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に藤本清 兵衛 • 加島安治郎などの多角的な動 きは懲くべきものがあろう。 ま た 血縁 姻戚的なつなが り も目立っており, たとえば,

谷伝三郎と杉本又三郎 と酒井猪太郎, 藤本清兵衛と柳広蔵と柳弥五郎, 島徳蔵と島定治郎はそれぞれ 兄弟である。 ま た伊藤長次郎と伊藤英は姻戚関係にあることを指摘しておき た い 。 (第 5表 参照) 。 さ ら に土地 ・ 信託会社の設立主体には, 株式仲買人の 占 める比重が大 き か っ たことも特徴の 1 つである。 このほか, 土地会社の朝鮮 への進出5) な ら びに別荘づく り を主とする土地会社が若干み られたことも特筆 すべ きことであろう。

最後に, 当 時の土地会社の設立主体につ いて簡単な展望をしておき た い。 詳 細は, 別稿にめずることにし, 要点のみ を列挙しておこう。

第 1 に なによ り も電鉄会社によ る, い わ ゆる沿線の開発をあげなければな らない。 電鉄会社の直営事業に誘発 さ れて, 沿線に住宅経営地を求めるように な っ た般の土地会社もこ の タ イ プに加えて よ かろう。

第 2 は, 株式仲買人 信託業者が広く土地会社の設立に関 与していることで ある。 佐藤純吉編 『京阪神商工録』 (大正 7年) , 杉本敏卓編 「日 本裔工信用 録」 (大正14年) な ど所載の株式仲買人名簿をみれば, 前掲第 5表 の人物以外 にも さ らに多くの具体例を確認することができ る。 彼 らは, 土地会社を投資の 一手段と考えたのであろう。

第 3 に, 地主・ 賓産家による土地 ・ 住宅経営が少なくなか っ たことがあげ ら れる。 たとえば地主による土地会社の設立につ いてみれば, 地主 ・ 小作関係の 新しい処理方法という面があっ たことを否定できないであろう。 すなわ ち,

泉尾土地 ・ 城東土地をは じ め, いくつかの土地会社では創業後数年間は小作料 収入が主たる収入源であ っ たこと, ま た千島土地のように, 続発する小作争議 の解消策として芝川家の土地をもとに, 土地会社の設立にふみ き っ ている事例 がみ られたことは, こうした指摘の証左となるのではない かと思われる6)。 も っとも, これ らの場合もやがては不動産経営が中心となっ ていくか ら, 会社設

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立後数年間は旧来の地主 ・小作関係の残務整理に 忙殺される こ とになつたとも 考え ら れよ う 。

第 4 は, 財閥による土地 ・ 住宅経営も早くか らみられた こ とである。 大阪に お ける大正8年設立の大阪北港株式会社は, 住友系 であった。 また三井・三菱 も, 明 治 中 ・ 後期には不動産部門への辿 出 を期 しているのである7 )0

第 5 に 多数の投機的な泡沫会社が設立された こ とである。 こ れ ら は, 景気 の後退とともに消え去る運命にあった。

1) 以上は, 会社設立時を基準 と する分類であるが, その後大阪か ら 神戸へ本社を移転 した会社が若干ある こ と を 断 っ て お く 。

2) 商号の変更に伴な い, 定款 も つぎのよ う に改め ら れた。 ( 「関西土地株式会社第 7 回営業報告杏」 大正 12年11月)。

第 2 条 当会社ハ左ノ 業務 ヲ 営ム ヲ 以テ 目 的 トス

1. 土地建物ノ経営売買, 負貸借及ビ之レニ関連ス)レ切ノ業務

1 . 金銭ノ 貸付並二憤務ノ保証

1. 有価証券ノ 取得

3) 「関西土地第14回営業報告苦」 (昭和 2 年 6 月)。

4) 個別信託会社の分析については, 麻烏昭ー氏の辿の業絞がある。 本稿に関連する も のをあげれば, つぎの と お り である。

1 . 「大阪に お ける代表的信託会社一ー関西信託の分析その1' その 2 」 (社団法 人信託協会 「信託」 復刊49·50号, 昭和36·37年)。

1 . 「神戸所在の諸信託会社」 (同54号, 同38年)。

1 . 「神戸五信託の合同事情」 (同55号, 同38年)。

1 . 「昭和期 に お ける神戸の信託会社一一兵庫大同信託の分析」 同56号, 同38年)。

1 . 「経営不振の諸信託会社 (続々)—-加島信託の分析とむすび」

(同61号, 同40年)。

5) 土地会社の朝鮮への進出 に ついての具体的な こ と は 今後の研究に またな ければな ら な い が, こ の点に関辿する と思われる文献をあげて お く 。

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