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ドキュメント内 学位の分野 社会学 (ページ 70-90)

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Ml 図2‑3  唐 桑 町 半 島部 の 地 形 図 ( 国 土 地 理 院 、1/25,000 、1972 年 ) 戸 ゛

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人 口は9,036 人 (男4,351 人 、 女4,685 人 )、 世 帯数 は2,269 戸 で 、 世 帯 当 た り 人 口4.0 人 く16) とな っ て い る (1999 年10 月31 日卜 ≒ 産 業 構 造 につ い ては 総 数4,664 人 の うち 、 第1 次産業1,977 人 (42.4% )、 第2 次 産 業1,101 人 (23.6%)、 第3 次 産業1,585 人 (34.0% )、 分 類不能I 人 で あ り 、そ の うち 第1 次 産 業 に つ い て は農 業231 人(11.7% )、林 業11 人(0.5%)、

漁業1,735 人 (87.8%) と なっ てお り 、 沖 合 、 遠 洋 を 主 と す る 漁 業 が中 心で あ る (1990 年 国勢調 査 )。 沖合 で も1‑2 ヶ月 、 遠 洋 で は1 年 以 上 とい っ た よ うに 、 漁業 に 従 事 す る 男 性 が家 に い る 期 間 は 非 常に 短 く 、 こ の 事 が女 性 達 の 信仰 心に 少 な か ら ぬ影 響 を 与 え て い る と い う事 も言 わ れ る[ 唐 桑 町 商 工 会 1994 頃:6‑7]。 ち な み に 、 全 町 の農 業 に 関 し て はや や 古い デ ー タ (1985 年 農 業 セ ン サ ス ) し か 入 手 し て い な い の で あ る が 、 そ れ に よ れ ば 経 営 耕地 面 積 は 総 計191ha 、 そ の うち 田41ha 、 畑146ha 、 樹園 地4ha で あ り 、農 家 総 数 は フ44 戸、 うち 専 業12 戸 、 第1 種兼 業6 戸 、 第2 種 兼 業72(χこ 右 な っ てリ 駈   

しびたて もうね 次に 地 区 構 成 で ある が 、唐 桑 町 は12 の 地 区(崎 浜 、松 圃 、中 井 、小 鯖 、中 、鮪 立、舞 根 、 宿、 石 浜 、 只 越 、 館 、 大 沢) に 分 か れ る(18)。 明 治25   (1892) 年 の行 政 区 制 施 行 の 際 に こ

れら12 地 区 はそ れぞ れ行 政 区 と な り 、「中 井 区 」 の よ うに 呼 ば れ た。 現行 の行 政 区 は そ れ らの「 区 」 を3 か ら5 区 に 分 け た も の で 、 行 政 区 は 更に3‑6 組 の 隣組 に 分 か れ る 。

宗 教 ・ 民 間 信仰 に つ い て 見 る と 、 仏 教 寺 院 はい ず れ も 曹 洞宗 の地 福 寺 、 洪 竜 寺 の2 ヶ 寺 の み があ る。 そ れ ぞ れ 明 治22   (1889) 年 、 市 町村 制 の 実 施 と 共 に 合 併 さ れ た 旧唐 桑 村 、 旧小 原 木 村 に あ る 事 か ら 、 元 々 一 村 一 ヶ 寺 で あ っ た 事 が 分 か る。 神 社 本 庁 所 属 の神 社 は 御 崎神 社 、 早馬 神 社 、 加 茂神 社 、 八 雲 神 社 の4 社 があ る。 こ れ ら の 寺 社 の祭 祀 に は、 オガ ミ サマ ・ ミ コ サマ 等 は 関 与 し な い。ど の 世 帯 も 神 棚 は 非 常 に 大 きく「天 照 皇 大 神 」を 祀 る他 、 各種 の 札 を 並 べ 、 ま た 様 々 な 装 飾 が 施 さ れ て い る。 ま た 、 各 世 帯で は そ の 他 に 「 オツ ク ラ サマ 」 と 呼ぶ 小 祠(19) を 屋 外 に 設 け て い る。 神 社 の う ち宮 司(20)がな く 「氏 神 」「産 土 神 」 と見 なせ る小 社 は町 内 に80 は あ る と され[ 唐 桑 町 商工 会 1994 頃:3]、孟 伊 ぞ れ 世襲 の「別 当」 が 管 理 し てい る。 こ れ ら 大 小 の 神 社 ・ 小 祠 にお 詣 り す る事 を 「お 参 詣 」 と 呼び 、 必 ず 米と 奏 銭 を供 え る(≒ ま た 、 オ シ ラ サマ を 祀 る 家 が数 多 く 存 在す る。

