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ノルマン・ヘイヴンズ 國學院大學准教授

ドキュメント内 表紙 背6ミリ/杉 東 (ページ 77-86)

要旨:日本人にとって、「神」とは、大いなる力を持ち、人間に脅威や感動を与える存在であり、その定義からい えば、どんなものでも「神」になりうる。その一方で、古代の人間が神の特徴・性格によって恣意的に良い神と悪 い神とを分別し、場合によって悪い方を殺してしまうというエピソードもある。このような「神」観念からは一 神教のような絶対的な神の概念は成立しえない。日本の「神々」の多くには本来名前がなかったが、ヤマト王権が 自らの神話体系に地方の「神」を組み込んでいくために、宗像三女神のように「神」に対する名付けが行われた。沖 ノ島で「国家」的祭祀が行われたのは、この現象と深い関係がある。沖ノ島は、遺跡によって祭祀形態の変遷が判 るというだけではなく、原始信仰からヤマト王権のシステムに組み込まれるまでの「神」観念の変遷も表わしてい る顕著な事例である。また、沖ノ島に遺物がそのまま残っているという事実そのものが、沖ノ島への「信仰」が継 続されてきた証である。沖ノ島の遺物は、物理的な力によって保存されたのではなく、「信仰」という精神活動に よって保存されてきたのである。

キーワード:神道、沖ノ島、信仰、ウケヒ、宗像三女神、ヤマト王権、女人禁制、禁忌

.はじめに

本稿は、日本固有の信仰である神道の視点から、沖 ノ島の特殊性を明らかにするものである。

世界遺産登録ための重要な要素は、その資産が「out-standing universal value(顕著な普遍的価値)」を示し ているということである。しかし、多少逆説的にいえ ば、いくぶん不明瞭な神道という民族宗教が、普遍的 な価値を提示しえるだろうか。普遍性は、次のように 大別できよう。

A.人間の物理的文化の普遍性(考古学的側面)

B.人間の精神的文化の普遍性(宗教、世界観的側面)

この稿では、B が議論の主な対象となる。ジャン・

ボッテロ(メソポタミア文化を専門とするフランスの 学者)によれば、古代メソポタミア文化における神々 は、名前を付けられることで特別な存在になるという。

換言すれば、命名されたものにはそこに神が宿ってい るということになる。これら名前をもつほとんどすべ てのものが、神聖性を有するアニミズム的な世界観を 反映するものなのである。さらに、メソポタミアでは、

目で見える表面の世界の裏側に目に見えない世界があ り、存在するありとあらゆるものがこのような二重構 造になっているとボッテロはいう。この裏側の世界に、

生命力や神聖な力があるとされるのである。

日本は、科学技術が発展した先進国の中において、

人間が原始的な精神を持っていた時代まで遡りうるよ うな、息づいた宗教的伝統や価値観を今もなお所有し ている地域の一つである。古代以来、日本人が使用し てきている「八百万の神」という考え方も、メソポタミ アと同じように存在するほとんどすべてのものに生命 力を感じ取る思想である。また、メソポタミアでは文 字や言葉が力を持つとされるが、日本でも生命力と言 語とに親密な関係性を見出している。すなわち、それ は「言霊」と表現されるものである。このような「信仰」

のあり方は、かつて世界の広い範囲でみられた思想で ある。

日本では、古代の原始信仰が長い歴史の中で一定の 体系をもった神道として確立していった。本稿は神道 の成立過程を詳述するものではないが、神道の核に原 始信仰が残っている点に着目したい。かつて、同じ文 化圏内にあった朝鮮半島ではもうほとんどみられなく

なってしまった原始信仰や古代祭祀が、そのかたちを 変えつつも、現代まで、しかも先進国において生きた 伝統として保存されているのは日本しかないであろう。

神道は日本以外の場所にないという固有性を持つとと もに、原始信仰をその内部に保存しているという点で 特殊な思想といえる。

その中でも、原始信仰の存在を明示し、現在に至る まで「信仰」を継続させているという点において、神道 を考える上で沖ノ島は最良の事例といえる。そこで、

先に示した普遍性の分類でいうところの A だけでは なく、B に重点を置いて沖ノ島の「普遍的価値」を考察 してゆこうと思う。なお、便宜的に、現代の神道が体 系的に確立される以前の段階における原始信仰を「神 道」、一神教の神に対して日本の神道における神々を

