第 4 章 力測定のための校正手法等
4.1 TEM 観察を用いた LER 変位検出感度の決定
本測定系でのLERの振動測定は、チャージアンプを介して増幅されたLERの変形に 起因する誘起電荷の検出により行っている。実際の振動振幅は、振動振幅と誘起電荷ま たはアンプで増幅された誘起電圧の関係(変位検出感度)から見積もることができる。
以下では変位検出感度の定義として
変位検出感度𝑆 (nm mV⁄ ) = LERの振動振幅 チャージアンプの出力電圧
を用いる。LER の振動振幅は本測定における重要なパラメータである。変位検出感度 は、慣例的には熱ノイズの測定から得られている。振動子は、電気的、機械的に励振を 行っていない場合でも、環境の熱エネルギーによる励振により微小な振動をしている。
熱エネルギーと振動振幅の関係は、振動子のばね定数をパラメータとして記述すること ができる。この関係を用いて、温度から振動振幅を見積もり、これと検出電圧の比較か ら変位検出感度が求められてきた。この手法に用いられる振動子のばね定数は、振動子 の寸法と弾性率から算出されている。しかし、Sugimotoらは、LERの場合は寸法と弾性 率から求まる静的なばね定数と共振状態における有効ばね定数には 23%もの差がある ことを指摘している[1]。そのため、熱ノイズを用いた手法とは異なる変位検出感度の測 定手法が求められる。そこで、本研究では、TEM像からLERの振動振幅を算定し、そ の時の検出電圧との比較から変位検出感度を得る手法を考案した。
4.1.1 解析モデル
当該手法に用いる TEM 像は、励振した LER の探針近傍のアモルファスの像を用い た。座標空間(𝑥)における一次元のアモルファス像コントラストは以下の式で表現でき る。
𝑓(𝑥) = ∑ 𝛼𝑖sin(𝑘𝑖𝑥 + 𝛿𝑖) +
𝑖
𝐶 (4.1)
ここで、𝑘iはコントラストをフーリエ級数表現した際のある要素の波数である。アモル ファスは非周期であるため、この値は全ての実数をとる。𝛼iは各周期の強度(理想的には 全て等しい)とレンズ系の伝達関数の絶対値の積である。𝛿iは位相項であり、任意の値を 取りうる。ただし、すべての𝛿iが同じ値を取ることはない。𝐶は透過(直接)光強度に対応
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する。アモルファスが(𝑥)と並行な座標空間(𝑥′)上で振幅𝐴、周期𝑇の調和振動(𝑥′(𝑡) = 𝐴 sin (2𝜋
𝑇 𝑡))している場合を考える。調和振動の周期より十分に長い時間に渡りアモル
ファスを観察する場合、観察により得られるコントラストは(𝑥′)上のそれぞれの点にア モルファスが存在する時に得られるコントラスト𝛽(𝑥′)
𝛽(𝑥′) = ∑ 𝛼𝑖sin(𝑘𝑖(𝑥 − 𝑥′) + 𝛿𝑖) +
𝑖
𝐶 (4.2)
に存在時間の重みを掛けた量の時間積分となる。重みは調和振動1周期中にアモルファ スが𝑥′に存在する時間の長さであるので、逆正弦分布
𝑝(𝑥′) =1 π
1
√𝐴2− 𝑥′2 (4.3)
で表現できる。ゆえに、振動するアモルファスを観察した際に得られるコントラスト 𝑔(𝑥)は、
𝑔(𝑥) = ∫ 𝑑𝑥′𝑝(𝑥′)𝛽(𝑥′)
A
−A
(4.4) となり、これを計算すると
𝑔(𝑥) = ∑ 𝐽0(𝑘𝑖𝐴)𝛼𝑖sin(𝑘𝑖𝑥 + 𝛿𝑖)
𝑖
+ 𝐶 (4.5)
を得ることができる(導出は付録B参照)。ここで、𝐽0は0 次の第一種ベッセル関数で ある。式(4.1)、(4.5)を比較すると、𝑓(𝑥)と𝑔(𝑥)フーリエ変換した関数には以下の関係が あることが分かる。
𝐽0(𝑘𝐴)ℱ[𝑓(𝑥)](𝑘) = ℱ[𝑔(𝑥)](𝑘) (𝑘 ≠ 0) (4.6) FFT像の強度はフーリエ変換により得られた値の絶対値なので
