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ドキュメント内 アジアの動向 ビルマ 1968 (ページ 85-108)

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乾 塩

乾そうえび(大型) 40〜45 

    〃  (小型)þÿ30ÿ^35 小えびペースト(上質) 6〜 8 

グ (下級) 4〜5  魚ベースト(上質) 5〜6 

(下級) 4〜 5 

あひるの卵(4コ) 1.2  鶏 卵 (4コ) 1.5〜1.6  食 用 組1 9〜10  玉 ね ぎ 1〜2 

Printed haircord ( 2ヤード)

シ ー ツ (2ヤード)

シャツ地( "  )  Tetrex( 2 

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ヤード)

男物ロンジー 女 物 グ

テトロン(

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ヤード)

ポプリン( )  茶色法衣(lヤード)

ノミティック

グ (multiplepots)  4〜6 

ガーリック(singlepot)  910  シ ャ ツ

グ (そでなし)

ひ上こlI Pesinon

15〜20  2025  2025  60〜80  13〜25  15〜20  40〜45  25〜30  5〜7  35〜45 

5〜8  3〜5 

3.5〜 4 

3〜;L5  学生用ロンジー(mercerized) 12〜15 

(hai rcord)  10〜1:1  Penilay  4〜5 Vitazone 3〜3.5  ポ テ ト 1.25〜1.5 Burplex C" (100)  7〜8  乾そう府がらし(短形) 8〜9  Burplex(100)  4〜5  グ (長形) 5〜6  Cevit(100)  l〜3.5 生唐がらし(10ticals) O. 25〜o.:l  Vetax(100) 4〜4.5  塩

一( 66 )一

2〜3  BP Liliment 

つ 山 ハ り

3.5〜4 

H 1 .

ソース 5〜7  (;ripe Mixtur l.G〜2  3〜3.5  4〜4.5  1. 75〜2  ソヤ豆ソース (.i宣明) 0.5〜0. 75  BP Balm 

グ(濃いもの) 1.5〜2  Comelhazine  Grape Salt 

Vボイラー検査長官の1965〜66年度報告によれば ,各所のI場で使われている 合計1864台のボイラーのうち25%以上が50年以上前のものであり、至急取り替え

られるべきだという。

戦後わずか315台のボイラーが輸入されただけであり, 1965〜66年度には11台 が輸入された。

T Bo Zeya戦死一一政府発表によれば, ピルマ共産党中央委員,共産軍総参謀 長, 30人の同志の一員 であるBoZeyaが, PromeとTharrawaddy県境のベグ 一山系中での政府軍との戦闘で戦死した。

T Minhla (Tharrawaddy県):政府軍と警察軍合同部隊は, Letpanye町田町村 で共産軍ThaungSheinクマループと交戦, 3名を殺したo

T Maubin:当地南方のKunsu,PeinchaunιAhchaw, Shwebozu各村から夜 明け前に7名の村人が,民族民主統一戦線(NDUF)のSeinMaungグループの 兵士により連れ去られた。

17日 T Kyaukse県Tada‑U郡28ヵ村の農民4500人と55人の高位の僧侶達は, Ch‑

aungzon村で集会を聞き,共産党反乱軍のテロ,破壊活動を非難した。

Vメティラ耶のAung bin th a,  Kaunghmugan,東および西Shwepandaing,お よびIngan各村・からの村人は, Aungbintha村に集まり,最近の共産反乱軍のテ ロ,掠奪行為を非難する決議を行なった。

T Prome県6郡の人民労働者評議会員100人は, Promeの計画党支部に集ま り,きたるべき全国会議のための予備討議を行なった。

T Toungoo, Aunglanmy?, Ngazunでも同様の集会が行なわれたO

T Paungde:  NDUFのBoTin Sheinグループに率いられた約20人の反乱軍 がBogyisakhan村を攻撃し, 農協議長を殺し,農協商店を掠奪,村−人3人を連 れ去った。

