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打11川lノ.Jを i訪ねて

焦鳥を発 った西山行バ スは

羽川のth'・紙に i'dって、 移林をぬい、 うね りうね って山ふ と ころへ と萱 って行 くO

二 捌

lわ 上流小 谷で下車o 水か さの減 った成羽川を石 ころ伝いに急 な九十 ブu斤の脱 退を10分余 り億 ・)つめた航 谷堂の中腹のわずか な斜軸に這いつ くよう に、点 々と散 らば ってい る10戸の1.1i蕗 があ る。 山一 つを功 こして広島県 と放し 300 年の歴 史を持 つ川上耶唯一の航漉の村、 それ がWltJlh勺であ る。

急斜両の山 腹を拓 き、 石を銃 丸あげて作 った段 々畑にはい んげん豆 ・こんに ゃく.しゅ ろ ・あず き ・さつまい も ・台滞 ぎ り・借の木 な ど所狭 しと憶えてあ る oまた、 急斜両の山 I励こほ うるしか きで併つけ られた うるしの木が挿 生 し 三 位の林が枕 き、 立派に成長 した∫ iF 杉の大木は伐採cj適JUlであ る.

Aも この村は戸数 10戸、 Ik田2町、 畑4町2反、 山林281PTr農家1戸当 りの耕地は /I( 田2反、加 4反で 畑 嘩 33Sであ る.従 って 主な椎金作物は 雑穀 ・嘘 草・野菜{・あ って 主知の72Sにあた る。 (昭和33年度緊急畜 産 セ ンサ ス結果表 )

・ミスの

伯で、 史油の擬が よくた ってか ら

成業の栽培 も盛んに な り、 今年か らいんげ ん豆の 栽培 も始め られた.早朝三輪でLu荷 されい んげん豆は翌 日には大阪 市場にお 目見 得する とい う早 さだ.昨年11月には旋棚 鼎を1LE過 するた めに、有 線放送 が央施 された.

家畜 と しては役 肉用牛15頚 が飼育 されてお り、 飼准良家奴は8戸であ るo妃年 中火炎易 の中断に よって、 うるしの他 が店煉 したため、 うる しか きが盛んに行われ てお り、私 産が 訪れた峠は うるしか きで忙 しい地中であ ったo また、 鵬中農 (蛮性駐 )が軒先に戒は庭先

tfu‑には されてお り、 野良ではいんげん豆をつ んでい る膿 血‑1Lの蛍が 比受け られT=o この よ うに純鹿を刷乗 としている漉象では紙の季節が終 る4・5月頃か ら雌 の始 まる 11月 までの半年を耕作 ・煙雀 ・うる しか き ・世刈 りのために大 変忙 し く.iAすのであ る.

当地 の筑波過は12月中 ・下 軸 、ら5月中 岡までの半年を帝等の1軒を除いては膿家の季 節線懐 に しているので、 麦耕作 のIL別UIが くれは敦 排作、 歯代将 jUJrこなれは苗代.山 の 1には 11帥仁とい った具合に作 葉な して合l川なみて 紙政 をや ってい るのが渦状である0 2.刑仙 J」紙 ので きるまで

〔1) 槽 ・三位の 胎Hけ と刈入れ

肺中町昨コか Cは、 皮の机 、耗楢が栽培 され ている。 楢の 苗木 岨付けUlは 伴で雨に 耐 したUJの端の怯斜地に 植えられ るD 樺の陽光のやb らか くなる4排 気 元 肥を 晦L.

播楓 除店する.

〔窮29衷 〕 翌尽 1.5‑2m近

く伸びた 宙を

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の悦 斜地 に敵えか え、fli

年塔刈 りをする。

弟 3

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瞳S

12月一里 3月

収 梯 法 il人 1回 の収触

1 2 月 ‑ 型1

J . ^ ! 書 ′ 3 ‑13

は 3粗 三也は 5年生以 後 の を紙臓料 と して採 収す る

曲 的 期 に入 った冬至 の BJu‑級

〔槻 込み よ り作娘 〕 よ り刈 振 りが始 ま るO 刈放 った播 .三 掛

170‑80C

Vに刈 りそろえ

)

