緒言
D-グルクロン酸とN-アセチル-D-グルコサミンで構成される二糖の繰り返し単位を持
つグリコサミノグリカンポリマーであるHAは、皮膚、軟骨、関節液、血管、脳などの 様々な臓器の細胞外マトリックスの主要成分である(Fraser et al., 1997、Laurent et al.,
1986)。HAは、細胞膜でHA合成酵素(HAS)によって合成された後、細胞外に分泌
され、HA 分解酵素であるヒアルロニダーゼ(HYAL)によってより小さな分子量のフ ラグメントに分解される。HAは細胞間質のコラーゲンマトリックスに存在し、水和し たゲルを形成することにより、組織の水分保持や、形態保持を助けるほか、細胞周囲を 取り囲むことにより細胞の移動や接着に関与することが知られている(Day 1952)。
近年、HAは、細胞外マトリックスの構成による組織構造の保持に関わるだけでなく、
2つのHA受容体、CD44とRHAMM(receptor for hyaluronan-mediated motility)を介し て様々な細胞機能を調節する生理活性物質でもあることが判明してきた。最近の研究で は、HAが細胞の分化と増殖に重要な役割を果たしていることが示されている(Li et al.,
2007、Spicer et al., 2004)。腸管では、HAの腹腔内投与が腸管上皮の増殖を促進するこ
と、逆にCD44を阻害しHAシグナルを遮断することで腸や結腸の長さや上皮の増殖が 有意に減少することが示されている(Riehl et al., 2012)。さらに、生後早期にHAシグ ナルを阻害すると、腸管LGR5陽性前駆/幹細胞の増殖と腸陰窩での細胞分裂が有意に 減少する(Riehl et al., 2015)といった知見は、HAシグナルが正常な腸管の成長と幹細 胞の維持に必要不可欠であることを示唆している。味蕾は、腸管上皮と同じLGR5を発 現する上皮前駆/幹細胞に由来する内胚葉性上皮由来組織であるが、HAの分布や機能 はこれまでに全く調べられていない。
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本研究では、末梢味覚器でもHAシグナルによる味蕾前駆/幹細胞の活性調節系が存 在し、味細胞の恒常的なターンオーバーに維持に寄与しているという可能性を想定して、
3 次元味蕾前駆/幹細胞培養(味蕾オルガノイド)によるin vitro 実験と、動物モデル
(マウス)によるin vivo実験を用いて、HAとHA関連分子の味覚器における発現と機 能の探索を試みた。
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結果
マウス味覚器においてHA受容体、合成酵素、分解酵素のmRNAが発現していた
C57BL/6Jマウスの組織を用いたRT-PCR解析の結果、CV、FP、NTで、HA受容体で
あるCd44とHmmrのmRNAが発現していることがわかった(図7)。また、HA合成 酵素である Has2、Has3、および HA 分解酵素である Hyal1、Hyal2、Hyal3、Hyal4 の mRNA発現もCV、FPで認められた。しかしHas1に関しては、CV、FP、およびNTで は極めて発現が弱かった(図7)。さらに、Has2、Hyal1、Hyal4は味覚上皮特異的な発 現が確認された(図7)。
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図7.RT-PCRによるマウス味覚器におけるHA関連分子mRNAの発現
マウスCV、FP、NTにおけるCd44、Hmmr、Has1、Has2、Has3、Hyal1、Hyal2、Hyal3、Hyal4、
およびGapdhのmRNA発現。RT+;逆転写酵素あり、RT-;逆転写酵素なし。
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マウスCVではHA受容体、HA合成酵素、分解酵素は広範囲に発現していた
免疫組織化学染色とin situ hybridizationを用いて、マウスCVにおけるHAおよびそ の関連分子の局在を探索した。結果は、HAが味蕾、および味蕾基底部に存在するLgr5 発現味蕾前駆/幹細胞を含むCV上皮に広く分布していることが分かった(図8A、E)。
CD44はCVの味蕾内部または周囲に広範囲にわたって発現しており、その一部はPLCβ2
(II型味細胞マーカー)と共発現していた(図8B)。また、in situ hybridizationにより、
別のHA受容体であるHmmr(RHAMM)mRNA(図8C)もCVの味蕾内部または周囲 において広範囲な発現が認められた。Has2およびHas3 mRNA(図8D、E)も共にCV の味蕾内部とその周囲で発現していた。以上の結果から、HAは味蕾内の味細胞および 周囲の上皮において合成、分解され、近傍のHA受容体(CD44、RHAMM)に作用して いる可能性が示唆された。
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図8.CVにおけるHAとHA受容体、HA合成酵素の局在
(A)CV におけるHA(緑)の免疫組織化学染色像。(B)CV におけるCD44(水色)と PLCβ2(緑)の免疫組織化学染色像。(C–F)CVにおける(C)Hmmr、(D)Has2、(E)Has3、
(F)Lgr5の in situ hybridization解析。scale bar: 25 μm。点線は味蕾の外形を示す。
37 4MUの添加は味蕾オルガノイドの増殖を抑制した
HAの味細胞への分化・増殖に対する効果を検討するために、マウス味蕾オルガノイ ドを用いた解析を行った。オルガノイドの培地中に HA 合成酵素阻害剤である 4-methylumbelliferone(以下4MU)を異なる3段階の濃度(0、100、500 μM)で添加し、
20日培養した(図9A)。20日経過時における味蕾オルガノイドの平均コロニーサイズ を計測したところ、高濃度の4MUを添加した群(500 μM)で、オルガノイドの平均コ ロニーサイズに有意な減少が見られた(0 μM:54693.8 ± 2559.0 μm2、100 μM:58055.6
± 2972.0 μm2、500 μM:11675.9 ± 591.2 μm2、**p < 0.01、one-way ANOVAおよびpost-hoc