18日 V小川大使,信任状提出。

T Thayetmyo県Sinbaunwe郡13ヵ村−の農民1000人以

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二はKoebin村で集会 を開き,共産党反乱軍の破壊活動,テロを非難した。

20日 Vネ・ウィン議長夫妻は,シンガポールとマレーシア両国訪問のため午前7時

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ピ ル マ (4月〉 ラングーンを出発した。

ネ・ウfンi議長には,公共事業相SeinWin准将,|出僚会議書記KoKo大

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主, LEJ防宥のChitKhin大佐,外務省次官U Tun Shein,農林次官補YeGoung  þÿN-佐,革命評議会事務局KyeeMyint中佐らが同行した。

空港にはTinPe准将, SanYu准将らが見送った。

Vシンガポール:ネ・ウィン議長一行は午後シンガポールに到着した。これは シンガポールにとって,独立後初のアジア諸国元首の訪問である。空港にはCo‑

omaraswamy大統領代行, リー・クァン・ユ一首相らが出迎えた。

Vネ・ウィン議長夫妻は Coomaraswamy大統領代行主催の宴会に出席,そこ で要旨次のように演説した。

ピノレマとシンガポーノレは隣人として多くの共通の利害をもち,両国が密接な 関係、と協力を発展させることは相互の利益である。

今日の東南アジアでは強い力一一一地域内諸国に由来する力と地域外から由来 する力一一ーが働いている。これらの諸力の相互作用は東南アジアの将来に影響 を及ぼすものである。地域外からの諸力の衝突は政治場面に影をなげかけるけ れど,ピノレマのわれわれは,究極的には地域内の諸力のみが支肥し,われわれ が住まねばならぬ東南アジアの形態を決める上で決定的な役割を演ずるであろ

うと信じている。

' 4月26日から30Hまで第1回中央人民労働者評議会会議がラングーンで開か れる。また5月1日にはKyaikl王asan広場でメーデー集会が行なわれるの

これらの行事は社会主義計画党中央組織委員会により主催され,これの実行の ために三つの委員会が結成された。すなわち,中央式典委員会,政治委員会,運 営委員会である。

中央式典委員会はSanYu准将を議長とし MaungShwe大佐を書記として 18人の委員からなる。政治委員会はMaungShwe大佐を議長とし, KoGyi少 佐を書記として34人の委員からなる。運営委は Hla Hpone大佐を議長&とし,

Aung Myin中佐を書記とし, 20人の委員からなる。

中央人民労働者評議会第1回会議は三つの問題,①中央人民労働者評議会の組 織報告,③調整機関結成小委員会,③調整機関の憲章草案,労働者の権利,社会 主義規律,労働者の福祉,を討議する予定であるO

V南東軍管区副司令官KhenZa Moo時大佐は, Paan郡のHpaun,IIpaan Knawkyail,王Shwedawの各村.を視察,士J也委員会,治安行政委,農協,民兵組

一( 68 )一 ‑222‑

織などのメンパーを含む村人達と話しあった。

21日 Vシンガポール:ネ・ウィン議長一行はシンガポーノレを見学,またリー・クァ ン・ユ一首相と会談,夜, リー・クァン・ユー首相主催の晩さん会に出席したo

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ペグー: Daik‑Uの第30ピノレマ連隊はGwebinku村附近の共産反乱軍 Daik‑ U西部司令部を攻撃,共産軍の郡政治委員 1人を殺した。