1‑2‑1‑2 村 落 構 造 : 特 に シ ン ル イ = 同 族に 関 し て

唐 桑 町 周 辺 で は 本 ・ 分 家 の 結 合 か ら な る 同 族 集 団 を 「シ ン ル イ 」 と 称 す る(≒ 一 般 に は「 大 本 家 」 と 「別 家 」(「 イ チ シ ン ル イ 」、「 ニ シ ン ル イ 」 のよ う な呼 び 方 が さ れ る 。) か らな り 、 階 層 的 な 構成 を 持 つ 。 こ れ は 、3 代 程 度 で 関係 が 切 れ る 「エ ン ル イ 」(こ 縁 類 : 姻戚を 含 む 広義 の 親 類 ) と は 異 な っ て 永続 的 かつ 固 定的 な も の であ る。 名 字 はシ ン ル イ 全 体を通 じ て 基本 的 に 同 じ で あ る が 、 異な る 場合 も あ る。 そ の機 能 は 相 互 扶 助 が中 心 で 、 財 産 分け もし た とい うが 、現 在 は 冠 婚 葬 祭 に 関 わ る の み らし い 。本家 の 権威 は 薄 れ てい る が 、 そ の責 任 は重 い と さ れる 。 葬 儀 は シ ン ル イ が 中 心 にな っ て 執り 行 な わ れ る。 シ ン ル イ の 規 模 は、 数 軒 か ら50 軒 ま で と 幅 広 く 、 各 世 帯 は 必 ず し も ま と ま っ てお らず 、 別 姓 の 混 在 も 見られ る。 分 家 が余 りに も遠 く に 移 る と、 シ ン ル イ と は 見な さ れな く な る 事 か ら 、 そ の 帰 属に つ い ては 系 譜 的 な 面 の他 に 地 縁 的 な 要 素 も 否 定 し 難い 。

同 町 で は全 般 に 行 政 区 や 隣組 よ り も シ ン ル イ が 中心 的 な 役 割 を果 た し てお り 、 こ の 社 会 は同 族 型 と見 な し て 良 い と考 え る(≒ 以 下 、 こ の 点 につ い て 詳 述 し たい。

日本 の村 落 構 造 に つ い ては 様 々 な 角 度 か ら 研 究 が な され て 来 た。 社 会 学 で は 有 賀 喜 左 衛 門に よ る 「同 族 団 」 と 「組 」 の2 類 型 の 提示 が な さ れ た。 即 ち 、「 私 は 日 本 にお け る村 落 の発 生 を 二 つ の 類 型 に お い て 捉 え る こ とが で き る と思 う。 一 は そ の 開発 者 の 同 族 団 に よ る もので あ り、 二 は 同 族 団 に よ るこ と な く 、 同 格 の農 家 の集 合 開 発 に よ る も の で あ る。 前 者 は家 の 本 末 の系 譜 関 係 を 根 拠 とす る 生 活 上 の 上 下 関係 を 基 準 と す る 聚 落的 家 連 合 で あ り 、 後者 は 平 等 対 等 の 生 活 関 係 を も つ 聚 落的 家 連合 で あ る。 便宜 上後 者 を 組 と呼 び たい 。」[ 有 賀 1948a   (1968):116] と。 福 武 直 は こ れ を 地 域 論 へ と 発 展 さ せ 、「同 族 結 合 と講 組 結 合 の二 類 型 は、 以 上 の 概 括 に よっ て 示 唆 さ れ る よ うに 、 地 域 的 に は 大 体 に於 い て東 北 型農 村 と西 南 型 農 村 に 、 ま た 平 地 農 村 と 山 間 農 村 に そ れ ぞ れ み ら れ る とい え よ う。」[ 福武 1948

