卜八願今日阿禰陀如来自在紳力上願以成二

力一力以就二願一願不二徒然一力不二慮設一力願相府

畢克不二差一故日一成就一︵﹃定本﹂七九l八O

頁 ︶

という如来同向の用きである︒ここから︑一乗海が虚作 如来の本願力が充満していることを親驚は確か

める

ので

ある

海は︑如来の本願力を以て︑衆生を皆漏れることなく

﹁転成﹂せしめる用きを持つが︑衆生は﹁転成﹂せしめ

られるべく︑自我を明らかにされる︒そこに自我という

課題が浮き出される︒この課題を見つめない限り︑衆生

は無明海に漂い︑生死海に没し︑浜へと打ち上げられる

ばかりである︒しかしながら︑自我という明らかになっ

た課題を受け留めた時︑自我が打ち破られ︑本願の海水

へと﹁転成﹂していく︒ここに︑﹁不宿﹂という大行の

用きが衆生に成就し︑尚且つ﹁転成﹂という用きもまた

成就する︒これらの教言によって︑大行が︑﹁転成﹂と

﹁不宿﹂という二つの用きを持つことが確認できよう︒ で

なく

︑﹁特﹂の字・﹁ヒトリ﹂の左訓

﹁行

巻﹂

の一

乗海

釈の

結び

に︑

J

能掲二愚嬢海一能流二入願海一乗一一一切智船一浮二

諸群生海一国一涌一帽知日戒一開二額方便薮一良可二

奉 持 一 特

・ 可 二 頂 戴 一 也

﹃ 定 本

﹄ 八 四 頁

という教言がある︒親鷲はここでも又︑如来の悲願の用

きを海に聡える︒そして一乗海によって︑群萌に福智蔵

を満足し︑方便蔵が開顕される事実を論ずる︒この﹁開

顕方便蔵﹂の語に﹁化身土巻﹂開顕の意義が内包されよ

︑ 司 ノ

O

親鷲における「海jについての考察

この教言で﹁特﹂の字に注目すると︑左訓に

﹁ヒトリ﹂と付される︒この語には︑第十八願成就の自

覚が凝集されているように推察できる︒ここに親驚にお

ける信仰的主体の確立があるのではないだろうか︒﹁特﹂

の字・﹁ヒトリ﹂の左訓は︑親驚自身が一乗海に帰依し

た機に他ならないということの自覚であり︑これはまた

如来の本願力が他の誰でもなく︑親驚自身において成就

していることの表明といえよう︒

この﹁特﹂の字については︑﹁化身土巻﹂の︽二一願転

ヒ ト リ

入︾の文にある︑

ル ニ マ マ コ ト ニ テ

︑ ノ ヲ セ リ ノ ニ カ ニ レ テ

然今特出一一方便員門一轄二入選揮願海一速離一一難思

ノ ヲ オ モ フ ト ケ ン 卜 ヲ

往生心一欲三遂二難思議往生一︵﹃定本﹄三O

九頁

ハ カ ラ フ

この文中の﹁特﹂︑この語にもまた﹁ヒトリ﹂と左訓が

付される︒これは︑先の﹁行巻﹂の﹁特﹂の思想と呼応

していよう︒﹁行巻﹂の﹁特﹂と﹁化身土巻﹂の﹁特﹂︑

ヒ ト リ ヒ ト リ それはいずれも︑如来の本願の用きが︑今まさに親驚自 身に現前していることの表明であり︑親驚における信仰 的主体の確立を示すものである︒例えばそれは︑﹃歎異

さて

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抄﹄にある︑

禰陀の五劫思惟の願をよくよく案ずれば︑ひとへに

親驚一人がためなりけり︒きればそれほどの業をも

ちける身にでありけるを︑たすけんとおぼしめした

ちける本願のかたじけなさよ

︵﹃

真聖

全二

﹄七

九二

頁︶

と感得した親驚一人の自覚である︒このように一乗海釈

と︽二一願転入︾の丈とを貫く﹁特﹂の自覚に︑親驚の信

ヒ ト リ

仰理解の独自性がある︒ならば︑︽三願転入︾の丈とい

う親驚自身の獲信の表明は︑﹁特﹂の字で以て自身の信

仰的主体の確立を明らかにする丈であると言えよう︒

四︑︿三願転入﹀の文

ヲ テ ノ キ ノ ヲ テ ノ ニ シ ク テ

是以・愚禿緯驚仰ニ論主解義一依二宗師動化一久出↑一蔦

ヲ ク ナ ル ヲ ソ

Jテ行諸善之仮門一永離二双樹林下之往生一回−一入善本徳

ノ ニ ヘ ニ ン キ ヲ ル ニ マ マ コ ト ニ テ

︑ ノ

本長門一偏謹一一難思往生之心一然今特出一一方便員

ヒ ト リ ヲ セ リ ノ ニ カ ニ レ テ ノ ヲ オ モ フ ト ケ ン 卜

門一蒋入選揮願海速離二難思往生心一欲三選二難思

ヲ ニ ル ユ ヘ カ ナ コ

︑ ニ ン ク テ ニ ク

議往生一果達之誓良有一由一哉愛久・入二願海宇深・

ハ カ ラ

リ フレ

ヲ ニ シ ヤ ノ ヲ ヒ ロ フ テ ノ カ ン ヲ ニ ス

知二例思一笹川三報二謝至徳掠二員宗筒要一恒常稀二念不

ノヲ

イョ

︑︑

ンヲ

コ卜

ニイ

夕︑

キタ

イス

ルヲ

可思議徳海一滴喜二愛斯一特頂二戴斯一也︑41y

︑ 々 ノ

ドキュメント内 真宗教学研究 第26号(2005) (ページ 56-83)

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