外界に生ずる事象は、それに直面する当人が予測可能だとは限らない。従っ て、そうした事象が生じたことを素早く感知し、それがどのようなものである かを確認する必要がある。そうしたことを実現するために、注意の制御のあり 方として、刺激によるbottom‑upの注意駆動が知られており、注意の捕捉と呼 ばれている。前章でも述べたように、注意の捕捉には刺激の変化が引き起こす ものと、何かユニークな特徴が環境中にあり、それが注意を引き付ける場合と があり、それぞれ周辺手掛を用いた空間的注意の実験と視覚探索事態での pop‑outとして空間的注意研究では盛んに研究されている。
空間的注意実験では、 M. Posnerの開発した手掛提示法がよく用いられてい る。この方法を用いた数多くの研究がこれまで行われて来ているが、周辺手掛 を用いた実験では、手掛が偶然以上にターゲットの位置を示さない場合でも、
SOAが300ms以下では促進が起こり、それ以上では抑制(inhibition of return)
が起こることが知られている。
この章の実験は、注意の自動的制御の結果としての促進と抑制が独立した要 因により制御されていることを示すことを狙っている。そのための1つの試み として、視覚探索実験のように、複数の枠を視野全体にランダムに配置するこ
とと、 Change Blindness実験で行われているような手掛提示とターゲット提示
の間に画面が明滅する条件(フリッカー法)を加えた実験を行った。
多くの枠を毎回ランダムに位置を変えて提示することにより、促進効果ある いは抑制効果のうち、複数の試行を跨いだ累積的な効果を抑制すること、ま た、ブランクを挿入することにより輝度変化による注意の自動的奪取
(attentional capture)を防ぐことを試みた。
【方法】
刺激:画面全体は灰色で、そこに凝視点を囲むようにランダムに10個の黒枠を 提示した。手掛はその内の1つが輝度増加を起こすことで提示した。ターゲッ ト刺激は、白い四角で、 10個の枠の1つに提示された。枠の位置は、試行ごと にランダムに変化した。
急性: soAは、 150msと350ms。手掛とターゲットの提示位置はランダムとした (cue validity = 10%)。被験者の反応は、ターゲットが提示されたら、なるべ く早くキイ押し反応を行うこと。なお、全体の6分の1の試行はcatch trialと
した。この時にはターゲットは提示されず、被験者はターゲットが提示されな い場合があるのでその時には反応を控えるようにと教示を与えた。
手掛提示のSOA以外に、通常のこうした注意の実験で一般的な手掛提示から ターゲット提示までの間に画面に変化が起こらない条件(Normal条件)と、そ の間にChange Blindness事態でのフリッカー法で用いられているブランク画面
が挿入された条件(cB条件)があった。ブランク画面は、 Change Blindness実 験で用いられる100msの持続時間とした。
被扱者:大学生、大学院生計16名が参加した。
【結果】
図3‑1を見ると明らかなように、 Normal条件では、ターゲット検出反応時間 は、 SOAが短い場合も長い場合も予想に反して手掛が提示された枠にターゲッ トが出た時の方がそれ以外の位置に提示された場合に比べ検出反応時間が遅く なり、これまでの空間的注意実験での手掛による促進効果は認められなかっ た。また、 CB条件では、手掛提示の効果は消失し、 SOAのみが反応時間に差を もたらした。
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図3‑1 :手掛のSOAととブランクの有無による検出反応時間への影響
【考察】
この実験では、凝視点の周囲に10個の枠を配し、その内の1つが輝度変化を 生ずることで被験者の注意を自動的に制御することを試みた。従来の空間的注 意実験の結果では、こうした自動的注意の捕捉を生む条件では、被験者の注意 は変化が生じた部位に自動的に向けられ、その結果として反応時間の促進が起 こるが、手掛が提示されてからターゲットが提示されるまでの時間が長くなる
につれ、むしろ抑制的な効果(inhibition of return)が優位となるとされてい
る。
しかし、本実験では、 SOAの増加に伴うそうした促進から抑制‑の移行は見 られず、抑制的な効果のみが見られた。さらにこの効果は、従来は促進効果が
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得られるとされているSOAが150msでむしろ強く、手掛提示位置‑の注意の自動 的移動を示す証拠は得られなかった。これ自体、従来の空間的注意の研究で得
られた結果とは一致せず、さらに検討を必要とする興味深い知見といえる。
さらに、手掛とターゲットの間にブランクを挿入したCB条件では、手掛提示 の効果は消失した。このことは、 Change Blindness事態で用いられているブラ
ンクを挿入することによる局所的変化信号の抑制が実際に注意の捕捉を抑制す
る効果があることが実証されたことを意味している。 l
なお、この刺激布置で通常の空間的注意実験で用いられるような凝視点の左 右に1つずつ枠を配した対照実験を現在行っているが、この場合にはこれまで の結果と同じく促進と抑制が見られるようである。
第4章 Magnocell山ar系の関与
