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本章は結論として、これまでの分析と考察を振り返るとともに、日本語ビジネスメール の指導への示唆、及び、残された課題を検討する。

7.1 本研究のまとめ

日系企業に勤務するタイ人ビジネスパーソン(TJBP)にとって、ビジネスを円滑に進める ために日本語能力を伸ばすことは大きな課題である。TJBPの日本語能力の中でも、日本 語ビジネスメールを書く能力は日系企業とTJBPの双方に重視されている。本研究では、

日本人ビジネスパーソン(JBP)とTJBPの各30名を対象とし、メールを書く人と同等の立 場にいる、社内・社外の人による仕事の期日繰り上げ依頼という架空のメールに対して、

断りメールを書いてもらう調査を実施した。また、日本語が分からないタイ人ビジネスパ ーソン(TBP)に同じ状況でタイ語のメールを書いてもらった。本研究は、上記に述べた3 グループが書いた断りメールを比較した上で、中間言語語用論と、ラポールマネジメント の観点から断りメールの調査結果を分析する。本研究の目的は、以下の3点である。

(1)TJBPの言語行動様式に焦点を当て、それらの言語行動様式が母語からの影響を受け

ているかどうか、または書き方に関する意識的・能動的な意図があるかどうかを明らかに する。

(2)ビジネス場面では、断りが単に依頼に応じられないという事実を伝えるだけでなく、

人間関係を維持することも重視されるため、メールというコミュニケーションを通じて、

JBPとTJBPがどのように人間関係を維持・管理するかという両者のラポールマネジメン トの特徴を明らかにする。

(3)断りメールの調査に加えて、読み手であるJBPを対象としたインタビューを実施し、

読み手であるJBPはどのようにJBPとTJBPのラポールマネジメントの特徴、及び、メ ールの全体を評価するかを検討する。

上記の3点を明らかにすることで、タイ語母語話者を対象としたビジネスメールの教育 実践に貢献できることを期待する。

本研究の第1章では、上記のような問題意識や目的を論述した。第2章では、断り研究、

中間言語語用論における断り研究、ラポールマネジメントを援用した研究、日本語母語話 者による評価の研究という4つの側面から先行研究を概観した上で、分析する視点として、

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第二言語話者の捉え方と言語行動様式、またラポールマネジメントを取り上げた。まず、

第二言語話者の捉え方と言語行動様式の分析視点を述べる。第二言語話者と目標言語母語 話者がコミュニケーションの成立・不成立に対する共同責任に基づいた対等な立場(大平 2001)にあるとした上で、第二言語話者は目標言語における言語行動様式を主体的に選択 することができる立場にあると捉えられる。このような第二言語話者の捉え方を踏まえて、

母語であるタイ語から影響を受けるのみの「語用論的転移」だけでなく、目標言語母語話 者の言語行動様式に近づけている「アコモデーション」、自らの母語とも目標言語とも異な る「特有の言語行動様式」(藤原2004a,b)をTJBPの言語行動様式の分析対象として扱っ た。

次に、Brown and Levinson(1987)のポライトネス理論におけるフェイスの概念を受け継

いだSpencer-Oatey(2000 a,b)によるラポールマネジメントの概念を援用し、自己と相手

の関係のバランスという対人関係の管理としての言語使用に焦点を当てる。また、ラポー ルマネジメントは、人々が欲求する肯定的な社会的価値という「フェイスマネジメント」

と、人々が欲求する公正さ、配慮、社会への受け入れ・排除という「社会的権利のマネジ メント」に大別され、さらにその2つの側面において、個人的な視点である「資質のフェ イス」と「公平の権利」、及び、社会的な視点である「立場のフェイス」と「交際の権利」

といった構成要素がある。しかし、ラポールマネジメントを援用した先行研究(藤原2004b、

野木2010、李2014)では、上記の4つの構成要素に言及しているものの、分析には十分に

生かされていない。また、先行研究では、フェイスマネジメントと、社会的権利のマネジ メントにおいて、誰のどのようなフェイスに重きが置かれているかが明示的に論じられて いない。よって、本研究で扱うラポールマネジメントの分析枠組みを次のように整理する。

(1)フェイスマネジメントと社会的権利のマネジメントにおいて、個人的視点と社会的視点 は区別せずに、共に働いているものと捉える。(2)ラポールマネジメントを分析する際に、

誰のどのようなフェイスに重きが置かれているかに焦点を当てる。具体的にいえば、フェ イスマネジメントは、依頼された人と、依頼した人の互いのフェイスに重きを置き、互い に認め合ったり、支持し合ったりして、関係を促進する言語行動のことである。社会的権 利のマネジメントでは、依頼された人のフェイスに重きを置き、依頼された人が依頼した 人から平等に扱われたり、配慮されたりするという自己の社会的権利の要求と、依頼した 人のフェイスに重きを置き、依頼された人が依頼した人を平等に扱ったり、配慮をしたり するという相手の社会的権利への配慮がある。

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続く第3章では、研究方法について論述した。TJBPが使用している言語行動様式と、

JBPとTJBPのラポールマネジメントの特徴を明らかにするために、断りメールの調査、

及び、フォローアップ調査を実施した。断りメールでは、3グループが使用した構成・意 味公式・前置きに注目し、データの分析を行った。構成について、メールの一連の流れを