Tukey HDS検定、図9B)。このことから、4MUによるHAの合成酵素阻害は味蕾オル
ガノイドの増殖を抑制することが示唆された。
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図9.4MU添加による味蕾オルガノイドコロニーサイズへの影響
(A、B)味蕾オルガノイドの培地中に各濃度下の4MUを培地中に添加し培養し20日経過し た代表的なコロニー画像(A)および平均コロニーサイズ(B)。scale bar: 200 μm。 **p < 0.01、 データは平均値 ± SEMで示す。one-way ANOVAおよびpost-hoc Tukey HDS検定。
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4MUの添加により味蕾オルガノイド中のHas2、Has3、Cd44、Entpd2、Vim、Lgr5 の mRNA発現が有意に低下した
次に、4MUを培地に添加し20日培養した味蕾オルガノイドから mRNAを抽出し、
定量 RT-PCR 解析にて味細胞マーカー、HA 関連分子の遺伝子発現解析を行った。HA
受容体のCd44、HA合成酵素であるHas2、Has3、HA分解酵素であるHyal1、Hyal3、
味細胞マーカーとして Entpd2(I 型味細胞マーカー)、Gnat3(Ⅱ型味細胞マーカー)、
Ca4(III型味細胞マーカー)、Krt8(成熟味細胞マーカー)、Lgr5(味蕾前駆/幹細胞
マーカー)、およびVim(間葉マーカー)のmRNA発現量を比較した。その結果、4MU 添加により味蕾オルガノイドのHas2、Cd44、Entpd2、Vim、およびLgr5 のmRNA発現 が有意に低下することが分かった(図10)(*p < 0.05、**p < 0.01、one-way ANOVAお
よびpost-hoc Tukey HDS検定)。一方、Has3のmRNA発現量は有意に増加していた。
以上の結果は、味蕾においてHAは成熟味細胞の前駆/幹細胞マーカーであるLGR5陽 性細胞に作用し、味細胞の分化・増殖に関与している可能性を示唆する。
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図10.味蕾オルガノイドにおける味細胞マーカーmRNA発現に対する4MUの効果
4MUを添加し培養した味蕾オルガノイドの定量RT-PCR解析の結果。データは平均値 ± SEM で示す。それぞれの濃度群n = 5、* p < 0.05、** p < 0.01、*** p < 0.001、one-way ANOVAおよび post-hoc Tukey HDS検定。
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マウスへの4MU投与は体重に影響せず、CVの成熟味細胞数にも有意な影響は見られ なかった
HA合成酵素阻害の影響をin vivoで検討するためにC57BL/6Jマウスを用いて異なる 4種類の濃度(体重あたり0、60、600、および1200 mg/kg)の4MUを40日間(1日1 回)経口投与した。非投与群と4MU投与群で40日間の体重変化率に有意な変化は見ら れなかった(図11A)(p > 0.05、two-way ANOVA、one-way ANOVA およびpost-hoc
Tukey HDS検定)。このことから4MUの投与はマウスの栄養摂取や全身的な健康状態
には影響しないものと考えられた。また、成熟味細胞への影響を検討するため CV の
Gustducin、CA4の免疫組織化学染色を行った(図11B)。その結果、各種濃度で4MU
を投与したマウスのCVにおいてGustducin陽性II型味細胞数と、CA4陽性III型味細 胞数には統計学的に有意な変化は認められなかった(p > 0.05、one-way ANOVA)。
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図11.4MUを40日間投与したマウスの体重変化率とCVにおけるⅡ型、Ⅲ型味細胞数
(A)各種濃度で4MU投与開始から40日間のマウスの体重の変化率(投与前を100%、それ ぞれの濃度群n = 5、p > 0.05、two-way ANOVA、one-way ANOVA、およびpost-hoc Tukey HDS 検定)。(B)各種濃度で4MUを投与し40日経過後のマウスCVにおけるGustducin(緑)、
CA4(赤)の免疫組織化学染色像と味蕾1個あたりの各マーカー発現細胞数。各濃度n = 5。p >
0.05、one-way ANOVA。scale bar: 25 μm。点線は味蕾の外形を示す。
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マウスへの4MU投与により味蕾の前駆/幹細胞、成熟味細胞の分化・増殖に影響し た
4MUを40日間(1日1回)経口投与した後、CVを採取しRNAを回収し、定量 RT-PCR解析を用いて、HA受容体のCd44、HA合成酵素であるHas2、Has3、HA分解酵素
であるHyal1、Hyal2、Hyal3、各種味細胞マーカーのmRNA発現量の比較を行った(図
12)。その結果、4MU 非投与群と比較し、高濃度投与群では Entpd2、Gustducin、Ca4、
Lgr5、VimのmRNA発現が有意に減少していることが明らかになった(*p < 0.05、**p
< 0.01、one-way ANOVAおよびpost-hoc Tukey HDS検定)。味蕾オルガノイドの結果(図
10)と同様に、HA の合成酵素阻害により Lgr5 および成熟味細胞マーカー(Entpd2、
Gustducin、Ca4)の mRNA 発現が有意に抑制されたことから、生体においても HA が
LGR5陽性の味蕾前駆/幹細胞の活性や、成熟味細胞への分化・増殖にも影響すること が示唆された。
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図12.マウスCVにおける各種マーカーmRNA発現に対する4MUの影響
4MUを各濃度で40日間投与したマウスCV組織より採取したRNAを用いた定量RT-PCR解 析。データは平均値 ± SEMで示す。それぞれの濃度群n = 6、* p < 0.05、** p < 0.01、*** p <
0.001、one-way ANOVAおよびpost-hoc Tukey HDS検定。