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ムより見れば雨者の債位は共に一個人主陸に濁する
思(りたる立場が奥へる債値の区別であるぎなして居るのである︒故にポェ1ムに従へば︑如何
なる債値も⁝抽象的なものではな(︑具睦的なる内容︒以内﹄有つものであるo
故に抽象的部類債値
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の さ
ロ ロ
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尽なる言葉はポヱ1
ムに
取り
て'
全く
説
h J たる言葉の用︑法さなるのである︒
印も︑調値が具怯的経済波態の下に具憾的佃片ざして現はれる財に附加せられるものである限 り︑此の抽象的部類債値は到底資在の可能
F
認められないのである︒こ︑に於いてポェ1ムは
﹁単純に一の類に属する﹂三一一同ふこごはその類の保持する客観的性質を分有するこご含意味する
に外ならないのであるOかくしてポェIムは︐﹁一の現買なる意義は常に人類の幸一臓の財に濁す
る依存性を前提ごし更にこの依存性は︑吾々の知るが如︿︑貯蔵量の一定の稀少を前提ごする
ものである︒然しこの要因は如何なる場合にも類に認められるものではなく︑却って此の類が
出α
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l出
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司2F
ロ ・
稀少である一の具陸的位以態より現はれるものであるo﹂
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・ ∞ ・ 0
3N ・ご越ぺて居るのである︒故
︑︑
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︑︑
︑
にポ
ェ
1ムによれば翠純に飲料水なる一の類に於いてはその単に人の潟を欝するカを有するも
のであれこさを確言し得るのみであって︑反割に果して渇を墜するこさが時に飲料水じ依存し
て居るか︑時に然らぎるかは此の飲料水が儀剰の欣態に存するや否ゃによりて決せられるもの
であ
る
o故に飲料水は如何なる場令に於いても債値を有するものであるごなす部類債値より且(
強僚値への一のの
S O S ‑ r r E H M m
はポ
ェ
1ムに取りでは認められないのである︒前惑の例に於い
て流れの水はポェ1ムに取りて‑プクさ異なる意味に於ける部類の債値であり︑此の部類債低は
全般ざして一の具睦債値を意味するものである︒而してラクに於ける此の部類償値が債値ざし
て成立する意味?普遍化して一個別量ざしての一桶の水も亦債値含有するさの結論はポェIム
に於いては導かれないのであるo‑ブクに於いては抽象的部類償値ご具陸的なる佃片債値さが一
ポ ェ
1ムに於いては此のごつの債値は全然相公れないも致する範固が認められたのであるが︑
ので
あり
︑唯
︑
一は債値を有し)他はこれを有せぎるこさが等し︿稀少︑郎ち財の数量的関係
に基づ︿原理よ
b
説明せられて行くのである︒然しながら私見によればポェIムがラタ守批‑評する立場は会くその正鵠ケ得たものではない︒
但し物自憾の性質よ
b
経済活勤一般が起らざるが如く︑一属性の皇己認なる抽象性より経済率上の債他も生十るものではない︒此の貼は等しくヲグナ1
ご共
に︑
一パ
九時
一出
向日
叶け
ポ ェ
1ムの指摘
経酒債値の決定に就いて
五 九
商 業 さ 経 持
六O
.する町別である︒他商に於いて一フクが属性会陸に封じては此の一居住ぞ形づくる一個片に謝するさ
債値剣断の異るるのであるぜなしてゐるこさはポェ
1ムもこれを是認するが如く︑
M d d ・ 河 一 川 口
吾々る亦等しく認容する所である︒尤も此の場合に属性会館に劃する債値剣断さその一個片に 謝する債値剣断ごが︑よし同一の原則によりて支配せられるものであるさなすも︑この支配の 原則を単に数量的関係に関連してのみ考察するがェ
1
ムの立場論は必十しも正鵠ぞ得たる所設 ぜ見るこぜは出来ないのである︒此の貼に於いてポ
21 ムが利用さ費用はその内容に於いて同 一性骨保つものであるこさケ看過して居るものさ断定するこさが出来る︒五日々は彼の例に倣つ て︑これを設明するこどが出来る
o
原始の世界︽移住したる者に濁して森林の一木は債値なき ものである︒然るに若しこれら嫡民者におして彼等の木材の需要が充されて居る森林会陸を譲 渡するか︑若しぐは之れを伐採し濯すこ
? γ
強要すれば︑彼等は此の森林に劃して一定の債依 を置︿であらう︒此の穏の例は五日々の日常生活に於いて財の金量密犠牲にする場合に於いて容
易に経験せられ︑
刊 一 二
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ムも認めるが如︿︑これに謝して一定の債他が附加せられてゐる︒尤 るそれは何故であるか︒果して患にポアームの数量的関係によ
b
てのみこれを説明するこごが 出来るであらうか︒無蓋戒の樹木を自然のま﹀に包括して居る森林の一木を失ふこ芯は﹁費用の
節約
﹂開
門
ω勺
P
E
口問円
宮内
gRHHを意味するものではないが︑若し森林を一の会控ごして債値剣断
の中に取入れるさきこの森林の存在は既に一定の﹁費用の節約﹂を意味するものである︒
一定
の費用の支出が利用の内容を形づ︿るさ同じ︿︑又他面に於いて費用の支出の節約も利用の内
容を形づくるものである︒若し一の財を失ふこさが一定の費用を支出の件ふこごを前提ぎする
場合に於いては営然この費用の支出に劃する珠見が利用の内容をなして雨者の合一に慎値成立
