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おいては、現実に生起していたインフレを抑制し、あるいは低下したインフレ率を定着さ せ る う えで 効 果 を 発 揮 し た287。 また 、 そ の ま ま の 形 で は採 用 さ れ な か っ た と され て い る

FRB、ECB、日本銀行においても、インフレーション・ターゲティングに似た政策が行わ

れていると、当時、解釈されていた288

(マネーサプライ論争)

以上のような金融政策運営の推移のなかで、わが国では、

1992

年から

1993

年にかけて、

いわゆる「マネーサプライ論争」と呼ばれる金融政策論争が起こった。なかでも、当時上 智大学経済学部教授であった岩田規久男と、日本銀行調査統計局企画調査課長であった翁 邦雄の論争は

1

年近く続いたが、要点は、①準備預金の調整を通じた短期金融市場の調節 によってマネタリーベース(

MB

、当時はベースマネー)をコントロールすることができ るのか、②

MB

MS(現在ではマネーストック)の関係は安定的であるか、そしてその因

果関係は一方向であるか、③

MS

と実体経済の関係は安定的かつ頑強なものであるか、と いった点にあった。

岩田が貨幣乗数アプローチを主張し、MB をコントロールし、それを

MS

のコントロー ルに結びつけ、最終的に実体経済に影響を与えることができると主張したのに対し、翁は、

当時の金融調節の枠組みの下では、日本銀行は市場の資金需要に応じて

MB

を供給するだ け で 、 そ れ を 超 え た 供 給 は で き な い し 、 そ も そ も 貨 幣 乗 数 と 呼 ば れ る よ う な 因 果 関 係は

MB

MS

の間にはなく、

MS

と実体経済の関係も希薄化していると実証データに基づいて 主張した。

この論争について289、当時東京大学助教授であった植田和男は、1992 年

12

月に「マネ ーサプライ動向の『正しい』見方」という論文を公表し、議論の整理を行った290。当時の 植田の論点整理の要点は、①当時の

MS、MB

動向の解釈としては、翁のそれが正しい。た だし、貨幣供給量に中央銀行がもっと注意を払い責任をもつべきであるという岩田の主張 には、日本銀行も耳を傾けるべきである。②中央銀行による

MB

コントロールについては、

287 ただし、日本銀行は、一方で、当時諸外国において高いインフレ率が現に存在し、中央銀行の権限 や責任をより明確にすべきとの認識が高まっており、その側面からはインフレ・ターゲティングの持つ 意味合いは理解できるが、他方、「90年代のインフレ率が80年代に比べて大幅 に低下しているが、これ を全面的にインフレ・ターゲティングの成果と評価してよいかどうかについては必ずしも明確ではない」

ことから、わが国において直ちにインフレ・ターゲティングを導入すべきかどうかには慎重であるべき だとの判断を示していた。日本銀行企画室「諸外国におけるインフレ・ターゲティング」『日本銀行調査 月報』20006月号、69~97頁。

288 Bernanke et al.[1999]。また、日本銀行が当時とっていた「ゼロ金利をデフレ懸念払拭が展望できるよ

うな情勢になるまで維持する」というスタンスについて、植田和男委員は、「金融経済情勢と金融政策の 枠組みを巡る議論」というスピーチ(2000225日)において、「インフレーション・ターゲティン グそのものではないが、それに似ている」と説明している(「金融経済情勢と金融政策の枠組みを巡る議 論」『日本銀行調査月報』20003月 号5頁)。なお、当時の日本銀行 政策委員会におけるインフレーシ ョン・ターゲティングについての考え方に関しては、日本銀行「『物価の安定』に ついての考え方」2000 10月を参照(https://www.boj.or.jp/announcements/release_2000/data/k001013a.pdf)。

289 なお、この論争についての両氏の見解は、岩田[1993]、翁[1993]にまとめられている。

290 植田[1992]。なお、同論文は 岩田編[2000]291~299頁に資料として再掲されているが、再掲にあた り、タイトルは、雑誌掲載時の「『岩田・翁論争』を裁定する マネーサプライ動向の『正 し い 』 見 方 」 の中の「岩田・翁論争を裁定する」という部分は含まず、「マネーサプライ動向の『正しい』見方」との み記されている。

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準備預金の積み期間内の日々の変動、

1

ヵ月という積み期間を超えた短期、金融政策によ って経済活動や物価が変動し

MS

が変動することで所要準備にも影響が及ぶ中長期という

3

つの時間的視野の下で整理することが必要である、というものであった。この時間的視 野に基づいて考えると、準備預金の積み期間内の日々の変動や中長期については、ある程 度

MB

に影響を与えることができるが、積み期間を超えた短期の場合はかなり難しく291、 この結果

MB

コントロールの可能性については不可能ではないにしても難しいし、あまり 望ましくない、というのが植田の結論であった292

(「非伝統的金融政策」への道)

マネーサプライ論争は、

1999

2

月のゼロ金利政策のスタート、

2000

8

月のゼロ金 利解除の時期に、形を変えて再燃した293。論争は、前述の岩田規久男、翁邦雄に、小宮隆 太郎、浜田宏一、深尾光洋、中原伸之なども加わって白熱した議 論となった。まず、

1999

年夏、ゼロ金利採用後に、急速に円高が進んだこともあって、円高抑制の為替介入との関 連で、市場に供給された

MB

を、放置すべきか(=非不胎化介入)吸収すべきか(=不胎 化介入)が論点となった。ついで、ゼロ金利政策を補完する一層の金融緩和政策としての 長期国債買切りオペの是非が、

