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郎ち日本の場合に於ては卦外投資総額の九割迄は支那及び満洲に劃するものであb︑更にその中
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六割五分までは卦浦投資なのである︒而も支那本部に針する約八億八千高闘の投資の中には︑捨保
も不確寅であb︑利子すらも支排はれ℃ゐない政治借款が少なからず合まれてゐるに反し︑十六億
以上に達する卦浦投資は殆んど喜一部確賃である︵唯西原借款の一部たる古里山南省林鋸借款三千寓園
論
満洲問題の基礎的考祭 は事賃上無櫓保である︶から︑貫際に投資から生ずる利潤︵利子を合む︶よら口見れば︑劃満投資の
叢
商 準
E命
議
第
ノ、ム
税
百分卒は透かに大となる諜であp︑かくし℃卦端技賓の量的重要性は極め℃明瞭である︒
芦が日本の艶満投資の重要性は以と
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量的方面にのみ存するのではない︒投資の性質そのもの民於℃極めて重要なる特徴を有することを看過してはならないのである︒邸ち日本の艶滴投資の三O
VAが銭道︑港湾その他運轍業に︑一六%が農錆林業︵大部分は鏡業︶に︑九九が工業︑電気克斯業
に投ぜられ︑商業及び金融業がその総℃を合せて二
OM
にしか営らない乙とは前に述べたるが如くである︒かくの如く日本の針浦投資には︑商業的投資︒如き比較的根の浅い︑流動的なものが少な
く︑その大部分が固定的性質のものなのである︒乏の結はロシアの投資も日本のそれに類似してゐ
るが︑しかしその大部分は鍛道に集中せられ︑東支鉄道を殆んど唯一の擦
AY所としてゐる︵乙の鍛
遣すら︑ロジアは支那と平等の割合で経替してゐる︶のであって︑鋸業︑工業等の割合は︑到底日
本の場合と比すべくもないのである︒更に共他の諸闘に歪つ℃は︑山早に投資の畳が少ないのみなら
ず︑その質も亦比較的流動的なものである︒即ちイギリノスの卦揃投資の四
OVA
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占む
る運
輸業
は︑
北事鍛道借款の一部であb︑乙れに次ぐものは商業の二七%︑金融業の一八克である︒アメリノカに
至っては商業が四
CM
︑金融業が三二九であって︑工業は一CM
にも満たない︒フランスの投資の
七
OM
を占むる運輸業は戦前のロジアを通じ℃なせる有名無買のものである︒かくし℃則ち知る︑列闘の封揃投資の多くが流動的なるに封し︑日本のそれが同定的であb︑前者が草忍る利子︑利潤
の獲得を主目的とせるに艶し︑日本のそれが寧ろ主とし℃重要資源に闘するものなる乙とど︒
日本の封端投費のか︑る量的並に質的重要性を知る者は︑揃洲ど指し℃日本の生命線と得する乙
との経梼的意義を理解するに足るであらう︒
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J
、
満洲事費の必然性
満洲園の成立を導くに至った所謂満洲事獲の直接の動因が昨年九月十八日夜柳燦溝に於ける満鍛
線路の爆破にあった乙とは周ぬく人の知るところである︒だが勿論それは草なる直接の動因たるに
止ま
b︑事麓の異因はその背後民影黒く横はつ℃ゐたのである︒それは一言にし℃云へば︑所謂東
北軍擢たる張串良政府の封日焼約不履行であb︑保約による日本人権利の侵害であった︒乙の種の
侵害
事項
は或
は一
一一
百件
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百件
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一
b枚奉に暇なき程であるが︑その最も基本的まる
もの
を奉
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一︑銭道借款権︑一一︑鏡山間接権︵捕鍛沿線の九鋸山︑吉黒雨省の林鋸借款等︶︑
三︑林業擢︑四︑土地商租催︑玉︑居住穫の制限︑不営課税︵撫順炭︑鍛道附属地等︶その他︑で
あって︑その主在るものは何れも日本人の投資に闘するものである︒だから満洲事援の異因は︑乙
れを換言すれば︑奉天政府による日本人投資の妨害にあったと去って差文ないのである︒
然らば奉天政府は近年に至つ℃何故にかくも露骨なる排日行震を一不すに至ったのであらうか?
