第三章では,赤ワイン醸造においてフェノール化合物,特にタンニン(PA)が果皮由 来の不溶性化合物に再吸着することが明らかにされた.赤ワインを醸造する際,原料ブ ドウの品種や産地,熟度などにより,マストのpHは変化する.また,醸造中に生成す るエタノールが様々な化合物の抽出機構に影響を与えることは容易に想像できる.しか し,フェノール化合物の吸着活性を調べた先行研究では,pH やエタノール濃度を固定 して行った報告はあるものの,醸造によって変化するpHやアルコール濃度などの変化 が,吸着活性にどのような影響を与えるのかは明らかにされていない.吸着活性に影響 を与える要因を特定できれば,フェノール化合物の抽出機構の解明や,ワイン製造に適 した果汁の調整技術の開発および科学的理解に大きな知見を与えると考える.
本章では,CSやMBAの不溶性化合物(果皮・果肉・種子由来)のタンニンやアント シアニン類であるフェノール化合物に対する最大吸着能と吸着条件を明らかにするこ とを目的としてモデル系実験を行った.
第一節 試料と方法
1. 試料ブドウ
試料ブドウには,2015年9月24日に山梨大学生命環境学部附属小曲農場で収穫され た赤ブドウ2品種を供試した(表4-1).
表4-1 試料ブドウ
品種 樹齢(年) 台木 Cabernet Sauvignon (CS) 7 Teleki 5BB
Muscat Bailey A (MBA) 7 Teleki 5BB
37 2. 試薬
2-[4-(2-ヒドロキシエチル)-1-ピペラジニル] エタンスルホン酸(HEPES)
特級 ナカライテスク株式会社 アセトン 特級 富士フイルム和光純薬株式会社
2-アミノ-2ヒドロキシメチル-1,3-プロパンジオール(Tris)
特級 富士フイルム和光純薬株式会社 フェノール 特級 富士フイルム和光純薬株式会社 エタノール 特級 富士フイルム和光純薬株式会社 メタノール 特級 富士フイルム和光純薬株式会社
クロロホルム 一級 関東化学
ヘキサン 特級 富士フイルム和光純薬株式会社 酒石酸水素カリウム Guaranteed Reagent ナカライテクス株式会社
塩酸 特級 富士フイルム和光純薬株式会社
炭酸ナトリウム 特級 富士フイルム和光純薬株式会社 フォーリン・シオカルト試薬(F-C試薬) 富士フイルム和光純薬株式会社 没食子酸 Extra Pure Reagent ナカライテクス株式会社 牛血清アルブミン,コーンフラクションV,pH 7.0
生化学用 富士フイルム和光純薬株式会社
酢酸 特級 富士フイルム和光純薬株式会社
塩化ナトリウム 特級 関東化学株式会社
水酸化ナトリウム 特級 富士フイルム和光純薬株式会社 トリエタノールアミン(TEA) 特級 富士フイルム和光純薬株式会社 ドデシル硫酸ナトリウム(SDS)一級 富士フイルム和光純薬株式会社 塩化第二鉄六水和物(FCR) 特級 富士フイルム和光純薬株式会社
3. 機器
電子天秤 SHIMAZU AUW-220D 遠心分離機 HITACHI CF-16-RN ホモジナイザー POLYTRON PT 10-35 GT
38 グラインダー NATIONAL MX-C-X103-D
振とう機 YAMATO SCIENTIFIC CO., LTD BW-400 凍結乾燥機 TAITEC VD-800F FREEZE DRYER ウォーターバス YAMATO THERMO-MATE BF400
HPLC JASCO MD-2018 PLUS PHOTODIODE ARRAY DETECTOR
エバポレーター EYELA ROTARY EVAPORATOR N-1000 アスピレーター EYELA A-1000S
pHメーター HORIBA pH/COND METER F-54
吸光光度計 HITACHI SPECTROPHOTOMETER U-2900 試験管ミキサー TAITEC CO., LTD SE-04
4. 分析方法
4-1 ブドウ果皮由来フェノール化合物の抽出および分画(Kennedy and Jones; 2001)
A) 試薬の調製
・ アセトン溶液(2:1 (v/v) acetone:water)
アセトン2000 mL,逆浸透水1000 mLを混合し,メンブランフィルターでろ過を
した.