Thaton:この地域6ヵ村からの Pa‑0人約1500人は集会を聞き,政府の民 族政策を支持し,反乱軍の活動を非難した。

Mogaung郡の農民1000人以上は Htophu村に集まり,カチン反乱軍のテロ 活動を非難した。

22日 Vシンガポーノレ:ネ・ワイン議長一行はジュロン工業開発地区を視察した。

San Yu副総参謀長は, メイミョウの陸軍士官学校第10回卒業式で演説し,

軍が人民とともに内外の敵に対決する必要を強調して次のように述べた。

内外からの脅威に対抗するために,同志諸君は人民と交わり,人民戦争の 戦略を採用し, 「戦いつつ札織し,組織しつつ戦う」ことをスローガンとせね ばならない。

彼はまたピノレマ軍の軍備の問題について次の如く言及した。

今日の軍隊は,独立当時の部隊に比して戦闘力においてはるかに強力であ る。海・空軍やその他の支援部隊も増強されねばならなかった。そして武器,

その他資材,輸送力,建造物などに対する巨額の支出を必要としている。軍隊 に対する毎年の支出は多額である。したがって軍事費が国家に対する有効な貢 献と一致することが肝要である。

近代軍隊は近代兵器と装備に依存する。わが国は経済的にはまだ発展して いない農業国である。近代兵器,装備は苦心して獲得した外貨から購入されね ばならない。諸君はこのことをよく考えねばならない。

San Yu i佳将はさらに現下の内外情勢を要約して次のように述べた。

世界を悩ませている政治的,経済的,軍事的諸問題は,ある程度まで,わ が国に反作用をもたらしている。世界の二つのブロック間の政争は鎮まるきざ しをみせていない。ひとつの地域における闘争の緩和は他の地域での緊張の高 まりによってくつがえされる。政治闘争はその活動がエスカレートするところ では軍事の領域に連鎖反応をひき起す。政治と軍事の領域における不安定は経 済危機をもたらす。−

経済的困難はヤミ取引を育て,それはまた反乱活動と結びつき,混乱をもた

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ピ ル マ (4月〉

らす。内部的混乱は外国の干渉主義者を誘惑する。

今日のわが国の状態は,われわれの主権が殆んど外国からの侵略ともいうべ き活動によりひねくりまわされているということである。

革命評議会議長は1968年度農民セミナーでの演説でこれらの活動について言 及した。…

また,外国の主人達に踊らせられ,国家と人民とを恥しらずにも裏切ってい るピノレマ共産党反乱軍およびその弟子達一一NDUF(民族民主統一戦線), KI  A(カチン独立軍〉, KNU (カレン民族連盟〉,およびシャン反乱軍一ーがい る。

革命評議会議長は,国民の団結と力を信頼し一一一外国からの援助ではなく 一一一,内外の脅威に対処すると,また独立した外交政策を追求する,と宣言し た。同志諸君および軍は,労働人民と一体となり,このことを自覚して,準備 をととのえ,警戒していかねばならない。

23日 VシンガポーJレ:ネ・ウィン議長一行はシンガポール訪問を終え,クアラルン プールに向け出発した。なお訪問を終えるに際してのメッセージ,共同声明は出 されなかった。

Vクアラルンプール:ネ・ウィン議長一行は5日間の予定でマレーシア訪問の ため当地に到着した。

V第1回中央人民労働者評議会のための調整会議が,ミンガラドン,ラングー ン,マンダレーでそれぞれ聞かれた。

1967年3月2日より1968年3月1日までの聞に,労働局の中央およびその他 の職業安定所を通じて, 3万7850人が就職した。(The Guardian 4.  24)  24日 vクアラノレンプーノレ:ネ・ウィン議長はラーマン首相およびその閣僚達と45分

聞にわたり会談し,国際情勢およびその他の共通に関心ある問題を話し合った。

Vクアラノレンプーノレ:ネ・ウィン議長はラーマン首相主催の夕食会に出席した が,席上要旨次のようにあいさつした。

東南アジア諸国はその多くの混乱にも拘わらず,その独立を守り,生活水準 を引き上げるために経済開発と社会発展を加速化させる決意を固めてu、る。

ピルマにいるわれわれは東南アジア諸国のこの決意は,この地域の将来を決 定するうえで重要な要因となると信じている。

われわれはあらゆる国々と,その経済,社会,政治制度の相違を問わず,友 好関係を樹立したい。他国との関係において,われわれは相互の尊敬と平等,

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ドキュメント内 アジアの動向 ビルマ 1968 (ページ 85-108)

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