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写真(18)0"演説』の書き出 し の 部 分。
「文化紀要j第35号, 1992年
院之直弟子一一而︑七人之名人襲と申ニも記之︒鎗道之家簿
不残博授之為名人故︑当郡之信政公之御師範被為仰付︒此
読犠之鎗道御執行出川
入︑平布衛門両子共入都含八人之外
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近在此印可断絶而漸今某︑此涜議之家博一字不残相博令受
用在
世也
︒
技聾之事と召申鑓は︑武心嘉蘇背中之王行隠近代武士之
番鑓無比頗高名と称要街官︒
間
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御先両主公之御
(それが
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涜議鎗道断絶無之様致相博量進上可仕︑今某百人之門弟緊︑
111
一読之極意秘博可令博輿置存念援︒
老龍之某︑命終‑一難斗候得共︑先民儀言出張条︑忠誠被
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宗明花押
写 真 鵠 T演 説sの最後の部分。
津軽弘前藩の武芸線
112
3︑﹃重蔵院流名目録﹄伍
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賓蔵院流名目録
一︑
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五 援
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一︑八方詰
一︑小袖合
一︑
一戸
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一︑
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日 博 日 博 口 博
巻子本︑悌之曲尺
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五月
雨
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早 馬
一︑
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一︑
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慶 芝 揚 船 軍
「文化紀要」第35号, 1992年
愛染按全省妙何間
( 紅 葉 ) ( 霊 )
もみちにをけは
(紅
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言
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( 己 ) ( 姿 )
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院流
十文
字鎌
そのま﹀に数年依鐸執心不残
津軽弘前藩の武芸(16)
先師相博之位心持
114 令惇授 己十自今以後
執心之輩於有之者
重々以起請可有相 停者也の免状如件
ム奈良住元祖賓蔵院直博
高田平右衛門
高田儀兵衛尉
山中又右衛門
浅利伊兵衛尉
高ミ高一三 田
甚六郎三之助
延 享 五 戊 年 (一七四八
正月十五日
長谷川茂左衛門殿 正重正茂成美
均 禄 正 利
宗明朱印・花押 4︑﹃宝蔵院流鑓文書﹄
W 189 弘前市立図書館蔵 3
写側宝蔵院許口停
祖師胤栄ハ南都宝蔵院の住僧なり︒穴津の門に入り︑長 万の妙子を習ひ得たり︒其の後異朝上古の利あることを考
えて︑柳生但馬守宗教(頭注﹁家光公之剣術ノ師也ヒに相 冊子本
写真(20)r宝蔵院流文書』
「宝蔵院許口博」の始めの部分。
「文化紀要」第35号, 1992年
謀りて一流の祖とハなりぬ︒去れば︑飛乱等の釘太刀は柳生殿の切組まれしゅへ
のミ
しユ
へり︒長万は穴揮ともいふ︒しかれば三人にて一流を建立有し名誉の流儀也ともいへり︒
夫兵法者不動明王愛染援詰有妙
夫とハ発語のことパとて始めて言をいひ出すにハ︑夫とも抑などいふ辞を用ひ︑外に意味なし︒
ハ土の法告︒兵とハ苧胃より太万︑矛︑弓矢を混じていふ名也︒しかれば矛も士の事業にして︑丘︿箭をいふべきを
いふ意味深し︒士試区一夫より貴まで︑身を修め国天下を治むるを職とし︑もし不顕して悪送をなす者あれば︑是れ
匙ぬ識に丹ての業を武塾といふ︒武撃を習ひて鞍と業と一一殻に身を守るを兵法といふ︒平
一人に︑敵するの法なれども千辛万苦して心気力を習線せざれば理に識し技に一摺ること
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の間に立つといふ本
ふるといえども︑︺とは諸併に越此
たりといへり︒
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︑
へし諸流最上の流議とする告︒
愛染とは︑其の不動辻何立西りて不動の徳を︑何を以て末世まで
るは
也︒是誌数奇好む︑むもあり︑あわれな心も有りて︑暫時片時も捨てず五れずし
115
染はそむる告︒匙れ不動の意を心気にまねび染め︑十文字の形を法に移せる棄を気弊
( 推 ) ( 考 )
按前とは︑援辻︑おすともかむがふるとも訓む也︒前はまへ︑古をいふ︒我が呉えたる心の師のミを善として︑古住の
る由
︒
捧軽弘前部の武芸鵠
116
の前言往行を出向八とせざれば︑
ハ間難して其の理を得︑ば愛 て︑たとへ術ハ入に勝る﹀とも︑山賊夜盗の術なるべし︒に︑常に神儒
武撃の人に辻老若を撰パ︑ず︑常に交わりて
或ハ
て問
ひ︑
て向上の色由︒ 染の勝由︒其む事実を知らば按前の勝告︒
は︑此れ
のことに非ず︒ 形
何間去高鼓椴哉 人に理を問答の問に徹窓さするは乱勝にして技
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移すこと口決
也︒
パ武士
る﹀
るをいふ︒娃れ十文字のに正しくなりで︑
只勢をとりひしぎて追放すと
一段
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に妙
あり
︑
の仕
合と
︑
の妙は常にし
にて腰なの水中へ落したる
ι
︑るれいといふし関に万水へ入りしを︑保輩の弾より進ミ寄妙を修せずし りて四五寸水上に見えしを執りよげしと也︒此の執り上げし入八︑声も懸せず手も打たぬ也︒
に負を執り︑又ハ放躍の心よ 常の修行にあり︒此の
ハ技に者り穫りて︑孫々ぶり身を亡ぼ
の捕に非︑ず︒山賊後盗の術也︒
待とハ︑既の兵器は仁愛の形せる人を貫ぬ然れば︑春に象り木に属せる器なれば是を用ふる し
るは其の道を失う由︒たとつ仕合能くして勝を得るとも流犠に背ける勝也︒
負を思び死を守る悶疋れ也︒散
は破の泣塩︒ 然れば仕懇けに三の品あるべし︒初め矛を執りて立あがる農を序とい
いふ
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は形を札し
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急とは間関を破りて
いふは︑敷前に近議所進ミ難き所白熱
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此心を動か
f文化紀要J第35号, 1992年
ぬ移行是れ也︒
(禁
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ハ︑具足満行と法花経に出し妙文也︒ 序破の謁??