(1976):37、40‑41] と 述 べ て い る。 ま た 、 磯 田 進 は 「家 格型 」 と 「 無家 格型 」 の2 類 型 を呈 示 し [ 磯 田 1951a]、 家 格 型 村 落 に は 更 に 同 族的 村 落 と非 同 族的 村 落 の2 類型 が あ る

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とす る[ 磯 田 1951b]。そ して 、同 族 型 村 落 で は 本 分 家 関 係 が 階 層 構造 を支 え てお り[同 ]、

また場 合に よっ て は擬 制的 親 子 関 係 ( 親 方 一 子 方 の よ う な 関係 ) がこ れ をF 補 充 」 し 、 非 同族的 村 落で は 「代 位 」 す る とい う[ 磯 田 1955]。

社会 人類 学 で は 年 齢 階 梯 制 を も視 野 に 入 れ た 観 点 か ら 、 磯 田 のい う 無家 格 型 に も 更に2 類型 が あ る とす る。 中 で も 蒲 生 正 男 は 階層 の 差 が 顕 著 に 見 られ る か否 かに よ り 「 上 下的 主 従的家 連合 」 と 「 対 等 関 係 の 組 結 合 」 に分 類 し 、 前 者 の 中 に① 同 族 原 理 が 顕 著 な も の (地 域的 に は 東 北) と ② そ れ に 代 わ る擬 制的 親 子 関 係 が 顕 著 な も の (北 陸 、 中 部 ) かお り 、 後 者につ い て は ③ 各戸 の 独 立 性 に 基 づ く 講 組 関 係 ( 関 東 、 近 畿、 中 国 、 四 国 ) と④ 各 戸 の 連 帯が強 固 で年 齢階 梯的 な原 理 が 顕 著 な も の (中 部 ・ 九州 ) があ る とい う4 類 型 を 提 示 し て いる[ 蒲 生 1960  (1978):72‑75]。

こ れ ら の 見 解 に 従 え ば 東 北 日本 に 属 す る 宮 城県 内 で は同 族 型 が顕 著 で あ り そ う だ が、 実 際には 講 組 型 、 同 族 型 、 或 い は 年 齢 階 梯 的 な 村 落 が 混 在 し て い る(≒ そ の 地 域性 を 宮 城 県北部 に つ い て 見 る と同 族 型 村 落 の 分 布 は 気 仙 沼 市 お よ び 本 吉 郡 北 部 に 限 ら れ て お り 、 福田ア ジ オ が 指 摘 し [ 福 田 1969:89‑91]、 筆 者 自 身 も 確 認 し た 通 り 、 県 北 部 沿 岸 地 域 で は 南下す る に 従い 、そ し て ま た 内 陸 部 の稲 作 地 帯 に 入 り 込 む に従 っ て 、 地 縁 的 な 結合 で あ る

「 契約 講 」、「 講 中 」 な ど と 呼 ば れ る 地 縁 的 互 助 組 織 が 社 会 の 中 心的 役 割 を果 た す 講 組 型 の村 落 を 見出 す 事 が 出 来 る(≒

付 け加 え る な ら ば 、 唐 桑 町 で は 地 縁的 互 助 組 織 と し て の契 約 講が 見ら れ な い の と並 行 し て、契約 講 地 域 で 見ら れ る観 音 講 の よ うな 安 産 祈 願 を 目 的 と し た 比 較的 若 い 女性 達 の 講や 、 高齢 の 女 性 に よ る念 仏 講 の よ うな か匹 を 筆 者 は 今 の 所 見 出し て い ない。 後 述 す るカ ミ サ7 アソバ セ や 、以 前 に 言 及 し た 「 春 祈 祷 」[ 平 山 ( 員 ) 1995a ] な ど を 執 行 す る 女 性 祭 祀集 団はこ れ ら の代 替 に なっ てい る 可 能 性 も あ る。