「神」と表記して区別することとする。

.日本の「神」崇拝の概観

まず、日本における「神」ついて概略を述べることに したい。

日本で神道が形成される以前の時代は、「八百万の 神」という言葉で表されるように、アニミズムの思想 であった。山や川などの自然に宿るアニミズム的な精 霊に対して、当時の技術を結集した宝物を奉納する祭 祀が行われる。古代の「神道」の特徴は、自然に宿って いる精霊に対する畏敬の念である。例えば、木の伐採 やダムの建設、鉱山を開くといった開発を行う際には、

精霊の許可を得なければならないとされる。

ここで、キリスト教と比較してみると、例えば保守 的なクリスチャンであれば、「神道」の自然崇拝はおか しいという。自然は神によって創られたものにすぎず、

自然を創造した神そのものを崇拝すべきだと主張する のである。彼らにとっては、アニミズムのような多神 教は受け入れがたいものである。イスラム教も同じ考 え方をする。この思想をつきつめると、自然には精霊 がいないのだからいくら開発しても構わないという論 理が生まれてくる。これは、エコロジーの観点から考 える場合、キリスト教をはじめとする一神教の宗教の 弱点となる可能性がある。確かに、人間が生活してゆ く以上、ある程度の開発は仕方のない面もあるが、現

代人が古代の「信仰」の思想を意識し、畏敬の念をもつ ことで、もっと自然に対してきちんとした態度をとれ るのではないだろうか。

現代日本でも、神道への熱心な崇敬者はもちろんい るが、近年は少なくなっているようである。初詣や七 五三の時ぐらいしか参拝しない人も多いだろう。しか し、これらの行事は神道への信心の有無とはあまり関 係がなく、年中行事や通過儀礼として、宗派を問わず 多くの日本人が経験することである。しかし、海外の 人々のなかには神道を年中行事の文化だけではなく、

完全な「宗教」として認識し、求める人がいる。

アメリカのシアトル市の郊外にアメリカ椿大神社と いう神社がある。アメリカ人が宮司で、崇敬者には日 本人、日系人、白人、黒人など多様な人々がいる。宮 司は、神道こそ自然に精霊を見出すことができる、次 世代の「自然なスピリチュアリティ」であるという。単 なる日常生活の様式や年中行事としてだけではなく、

神道を意識的に宗教だとみる、すなわち、自分の人生 に意味のある考え方や行動の規範と理解しているので ある。

文化庁が毎年行っている宗教統計調査によって、年 ごとの神道系、仏教系、キリスト教系、諸教それぞれ の信者数を知ることができるが、各宗教の信者数の総 数は日本の人口をゆうに超えている。これは、調査の 際それぞれの宗教団体・組織が自分の信奉者の数を自 己報告するのでその数を誇張する傾向があるとともに、

一人で二つ以上の宗教を信仰している日本人が数多く いるためである。このように、同時に二つの信仰を持 つことはキリスト教信者をはじめとした西洋人には理 解しがたいものである。

宗教の伝統や世界観は、人間の一番原初的な精神に 通じるものであるが、特に救済宗教、すなわち、キリ スト教やイスラム教などの預言者(創造者)の宗教が広 まっている国では、それらの宗教が人々の世界認識の 軸となる。このような世界では、ある宗教を真理であ ると考えれば、もう一方は間違いとなる。ある宗教を 信じるということは教え(教義)に納得すること、つま り、頭で理解できる「何か」があることであり、二つの 宗教を同時に持つことはありえないのである。そもそ も西洋における宗教は、修行し信心する行為を指す。

④.神道から見た沖ノ島

④ ‐ ( )

しかし、日本人は年中行事のような日常生活の一部分 としてかかわる程度であり、根本的に発想が異なって いるのである。

このような日本人の発想は、神道が成立する以前の 信仰に起因するといえるかもしれない。古代の「神」は、

「八百万神」という言葉が表わすように、すべてのもの、

つまり、自然と同義であった。日本人の「神」観念が形 成された一因を探るため、ここで、日本人の自然に対 する考え方に触れておきたい。

現代の日本人は一般的に自然が好きというが、日本 の実際の環境をみると必ずしも良いとはいえない部分 もある。そして、それは現代に限ったことではないよ

タケミカヅチノカミ ツ ヌシノカミ

うである。『日本書紀』では、武甕 槌神と経津 主神が 天降った「葦原中国」に、不気味な神々がおり、木や石 までも言葉を話すと記されている。タケミカヅチノカ ミとフツヌシノカミにとって、これら「生の」自然を象 徴する神々は人間の進歩を妨げるものとして「平定」し なければならないものとされる。これは、古代人の自 然を脅威と感じる認識をよく反映しているといえるだ ろう。

