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ナイル諸語における「単数(Si ngul at i ve )」形について

ri.N-o ri.N/ringe ‘meat’ u.n-o u.n/u.nde/unni ‘rope’2

表1の例において,「鳥」を意味する名詞は,単数形が,複数形に接尾辞-が接辞された形式 になっている。この名詞の場合,明らかに単数形が,複数形よりも形態論的により複雑で,有 標であると言える。「ビール」を意味する名詞の場合,単数形が接尾辞-を接辞された形式に なっており,接尾辞の有無に関しては,単数形が形態論的に複雑な形式になっているが,名詞 語幹内部にある母音については,複数形がわたり音を伴う母音をもつのに対して,単数形は,

単純な母音をもっている。語幹母音に関しては,複数形が,単数形よりも複雑な形式になって いる。したがって,「ビール」を意味する名詞の場合,単数形と複数形のどちらが,形態論的に 単純か,あるいは,無標かを決定するのは容易でない。また,「肉」を意味する名詞や「ロー プ」を意味する名詞の場合,複数形にいくつかの異形態が存在する。複数形の左端に記載した 形式と,単数形を比較すると,単数形は,形態論的に複雑で,有標と考えられるが,それ以外 の形式と比較すると,決して簡単に,単数形が複数形より形態論的に複雑で,有標であると即 断できない。ナイル語西方言のシルク語にも,ルオ語と同様の例が存在する。

表2 シルク語の「単数(Singulative)」形 Sh sg. pl.

dor-o dor ‘wall’ tyel-o tyel ‘foot,leg’

rej-o ric ‘fish’

øwog-o øwok ‘louse’

lol-o lel ‘smallpebble’

「壁」を意味する名詞や,「あし」を意味する名詞のように,単数形が接尾辞-oをもっていて,

形態論的に複数形より複雑で,有標であると簡単に考えられる場合もあるが,「魚」を意味す る名詞や「虱」を意味する名詞のような場合,語幹末尾の位置にある子音が,無声閉鎖音と有 声閉鎖音の間で交替していて,単数形と複数形のどちらが形態論的により単純で,無標である かを簡単に決定できない。

「単数(Singulative)」形を定義するにあたって,実在に言及するときに,複数を形態論的に 無標の形式で,単数を有標の形式で表現する場合,単数を表現する有標の形式を「単数

(Singulative)」形と呼びたいと考えているが,ルオ語やシルク語の実例で見たように,形態論 的に無標か,あるいは,有標かを決定するのはそう簡単ではない。そこで,派生という観点か ら,「単数(Singulative)」形を定義しようと思う。

単 数 形 が,複 数 形 な ど 他 の 範 疇 の 形 式 か ら 派 生 さ れ る と き,そ の 形 式 を「単 数

(Singulative)」形と呼ぶ。だが,実際には,「単数(Singulative)」形が派生される形成法が明ら かになっていない場合,形式の形態論的な単純性から,逆に,形態論的な複雑性から,形式を

「単数(Singulative)」形であるか否かを,仮定的に決めておかなければならない。次節でナイ ル諸語における「単数(Singulative)」形の派生法を考察するが,その前に「単数(Singulative)」

形をもつ名詞の,意味的な一般的特徴を簡単に見ておこう。

「単数(Singulative)」形をもつ名詞が指示する実在は,1)小さなモノで,しかも,常にかた

まって存在する傾向がある。例えば,食料や小石などである(表1における,ルオ語,「肉」,

「ビール」,表2における,シルク語,「小石」)。2)動物,鳥,人など,常に群れで存在する傾 向のあるモノである。例えば,家畜や人間などである(表1における,ルオ語,「鳥」,表2に おける,シルク語,「魚」,「虱」)。3)身体部位の名称など,対で存在するモノである(表2に おける,シルク語,「あし」)。

これらの実在は,普通,自然界において複数で存在するのが当然のモノである。これらの実 在を,特にその数に言及することなく指示するとき,言語形式は,「単数(Singulative)」形で はなく,複数形が用いられる。この複数形が表現する数は,「一般数(GeneralNumber)」,あ る い は,Transnumeral,ま た は,UnitReferenceと 呼 ば れ る。こ れ ら の 実 在 が,「一 般 数