の可能が生子るのである︒
一種
の財
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例へば上記森林の樹木ーが金量ざしては債値を生宇るも︑部分量︑印ち個片ごしては債値ぞ生壱ゴるは︑前者の存在は費用の支出︑若しくは費用の支出
の節約を前提ごするためであるが︑後者は此の要因を充さいYるによるものである︒単純に数量
闘係が債値を決定するのではなくして財を獲得するために投性られる費用が却ってこの財の数
量関係を決定するものであるo
ポェ
1ムはこの黙に於いて等しく一プクに謝する批一汗を諜るもの
さ見なければならない︒
以上︑五口々は債値理論上に於ける主観主義さ客観主義さが必宇しも全く相容れざるものでは
なくして︑何れも同じものを唯︑一面よか観察し債位決定の論擦を樹立せる所以を明かにした
のであるο而して之れが幾多の債値論上の紛糾を生子る源さなれるこさをも説明したのである︒
債値が一定の数量的関係に導かれて一の利用探準
Z E N O E S
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の形を現はすのは︑既に利用獲経演依値の決定に就いて
..L. ノ、
商 業 ミ 経 済
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得のために投性られる費舟標準内
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を前提ざするためであり︑この費用の標準の達成は
債値の標準の成立より離れて考察するこさは出来ない︒メydHlが最低の緊要度を有す欲る望
の充足
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利用ーが債値を決定するさ見るは︑オyペ シ
ρイマーが限界獲得費出1
費用!が債値
含決定するさなすさその内容に於いて異る所はない︒限界獲得費出は最低の欲望充足︑印ち限
界利用が保設せられる限度まで行はれる費用の連続的支出を意味し︑最低の欲望充足︑郎も限
界利用は限界的費出が行はれる限度まで連続的に行はれる欲望の充足を意味するものである︒
か︿して費出は経済性に導かれて下段より上段に上進し︑欲望充足も亦経済性に導かれては上
段より下段に低下し︑爾者が或る一知に於いて一致する限界が債位の成立の測度の決定である︒
此の測度を決定するものは利用ど其の内容を同じうすろ費用である︒か︿して債値は一貼に於
いて決定し獲得せられる同種の凡ての財を支配する作用ケ後揮するものである︒慎値理論の
主要題目は︑此の促値の蹄一性訟説明するこさにあるこ
ε
は既に越ぺたるが如くであり︑これ恰も債格理論の主要題目が経済一枇舎に於ける評債を異じする無数の経済者を支配する一の債格
の決定︑印ち債格の鶴一性を説明するこさにあるご同じである︒吾々は夏らに利用ぎ費用の内
容の合一性を樹立せん芯企てたるこ三の事者の所見を考察し如上の所論の絞討に資したいご思
ふの
であ
る︒
費用さ利用さの調和を説明せんさする企てに濁しe先づ第一歩を踏み出した卒者はジェフレ
ーである︒彼は経済の概念よ
b
出後して債値理論一般が如何に此の概念によりて指導せらるぺきかを明かにし.此の見地より利用
ε
費用の同一牲に到達して居るのである︒凡ての経済的活動は需要ご自由財ごの分量に於ける百
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から
起り
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従って凡ての経済行結局は﹁大い
さの決定﹂のら
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の一の総合である︒何んごなれば経済行忽は人の勤労︑若し︿は財産の利用の最少限度さι有用物ご人的利用の最大限度を獲得すべきものであるからであるo
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マシは経済亭は単に﹁財の大さの皐問﹂のら自巳orB号円︒去の円さ名附けてゐるoγェプレー
はこれを不充分さなしてこの大きの決定に濁し特に経済的大いきの決定の特質密高唱し︑次の
四つの特性を認めてゐるのである︒先づ(二経済は最少限の費用
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可及的僅少なる費用ーさ最大限の利用
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可及的大なる利用l
の達成の目的のために︑一般に最少限の大きさ最大限の大きケ一品
ずか
なけ
れば
なら
ない
︒(
二)
経済
は最
少限
の大
3ご最大限の大3
の差
額口
需お
ロ
N
S O L q 富 山 口 N S
に関連しなければならない︒利用さ費用の差額が一の積極的大きざして︑郎も犠牲
i
費用
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に超過する利用の剃徐ざして︑表示せられる範固に於いてその技術は貫際主経済である︒(一二)経済
は自然的大さご作用さに関連するものでなくして︑倫理的
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郎ち人的
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力の費出の大いきさ倫経法位低の決定に就いて
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