「開始部」「主要部」「終了部」に分けた上で、分析対象となる断りを行う主要部をさらに

「理由」「断り表現」「断りの補足」という構成に分けた。また、ワラシー(2014)による意 味公式の分類に倣いつつも、今回の調査で得られたデータを基に、意味公式の種類を一部 新たに加え、21種類を設定した。さらに、構成と意味公式とは違う前置きを別個の分析対 象とする。

次に、断りメールの結果の背景やメールの書き手の意識を補完的に確認するために、2 種類のフォローアップ調査を実施した。まず、フォローアップアンケートでは、断りメー ルの調査の協力者全員を対象とし、協力者の背景、断り場面の捉え方、断りメールを書い た際のプロセス、一般的なビジネスメールの書き方に対する意見について尋ねた。加えて、

ある回答が選択された理由や用意された質問にない情報を得るために、補完的にJBP、

TJBP、TBPの3人ずつを対象とし、フォローアップインタビューを実施した。

最後に、本研究は、メールの書き手としてのJBPとTJBPがどのようにメールを書い たかに焦点を当てた断りメールの調査とフォローアップ調査だけでなく、メールの読み手 であるJBPがどのようにJBPとTJBPのラポールマネジメントの特徴、及び、断りメー ルの全体を評価するかについてのインタビューも実施した。具体的に、評価者のJBP(5人) に、JBPとTJBPの特徴的なラポールマネジメントの典型例を読んでもらい、その内容や 表現についての印象を尋ねた。また、評価や印象を説明しているキーワードを中心として、

評価の分析を行った。

以下、第4章から6章では、上記で述べた3つの調査の結果分析を行っている。

第4章は主にTJBPの言語行動様式と、JBPとTJBPのラポールマネジメントの特徴に 関する結果を述べた。まず、第1にJBPとTBPのデータを比較のベースラインデータと し、TJBPの言語行動様式の分析を行った。その顕著な結果として、対社内と対社外共に、

TJBPはTBPと同様に「状況的な不可表現」の使用は少数であるため、母語のタイ語から 影響を受ける「語用論的転移」が確認できた。また、JBP は断りの補足における「謝罪」

をほとんど使用していないのに対し、TJBPはTBPと同じく「謝罪」を多く用いており、

語用論的転移が見られる。さらに、タイ語には前置きの使用がないため、TJBP はその影

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響を受け、JBP と比較して、対社内における「断り表現の前置きとしての謝罪」「了解の 要請の前置きとしての謝罪」などの前置きの使用人数が少なく、語用論的転移が窺えた。

一方、TJBPが目標言語母語話者のJBPに近づく「アコモデーション」も多く見られる。

対社内と対社外においても、TJBPはJBPと同様に「挨拶」「話題導入」という構成、挨 拶における「挨拶の言葉」、話題導入における「話題提示」、断りの補足における「了解の 要請」、「理由の前置き」を多用しており、アコモデーションが確認できた。TJBP はこれ らの構成・意味公式・前置きがJBPが書いたビジネス場面の断りメールでよく用いられる ものと認識していると考えられる。最後に、TJBPの断り方には、母語データのJBPとも TBPとも異なる「特有の言語行動様式」も見られる。例えば、対社外では、TJBPは、「担 当者の人数」「仕事の進み具合」「仕事の段取り」という明確な理由、及び、「検討の依頼」

を多用し、特有の言語行動様式が窺えた。TJBP の言語行動様式をまとめると、母語のタ イ語から影響を受けた語用論的転移のみならず、TJBP は既習の知識やビジネスメールを 書いた経験を踏まえて、意識的・能動的に断りメールの書き方を選択していると確認でき た。よって、目標言語話者と異なる第二言語話者の言語行動様式は、必ずしも彼らの母語 からの無意識的な影響でなく、彼らが意識的に使用した言語行動様式にもなりうると考え られる。

次に、各構成・意味公式・前置きの使用人数、依頼者の社会的な立場に応じた断り方 の調整、断りメールの主要部における構成の順序で確認できたJBPとTJBPの間の相 違点に基づいて、両者のラポールマネジメントの特徴を4つ挙げる。

1つ目は断りビジネスメールを書く立場である。JBPは「状況的な不可表現」、TJBP は「明確な不可表現」「婉曲的な不可表現」という意味公式をよく用いている。これは JBPが断りを行う際に、状況的・客観的な態度を取るからであると考えられる。その一 方、TJBPは断る主体としての自己の立場を状況的に示そうとすることをあまりせず、

自分の判断が現れる個人的・主観的な態度を取っていることが窺える。

2つ目は「謝罪」のラポールマネジメントとしての機能である。JBPは断り手自身の 社会的権利を求める機能がある「断り表現」と「了解の要請」を伝えながら、相手の社 会的権利に配慮し、フェイスのバランスを取るため、「断り表現の前置きとしての謝罪」

と「了解の要請の前置きとしての謝罪」を多用している。また、「謝罪」には相手の社 会的権利に配慮する機能があるため、JBPは断りを伝える主要部において、最初の内容 としての「謝罪先行型」を多く使用している。それに対して、TJBPは全体的な断り行

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