(GeneralNumber)」ではなく,特に,単数であることに言及して,指示されるとき,「単数

(Singulative)」形が用いられる。

これとは反対に,自然界において単独で存在するのが当然であるモノを,特に,数に言及す ることなく指示するとき,すなわち,「一般数(GeneralNumber)」で指示するとき,普通,単 数形が用いられる。そして,複数であることに言及して,このようなモノを指示するとき,複 数形が用いられる。「一般数(GeneralNumber)」を表示するためだけの特別な形式は,普通,

存在しない。上記の関係を図示すると,図1になる3

図1 数の範疇と数の形式

A)自然界において複数で存在するモノ

数の範疇 数の形式

単数 「単数(Singulative)」形

「一般数(GeneralNumber)」+複数 複数形 B)自然界において単数で存在するモノ

数の範疇 数の形式

単数+「一般数(GeneralNumber)」 単数形

複数 複数形

世界に存在する実在は,2種類に分類される。自然界において複数で存在するのが当然であ るモノ(図1のA)と,自然界において単独で存在するのが当然であるモノ(図1のB)であ る。形態論的には,単数形と「単数(Singulative)」形と複数形の3種類の形式が存在する。数 の範疇は,単数と「一般数(GeneralNumber)」と複数の3種類の範疇が存在する。

形態論的対立と,数の範疇の対立は,3つずつの項がそれぞれ並行して対立するのではない。

形態論的な対立に関しては,「単数(Singulative)」形に対して複数形が対立し,単数形に対し て複数形が対立する,2種類の対立が存在する。数の範疇の対立に関しては,単数に対して「一 般数(GeneralNumber)」+複数が対立し,単数+「一般数(GeneralNumber)」に対して複数 が対立する。それぞれに関して,2種類の対立が存在する。

自然界において複数で存在するのが当然であるモノに言及する場合,形態論的には,「単数

(Singulative)」形 と 複 数 形 が 対 立 し,数 の 範 疇 に 関 し て は,単 数 に「一 般 数(General Number)」+複数が対立する。自然界において単独で存在するのが当然であるモノに言及する 場合,形態論的には,単数形と複数形が対立し,数の範疇に関しては,単数+「一般数

(GeneralNumber)」に複数が対立する。

2.ナイル諸語における「単数(Singulative)」形 2.1.ナイル語西方言

2.1.1.ルオ語

ルオ語を記述した従来の研究において,「単数(Singulative)」形の存在を指摘したものはな い。ただし,Tucker(1994)は,子音と母音からなる接尾辞がルオ語の単数形に見られること を指摘している。Tucker(1994)は,その接尾辞の機能は不明としている。

表3 ルオ語の単数形に見られる接尾辞 Lu sg. pl.

kEdh-n kEthE ‘bile’

keg-no ko.ke ‘nail,claw’

lwaN-nI luange,luenge ‘fly’

cwar-nI ‘bug’

thIw-nI thI.pE ‘smallchain’

jam-nI ‘cattleaspossession’

kud-ni ku.te ‘insect’4

表3の例からわかることは,以下のとおりである。1)Tucker(1994)が存在を指摘した接 尾辞は,鼻音と母音からなっている。2)表3に記載された全ての名詞は,規則的な複数形成法 に従っている。3)接尾辞-n/-no,あるいは,-nI/-niが接辞された形式は,たいてい,単数とし て扱われる。ただし,「南京虫」を意味する名詞と「財産」を意味する名詞には,複数形が記録 されていない。「蝿」を意味する名詞と「昆虫」を意味する名詞は,接尾辞-nI/-niが接辞された 形式が,一匹の個体を,また,複数個からなる同一種をも意味する。一方,これらの複数形は,

複数の異なる種類を意味する。

接尾辞-nI/-niは,形態の点では,複数をつくる接尾辞と同一である(例えば,複数形をつく る接尾辞-nI/-niが存在する。pala(sg.),pel-ni(pl.)‘knife’)。接尾辞をもつ単数形が,同一種の複 数個をも意味することと,接尾辞が,複数の接尾辞と同一の形式であることから,接尾辞-nI /-niが接辞された形式は,本来,複数形であり,複数形が集合名詞として用いられ,単数扱いさ れたものと考えられる。

