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フレネは社会適応よりも大きな枠で「適応」を考えていた。

②   「適応」を自ら目指すことを重視 した。

以上

2点

を「興味の中心」、「機能主義教育」、「コンプ レックス」の批判的摂取 によ り導出 した と言 えるだ ろう。

6節  

「興味の複合」概念の興味論的位置付 け

本節では、「興味の複合」概念の興味論的位置付 けを試み る。

実際面における「興味の複合」とは何か、とい う問いには佐藤の回答によ り答 え得 る だろう。佐藤は、「興味の複合」における「複合」の意味は

2つ

あると言 う。

1つ

は「個 人の興味の追求の仕方における複合」、も う

1つ

は、「学級 内のひ と りひ と りの子 どもの 異 なる興味が複合 してい くとい う意味での複合」である。佐藤はまた、前者の 「複合」

2つ

に分 け られ ると言 う。問題の横 糸的 (関連領域 、学際領域

)な

展開 と、問題の縦 糸的 (専門的、歴史的

)展

開である。

つま り、個人の興味が生活 (自然や本 や他者 な ど)によ り有機的に複合 し、広 げ られ、

深め られてい く概念 を『興味の複合」 と呼んだのである。

理論面における「興味の複合」についても答 え得 る。これまで ドク ロリーの「興味の 中心」、クラパ レー ドの「機能主義教育」、ソ連の「コンプ レックス」の影響 を受けてい ることは上で見てきた。その結果 を、次の よ うにまとめることができる。

① ―フレネは「興味の中心』

=卜

号総括主義の点 (大間の根源的欲求

(=興

)か

ら学習― ――――――

を組織する点

)で

大きな影響 を受けている。 しか し興味を一点に決定することに反 対 している。つま り、「手段 としての興味」をフレネは批判 している。

② フレネは「機能主義教育』か ら「 目的としての興味」を目指す点で大きな影響を受 けている。散漫する興味をいかに集約 してい くか、並びに、興味を生活か ら導出 し、

生活そのものを目的とする点においてフレネの「興味の複合」 と一致する。

③ フレネは「コンプレックス」か ら、特に自治が活発に組織する方法 としての興味を 見出 している。また、社会 との有機的な関係において機能する学校 としての理想像 を描いている。 しか し、フレネは「社会的、共産主義的育成 を目指す仕事の手法」

を教育 目標に含む「コンプレックス」並びにプロレタ リアとの距離 を次第に置 くよ うになる。

以上を長尾による興味論の俎上に乗せると次のことが言える。

① フレネの「興味の複合」は、興味主義 と鍛錬主義の統一の系譜(「目的 としての興味」

の系譜

)に

位置づ く。

② フレネの「興味の複合」は社会適応を内包する世界への適応 を主体的に目指す 自己 活動の概念である。

以上の興味論を踏まえ「興味の複合」を図示すると次の図

6の

ようになる。

興味の複合

フ レネは「学校的インタ レス ト」と して「手段 と しての興味」を否定 した。興味 を重

̲̲蜆

↓ながら、対象客固定車るこ とを否定した

0睫

ある。対 象は学校の外から敦歩 教室

(巨

̲

)や

他者、本な どによ り持 ち込まれ る。学校 はできるだけ世界 に近づけられ るが、危 険なものな どは学校の枠によ り排除 され る。また、学校 の枠 に向か う興味 とす ることに よ り、教育の所与性か ら脱却す ることを可能 にする。これ によ り「興味の複合」は社会 適応 (対

)を

主体的に選 び取 ることによ り「学ぶ」を獲得す るモデル とい う特徴 を獲 得す る。 この「興味の複合」が現代教育に どれだ けの示唆が あるか、次章で考察す る。

終章   「興味の複合」概念の可能性 と限界

本章 では、 これ まで見て きた 「興味の複合」概念の有効性 を探 る。「教 える一学ぶ」

関係論の現在 と照 らし合わせ、現代 日本 における「興味の複 合」概念の可能性 と限界 を 探 る。

1節  

現代 日本の教育問題に対す る「興味の複合」概念の示唆

本節 では、戦後 日本教育の歴史的経緯 と「興味の複合」概念形成の歴史的経緯 を対比 し、 日本における興味を重視 した教育の必要性 を示唆す る。

1872年

に学制が発布 され て以来、日本では「教 える一学ぶ」関係 を基礎 と した近代学 校の基礎が時間 をか けて作 り上 げ られていつた。第

2次

世界大戦 を経 る頃には 日本の子 どもは学校へ行 くことが当た り前 と認識す るよ うにな つた。「産業革命以降は、明確 な 意 図 をもって必要 な知識 を教 える ことだ けのための特別 な時空間 を設 けて文化伝達 を 組織化 した場1」 と しての、近代学校の形が明確 なもの とな ってい く。