ヤハズノ マ タ チ

また、『常陸国風土記』行方郡条が載せる箭括麻多智 の話は、彼が水田を開墾しようとしたところ、夜刀神 が邪魔をしたため、殺して山に駆逐してしまう。そし て、これ以降は、水田を人間の領域、山を「神」の領域 として区別し、祟りをなさないように「神」を祭ること を約束する。麻多智の例は、一応自然とのバランスを とっていることになるが、かなり一方的な行為といえ よう。

日本では水田の真ん中の小さな丘に神社が建てられ ている風景をしばしば見かけるが、これは「神」の宿る 山林を開発し水田にしてしまったため、「神」の祟りを 恐れ、一箇所に集めて祀った結果であろう。そこは聖 域であり、恒常的に祭祀が行われているとしても、人 間の都合による「自然との調和」といわなければならな い。

日本人の自然に対する態度は素晴らしいところもあ る一方、これらの例をみると、もう少し深部において は自然にある「神」性をすべて良いとは考えていないよ うである。人間側が恣意的に良い神、悪い神を分別し て、悪い方は退治してしまうという側面があることを

忘れてはならないだろう。隼人・土蜘蛛などの原住民 は悪い「神」とされ征伐の対象となる。こうした「強制 同化」は、ヨーロッパ人のインディアンに対する姿勢 と似たものを感じる。そこには「神」に対する恐れは あっても、一つの「神」だけを疑いなく信奉する思想は 成立しえないのである。

このような「神」観念・自然観が古代の日本人には あったわけであるが、原始信仰の時代以来、日本の「神」

とは、大いなる力を持っており、人間に脅威や感動を 与えるものとして、畏敬の念を持たれる存在だといえ よう。『延喜式』神名帳には三千座以上の神が載せられ ているが、名前があるものはわずかで、その他にはた だ「何々の山の神」とか「何々の村の神」など、個別の名 前よりもただその場所の神というかたちになる。ある 研究者によると、日本人の古い「神」観念では、「神」は 名詞としてよりも、形容詞的に理解されたという。例 えば、神々しいなどのように、その前に立つことで特 別な感情を呼び起こさせる存在が「神」なのである。

本居宣長は次のように「神」を定義する。「さて凡そ

カ ミ フ ミ ド モ

迦微とは、古の御典等に見えたる天地の諸の神たちを

ミ タマ

始めて、其を祀れる社に坐す御霊をも申し、又人はさ らにも云はず、鳥獣木草のたぐひ海山など、其のほか

ヨノツネ

何にまれ、尋常ならずすぐれたる徳のありて、かしこ き物を迦微とは云なり。すぐれたるとは、尊きこと善 きこと、功しきことなどの、優れたるのみを云に非ず、

悪きも奇しきものなども、よにすぐれてかしこきをば、

神と云なり」(『古事記伝』三之巻)。このすさまじく強 烈な存在への崇敬の文化は日本に限定されるものでは なく、古代の朝鮮半島や東南アジアの人々に共通する 文化でもある。

東アジアに共通した「神」観念が、現在の日本に残る ような固有性を持ったのは、神仏習合という歴史的経 緯を考えなければならない。神仏習合こそ、日本の「神」

観念の大きな特徴の一つである。神仏習合とは、日本 固有の「神」と仏教の仏を融合させる思想であり、前近 代の日本では「神仏」という熟語が示唆するように「神」

は常に仏と習合されてきた。明治の神仏判然令によっ て、現代では「神」と仏が明確に分離されてはいるが、

日本人一般の感覚として仏を「神(様)」と表現する光景 をしばしば目にする。日本人にとって、「神」とは崇敬 ノルマン・ヘイヴンズ

ドキュメント内 表紙 背6ミリ/杉 東 (ページ 77-86)

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