・ エタノール溶液(13% (v/v))
エタノール130 mLに逆浸透水を加え1000 mLにメスアップし,メンブランフィ ルターでろ過をした.
・ 1:1 (v/v) MeOH:water containing 0.1% TFA
メタノール1000 mL,逆浸透水1000 mLを混合し,TFAを2 mL加え,よく混合 し,メンブランフィルターでろ過をした.
・ 2:1 (v/v) acetone:water containing 0.1% TFA
メタノール2000 mL,逆浸透水1000 mLを混合し,TFAを2 mL加え,よく混合 し,メンブランフィルターでろ過をした.
39 B) 操作
① ブドウ果皮が浸るようにアセトン溶液を入れ,室温で24時間撹拌と振とうを行った.
② ロータリーエバポレーターを用いて,35℃にてアセトンを除去し,その後少量の メタノールを添加した.
③ Toyopearl HW 40-Fをメタノールおよび逆浸透水にて洗浄し,カラムに充填した.
④ Toyopearl HW 40-Fは1:1 (v/v) MeOH:water containing 0.1% TFA溶液をカラム体積 の3倍量流し平衡化した.
⑤ ②を1:1 (v/v) MeOH:water containing 0.1% TFA溶液に溶解し,平衡化後のカラムに アプライした.
⑥ 1:1 (v/v) MeOH:water containing 0.1% TFA溶液を流し,アントシアニン画分を溶出 した.
⑦ 続いて2:1 (v/v) acetone:water containing 0.1% TFA溶液を流し,タンニン画分を溶 出した.
⑧ それぞれの画分についてロータリーエバポレーターを用いて,メタノールまたは アセトンを除去し,それぞれアントシアニン画分,タンニン画分とした.
4-2 ブドウ果皮・果肉・種子由来不溶性化合物(IC)の調製(Bindon et al., 2010)
A) 試薬の調製
・ 40 mM HEPES溶液(pH 7.0)
9.53gのHEPESを1 Lの逆浸透水に溶解した.
・ 70 % (v/v) アセトン溶液
アセトン70 mL,逆浸透水30 mLを測りとり,混合した.
・ フェノール-0.2 Mトリス‐塩酸緩衝溶液(pH 6.7)
2.4gのトリスを60mLの逆浸透水に溶解させて,塩酸でpH 6.7にメスアップした.
フェノールを1/4量混合し,激しく撹拌したのち遠心分離を行い,下層部を使用した.
・ 80 % (v/v) エタノール溶液
エタノール80 mL,逆浸透水20 mLを測りとり,混合した.
・ 1:1 (v:v) メタノール:クロロホルム溶液
メタノール50 mL,クロロホルム50 mLを測りとり混合した.
40 B) 操作(果皮由来ICの精製)
① 凍った果皮を70 % (v/v) アセトン溶液に浸漬した(24時間).
② アセトン溶液を除いた後,蒸留水で洗浄した.
③ 果皮をホモジナイズ(8000rpm,20分間)した.
④ フェノール-0.2 Mトリス‐塩酸緩衝溶液を加え洗浄した.
⑤ ④の不溶性画分に80 % (v/v) エタノール溶液を加え,2回洗浄した.
⑥ ⑤の不溶性画分にアセトンを加え,石炭酸を取り除く作業を3回行った.
⑦ ⑥の不溶性画分に1:1 (v:v) メタノール:クロロホルム溶液を加え,ゆっくり30分 間振とうさせた.
⑧ ⑦の不溶性画分を凍結乾燥し,液体窒素中で粉末化して果皮由来不溶性化合物とし て以降の実験に用いた.
C) 操作(果肉由来ICの精製)
① 冷凍状態のブドウ果肉をホモジナイズ(8000rpm,20分間)し,液体状にした.
② 直ちに40 mM HEPES溶液を①で得られた液体状のものと同量添加した.
③ 撹拌(4℃,15分間)した.
④ 遠心分離(4℃,8000g,20分間)した.
