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第 3 章 ドビュッシーの指使いの根拠の検証

3.5. ドビュッシー《ピアノのための 12 の練習曲》における指使い ―3 つの校訂版の比較

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63 者―演奏者のみならず校訂者に対しても―に委ねたということだと筆者は解釈している。

ドビュッシーは自作の練習曲の序文において自身の指使いを遺さない理由として「作曲家 自身」が指使いを指定することが演奏者の解釈の可能性を奪ってしまうからとしていた。

ドビュッシー自身は、一解釈者としてショパンの校訂を行い、ショパンの音楽に指使いを 付けた。今度は私たちを含め楽譜を校訂する者も一解釈者としてドビュッシーの作品に向 き合っていくべきではないだろうか。

筆者自身は、本論で導きだしたドビュッシーの演奏美学や音楽観を反映する指使いを 提案する。なぜなら、ドビュッシーの練習曲はただ単に演奏技術を追及したものではない ため、弾きやすさや合理性を超えた表現に沿った指使いを選択する必要があるからであ る。本論の付録にて、明らかになったドビュッシーの音楽観を根拠とし、ドビュッシー自 身が意図的に記載していない自作の練習曲への指使いをつけることを試みた。

本節ではこれまでの考察によって明らかになったドビュッシーの美学が、現在出版さ れている《ピアノのための 12の練習曲》の楽譜において反映されたものかどうかの検討 を行う。序章で述べたように、これまでに出版されたドビュッシーの練習曲の楽譜には、

初版のデュラン版はじめ、出版された楽譜には作曲者の意向を酌んで指使いが記載されて いないものがほとんどで、指使いの記載があるものも校訂者の独自の判断によるものと考 えられる。指使いの記載がある数少ない版の中で、今回は中井の校訂によるショパン版 と、クレム校訂によるペータース版、そしてハイネマン校訂、テオポールドによる指使い のヘンレ版の指使いを取り上げる。

ショパン版を「C」、ペータース版を「Pe」、ヘンレ版を「H」と記載する。ここで は、ドビュッシーの練習曲〈装飾音のための〉と〈半音階のための〉においての指使いを 考察することとする。

〈装飾音のための〉冒頭

○印の指使いは、C ははじめのニ音からハ音までを「54321」でとる指使いとなってい る(譜例 3-6)。Hははじめのニ音と次のハ音に対して第5指を用いている。ニ音を次の 4音の前打音のように扱っている。また、指を拡げなくても楽に掴める指使いとなってい る。Peにおいては、はじめのニ音に対して第 5指か第4指、2つの可能性を示してい る。2つとも、「ニ音」と「ハ音-イ音- ヘ音- ハ音」を分けた指使いである。C のみはじ めのニ音からハ音までをポジション保持した指使いとなっている。ここの指使いは、第 2

64 章で、(a)第4指に表現性を持たせる指使いを用いていることと、(c)ポジションを保 持する特徴も考慮すると、C の指使いを採用したい。

譜 例3-6 〈 装 飾 音の た めの 〉 冒 頭

同じ曲の 16小節の〇印のフレーズの指使いで、Cはイ音からロ音に移る際に第3指の 下を第1指がくぐる指使いとなっている(譜例 3-7)。PHはト音からイ音に移るとき に指をくぐらせる指使いである。どの版も、この一続きのメロディーの動きの輪郭をはっ きりさせる指使いになっている。しかし、ドビュッシーの一続きのメロディーを 1つの 響きとしてとらえる音楽観を反映させると、「1234-543」という様にポジションを保持し た指使いが妥当だといえる。この指使いを用いることで、この 7音で構成されるハーモ ニーが音響として前面に浮き上がってくる。この響きこそドビュッシーが目指したもので はないだろうか。

譜 例3-7ド ビ ュ ッ シ ー :〈 装 飾音 の た めの 〉16小 節 目

また同じ曲の中(譜例 3-8)の 12小節目の○印のパッセージにも同様なことが言え る。Peは二音からロ音に移る際に第 1指の上を第 2指が超える指使いとなっている。C

C 1**1542

Pe 2*1****

H 2*1****

C 54*** 3**

Pe 5(4)5**1 321 H 55**1 3*1

65 Hは、はじめのイ音からロ音まで、第5指から第1指を順番に用いるポジション保持 の指使いとなっている。ショパン校訂に見られるドビュッシーの考え方を踏襲するなら ば、CHの指使いを採用したい。

譜 例3-8 ド ビ ュ ッシ ー :〈装飾 音 の ため の 〉11-12小 節 目

〈半音階のための〉

(譜例 3-9)印では、Pはト音に対して第1指を用い、それを支点として演奏する指使 いだが、C は変イ音にたいして第1指を用いており、「1-2-3-2」というポジション保持の 指使いとなっている。ここの場合、変イ音-ト音-嬰へ音-ト音という並んでいる音のニュ アンスよりも、ペダルの中でこの 4音の響きが浮かび上がるような音響効果を狙ってい ると考えられるので、Cの指使いが妥当だと考える。Hははじめの変イ音に対してのみ 第 2指を指定しており、小節最後のト音( 印)に第 1指を記載しているので

2131」という指使いになると考えられる。こちらも旋律のニュアンスを重視した指使 いとなっている。

譜 例3-9〈 半 音 階 のた め の〉77-79小 節 目

同じ曲の 1315 小節目譜例(3-10)は半音階の下降の指使いだが、CPeは、第3 指と第1指を主に交互に用いる指使いで、32分音符の音符一つ一つの粒立ちがはっきり

C 1***

Pe 3131 H 2***

C 5** *1 Pe 4** 12

H 5** 21_2

66 と聴こえるような指使いとなっている。Hははじめの 2拍は第4指を拍のはじめに用い おり、拍を感じる指使いとなっている。ただ、半音階でつくりだされる 1つの響きを重 視するならば、Hのような、拍を感じさせる指使いは避けたほうが良いように思われ る。また、CPeのような粒立ちをはっきりさせる指使いも同様である。拍を感じさせ ず、またなるべく指くぐりや指越えのない指使いとなると、「3143 2132 1432 1321」と いうような指使いが考えられる。「4321」と「321」を組み合わせ、指越えを拍の頭に行 わず、尚且つ指越えの回数を減らし、同じポジションをなるべく保持できる指使いであ る。この指使いを用いると、1小節の半音階の下降音形が、ひとつの響きとして浮かび上 がる。

譜 例3-10 〈 半 音 階 の ため の〉 13-15小 節 目

以上のような観点で、これまでに明らかにしたドビュッシーの音楽観を反映した指使い を記載し、本論の付録として添付した。なお、今回導き出した特徴が多く反映することが 可能だと筆者が判断した 4曲〈5本の指のための〉、〈半音階のための〉〈装飾音のための〉

〈アルペジオのための〉に絞って指使いの考案をおこなった。