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みんなの MITORI・研究会
ケア c a r e する人 for をケ ア carers する樹(気)を育てましょう!
~ケアする人(ケアラー)へのエールをこめて~
もはや家族だけで介護を担うことはできない時代になりました。
地域包括医療も在宅医療も主役はケア職です。私たちの地域、身の回りには多職種・
多数のケアラー(ケアする人)がいます。 “看取り・新時代”を支えるのは、介護を支 える家族、そして医療・介護現場で働くケア職なのです。
今、そのケア職への理解とケアに誇りをもって活躍できる環境づくりが大切な課題 になっています。
ケアラーは日々、患者・家族・お年寄りに“与えること”に勤しんでいます。 「家 族なのだから面倒をみるのは当たり前」 「職業として報酬を得ているのだからケアす るのは当たり前」ではないのです。ケアする人が“与えること”をもっと楽しめる ように。制度や処遇改善ももちろん必要ですが、その前に、
社会からの≪無条件の暖かな感謝のまなざしと態度≫が必要です。
黙っていては伝わらないのです。わかっているけどしないのではなく、感謝の言 葉と、信頼の態度を、日々表現できる市民風土をつくりたいと願います。
みんなのMITORI・研究会では、≪看取り・新時代≫の勉強会を実施するにあ たり、その願いを「ケアする人をケアする樹(気) 」に込めることにしました。
≪ 樹 を多職種のケアラーズに見立て、勉強会の全6回をとおして、CARE する人への応援の花で飾り、掲げます。≫
この樹で、まず、ケア職種の多数の存在を認め、理解し尊重するエールを 花でおくりたいと思います!
この趣旨にご賛同いただける方、ぜひ裏面の専用発注書を利用してお申込みいた だけると嬉しいです!
会場の演台の横に「ケアする人をケアする樹(気) 」を掲げ、皆様からのお花代と してのご寄附の分だけ、花を飾らせていただきます。この樹が花でいっぱいになっ ていきますように・・・!
「ケアする人をケアする樹(気) 」は≪看取り・新時代≫勉強会の同じ受講生仲間 である青葉台フローリスト様がボランティア参加し、アレンジを担当してください ます。
※尚、皆様からのご寄附が演台の横に飾れるお花分以上に集まった場合、本研究会 の運営費に充当させていただきます旨、何卒ご了承ください。
みんなのMITORI・研究会・応援花事務局
代表 近藤和子 担当者 (株)青葉台フローリスト 黒河内康子
応援花へのご協力は、裏面の発注書
兼確認書をご利用ください。
©みんなのMITORI・研究会
No.1
お名前 西田知佳子 60代 都道府県 東京都 世田谷区 職種 ソーシャルワーカー 所属
テーマ ≪在宅で看取れなかった母≫
※急性期病院でソーシャルワーカーを定年まで勤務。お母様の介護看取りを 体験された方の事例。
概要 2011 年、100 歳の母を在宅で看取りたいと、退職と同時に地域と力を借り ながら介護を行った。病院の医療に比べると在宅の医療は侵襲性がなく、臨機 応変で患者と家族全体を診てくれた。介護力がなく、母は施設での自然死とな ったが、親族一同満足のいく最期であった。
私は、母の自然死に直面し、その穏やかな終焉に驚いた。在宅医療とそれに 続く自然死は、高齢者にとって寿命に逆らわない自然な生き死に方であると感 じた。私が自宅で看取ることができなかったのは、次第に弱っていく母の最期 がどんなになるかわからず怖かったこと、そして歩行・排泄の介助が一人でで きなくなったためである。眠るようになくなる自然死だからこそ、介護力があ れば自宅で看取ることはできる。が、介護力が低い我が家のような場合、最期 だけ施設に入所できる制度があると良いと思った。介護者は自然死の流れをわ かっていることが大切であると考えた。
