社会的集団行為・
価値観の共有 時問的変化
出典:富澤 修身(2003)、『ファッション産業論:衣服ファッションの消費文化と産業シス テム』、創風杜、p20。 (一部修正)
(1)衣類の役割
衣類は、上述したように社会と個人の価値観の双方を反映した社会現象である。衣類の役割・
機能は多面的であり、衣類はさまざまな意味を発信してきた。それゆえ、社会学、心理学、歴史 学など様々な研究領域で取り上げられてきた。その中で、共通する含意としての衣類の役割は、
「形態で集団差を表す役割」、「環境への対応策として役割」、「個人の表現方法としての役割」
があると、富澤(2003)は議論する19一。
形態で集団差を表す役割とは、社会、あるいは集団への帰属性の象徴としての衣類の役割であ り、衣類が身分、民族、信仰、職業、性差などを表すものであることを意味する。環境への対応 策として役割とは、そもそもは保湿性などの衣類の持つ基本的機能だけでなく、女性の職場進出 に伴うパンツスタイルの普及など、社会環境への対応も含まれており、場や状況に適した機能性 を意味している。
個人の表現方法としての役割とは、個人の美意識やこだわりなどの価値観の表現、つまり「お しゃれ」を意味するものであるが、実際の社会においては、衣類がその人の印象を決める、つま りイメージをつくるものであるため、ある種の社会的な制限下の自己表現であるといえる。
そしてファッション消費における社会的価値観と個人的価値観の並存は、消費者に、「他人と 同じものが欲しいのに他人と同じものを嫌う」と意識を持たせる。そのため消費者は、同一衣類 の量産を認知しながらも、「他人とは同じのを嫌う」といった意識を持ったり、一方で流行に乗
り遅れたりすることを恐れ、集団の価値観を受容しようとしたりする。
このように衣類に関する研究を概観すると、衣料の役割は大きく3つに大別し議論され、また 一方でその役割は密接に関連しあうものであると議論されてきたことがわかった。
ただ実際のファッション・ビジネスを考察すると、トレンドとはコレクションにおいて意図的 に決められるものであり、この3つの役割においても、「形態で集団差を表す役割」が最も影響 力があると考察される。
(2)ファッション・ビジネスの誕生と消費
衣服作りは、ホーム・メイドからオーダー・メイド、そしてレディー・メイド(既製服)へと 変化してきた。この過程で、作る人と着る人が分離することで、衣類は商品となり、消費の対象
となった。そして産業革命により衣類の市場は、有産者市民を中心とする比較的限られた市場か ら大衆市場へと拡大し、不特定多数の消費者はオーダー・メイドよりも安価な既製品を購入する という、新しい衣類の消費形態が誕生したのである。
そして一方、このような市場の確立によって、作り手は永続的な利益を求めるようになり、そ の為、消費者を刺激し需要を常に喚起しようと試みるようになった。この供給者の大衆消費への 接近こそ、ファッション・ビジネスの誕生である。このファッション・ビジネスの誕生により、
衣類に 流行 や トレンド と言った時間的要素が付加された。
産業革命以前の有産者のためのファッション市場では、特定の需要者と特定の供給者という、
双方寡占的な環境の中で「モデル・チェンジ」が行われてきたが、近年のファッション市場では、
不特定多数の消費者と、特定の強力なブランドを持った限られた供給者との間で遂行されるよう になった。
つまりファッション・ビジネスは、その誕生以来、オーダー・メイドを除き、基本的にはシー ズ志向のビジネスであり、たえず「モデル・チェンジ」を行い、新しい価値観を提唱し、買い替 えの需要を創造しようと試みられてきた。
それは、現在においても変わっておらず、「コレクションでの新作デザイン・モチーフの発表
→ファッション誌での特集記事などによる需要を喚起→モチーフに基づく商品の製品化→店頭 での販売」という、コレクションがファッション市場を先導するというプロセスが形成されてい る。しかしながら実際、コレクションを毎年発表できるような服飾ブランドは限られており、そ の違いは結果として市場におけるブランド位置づけに反映されている。それは、コレクションを 開催できる、デザイン性の高い、あるいは資本力のある服飾ブランドが市場において影響力をも っているという事実からも明らかであろう。
しかしその]方で、今日ではわが国の市場(ストリート)から世界的トレンドが発信されると いう現象もあり、以前に比べて、この支配的であった潮流がファッション・ビジネスにおいて絶 対的ではなくなってきている。そして、このファッション・ビジネスおよび市場の変化は、現代 ファッション消費が、民主主義と資本主義の2つに社会的制度から大きな影響を受けていること を背景とする。
そもそもファッション・ビジネスの基底にある現代ファッション消費は、民主主義と資本主義 の2つに社会的制度から規定されていると議論されている。
前者、つまり民主主義に規定されたファッションの傾向とは、法の前の平等に基づき、特権や 権威を認めないファッションであり、水平的であり、自由を多様に表現するためのファッション である。その代表例として、近年東京の原宿、渋谷界隈で見受けられる若者のストリートファッ ションが挙げられる。
一方、資本主義に規定されるファッション傾向とは、階級性・階層性に基づき、序列をつけよ うとするファッションである。例えばそれはラクジュアリーブランドファッションのように、大 衆社会において、自己顕示や、他者に対する優越性の誇示のためのツールとして、ファッション
を選択するという消費が該当する。
このように、現代のファッション消費は、民主主義と資本主義という社会制度によってその有 り様を変化させているものといえ、つまり社会環境によって規定される市場であり、ファッショ ン・ビジネスを検討するにあたっては、民主主義と資本主義の2つの社会制度から考察すべきで あると主張される。
(3)消費者、衣類、社会、供給者の関係
富澤(2003)は、ファッションの消費とは消費者、衣類、社会、生産者に関する諸要因により 規定される現象であると議論し、そしてその関係をモデルで提示している(図表5−2)。そし て彼は、消費者のファッション購買を規定する内的要因として、身体的要因と個人的価値観の2 っがあると主張する192。
図表5−2:人間(消費者)、衣類、社会、生産の相関図
衣 縦
/柵榊 鵠タ鮒・捌鮒
欝繋蓄 機能惚 灘1 瓢鈍行島・緬憾観 鯛憎1炎翼
・嬢様酌繁淡
グマ,コンセプ1、鰍等1
I鶏齢剖1余,1集.蜜:織燃鰯襯、披徽、火鍛手圭:余.