束4‑5

耳 目の束 にす る。

(2ノ 皮剥 ぎを し白皮 にす る

一度批池の家 o̲)土 樹 に足 を摘み 入れ ると、ほ こ りをか ぶ r)くもの巣 がは った机 漉道具 が 目につ く.土 間の壁は 天気 の恕 い日に立 てか け られ た曲 板のため に壁土 は変 色 し 別 所はげ落 ち さえ してい る。広 い土 胤 には 地舟 が敵に してた てか け られ てお り. それ は 見 聞は ざ るな どの置 場 に され ている。そのかたわ らに、 直径1力近 い大 きな釜があ る。 こ れは 岩罰 と云13れ る蒸釜 で椿 ・三極の魚 皮破帽 易 くす るため に品 入れ て蒸す ので あ る。

む しろ敷 きの広 い台 所 には炉 があ るO茶 壷か ら取 り出 した楢 .三 位 を迄 の上 Iこ置 き.

暖か味の失 せ ぬ うち に皮を剥 ぐの であ るが. この炉 を囲ん で‑家総 出で皆 が力 を合 わせ て助け 合 う。愚 皮 を剥 ぎ放 られた後 の残 せ如土葬,J、庭 p山 と枕 ん であ る。残 せ刻1組.呂た き.

飯 炊 きな ど禾胴引面虻 は大 きいが、 その大 郡 分は 議釜 の燃料 とな る0

3‑4

日竿干 された果皮は 湿気 の1.Eいか や、む ぎわ らの聞 出 王さん で貯 威 してあ るO 果 皮l蝿 ききって丁度 竹の皮が 内側 に くる りと巻 い てい るよ うな恰好 な して とて も固 く な っている。この果 皮 を必典 な餐 だけ成羽川 の渦流 に「昼夜 醸 して1本1本小 刀 で押 え 付 けて外 皮 をす ごき放 り、 これ を再 び川

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流 れ で きれ いに洗

ヽ 3‑4

t]日光 にあ てて

はす 。これ が自皮 で磯 の中 に しゅろに包ん で湿気 にあ てないよ う貯 蔵 され るO (3)自皮 をさ ら し ごみ放 りをす る

必掛 こ応 じて放 り出 された 白皮 は先 きのjk'釜で半 日ほ ど水 に浸 し 1本 14こほ ぐ して 繊維 を砕 き易 くす るため に、 アル カ リ性浴 液 と共に1‑ 1,5時 御者 沸す る。 白皮

源 え た ら釜 か ら放出 して.か ご にあげ、 直ち に清 水に移 して 7ク抜 きをす るた め充分 に水洗 いを し、 さ ら し勘 に選 んで さら し粉 で さらす 。

次に原料 の般後 の仕上 げ塵放 りにか ゝるのであ るが. これ は中年 以上 の如人の事 で行 れ る。指先 {・放 れ ない よ うな繊細 な ものは針 先 きで触 り去 るこ ともあ って中 々骨 のおれ

るつ らい仕 妹 であ る。

戸外 の小 さな小巌 に叩解 触 ・モ ータ ーが鵬 えつけ られ てい る。 こゝで 自助 柵 白岡uT)よ

̀ ぅに打砕かれ て漉料 が 作られ る。 この他剛 土光 きの耽 舟の 中に移 され い よい よ机親 LL)作 業が始 ま るのであ るQ

(4)机 他 作英場を 見学 す る

紙 .,,也な専業 に してい る笠神 の平井 さん山家 では閲 も/糾 、てい るとい うことな ので.

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早速庶 政の現物を見 に出かけた 。′J、谷か ら親鳥行のバス lこ乗 り・法谷で下卑 。川 向 うが 笠神であ る。家 も人 っ子一人見あた らな い。触気味なまICに的栃で.