経過 102歳の母は、小規模デイサービスを利用しながら生活していた。3月の初 めにケア会議が開催され、看取りの体制である旨往診医から説明があった。そ のころから次第に足に力が入らなくなり、歩行器での移動にも介助が必要とな った。そして、食欲がなくなり、食事に1時間以上かかり、量も減った。昼間 も寝ていることが多くなった。時々38 度くらいの熱も出た。そのような状態 だったため、ゴールデンウィークは私が介護に専念することにした。母は食事 のとき以外寝ていて、目が覚めるとお手洗いに行きたがった。デイサービスに 行けなくなった分、ベテランの男性ヘルパーが新たに加わった。しかし、ヘル パーがきてくれても、母はぐっすり寝ていることが多く、起こすと機嫌が悪く なった。私は母の死を予測し、怖くなり、気が滅入った。自宅での介護に限界 を感じ、時々ショートステイを利用していた有料の施設の相談員に電話をする と、明日からでも預かりますと言ってくれ、翌日迎えに来てくれた。施設で母 は一旦元気を取り戻した。それまでと違い「家に帰りたい」という言葉は口に しなかった。ケアマネジャーから施設の方がいいかもしれないと言われ、また 姉と私も施設での母の様子をみて、家から近く看取りもでき、何度か利用した ことのあるその施設への入所を決心した。3か月後の8月半ばから食欲が落 ち、一口食べると寝てしまうという日が続き、9月に入ったある日、母は昼間 寝ている間に息を引き取った。自然死の良さを実感、私も親戚一同、その看取 りには深く満足できた。
結論 在宅での母の看取りを目指したが、私一人では介助ができなくなり、同時に母 の死に直面するのが怖くなり、最期は施設での看取りとなった。自然死は穏や かな死で、介護力さえあれば在宅で看取ることができるとわかった。在宅でケ アしていても、看取りの時期に入れる施設があると良いと思った。
在宅での看取りをあくまで希望する家族のためには、特別のサポートが得られ るサービスシステムがあると良いと思った。在宅でも、介護保険の看取り枠的 なものをつくってほしい。
以上
ケーススタディ①※第2回勉強会での発表事例
「在宅看取りの実際~揺らぎに寄り添う在宅看護~」
三上綾子(株式会社悠愛 訪問看護ステーションあい 訪問看護師)
皆様、こんにちわ。
私は、栃木県那須烏山市にある訪問看護事業所の訪問看護師です。当事業所は、4年前 開業した、那須烏山市で初めての訪問看護事業所です。訪問地域は那須烏山市とその周 辺地域におよび広範囲で、毎日、訪問車で移動時間30分前後、自然豊かな環境の中を 走り回っています。現在、私が担当する利用者は最年少は1歳、最高年齢は96歳とな ります。
本日は、私が担当させていただいた、いつ子さんとご家族を紹介させていただきます。
ご家族から「是非とも在宅での看取りを知ってもらいたい」というお言葉をいただき、
実名の公表と写真の使用について、快く承諾をいただきました。
いつ子さんは、3年前の肝臓の切除にて、肝内胆管癌の再発とがんの肺転移が多数見つ かり、定期的な外来通院で抗がん剤治療を実施していました。昨年の3月、いつ子さん の体力低下と、「病院にもう行きたくない」という訴えにより、抗がん剤治療は打ち切 られました。余命2~3ヶ月でした。
病院関係者は、高齢者世帯で、息子や娘の介護協力は得にくいという理由から、このま ま在宅療養生活を維持することは困難であり、絶対に在宅での看取りはできないと判断 していました。
そのため、訪問看護を導入し、家族やいつ子さんが限界になるまで自宅で過ごし、最期 は緩和ケア病棟に入院して亡くなることを想定したシナリオを描いていました。
私は、一日でも長く、安心して在宅療養生活を送ることができるように、家族に対して 精神的フォローと療養生活に関する助言、いつ子さんの苦痛や不安の除去、精神状態の 安定を目指した支援を提供することにしました。そして、その関わりの中で、最終的に、
どこで、どのような最期を迎えるかを一緒に模索しようと決めました。
平成27年7月24日
いつ子さんとご家族に対して、訪問がスタートしました。口腔ケアに清潔ケア、リハビ リなどを行いました。
約1か月後、一時的に体調も食欲も回復していたいつ子さんに、便秘、倦怠感、食事後 の嘔吐、嘔気が襲いかかりました。余命1~2ヶ月になっていました。