第3章では、米国との比較を通じて、日本企業の「ダイバーシティ経営」と企業業績との 関係について、先行研究を確認しながら、日本企業の「ダイバーシティ経営」と女性活用の 現状ならびにその問題について検討する。そして、米国は女性管理職の登用率が世界的にみ ても高いということについて、そうしたことを可能にしている本質的な要因がどこにある のか分析し、米国との比較を通じて日本においての女性管理職の登用が進まない要因がい かなるところにあるのか検討する。
第 1 節 ダイバーシティ経営とは
上に指摘したとおり、少子化が進み労働人口の減少に伴い、労働者の多様な働き方のニー ズに応えていく必要性や企業も新たに企業価値を生み出すための新しい経営戦略として、
「ダイバーシティ経営」を考えるようになってきた。
経済産業省によれば、「ダイバーシティ経営」16とは、「多様な属性17の違いを活かし、個々 の能力18を最大限に引き出すことにより、付加価値を生み出し続ける企業を目指して全社的 かつ継続的に進めて行く経営上の取組」を指している。つまり、経済のグローバル化や少子 高齢化が進む中で、日本の企業競争力の強化を図るためには、「ダイバーシティ経営」の推 進が必要かつ有効な戦略としている。
米国の「ダイバーシティ経営」について、現在に至るまでの歴史を辿ると、日本での取り 組みの参考となる。米国では、1964 年に雇用機会均等法、翌年にはアファーマティブ・ア クション19(以下AAと記す)が成立し、その2年後には差別禁止に性別が対象となってか ら、1980年までは、あまり女性の進出が進まなかった。谷口(2008)は、ダイバーシティを 重視し、価値を反映するために、ほとんどの企業が企業文化や社内のシステムを徐々に変容 させることよりも、ノルマを果たすことに焦点を当てたことが原因であると指摘している。
そして、その当時の米国の「ダイバーシティ経営」は、多様性を尊重するのではなく、マイ ノリティの変化を期待し、既存の男性文化に同化させることを前提としたものであった。
このような背景から、自らの文化や重要なパーソナリティの面を発揮させないのは好ま しくないという考えやダイバーシティ・マネジメントの必要性が語られるようになってい
16 経済産業省が「ダイバーシティ2.0行動ガイドライン」にて定義している.
17 「多様な属性」とは、性別、年齢、人種や国籍、障がいの有無、性的指向、宗教・心情、価値観など の多様性だけでなく、キャリアや経験、働き方などに関する多様性も含む.
18 「能力」には、多様な人材それぞれの持つ潜在的な能力や特性なども含む.
19 人種、肌 の 色 、 宗 教 、 出 身 地 、 性 別 に よ る 差 別 で 機 会 や 待 遇 の 確 保 が で き て い な い 場 合 、 そ の 支 障 と な っ て い る 諸 事 情 を 改 善 す る た め の 措 置 。 黒 人 差 別 を 禁 止 す る こ と か ら 始 ま っ た が 、 女 性 差 別 に も 影 響 を 与 え た .
った。また、1990年始めの米国企業は、業績低迷を理由に構造改革を必要としていたこと、
第2次産業から第3次産業へと雇用が移行する時期でもあり、1990年代から、AAとは違う いかに人材を戦略的に生かすかということに注目を集めていた時期でもあった(Rosener, 1990)。
AAとの違いは、①組織変革を考え、男性文化に同化することを求めない、②差別的な採 用、昇進、離職させないということに対し、進歩の指標として、数値目標に中心を置くので はなく、個々人の十分な潜在能力の開発が自然に行なわれるような環境を作り出すことを 優先する、③男女の社員の経営能力を強化できるように支援し、男女の機会均等が達成され れば終了するのではない、恒久的な経営ツールである、④根本的な原因に注意を向けるとい うことであった(R.Thomas, 1990)。また、この頃の、SHRM(米国人事管理協会)によって 実施された人事担当者調査とフォーチュン20は、ダイバーシティの取り組みが、組織文化、
従業員の雇用、顧客との関係、創造性、生産性を改善するとしていた(Bowl, 1991)。そして、
ダイバーシティ・マネジメントを組織変革のツールとして利用し、企業パラダイムを変える ような組織変革を実行する企業や Business Case for Diversity21が企業の間でトレンドとなっ た。
Cox and Black(1991)は、ダイバーシティが企業の競争優位を生み出す領域として6つに焦
点を当てて論じている。それは、①コスト②資源獲得③マーケティング④創造性⑤問題解決
⑥システムのフレキシビリティである。これらの領域の優位性とは、①「コスト」は、両立 支援制度を整備することで、離職に伴うコストや中途採用による教育訓練投資が削減でき る、②「資源獲得」は、多様な経歴の人々を積極的に雇用し、ダイバーシティの先進的企業 としての認知度を高めると、優れた社員を採用し、企業は人的資源の上で、競争優位に立て る、③「マーケティング」は、多様な人材は、自らのカテゴリー(性別、年齢、世代)がど のような商品やサービスを求めているかよく理解している。また、多様な労働力が属する市 場に好意的に受け入れられる、④「創造性」は多数の視点が組織にもたらされるので、創造 性やイノベーションが増大する可能性が高まる、⑤「問題解決」は、問題に取り組むための、
より広くて豊富な経験基盤を有することが出来るため、より質の高い問題解決につながる。
また、より多くの選択肢を考えたうえで戦略を策定することができる、⑥「組織のフレキシ ビリティ」は、多様な人材を組織に組み込むことで、変化に対してフレキシブルに対応でき ると説明している。
このように、米国では、ダイバーシティについて、競争優位を生み出す経営戦略としてと
20 米国の経済雑誌.