・孤搬・臓外,レジャー,メデイア締;
出典:富澤 修身(2003)、『ファッション産業論:衣服ファッションの消費文化と産業シス テム』、創風杜、p98。
身体的要因とは、体のライン、身長などといった物理的な要因であるが、それは社会的価値観 によっても変動されるものであると議論する。それは例えば、スリムに観られたいという願望か らタイトなジャケットを購入したり、その一方で、衣服を体に合わせるだけでなく、ヒップホッ プなどのブラックミュージックヘの憧れからダブダブの服を購入するなど、体と服のサイズは一 致する必要がないとする購買行動などが挙げられる。
加えて富澤(2003)は、衣類には、役割機能(道具性)と衣類を構成する要素があると議論し、
役割機能(道具性)には、示差性(差の表示)、機能性、個性表現があると主張する】93。そし て、この役割機能とは、社会的価値観によって規定されるものであり、また役割機能のなかの個 性表現とは民主主義を前提とする規定因であると議論し、その一方で示差性と機能性は、資本主 義によって拡大した規定因であると議論する194。
他方、衣類の持つ要素には、有形・物的要素と無形・暖簾要素があると主張している。その物
的要素には素材、色柄形寸法、機能性加工があり、無形要素には、信頼の印としてのブランドと、
モチーフ・イメージ・コンセプト・意味・メッセージなどの記号性があると主張する。
また社会が含有する規定要因には、制度慣行、生活様式(都市生活、田舎暮らしなど)、価値 観(社会的価値観)、心理、時代の風向き、メディア、人間関係、社会観があると主張している。
富澤(2003)は、社会、人間(消費者)、衣服、供給者を構成概念とするモデルにおいて、生 産者・供給者が持つ規定因について明示していないものの、商品の生産と供給、プロモーション など、生産者が行うマーケティング機能は消費者に大きな影響を与えていると議論している。
更に富澤(2003)は、以上のようなファッション現象の規定要因を提示するだけでなく、 社 会と消費者の関係 、 社会と生産者・供給者の関係 、 衣服商品を介した消費者と供給者の 関係 についても検討している195。
そして彼は 社会と消費者 の関係には、「社会から消費者への作用」と「消費者から社会へ の作用」という、2つの作用が並存すると主張するI96。前者とは、制度慣行・社会的価値観は 消費者の身体観と選択基準を規定するということであり、後者は、オピニオンリーダーなどの社 会的価値観を先導する個人の価値観の存在である。この種の先駆的な個人的価値観(オピニオン リーダーが保有する価値観など)は、初期の段階では既存の社会的価値観と衝突する傾向にある が、その新しい価値観が個人の所属する集団において認知される時、しだいに受容されていき、
新たな社会的価値観にとってかわることが指摘されている。
社会と生産者・供給者 との関係にも、「社会から生産者・供給者への作用」と「生産者・
供給者から社会への作用」があると議論されており、前者は制度慣行・価値観は生産者のモノ作 りに大きく影響をあたえるというものであり、後者は、ファッション市場における潮流である生 産者のシーズ志向に基づくものである。この意味で「生産者から社会への作用」とは、パワーブ ランドによるコレクションの発信や、メディアを媒体としたプロモーション等によって社会に対 して新しい価値観が発信され、そしてそれが社会的・個人的価値観の変容をもたらすものである といえ、つまり既存の社会的価値観を変化させ、新たな価値観を醸成する作用と位置づけられる。
また 衣服商品を介した消費者と供給者の関係 における「消費者から生産者・供給者への作 用」とは、消費者は供給者から商品を購買するかどうかということであり、その逆に「生産者・
供給者から消費者への作用」とは、衣類の生産、あるいは供給を含めた、消費者に対するマーケ ティング活動全般を指す。
富澤(2003)は、これらの関係と、先に議論した規定要因から、ファッション現象を検討して いる。しかしながら、その規定要因は、特に個人の価値観と、社会の価値観に関する規定要因は、
重複して議論されており、また供給者のマーケティング活動についてほとんど言及していないこ となど、彼の提示するモデルは理論的に多くの問題を抱えている。
そこで、富澤(2003)の提示したファッション・ビジネスのモデルを、本研究の議論から社会 環境、社会的価値観、個人的価値観の概念の議論を踏まえ、またマーケテイングの観点から再考
した。価値観アプローチに基づき、ファッション・ビジネスの構図を表したものが図表5−3で
ある。