これらの事実から,Tucker(1994)が指摘した,単数形に見られる鼻音と母音からなる2つ の接尾辞のうち,接尾辞-nI/-niは,複数形をつくる接尾辞であることがわかる。接尾辞-n/-no が,機能不明の接尾辞として残る。しかし,接尾辞-n/-noが「単数(Singulative)」形をつく る接尾辞であると即断するのは,早計である。なぜなら,接尾辞-n/-noが接辞された単数形 が,それと対をなす複数形より,形態論的に複雑であるとは言えないからである。というの も,複数形にも接尾辞が接辞されている。接尾辞の有無だけで,形態論的な複雑性を決定でき ない。

それでも,形態論的な複雑性という基準だけで,「単数(Singulative)」形とみなされる形式 が,ルオ語に,ほんのわずかだが存在する。表1の4つの名詞は,接尾辞が接辞されない複数 形に対して,接尾辞が接辞された単数形をもつ。表1の「肉」や「ロープ」を意味する名詞が,

自由変異として接尾辞をもつ複数形をもっていることからも推察できるが,ルオ語は,たいて いの名詞が,その単数がここで明らかにしようとしている「単数(Singulative)」形で表示され

ようとも,あるいは,単数形で表示されようとも,単数を表示する形式から,規則的な複数形 成法によって,複数形を形成する。これが,ルオ語で生じた複数形成の歴史的改新である。改 新による規則的な複数形成に従っていない例外的な名詞は,表1の「鳥」や「ビール」を意味 する名詞である5。これらの名詞は,ルオ語の複数形成における改新から逃れて,単数形と複 数形の区別の古い姿を示している。しかも,これらの名詞の単数を表示する形式は,前節での 議論を踏まえると,「単数(Singulative)」形であると考えられる。

ルオ語には,表1のほかに,単数形と複数形が,補充法による区別と従来の研究では考えら れてきた名詞が若干存在する。

表4 補充法によると考えられてきた単数形と複数形

Lu sg. pl.

we.ndo we.lo ‘visitor’ da.na/da.y da.ye ‘grandmother’ dha.na ji ‘person’

dhIaN dh.k ‘cow,cattle’

gi(n) gik ‘thing’

数に言及することなく「牛」を表現するとき,普通,「牛」を意味する名詞の複数形が用いら れる。「牛」,とりわけ,1頭を指示したい場合に,「牛」を意味する名詞の単数形が用いられ る。同様に,「人」を,数に言及することなく表現するとき,すなわち,「一般数(General Number)」の「人」を表現するとき,「人」を意味する名詞の複数形が用いられる。「人」,1人 をとりわけ表現したいとき,「人」を意味する名詞の単数形が用いられる。これらの事実から,

表4の左側にある形式は,「単数(Singulative)」形であると考えられる。

これまでの考察をまとめると,次のようになる。ルオ語には「単数(Singulative)」形が存在 した。「単数(Singulative)」形をつくる形成法は,2つ存在した。1つは,接尾辞-を名詞語幹 に接辞するやり方(表1の名詞)と,もう1つは,現在では,補充法になってしまっている形 成法であった。しかし,ルオ語は,複数形成の歴史的改新を行ったため,「単数(Singulative)」

形は,痕跡として残っているだけである。「単数(Singulative)」形の形成法は,ルオ語におい て,全く生産的ではない。「単数(Singulative)」形を由来にもつ単数を表示する形式であって も,ほぼ全ての単数形には,改新された複数形成規則が適用されて,複数形がつくられる(複 数形成については,第2章を参照)。

ル オ 語 は,こ の よ う に,複 数 形 成 の 歴 史 的 改 新 を 行 っ た。し た が っ て,古 い「単 数

(Singulative)」形の形成法を探るために,現在のルオ語を用いて議論するのは適当でない。表 4の補充法と考えられてきた例についても,ナイル語西方言,シルク語の例を使って,「単数

(Singulative)」形の形成法を探るのがよいであろう。その前に,ルオ語とともに,南ルオ方言 に所属するアチョリ語,アルル語,ランゴ語の「単数(Singulative)」形について,観察してお こう。

2.1.2.アチョリ語,アルル語,ランゴ語

アチョリ語,アルル語,ランゴ語の「単数(Singulative)」形の存在を指摘した研究は,存在 しない。アチョリ語,アルル語,ランゴ語においても,ルオ語で生じた複数形成の歴史的改新

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