|𝐽0(𝑘𝐴)||ℱ[𝑓(𝑥)](𝑘)| = |ℱ[𝑔(𝑥)](𝑘) | (𝑘 ≠ 0) (4.7) となる。ここで、|ℱ[𝑓(𝑥)](𝑘)|と|ℱ[𝑔(𝑥)](𝑘) |は、振動している/いないアモルファス像 のFFT像に対応する。つまり、式(4.7)は、振幅Aで振動しているアモルファス像のFFT 像は、振動していない像の FFT 像を|𝐽0(𝑘𝐴)|で変調したものになることを表している。
ゆえに変調の仕方から振幅Aを算出することができる。ただし、𝑓(𝑥)と𝑔(𝑥)に対応する TEM 像を厳密に比較して変調を求めることはできないし、しなくてもよい。上記の議 論はアモルファス構造の時間変化を考慮していないため、厳密に式4.7を検証できる像 を取得するのは現実的には不可能である(振動している像を撮りながら振動していない 像を撮る必要がある)。ただし、いくら時間変化しようともアモルファスであることは 変わらないため、FFT像はどのような𝑓(𝑥)に対しても明瞭な周期を持たず、コントラス トは𝑘に対してなだらかに変化する。一方、|𝐽0(𝑘𝐴)|は𝐽0(𝑘𝐴)のゼロ点まわりで急峻に減 少する関数である。よって、厳密な𝑓(𝑥)が不明な場合でも|ℱ[𝑔(𝑥)](𝑘) |の極小値の分布 から|𝐽0(𝑘𝐴)|(つまり振幅A)について検討することができる。
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4.1.2 測定および解析結果
撮像は、チャージアンプの出力電圧が一定に保たれるよう励振電圧にフィードバック をかけながら行った。フィードバックのセットポイントを順次変更しながら撮像した TEM像と、対応する FFT 像を図 4.1に示す。出力電圧が 0、すなわち非振動の状態で は、TEM 像はくっきりとしており、FFT 像には円形のコントラストが現れている。出 力電圧が大きくなる、すなわち振動振幅が大きくなるに従い、TEM像はぼやけ、FFT像 には縞状のコントラストが現れる。縞の明暗の間隔は出力電圧が大きい程狭くなってい る。縞の暗部(コントラストの極小)は、𝐽0(𝑘𝐴)のゼロ点に対応する。ゼロ点は、𝑘𝐴 =
2𝜋𝐴
𝜆 = 2.405, 5.520, 8.654, … であることから、縞の間隔が小さくなることは、振動振幅が 大きくなっていることを示す。また、振動方向は、縞に直交する向きである。
各出力電圧における振幅Aの決定の具体例を以下に述べる。図4.2 (a)は出力電圧450 mVにおけるアモルファスのFFT像である。図中の矢印で示した部分のような振動方向 に沿った像強度を測定する。強度は図4.2(b)に実線で示した。図4.2(b)の破線は|𝐽0(2𝜋𝐴
𝜆 )|
である。𝐴を変化させて図 4.2(b)のようにそれぞれの極小値が一致する値を探索する。
図4.2における𝐴は𝐴 = 1.00 nm であった。
複数の出力電圧に対して上記と同様の処理を行い、振幅Aを決定した。図4.3に得ら れた出力電圧と振幅の関係を示す。破線は近似直線であり、図中の式に対応する。測定 結果は再現性良く直線に乗っていると言える。この直線の傾きが変位検出感度である。
つまり、本研究で使用したLER の変位検出感度は S=0.0022 nm/mV である。近似曲線 の切片の値は-4.9 pm である。力学計測に使用する振幅は、上記の感度で換算して66 pm であるので、切片の値をそのまま誤差と捉えると、振幅の不確かさが7%程存在するこ とになる。これは、本研究の測定においては許容できる値である。
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図4.1 TEMを用いた振動観察例
図4.2
(a) 振動しているアモルファスのFFT像 像は見やすいように回転させてある。
(b) 実線:(a)の矢印で挟んだ部分の像強度 破線:ベッセル関数
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図4.3 振幅と出力電圧のまとめ
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