21 公共団体や企業でさまざまな投資を行う際に、その投資が適正かどうか幹部や関係者が判断するた め、提案者において投資対効果(いわゆる ROI)を示した資料を作成して提示する必要がある.その資料 を一般的にbusiness caseと呼ぶ.基本的に良いダイバーシティ・マネジメントは企業に採算をもたらすと いう考え方である(谷口 2008).
らえている。そして、優位性が得られるのは、ダイバーシティそのものからではなく、ダイ バーシティを促進する外部環境とダイバーシティを活用することができるような組織内部 システムとの間の整合性を作り出すことである。つまり、ダイバーシティで経営成果を向上 させるためには、既存の組織を変革しなければならないという考えに立っている(Dass, 1996)。
一方、日本では、1999年にポジティブ・アクション22が施行され、ダイバーシティの議論 が開始され始めたのは、日本経営者団体連盟(2002 年経済団体連合会と統合)がダイバー シティ・ワーク・ルール研究会を発足した 2000 年からであろうと言われている。しかし、
日本では、両者を明確に区分されていないのが実情である(谷口, 2008)。そして、現在に おいても、ダイバーシティ・マネジメントは、組織の変革を促すものではなく、日本的経営 で形成された標準化した組織モデルへの同化を前提としており、取組の多くは企業におけ る「働き方改革」のために考えられた多様な雇用形態の創出といった、ワーク・ライフ・バ ランスの一環や女性の雇用継続問題を解決する方策にとどまっている。
つまり、多様性を企業価値に結びつけるという考えにはまだ至っていない企業がほとん どであろう。
第 2 節 ダイバーシティと企業のパフォーマンスに関する先行研究
このように、ダイバーシティをビジネス上の価値創造の資源に変化して考えるようにな ったのは、米国では1990年初頭であり、“なぜ、ダイバーシティをうまく取り込む企業はパ フォーマンスを上げているのか”というダイバーシティ経営と企業業績との関係を分析す る研究がその頃から出始めた。また、日本においても「ダイバーシティ経営」と企業業績と の関係をしばしば問題にされるため、ここでは、「ダイバーシティ経営」と企業業績の関係 について先行研究を通じて考察する。
ダイバーシティ・マネジメントについて、米国の先行研究では、2類型に区別して研究さ れている。性別、民族、年齢等の外見から識別可能な「デモグラフィー型」の人材ダイバー シティと、実際の業務に必要な能力や職務経験や教育経験等のダイバーシティとなる「タス ク型」の人材ダイバーシティである。そして、Horwitz and Horwitz( 2007)、Joshi and Roh( 2009) らは、「タスク型」の人材ダイバーシティは組織パフォーマンスにプラスの影響を与えるが、
「デモグラフィー型」の人材ダイバーシティは組織に何の影響も与えないかむしろマイナ スの影響を及ぼすと指摘している。単に多種多様な人材を採用するだけでは、かえって仕事 の質や生産性を低下させる危険性がある。つまり、それぞれが能力を発揮し、経営に貢献で
22厚生労働省が定義する「 固定的な男女の役割分担意識や過去の経緯から、機会や待遇の確保の差が男 女労働者の間に生じている場合、このような差を解消しようと、個々の企業が行う自主的かつ積極的な取 組」をいう.