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日本では、ヘルスケア施設に対する需要が高まっていることから、ヘルスケア施設の供給促進 に向けて、その資金調達手段としてのヘルスケアリートへの期待は大きい。しかし、現時点では、

ヘルスケアリートの物件取得事例がまだ少なく、その寄与は限定的である。リートにとっての投資適 格物件が少ない中で高齢者住宅・施設の取得競争に伴う不動産価格上昇もあり、投資家に今後 の成長戦略が見えづらい状況となっている。

ここでは、前章の定量分析(統計データ等)や定性分析(各種関連プレーヤーの意見等)を踏ま え、日本のヘルスケアリートを取り巻く各種課題とその要因について、主に高齢者住宅・施設の「需 要に関する課題」と「供給に関する問題」に分けて整理する。

高齢者住宅・施設の「需要に関する課題」としては、①需要の変化、②サービス評価の難しさが あげられる。①需要の変化としては、団塊の世代の高齢化に伴い、介護ニーズには至らないもの の高齢者住宅に入居するニーズが高まっている。また、需要エリアも地方圏から都市圏にシフトす るものと考えられ、ヘルスケアリートが施設供給を行うに際してはこのようなニーズの変化を踏まえ る必要がある。②サービス評価の難しさとしては、高齢者住宅のサービス品質は事業規模や会社 の信用力だけでは測ることはできないため、入居者が事前に評価をすることは困難である。このた め、ヘルスケアリートがサービス品質の高い施設を見極めることを通じて、入居者にとって安心安 全なサービス基準を定着させていく必要がある。

高齢者住宅・施設の「供給に関する問題」は、「事業運営に関する課題」と「投資保有に関する 課題」に分けて整理する。

高齢者住宅・施設の「事業運営に関する課題」としては、高齢者住宅・施設のオペレーターは① ヘルスケアリートが施設を所有することに伴い運営コストが増大するのではないかという懸念、②ヘ ルスケアリートとの関わりの中で運営ノウハウが流出したり、ヘルスケアリートが経営に関与したりす ることに対する懸念を持っている。また、③施設の多くは個人が所有しており、建物や設備の更新 が適切に行われない懸念がある。このような課題に対して、ヘルスケアリートにはオペレーターとの 関係を強化し、信頼関係を構築することや、個人所有物件を取得し、適切なメンテナンスを実施す ることを通じて、このような懸念を払拭していく必要がある。

「投資保有に関する問題」としては、①規模(施設居室数)などの観点からリートにとっての投資 適格物件が不足していること、②個人所有物件の多くは相続対策が目的であり売却する理由に乏 しいこと、③ヘルスケアリートは、投資家保護の観点から、キャッシュフローが不確実な安定稼働前 の物件取得は基本的には行わないため、開発物件を直接は取得できないこと、④ヘルスケアリー トのテナントは、現時点では運営居室数・施設数上位のオペレーターが中心で、中下位オペレー ターまで拡がっていないことがあげられる。

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1-1 需要に関する課題

(1) 需要の変化

現在の日本では、要支援・軽度要介護のときは家族介護を行い、重度要介護に移行した段 階で施設に入居するケースが多く、高齢者住宅の供給も介護付き有料老人ホーム(介護居室 が大半)やサービス付き高齢者向け住宅(居室は狭小)が中心となっている。しかし、団塊の 世代が後期高齢者となり、介護離職等にみられるように家族の負担も深刻化していることから、

今後は要支援・軽度要介護の段階で住み替える軽度要介護者や自立高齢者向けの賃貸住 宅に対する需要が高まると見込まれる。

現在の高齢者住宅の主な入居者となっている主に1940年以前生まれの世代は、身体状況 が悪化し家族介護で対応できなくなって初めて、家族が入居施設を決めると言われている。

将来、どの程度の費用が必要となるのか見通しが難しいこともあって、経済的余裕をもたせて、

入居者本人の保有資産に比べて入居費用の比較的低廉なものが需要の中心となっており、

介護老人福祉施設(特別養護老人ホーム)、重度要介護者を対象とした介護付き有料老人ホ ーム、あるいは要介護者向け居室(居室面積 18 ㎡前後)を中心としたサービス付き高齢者向 け住宅への入居が多い。また、多くの後期高齢者が地方圏に住んでいるため、こうした需要の 中心は地方圏となっている。

しかし、2020 年以降は、団塊の世代の多くが後期高齢者となるため、高齢者住宅需要の主 体は、子がいない、もしくは子と非同居近居の高齢単身世帯・夫婦世帯が中心となる。需要は、