たゞ

川 の流れがわ び し く音 を立 て ゝ流れ るのみだ 。 しは らく して両岸 を結んでい るロープを伝 って小舟 を あやつ ろ老婆の姿が見えた。全 然也抗のない川面 を滑べ るよ うに舟 工対岸 に向 うo舟を 降 りて 5分 はか り行 った所に先 きの渡守の老 輩 の家 と平井 さんの家 が二軒塊わ れたQ

(写央24)清 らか な川 a)せ ゝらぎと、 水車 の ゴ トン ゴ トンまわ る音のみのす るひ っそ り的 とした紙 を脆 く村特有のわ ひ しさと静け さが沸 ってい る。

家 に入 ると執政で鍛 えあげ られた気骨あ る伶秋 と した お じいさん がにこにこ と迎 えて くれた 。そa)手は永年 の水仕釦 で如 くTLたち. 宇和 1枚柏のへ ,)が くい込ん ででこは こ .1=な ってい る。そ してその宅の 身は水仕事の多 い槻 労働 によって神経痛 に犯guCL、Zb

仕軸 では35,6才の この家 の主 人が半裸 姿で ジ ャブジ ャブ水の音だけ がす る静け さの 中で仕掛励んでいる。水牛 の蒐労 働で鍛 えあげ られたた くま しい身体 は赤銅色 に 日炊け し.流 れ出る玉 の汗でギ ラギ ラ光 ってい る。

仕 水軌 土薄 暗 くて、出 っぱ く史の日中 です らヒソヤ りと した肌寒 さ鳩 ず る。土 間 の 水ひた しの米 I.こ半畳性 との漉 舟がが‑つ粘 って いて、中折 り8枚分働け る横長 の細 い竹 や桁 を木枠には さんで天井か らひ もで 吊 してあ る。 (写真 25)フノ リ城 た よ うな ど ろ どろす る紙料紋を手紹 よく掬いあげ、 前後左右 にゆすぶ って浜 に打 ち寄せ る政 の■よ う に去 なせた り許 せた りしなが ら漉 く。机脚が所用のJ*さに達 した らその時 余分の液 をサ

ッときると、 直ちに竹費 を枠か ら外 し盛 の上 を通 して後 a)しと 敷板 の上 にひ っく り返 して.

白い 湿紙を架か ら剥 ぎ帖す 。すべては永年 の鮭奴 と呼吸一つ にか ゝっている 。再 び資 を もと棚 iP:tまめ込

2枚 臥 3枚 目 と肋次 に同 じ操 作を鮎 して次 か ら次 へと蛋ねあ げて い く。血統は圧搾鰍 こかけ て水分 を圧搾 した後、鉄板 で蒸気乾煉す る。 この乾醜態 、 のな い頃は寒風の 吹きす さぶ戸外 で張板 でや って いた。乾 触 した紙 は必薮 に応 じて所定 a)寸法 に裁断 され る。

裁噺 寸法は縦25.5ミ.)、横 36.4ミ リと し 38枚‑ 1帖.10帖‑ 1束 として.

障子紙 に劫 斬されていたが、今 では縦寸法に変 りはないが横 は厨 子 に合 うよ う83ミ リ に裁赦 し、柾 目な しで障子 に合致す るよ うに改良 されたOそ して1聞 。紙12枚 に して.

lOrurlR航 120枚 を1束 と L. 申折 り紙同様で丑 目1束850グラムを目侍 と して販 売 されている。 しか し今 では障子Ii美 浪型 とな r)硝子戸 とな るな どで触 面が赦 した C 3.YJLJ川内紙 の拙粗 とそLD用途

手渡和鰍 1機械漉 きの盛ん にな ってい る今 日では昔の よ うに.た とえは.備中.柳 井家 の御 用紙 とい った沸庁の保 姓政熊もな く.機械漉 きに押 されて ともか くも余命を保 ってい る現状であ る。 しか し 機脚 こ依 らたけれは で きな い品物があ る一九 機械でほ生 れない ものが数 々あ るよ うに紙 においても障子に触 ら1. 私達 a)身のまわ りには J<'L,プを原料 と した西洋紙 のよ うに直 ぐに破 れ易 い ものでは由 る紙製 品があ る。柵 はそ の代議 的な もの で. 三 軸 まか りを原料 としてい る千 円札 が. バJL,プ6軌 三 位4割 の拾 門札 に比 して. ど の よ うpこ適 うかは侮 E]経 換 してい るところ であ る。傘紙 もまた.その一つで純粋fL和紙が 求め られ る。このよ うに手 蜘 地 相の蟻 敵性 と机 牧や紙臥 あ るがゆえ に手和紙 と して の必典 fL道 が今 日もまだ残 されてい るのであ る。 (第31表 参 舶 )

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