以 上 、 唐 桑 町 の 社 会 組 織 は 、 そ の 規 模 の 小 さい も の か ら 順 に家 、 シ ン ル イ 、 隣組 、 行 政 区、 地 区 、町 とな っ てい る。 なお 、 宗 教 面 で は こ の他 に4 社 の氏 子 組 織 、2 寺 の檀 家 組 織 や、 中井 そ の 他に 教 会 の あ る 天 理 教 の 信 者 も1 つ の集 団を なす 。 ま た、 後 に 述 べ る小 鯖 ・ 中井 両 地 区 内 の神 社 祭 祀 を 行 な う男 性 の 祭 祀 集 団 で あ る 「講 中 」、「 世 話 人 会 」 や 、 カ ミ サマ ア ソ バ セや 春 祈 祷 を 行 な うシ ン ル イ の 一 部 や 近 隣 か ら な る 女性 の祭 祀 集 団 が あ る。 そ して 、 こ れ ら の集 団 の そ れぞ れ の 単 位 に 対 応 し て 様々 な 祭 祀 が 存 在 す る の で あ る。

1‑2‑1‑3 小 鯖 地 区 、 中 井 地 区 の 概 要

ここ で は 、 調 査 の 中 心 で あ っ た 小 鯖 、 中井 両 地 区 の 人 口 統 計的 デ ー タ、 産 業 構 造 な ど に つい て 示 そ う。 後 に 見 る 幾 つ か の祭 祀 は 、 大 沢 、 松 圃 の 人 々 に よ る も の も含 ま れ てい る の だが 、 両 地 区 のデ ー タ は 煩 雑 に な る ので 省 略 す る 。

さて 、 小 鯖 ・ 中井 両 地 区 は 同 町 の 面 積 の 約 半 分 を 占 め る唐 桑 半島 の中 央 部 の東 西 に 分 か れる ( 図2‑4 、2‑5 参照 )。 以 下 に 述 べ る多 く の 事 例 にお い て 中 心的 な 役 割を 果 た すo ・s 巫 女は 、 こ の 図 か ら も 分 か る 通 り 両 地 区 の ほぼ 境 界 を なす 県 道 沿い に 居 住 し て い る。

①小 鯖 地 区

3 行 政 区 に 分 か れ 、 各 行 政 区 はそ れぞ れ 第1 が3 組 、 第2 が4 組 、 第3 が4 組 の 隣 組 に 分か れ る。 人 口・ 世 帯 は そ れ ぞ れ第1 が180 人 (男88 人 、女92 人 )・44 世 帯 、第2 が213 人(男103 人 、女110 人 )・53 世 帯 、 第3 が230 人 (男109 人 、 女121 人 )・ 59 世 帯 で あ る(1999 年10  月31 日)。 尚 、 後 に示 友息 叩 の 担い 手で 力 戸小 鯖第'  u 兆 (" は 、 かつ て の字 上 小 鯖 と 字 中井 の 一 部 か ら な り 、平 磯 (14 戸 )、 神 止 (22 戸 )、 峰 通 (10 戸 ) の3 つ の隣 組 に 分 か れ る (1995 年8 月 の 調 査 時 の戸 数 )。 尚 、 國 學 院 大 學 の 民 俗 学 研 究 会 発 行

の『 平 成 九年 度  民 俗 採 訪 』 に は 、「行 政 区 は 、 …小 鯖 は 三 つ に 分 か れ て い る 。 行 政 区 の 中 には 隣 組 か お り 、 小 鯖 三 行 政 区で は 各 隣 組 を 隣 組 一 ・ 二 ・ 三 と 呼び 、小 鯖 一 ・ 二 行 政 区 ではそ れ ぞ れ の 地名 を 冠 し て 呼 ん で い る。」[ 小 川 直 之 編 集 代 表 1999:15] と 書 か れ てい る。 小 鯖 漁 港 に は気 仙 沼 一唐 桑 間 を 結ぶ 巡航 船 の発 着場 があ る 。

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ドキュメント内 学位の分野 社会学 (ページ 70-90)

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