自立者向けもしくは軽度要介護者向けの居室で、かつ団塊の世代が多く移り住んだ首都圏等 の大都市圏を中心に高まることが見込まれる。

この結果、より長期的には、地方圏・重度要介護者向け・低価格帯の高齢者住宅が余剰に なる一方で、大都市圏・自立者または軽度要介護者向け・中~高価格帯の高齢者住宅が不 足することが指摘される。ヘルスケアリートが現在保有している物件は、大都市圏のウエイトが 若干大きいものの、居室面積 18 ㎡未満の介護居室を中心とした介護付き有料老人ホームが 中心となっており、今後の需要変化でニーズとのギャップが生まれる可能性が高い。

(2) サービス評価の難しさ

高齢者住宅が提供するサービスは、生活全般に関わるとともに入居者の身体状況によって も異なる。入居を決定する個人が募集要項で示されるサービス内容・項目のみでその良否を 判断・評価することは容易ではなく、概して大手オペレーターが運営する施設を選びがちであ る。しかし、大手オペレーターが運営する高齢者住宅であっても、事故やトラブルは発生しうる。

その一方で、中小オペレーターであっても、地域に根ざして不動産コストを抑えながらも入居 者に寄り添う、質の高いサービスを提供することで支持を集める高齢者住宅も少なくない。

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このように高齢者住宅のサービス品質はオペレーターの企業規模(=運営居室数)や信用 力だけでは判断できないのが実態である。ヘルスケアリートには、自らの収益を安定化させる ため、入居者に支持されるような、競争力のある高齢者住宅を見極めるとともに、ヘルスケアリ ートが運用している高齢者住宅であれば安心・安全であるというような、高齢者住宅のサービ ス評価における業界標準となる役割が期待される。

1-2 供給(事業運営)に関する課題

(1) 運営コスト増大に対するオペレーターの懸念

高齢者住宅の所有者調査では、大都市圏ではオペレーターが一定の高齢者住宅を保有し ていることが確認されているが、これらのオペレーター保有物件は、従来、物件売却の動機が 弱かった。信用力の高いオペレーターは、昨今の低金利環境下で極めて低い借入コストで資 金調達を行うことができるため、自己保有物件を売却して賃借に切り替える必要性が乏しい。

また、入居費用の大半を入居一時金で賄うようなケースでは、不動産取得費用の大半を短期 で回収でき、金融機関等に借入金を完済しているケースも多かった。

しかし、最近、こうした動きにも変化がみられる。第一に、高齢者住宅・施設市場の拡大を背 景に事業規模を拡大させようとするオペレーターは、自己保有ではなく賃借による運営物件 拡大や、保有物件の売却資金により新たな物件を開発・取得する等の方法(資本のリサイクル)

を志向している。第二に、高齢者住宅市場における競合が激化しており、入居費用に占める 入居一時金比率の低下や入居一時金相場の下落がみられる。このため、施設取得費用の回 収が長期化しており、物件売却動機が次第に強まってきている。

こうした状況下で、オペレーターにとっての最大の懸念材料は、物件売却により新たに賃料 負担が発生することである。実際、オペレーターへのヒアリング調査でも、高齢者住宅の流動 化・証券化に伴って、経常的な不動産費用(賃料)の増加に対する懸念が示されていた。また、

物件売却にあたって、最近の不動産価格上昇を受けて高値で売れることを期待するものの、

その見返りとして過度に高い賃料負担を要求されるのではないかとの懸念も強い。したがって、

ヘルスケアリートがオペレーターから円滑に物件を取得するためには、オペレーターとの関係 を強化し、信頼関係を構築する中でこのような懸念を払拭していく必要がある。

実際のところ、昨今の高齢者住宅の取引市場では、買い主(リートを含む)は現行の賃料水 準を前提とし、期待利回りを下げることによって、高い価格で物件取得しているケースが多い。

将来の賃料増額を前提に高い価格を提示しているようなケースは少ないものと思われる。また、

運営が極めて重要な役割を果たす高齢者住宅・施設において、現行のオペレーターを賃料 増額要求等によって追い出すことは、現行のオペレーターの事業継続が危ぶまれるような事 態でもない限り、収益の安定性や競争力の観点から望ましくない。したがって、運営コスト(賃 料)増大に対するオペレーターの懸念が顕在化する可能性はさほど大きくないと思われる。

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