近代学校の土台は能力

=学

力観である。能力 (学

)に

よつて人 を選別す ることによ つて国民の上昇志向を刺激 し、国民全体の学習意欲 を高め、果ては 日本が飛躍的に近代 化す る ことに貢献 した2。 そ ぅして知識 によ り誰 しもが夢への挑戦権 を得 る ことの時代

とな った。競争主義は国民の基本生活 を飛躍的に向上 させた。

しか し、近代学校の成立 によ り「教 える一学ぶ」関係が固定化 され る中で、新 しい問 題 も浮かびあが つて きた。第

2章

で指摘 した「従属 した主体」としての近代教育におけ る子 ども観3は、日本においてもあてはまる。例 えば「学校 に行 くことが普通 になるや子 どもは学校 に行かな くな つた4」 とぁるよ うな不登校 問題 である。上昇志向は誰 しもが 持ち うるものではない。選抜試験の通過の能力を学 力 と して設定す ることによ り、学 カ ーーーーを持 てるものを持たぎるものを必然的に生み 出す置とにな

&学

芳意向の加無は持てる もの と持た ざるものの間に経済格差 を生み出す。例 えば「子 どもの貧困」が 日本 におい ても近年取 り沙汰 されている。い じめや青少年の 自殺 といつた問題 も日本教育の間 とし て未 だ多 く存在す る。こうした近代教育成立後の 日本の学校 にある闇の部分 を見てみ る

1木村元『 学校の戦後史』岩波書店、2015年 、22買 。

2水原克敏『 学習指導要領は国民形成の設計書―その能力観 と人間像の歴史的変遷』東北大学出版会、2010年 、10

3日頁。中毎実「教育関係の歴史的生成 と再構成J原聰介、宮寺晃夫、森田尚人、今井康夫編『近代教育思想を読み直す』

新曜社、1999年 、187買 。

4木村元『学校の戦後史』岩波書店、2015年 、15頁 。

と、フランスにおける近代教育成立後の均質化による競争状態 と驚 くほ どよ く似ている。

また、序章で挙 げた情報消費社会の文脈 で考 える と、情報 に浴れ る社会において親や 教師の絶対的価値観 を子 どもに押 し付 けることが不可能 な時代 を迎 えている と言 える5。

教師が い くら絶対的存在 と して子 どもの前 に君臨 しよ うと しても、多様な価値観 に溢れ る世界の前でか りそめの権威 と してその仮面は剥 ぎ取 られて しま う。

絶対的な対象

=社

会適応が揺 らいでいるこの時代、前章 で見た よ うに、「興味の複合」

による、「社会適応 (対象

)を

主体的に選 び取 ることによ り『学ぶ』 を獲得す る

(67

)」 ことが求め られているのではないだ ろうか。換言すれ ば、教育の「教 える」に込 め られ た間に対 して「興味」を用 いて立 ち上が った フ レネの姿勢は「教 える」の揺 らぐ 日本の教育 に示唆 をもた らす と言 えるのではないだ ろ うか。

次節 において、「興味の複合」概念 を「教 える一学ぶ」関係の文脈 で捉 え、「興味の複 合」概念の可能性 と限界 を示す 。

2節  

「教 える一学ぶ」関係 に対す る「興味の複合」概念の可能性 と限界

(1)「

教 える」を辞める

フ レネは伝統的教授法の批判 の文脈 において次のよ うに言 う。

授業の根本的な欠陥は、何 ひ とつ知 らないとみ なされ た生徒たちが、何でも知 つて いるか、あるいは知 つているつも りの先生に管理 され る とい うところにある6。

教師が 「(劇場の

)機

械で降 りて来た神」(Deux ex machina)と して君臨 し、 この 神 (教師

)な

しには何 も始 ま らない7.