いふも︑此の念桔より名付けし具ハ修
事理片方なちざハ組骨といふも ひ形に習はすをいふ︒然れば足は行に象る︒又︑修ハ
一足
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也︒心に修し収むるをいふ︒足ハ
て勝つことを教るあり︒
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て是を上手と公又︑流穫により間関に止り
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かりを専らすとする流犠也︒
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て技を未発に止 にして︑位を以
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て敵の止ること叶はぬ謂子を得て 議ば突きおさむとする来前を押えて勝ち︑或ハ突き出すそ明らかに見て︑
にいふ患の習ひは然らず︑
たとへ此の品々ζ得て手に膝ずることも︑
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るを
閣と
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吾此の品々
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ハ恐れ或ハ打ち或ハへて勝ち︑或ハ此方
檎に突き勝ちす︑是れ世に所謂の明由︒
る農の心位を以いまだ足らざ
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ること我より抜群の敵にハ勝つことあり︑負ることあ
いふものあり︒又如斯品々の技を尽して得たる名人は在より無くして︑只
たり
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︑
の技井びに位︑調子など勝負合は
に一 日一 誌
を教えとすることは当流の習ひ世︒ 人の目的のよに膏りて
も理の象にも︑其の身の修仔有れば無理を以
は勝つもの官︒る勝ちも知る入に非ざれば見知らず︒理学の人の口碑む残りより見れば恥なきゃうなれども︑
ぬ也
︒
に利を得ることなくハ明らかに入る門戸に至れる人官︒恥ざるハ欝き人
ι
して
︑
死定而勿逢荷退 生の溢構ともに尽して︑死して後止むの大利也︒
117
利は武士道の利と撞く見るべし︒一時の勝喪の関の利と思うべか
神軽弘前藩の武芸U6)
ハ当流の習ひ告︒死を安くするハ山被夜盗のなす慮也︒死を守るの修行上逮しの位に歪る也︒又︑
118
に定むること人々ては・自得深かるべきこ死とハ負け告︒
逢うて退くとなきの田地一の仕合に懸けて工夫尤も肝要也︒
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師親之縛何有疑哉
前にいふ如く柳生られて註古の戟
ι
切組の法を付けられたり︒十文字静は批の進みて待たぬ道より教えられしゅへに師親といふ︒批の虜に綻び有れば十文字は持たれぬ也︒能く可味也︒
なるこ
せて
羽風
己とさはぐ村鑑かな
て位を以て先の誌を葦ひ技をふさぎて勝つべきに︑却て我が風には無情て響を出して負けまじと凝
る
念なれば︑必ず先を助けて燕量の術を出す只死定むるにしかずとの教也︒
染出す人はなけれど春くれば
棋はみどり花は虹ゐ
て一二の修行の功を積れば︑自然に理学は理べし︒技警は技に風骨定まること春を招待る青柳花木の如し︒恒
し︑技襲誌理を連ね︑理学誌技を連ねねば加納骨は定らぬものと先哲の辞也︒震骨定らねば︑たとへ妙子を縛るとも一技の
手足に離れたるばかりにして︑
甑の
能々自得あるべし︒
に叶
わず
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白露の己が姿そそのま﹀に
紅葉におけば紅
五告を艶する入にしの形の丸きを我が心鉢影用
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比べ
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一一
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行せ
よと
いふ
に得たる入をと也︒是れ万事
「文化紀要J第35号.1992年
一時の訴として問ひて︑我が本体を節といふ義也︒て辞に申す尽し難き慮に歌を
﹂と
は
引くゆえ
ι
︑能々常に味うぺし︒其の糸口をいふのミ也︒型人法秘非秘為博
吉の聖者の侍る者試辞也︒辞ハの飛乱より許ま?の切組と此の袋法は事職に及ぶ是を法といふ︒
歌の巻までの誠より出たる仕切ゆえ︑印可までも常の理具えたるゆへ不思議奇妙の技なし︒
是れ
皆法
官︒
故に不知人も自然ハ簿へむ為官︒飛乱より
で
祖
へ技たらパ当流
とあ
るべ
し︒
師の此の一義建立ありし躍は極たり︒立︿の外に可努ことなし︒初心の人は手足
(かりそめ)誼より以来切組の法の理を偲初にもい も︑真の故を不知故に︑先
て人々つ援を此の条にい法ハ一人て勝負争ふ士の技
也といへども︑十文字の影る士道を移せ
べし
︒
ι
引合せ臣羅不能得鳥
簡までの切組は全体の羅也︒然れども糟も一理也︒技も人は一盛の切組に自得あれば技告︒たね
生の作用ぬべしとい是れ許博授の位官︒
吾
技を翠ふ人は理に更らぬば極むる虞其の極むに至りし慮は
湖一
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ぶ人
は技
に帰
らや
きれ
ば極
む
技の家は技也︒て仕合の修行にで理に至り技を錬ること告︒
後 119
議子はいふ︒されば獅子一一札切の獣の玉
ι
して︑典出総額子に及ぶものなし︒此の獅子ハ兎を捕ふるに虎すれば其の声の響に一生持つことは︑能く其の勢を自ら頼らずして能く省つに裂け
いふ
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