論
霊長
満洲問題の基礎的考察
商 墜 ー 論
叢
第
占f、
銃
四
我ι吋は準えで此結を考察して見なければならね︒此問題は必らずしも︑所謂打倒帝園主義の一本槍
で説明がつく程に筒草な問題ではない︒といよのは以前の奉天政府は日本に劃しては寧ろ好意的態
度をすら示し℃居った時期があったからである︒だから我冷は共後に於ける奉天政府の針日態度の
議移の原因を改めて究明する必要があるのである︒思ムにその原因は︑第一に且つ根本的には︑支
那の土着資本の成長であb︑第二には︑奉天政府の政治的地位の麓化にこれを求め得るが如くであ
ヲQ︒
元来資本は最初は貸付資本及川ω商業費本として出殺し︑後接達して工業費本となb︑夏に畿展し
℃金融資本となる︒これを満洲の土着資本に就て見るに︑大戦前までは未だ工業費本の見るべ主も
のなく︑主として貸付資本及び商業資本とし℃活動したに過ぎながった︒その最大なるものは政府
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ぴ軍閥の手中にあb︑省立銀行と大豆買付とによって
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利を博しτ
居ったのである︒乙の段階にあbては︑外岡の事業投資殊に工鎖業並に鍛選投資とは直接の利害封立闘係は大躍に於℃成立しな
い︒共上政治的には満洲と支那本部とは艶立般態にあった矯め︑営時張作裳は主ろ日本に依存する
を利とし︑日本に封し℃好意的態度を示して居った欝である︒然るに大戦中に土着資本の工業資本
的議遣が頗る額著に行はれ︑その結果は銭道政策となb︑
マ吋
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事責
法︑
鏡業
法等
とな
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現はれた︒かくし℃外間投資との正面艶立朕態が展開3れるに至ったのである︒乙れを政治的方面から見
ても一九二六年頃よb張作震の闘外進出と君b︑北支那統一が行はれ︑更に一九二九年には張率良
による南京政府との融和政策の採用となb︑かくして排外の必要と準備とは大穂整へらる︑に至つ
たのである︒その主要説的は勿論日本であったけれども︑槍玉に奉げられたのは日本だけではなく
の暦
迫策
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ぜら
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ロシアも営然その運命を菟かれる之とが出来・なかった︒邸ちロシアの投資に費しては肢に早く種々
一九二六︑七年頃よb京支銭道の所有するAルピン電話︑松花江航行粧の牧
奪が
企画
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れ︑
一九二九年には東支鍛道奪同運動の行はれた乙とは人の知るが如くである︒
と乙ろで土着資本封外図資本のか︑る野立関係を特に激化せしめたものは一九二九年秋以来の世
界恐慌の影響であった︒満洲の代表的特産物たる大豆は貰れず︑北浦では石炭の代bに燃料に伎は
れる始末であった︒石茨も亦工業不振のため買行きが政減
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た︒輪出の不振は営然輸入能力の減少を件
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︒かく℃満洲会館の銭道貨物は政減した︒各銀道は従来通bの貨物を符んがためには他の鍛
道に劃して猛烈なる競争を行よよb外なかった︒乙の卦立抗事の結果が︑郎ち満銭爆破を機縁とし
て︑満洲事襲を展開するに至ったのである︒かくの如く一方には外国資本特に日本資本の根深き進
出あb︑之れに劃して正面的に利害関係の相卦立せる土着資本の徐々たる成長あb︑乙の雨者は何
時かは衝突を見なければなら衣い般勢にあったのである︒所謂揃洲事襲の必然性はかくの如く解す
る之とによって始め℃根本的に把握せられるのではあるまいか︒
論
叢
満洲問題の基礎的考察
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商 革 論 議
第 ノム、
宮尾
一 山 ハ
七 満洲園の成立と図際関係
本年三月一日の建問宣言護布によって生誕したる満洲園は越え℃九月十五日日本によっ
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正式
の
承認を奥へられた︒乙の承認に件ふ議定書によっ
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雨闘の闘係は基本的決定を見た諜であるが︑その協定の内容は突のニケ僚よb
成る
︒
一︑満洲闘は持来日浦雨岡聞に別段の約定を締結せぎる限b浦洲岡領域内に於℃日本図又は日本
閤区民が従来の日支間の保約︑協定共の他の取極及公私の契約に依
b
有する一切の権利利盆ど確認寧重すべし
二︑日本圃及満洲園は締約図の一方の領土及治安に針する一切の脅威は同時に締約図の他方の安
寧存立に封する脅威たるの事貨を確認し雨困共同して図家の防衛に嘗るべき乙とを約す︑之︑が
魚所要の日本因平は浦洲園内に駐屯するものとす
剖ち乙の日揃議定書は従来の我が櫨盆の確認と雨図々防の相互依存関係に基づく駐兵擢を規定し
たるものであるが︑揃洲事獲の日本に
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つ℃の牧獲は差し営b乙れであった諜である︒乙の牧獲が日本の賂来にとって何を意味するであらうかは思ふに大問題であb︑日本の得ると乙ろと夫ふとこ
みとを賞質的に批判し