フ レネは上記のよ うに伝統的学校 における教師の姿 を批判 しなが ら、自転車 に乗れ る のは練習 しなが らであるとい う例 を挙 げ、「教 える」ことの限界 を指摘 している8。 っま

り、 フ レネは「教 える」の不完全性 を自党 していた。 さらに、

5例えば、広田照幸は子 どもの情報環境 を親が完全にコン トロールす ることは不可能であるとしている。(広田照幸『 日 本人の しつけは衰退 したか』講談社、1999年 、189頁)。

6 Freinet Ce:estin:Les techniques freinet de:'ecoie moderne:Armand Ca:in,1964(石 川慶子、若狭蔵之助 訳『 フランスの現代学校』明治図書、1979年 、57頁)。

7 Freinet Ceiestin"‖ oderniser l'Ecole,Bib:iothё que de:'Ecole moderne",C.E.L.1960.宮 ヶ谷徳三訳

『仕事の教育』明治図書出版、1986年 、235頁)。

O Freinet Ce:estin:L'ecole moderne Francaise:Rossignole,1946(宮 ヶ谷徳三訳『新装版 手仕事を学校へ』

黎明書房、2010年 、39頁)。

伝統的教育法は、教師の尊大な権威 を上台に している し、当然の帰結 と して教帥対 生徒の対立 を生み出す9。

われわれの学級経営 にこれ ほ ど有害な、この教師一 生徒の対立関係が伝統的な教育 方法によつて注 ぎ込 まれた ものだ とす るな ら、この方法 を変えなければな らなしJO。

ここか ら、フ レネは「教 える一学ぶ」関係の再構築 を模 索 していた と言 える。「教 え る一学ぶ」関係の再構築の模索の結果、フ レネは「教 える」主体の授業を辞 める11。「教 える一学ぶ」関係において、「教 える」 を辞めることは「相互主体的関係」 を持つ こと を意味す る。松浦は「相互主体的関係」は一般的人間関係 に霧散 し「教師一生徒」関係 は保 つ ことがで きないと言 う12。 そ こで、第

1章

ではメンチ ェや岡田の論 に依拠 しなが ら力動的な関係 を持つ ことを提案 した。力動的な関係では場面に応 じ「教 える」と「学 ぶ」を使 い分 ける。しか し、フ レネは「教 える」主体の授業 を辞め ると した。以下、「教 える」 を辞めて「学ぶ」は成立す るのか を、「救助

=柵

」、「実験的手 さ ぐり」、「仕事

=

遊び」 といつた フ レネの思想 を中心に見てい く。

(2)規

律 と権威

フ レネは規律 と権威について次のよ うに述べ る。

真の規律 とは外か らの既成の規則に従 つて、禁止 と罰 を伴 つて作 られ るものではな いとい うことをは つき りさせ よ う。それは優れた共同活動の組織 とクラスの精神的 な雰囲気か ら自然な結果 と して生まれ るものである。クラスがよ く構成 され ている とき、子 どもたち全員が、個人的に、あるいはグルー プで、クラスの生活の中に位 置付 いた興味深 い活動を持 つている とき、ほ とん ど理想的 とも言 える調和 を作 り出 せ るということが、経験 を通 して言 えるのである。活動の中に断絶が あつて、子 ど

O Freinet Ce:estin"Hoderniser i'Ecole,Bib:iothttue de:'Ecole‖ oderne",C.E.L.1960.(宮 ヶ谷徳三駅

『 仕事の教育』明治図書出版、1986年 、243頁)。

Ю Freinet Ce:estin"Hoderniser l'E∞ :e,Bibliotheque de l'Ecole‖ oderne",C.E.L.1960.(宮 ヶ谷徳三訳

『 仕事の教育』明治図書出版、1986年 、244頁)。

:1フ レネはレッスン (ielons)を 辞めると宣言する。フレネが辞めると言つたのは、伝統的教授法による一斉授業で あ り、それに由来する宿題であつた。授業を辞めることで、「あなたの言 うことなど全然聞きたいとは思つていない子 どもたちに、指導要領や時間割に組み こまれた教科内容を説明するために大声を出 した り、神経を擦 り減 らすこともな くなるJと言 つている。(Freinet Celestin"P:us de manuels sco!airel Plus de le9ons!" Brochure

d'Education NouveHe Populaire,1937.(宮ヶ谷徳三訳『新装版 手仕事 を学校へ』黎明書房、2010年 、131買)。

:2松 浦良充「教育関係論から「学び」論へ『近代教育フォーラム』第 11号 、2002年、113‑i14頁 。

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