MS

増加という観点から論点となった。さらに、ゼロ金利 解除に際しては、「デフレ」ないし「デフレ懸念の払拭」をどのような次元で理解するかが 論点となった294

これらの議論の背景には、いわゆるゼロ金利制約、すなわち、ゼロ金利周 辺では、金融 政策の可能性が大きく制約されるという認識が存在していた。このため、ゼロ金利政策の 周辺での金融政策について、①将来の金融政策ないし短期金利についての予想をコントロ ールするいわゆる時間軸政策、②特定の資産の大量購入、例示的には、中長期国債や社債 を中央銀行が購入することによりオペ対象のリスク・プレミアムに影響を与えようという 試み、③中央銀行のバランスシートの規模拡張による必要以上の資金供給といった新しい 手法ないし考え方が登場した295。これらは、後に「非伝統的金融政策」と称されるに至っ た様々な試みの起点となった。

291 「かなり難しい」理由は、MBは、「銀行券と預金準 備の和」であり、「例えばベースマネーを削減 するためには、金利が上昇して十分ベースマネーに対する需要が減少することが必要である」が、「数 カ月程度の期間では銀行券や預金の金利に対する反応は、ゼロではないにしても極めて小さい」ため、

「常識的な幅の金利上昇で削減できるベースマネーは極めて小さい」ことによる。植田[1992] 293頁)。

292 植田[1992]。同[1993]も参照。

293 岩田編[2000]、小宮他編[2002]。

294 翁[1999]。

295 Bernanke and Reinhart[ 2004]pp. 85~90、Bernanke, Reinhart and Sack[2004]pp. 96~100.

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補論2.日本銀行の特別融資(日銀特融)

日本銀行の特別融資(日銀特融)とは、一時的な資金不足に陥った金融機関に対し、他 に資金の供給を行う主体がいない場合に、金融システムの安定・維持のため、日本銀行が 最後の貸し手として行う一時的な資金の貸付(流動性の供給)の一つである。第

2

次世界 大戦後は

1965

年の証券不況の際に山一證券に対して行われたのが最初である296

日本銀行による最後の貸し手としての資金供与は、通常は日本銀行法第

33

条に基づい て手形や国債等を担保として行われるが、政府(内閣総理大臣<実際はその委任を受けた 金融庁長官>および財務大臣)からの要請を受けて政策委員会が金融システムの安定のた め特に必要があると判断する場合には、日本銀行法第

38

条により無担保での貸付けを含め

「特別の条件による資金の貸付けその他の信用秩序の維持のために必要と認められる業務」

を行うことができる297。こうした特別な条件による資金の貸付のことを日銀特融という298

1990

年代以降金融システム問題が危機的状況を迎えたなかで、日本銀行はたびたび特融 による資金供与を行ってきた。日本銀行年次報告書・業務概況書各年版によると日銀特融

(97 年末までは旧日本銀行法

25

条貸付、

98

年以降は現行の日本銀行法

38

条貸付)の残高 は、

1995

年末は

12,530

億円、

1996

年末は

12,090

億円、

1997

年末は

36,722

億円、

1998

年 末は

6,025

億円、

1999

年末は

15,274

億円、

2000

年末は

4,599

億円、

2001

年末は

8,161

億円 となっている299

日銀特融に安易に依存することは金融機関のモラル・ハザードを招くおそれがあり、ま た日本銀行のバランスシートを悪化させるおそれ等もあることから、日本銀行は、金融機 関の破綻処理にかかる資金供与にあたっては、①システミック・リスクが顕現化する惧れ があること、②日本銀行の資金供与が必要不可欠であること、③モラル・ハザード防止の 観点から、関係者の責任の明確化が図られるなど適切な対応が講じられること、 ④日本銀 行自身の財務の健全性維持に配慮するという

4

つの原則に基づいて判断を行っており、

1995

年以降年次報告書にもその旨を記述していた300。この

4

原則について、

1999

5

月、

新日銀法下の政策委員会で確認するとともに具体的運用に当たっての考え方を整理し、「信 用秩序維持のためのいわゆる特融等に関する

4

原則の適用について」(以下、「4 原則の適 用について」と略)として平成

10

年度業務概況書において公表することを決定した301

296 日本銀行百年史編纂委員会[1986]151~165頁。

297 新日銀法の規定。旧法では通常業務は第20条、特 融は第26条に規定されて いた。

298 「貸付けその他」のその他には出資などを含み、貸付けのほか出資などを含めると「特融等」と呼ば れる。

299 残高は、日本銀行政策委員会『平成8年次報告 書』45頁、日本銀行政策委員会『平成9年次 報告書』52頁、日本銀行『平成10年度 業務概況書』140頁、日本銀行『平成11年度 業務概況書』135 頁、日本銀行『平成12年 度 業務概況書』131頁、日本銀行『平成13年度 業務 概況書』91頁参照。

300 日本銀行政策委員会『平成7年次報告書』37~45頁、日本銀行政策委員会『平成8年次報告 書』44頁、日本銀行政策委員会『平成 9年次報告 書』50頁。平成7年の年次報告書では、①~③の 条件が満たされる場合に限って金融機関の破綻処理にかかる資金供与を実施するとしたうえ で 、「 ま た 、 日本銀行の資産は銀行券発行の裏付けとなるものであるため、日本銀行は、通貨に対する信認を維持す る観点から、上記のような信用供与に当たっても、日本銀行の財務の健全性に配慮することとしている」

と記されていたが、平成8年・9年の年次報告書では、①~④の4つの条件が満 たされる場合に限って 実施する、という表現となった。

301 日本銀行政策委員会「信用秩序維持のためのいわゆる特融等に関する4原則の 適用について 」1999