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バックヤードの人間でも エクスタシーを感じることが

ドキュメント内 FOR ARTISTS AND PRODUCTIONS (ページ 40-43)

できることに気づいたんです

ければなあって思いましたね。音楽の 仕事でメシ食っていこうと思った、すご く大きなきっかけでした」

─ 就職活動はどのようにされたんです か?

「卒業見込みが出てなかったので一 般企業は受けられなかったんですが、

渡辺プロダクションはオープンに新卒 募集してたんですよ。山下久美子さん と植木等さんは当時、渡辺プロダクシ ョンに所属していたのでスタッフの方も 知っていましたけど、コネなど使わず、

正規のルートで入社試験を受けました。

20数回の面接の末、最終的に重役面 接まで行きましたが、そのとき書類に、

自分の長所は瞬発力があることで、短 所は持久力がないことって書いてたん です。すると渡邊晋社長が この業界 で仕事するのに持続力は一番大事な ことだけど。きみ、どうするんだ? と。

不意打ちだったので、とっさに 瞬発力 の繰り返しで補います! って答えたら ドッ と受けたんですよ。それが良かった のかどうかわかりませんけど(笑)、無事 入社することができました。当時はノン ストップというセクションがあって、入社 から3年間、そこで松岡英明の現場マ ネージャーをやりました。当時、松岡は エピックソニーだったんですけど、TM

NETWORKや渡辺美里や佐野元春と 一緒の頃ですね。勢いのあるレコード 会社の空気感のなかで最初の仕事が できたので、高いところで初期設定で きたのはすごくラッキーだったと思って います」

─しかも、あの頃はビジネス的な側面 と文化的な側面を両立、共存させられ ていましたからね。

「そうなんですよ。音楽に対してすごい 情熱を持った人たちがいっぱいいたし、

ノウハウの部分でも革新的なことをい ろいろやってましたから。そういう気風 みたいなものを直に感じることができ たんですよね。あと、ビデオコンサート などで自分の担当するアーティストのレ コードが売れていく姿を目の当たりに できてたのはすごく良かったですね。音 楽が売れていく感覚というか、臨場感 みたいなものをちゃんと知ることができ て。タイアップ全盛の時代になってくる と、どこで誰が何を買ってるかっていう のが見えなくなっちゃってましたからね」

─ その後、ヒップランドミュージックに 移られ、CURIOを1から武道館アーティ ストにまで育て上げ、1998年にはBUMP OF  CHICKENのマネージメント会社と してロングフェローを立ち上げられた。そ もそも野村さんとバンプとの出会いはど

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渡辺プロダクション時代

BUMP OF CHICKENとの出会い

ういう感じだったんですか?

「僕の手元に1本のカセットテープが 来たんです。聴いたらもう一発で、すご いアーティストだなと感じました。彼ら が18歳ぐらいだったと思います。僕は、

3年ごとぐらいに音楽のセンスや価値観 の違う世代が出てくると思ってるんです が、バンプは明らかに新しい時代の価 値観やセンスを持ってるなと思いました ね。それがまずサウンド面に表われてる のが衝撃的でしたし、歌詞も素晴らしか った。聴いたのは『アルエ』という曲だ ったんですが、 アルエ という主人公の 女の子が時間の経過のなかで変化す る感情の表現方法、そのなかで コス モス というアイテムと関連させてより印 象を明確にしていくその表現方法はす ごい才能だと思ったんです。もちろんボ ーカル藤原の声の質も素晴らしかった し、説得力もあった。すぐ、このアーテ ィストとかかわりたいと思いました」

─ 4人に初めて会ったときの印象はど うでしたか?

「本当に普通の少年でしたね。幼稚 園から一緒ということで、4人がかもし 出す友達感や空気感がすごく良かった し、人に与えるイメージというのが非常 にいいなという印象がありました。でも、

自分たちの考え方をきちんと明確にで きる主体性を持った人たちでした」

─ 新しい世代の新しい音楽ですか

ら、戦略も含めていろいろとお考えにな ったと思いますが、オリジナリティもあり、

意志を強く持ったバンドとやっていくの はおもしろくもあり大変でもありますよ ね。スタッフとして、当初は葛藤などもあ ったんですか?

「でも僕は当時、ちょうどそういうアー ティストに出会いたいと思っていたし、

バブルの時代を抜けて、タイアップもの の 曲ヒット が多かった時代だったの で、音楽が消耗品になってるなって思 っていたんです。そのことに対して何か 問題提起をしなきゃいけないと思って いた時期だったんですよ。自分が今ま でやってきた仕事に関して、なんかちょ っと違う感じになってきたなと思ってい たんですが、何をどうしたらクリアできる かって考えてたなかで、バンプみたい な、等身大そのものが非常に魅力的 なアーティストに出会えたことがすごく 良かった。彼らはそれを打ちのめして打 破してくれるアーティストなんじゃないか なって感じたんですよね」

─ 納得いくまで曲は出さないし、それ によってツアーの予定が変更になること もありますけど、必ずや期待に応えるも のを作ってきてますよね。スタッフとして は大変だろうなと思いますが。

「大変ですけど、そもそも僕が彼らに 純粋性と革新性

最初に出会って仕事を始めようとした とき、いつまでにCDを出さなきゃいけ ないとか、どこどこでいつライブをやら なきゃいけないとかっていうやり方みた いなものに疑問を感じていた時期だっ たので。そういうふうにやらなくても、音 楽ってもっと違う大事なものがあるんじ ゃないかって、彼らと出会って思えたん ですよ。それは、BUMP OF CHICKEN という、才能も魅力もあるアーティスト に出会えたことによる僕のなかの大き な変革でしたよね」

─ なるほど。ところでバンプは韓国で もライブなどやられていますよね。

「バンプは歌詞の部分で評価されるこ とが日本国内では多いんですけど、そ うじゃない、まったく言語が通じないよ うなところでどういう反応をしてもらえる

んだろうってところを確かめたかったん ですよね。言葉の通じない海外での熱 狂的な反応からは、改めて音楽の持っ ている力を感じることができます。バン プのメンバーも普段とは違う刺激を受 けていると思います」

─ 今後、バンプに関してはどのように やられていこうとお考えですか?

「どれだけマイペースで、今まで通りや れるかってことですね。期待を裏切り ながら、期待に応えていくアーティスト だと思うので」

─ では最後の質問になりますが、この 業界に入って憧れのチャボさんにはお 会いになられたんですか?

「あえて会わないようにしています。あ れはもう、僕の一生の思い出にしてお こうと思ってますから(笑)」

profile

1962年生まれ。東京都出身。明治大学卒業後、渡辺 プロダクションに入社。松岡英明の担当を経て、1989 年にヒップランドミュージックに入社。東京少年、アッ プビート、CURIOなどを担当。1997年よりBUMP  OF CHCIKENに携わる。現在ヒップランドミュージック執 行役員、ロングフェロー代表取締役社長。

www.bumpofchicken.com www.hipland.co.jp/

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