⑤ 70 % (v/v) アセトン溶液に④で得られた沈殿物を加えた.
⑥ ⑤のアセトン溶液を除いた後,蒸留水で洗浄した.
⑦ ⑥の不溶性画分にフェノール-0.2 Mトリス‐塩酸緩衝溶液を加え洗浄した.
⑧ ⑦の不溶性画分に80 % (v/v) エタノール溶液を加え,2回洗浄した.
⑨ ⑧の不溶性画分にアセトンを加え,石炭酸を取り除く作業を3回行った.
⑩ ⑨の不溶性画分に1:1 (v:v) メタノール:クロロホルム溶液を加え,ゆっくり30分 間振とうさせた.
⑪ ⑩の不溶性画分を凍結乾燥し,液体窒素中で粉末化して果肉由来不溶性化合物と して以降の実験に用いた.
41 D) 操作(種子由来ICの精製)
① 乾燥したブドウ種子を70% (v/v) アセトン溶液に浸けた(3日間).
② ①の種子をグラインダーで粉末化した.
③ ②の粉末種子をヘキサン,70% (v/v) アセトン溶液,1:1 (v:v) メタノール:クロロ ホルム溶液で複数回洗浄した.
④ ③の粉末種子を,さらに液体窒素中で粉末化して種子由来不溶性化合物とした.
4-3 各種モデルワインの調製 A) 試薬の調製
・ モデルワイン
120 mLのエタノールと800 mLの逆浸透水を混合し,5.0 gの酒石酸水素カリウム
を添加し,スターラーで攪拌し溶解させた.1N 塩酸でpH 3.3となるように調整し た後,逆浸透水で1000 mLにメスアップした.
上記のモデルワインの調製法を基本として,pH調製時に後の実験の反応時のpHを 考慮した上で,pH 3.2~6.0のpHのそれぞれ異なるモデルワインを調製した.また,
エタノールと逆浸透水の比率を変えることで,アルコール濃度が0%~14%のモデル ワインを調製した.pHの調製は,適宜塩酸水溶液または塩化カリウム水溶液を用い た.
4-4 全フェノール濃度(Total Phenol: TP)(フォーリン・シオカルト法)
第二章6-3を参照.
4-5 BSA結合性タンニン(Proanthocyanidin: PA)濃度(BSA沈殿法)
第二章6-4を参照.
4-6 HPLCによるアントシアニンの分析 第三章 7-5を参照.
42
4-7 ブドウ果皮・果肉・種子由来ICへのフェノール化合物の吸着実験
4-2で精製したブドウ由来IC(50 mg)とフェノール化合物(10 mg)を異なるpH(反
応時pH 2.9~4.2)およびアルコール濃度(0~14%)のモデルワイン(10 mL)中で32℃
にて 1 時間反応させ,遠心分離を行い,得られた上清の全フェノール濃度を F-C 法,
BSA結合性タンニン濃度をBSA沈殿法,アントシアニン組成の分析を高速液体クロマ トグラフィー(HPLC)で分析を行った.
43 第二節 結果と考察
1. ブドウ果実からの不溶性化合物の回収率
CSおよびMBAの果皮,果肉,種子の生果重量および乾燥重量を表4-2に示した.CS はMBAよりも果粒が小さい特徴があるため,同じ重量だとCSはMBAよりも果粒数 が多くなり,結果として果皮や種子が多かった.果皮と種子由来ICの乾燥重量は,MBA よりもCSで多かった.果肉の生果重量は,果実重量の80%以上を占めた.しかし,生 果の果肉には多量の果汁が含まれているので,果肉から得られるICの量は,両品種に おいて果皮または種子から得られるものより少なかった.
表4-2 ブドウ果実の重量および不溶性化合物の乾燥重量
CS MBA
生果重量 (g/kg berry)
IC
(dry g/kg berry)
生果重量 (g/kg berry)
IC
(dry g/kg berry) 果皮
果肉 種子
129.4±8.7 829.2±24.1
41.4±3.6
8.7±1.1 2.7±1.4 10.4±0.8
101.7±9.0 871.8±19.2
26.5±5.5
6.1±0.9 4.6±1.5 6.1±1.8