前章の実験で、空間的注意での注意捕捉を促す輝度変化を伴う手掛提示が、
Change Blindness事態で用いられているような短いブランク画面を挿入するこ とで抑制されることが判明した。
ここでは、この研究の目的であるChange Blindness事態での変化の検出にお
いて刺激の変化に伴う注意の捕捉が重要な役割を果たしているという前提の下 に、そうした変化を伝達する信号系は、 Magno系であろうという仮説を確かめ る実験を行った。
【目的】
第1章でふれたように、赤い背景色はMagno系を抑制することが神経生理学 的実験や精神物理学的実験で判明している。ここでは、刺激の背景色を赤とL Magno系を抑制した場合と抑制効果がないと考えられる緑あるいは灰色を背景 色とした場合で、 Change Blindnessでの変化の検出がどのように変わるかを調 べる実験を行った。
【方法】
刺激:図4‑1に示したような刺激布置を用いた。典型的なchange Blindness実
験では、通常変化の生ずる場所は被験者には予め知らされていないが、この実 験では、上下左右の1/4視野の同心円状に並んだ●の中にリング状の刺激を配 置し、このリング状の刺激にのみ変化が生ずることを予め被験者に告げてあっ た。つまり、変化が起こる場所は4箇所に限定されていた訳である。我々のこ れまでの研究により、変化を特定の位置に限定しても、 pop‑outを起こさない
ように、周囲に変化後の刺激と同じ刺激をノイズとして予め付与しておけば、
ノイズの数に応じて検出に時間を要するようになることが確かめられている。
ここで用いた変化のタイプとしては、形の変化(リング状の刺激が星に変化 した)を用いた。以前の実験では、色の変化を用いたが、この実験では背景色 を操作する都合上、背景色とターゲットの問で色のコントラスト効果が生ずる ことでターゲットの変化の検出成績に影響がでないように、形の変化を用いる
こととした。
既に第1章でも述べたように、典型的なChange Blindness事態では、変化は
‑たん気がついてしまうと明白であり、それまで気がつかなかったのが不思議 に思えるほどのものである。従って、導入される変化は十分明瞭なもの(視覚 探索ではpop‑outするようなもの)であることが望ましい。変化が明瞭でなけ れば、それに気がつかないのは驚くべきことでもなんでもない。ここで導入し た変化は、周辺にノイズを付加していない条件では、最初の提示で(500ms以 内で)検出可能であり、十分明瞭な変化であると判断された。
予備的な実験で、画面全体を‑様な背景色とした場合、背景色の違いによ り、ターゲットを含む刺激の見かけのコントラストに違いがあったので、ここ では、ターゲットを含む刺激布置(各1/4視野に配置された●及びリング)の 部分は、背景色を抜き、黒い画面とすることにした。従って、黒いドーナッツ 状の領域にターゲットを含む刺激が置かれた刺激布置となった。
画面全体を特定の色で覆わなくても、赤色によるMagno系‑の抑制は生ずる ものと判断した。というのは、生理学的実験により、赤色が抑制を及ぼすの は、同心円状の受容野構造を示す外側膝状体のニューロンに対し、周辺部に赤 い色を提示し中心部(on‑center)は別の刺激が提示されていた実験条件であっ たからである。
刺激は、 200msのブランク画面を挟んで500ms提示され、このサイクルが繰り 返された。最初の数サイクルは変化がない状態で繰り返した後、変化がある画 面とない画面が被験者の検出反応が起こるまで交互に繰り返した。
図4‑1 :実験に用いた刺激布置(背景色が灰色の場合) ノイズが2個の条件で変化が左上の視野で起こった状態を示した。
条件:実験条件としては、背景色として3色(赤、灰、緑)があり、タ‑ゲッ
トを取り巻くノイズの数として4条件(0, 1, 2, 4)があった。図4‑1
は、背景色が灰色で、ノイズが2個の場合を示した。なお、ノイズの配置は、
完全なランダムとはせず、ターゲット領域を挟むようにあらかじめ設定した位 置から選んだものを用いた。
手続き:被験者には、ドーナッツ状の領域中にある4つのリングのうちの1つ が星に変化するので、それに気がついたらなるべく早く変化した位置に対応す るキイを押すようにとの教示を与えた.用いたキイは、 Ⅰ,J,E,Fで{1それぞれ 右上、右下、左上、左下に対応させた。従属変数としては、反応時間を用い、
変化が生じてから被験者がキイを押すまでの時間をmsec単位で測定した。な お、被験者の眼球運動は制限しなかった。
被験者:被験者は、我々の研究室の大学院生及び職員6名であった。
【結果】
得られた結果を図4‑2に示した。これまで我々が行ってきたこのような人工 的な刺激布置を持ちいた実験と同様に、被験者が検出に要した時間は、背景ノ イズが増えるに従って増加する傾向を示し、ノイズがある条件ではChange Blindnessが生じていると判断された。
背景色の影響は、ノイズが4個の場合に顕著であり、赤を背景色とした条件 では、灰色や緑が背景色の場合に比較し、検出に要した時間が大幅(約400ms 程度)に増大していた。
以上の結果は、 2要因(ノイズ数と背景色)の分散分析でも確かめられ、ノ
イズ数の主効果(F= 12.48, dT= 3/15, p.く.001)、及びノイズ数と背景色 の交互作用が有意となった(F= 4.92, df= 6/30, p.く.005)o 背景色の主効