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ドキュメント内 {         1990年 1 (ページ 53-56)

皿次調査の概要

している。木器は14層下面の炭化物集積部分に認められた。両端を加工した毬状のもの(W 18)や箸状のもの(W20)などが挙げられる。

 本井戸の廃棄時期は出土遺物から古代末〜中世初頭(12世紀代)と考えられる。

井戸一2(図25・26,図版8・9)

 本遺構はb地区の南半部分,CS・CT27・28区で検出された。西半部分は後世の大規模な 撹乱によってその上半を削平されている。また,東端部分についても調査区外に延びるため,

11

〆已

遺構・遺物

一部確認できなかった。検出面は標高85cm,〈7>層上面である。

 平面形は,現状では南北方向が246cm,東西方向が143cm(残存値)を測り,南北方向に軸を 有す楕円形が推定される。掘り方は,深さ85cm(標高Om)辺りに大きな屈曲が認められ,上 方に向かっては約45°で段を持ちながら開き,下方に向かってはほぼ垂直に掘り込まれる。深

さ約185cm(標高約一1m)で灰色湧水砂層に達し,径約90cmの円形の底面をなす。

       く  

 埋土は大きくは上部層(1〜13層)と下部層(14〜19層)に二分され,さらに,上部層は二 つに細分可能であることから,ここでは,上層(1・2層),中層(3〜13層),下層(14〜19 層)に分けて説明したい。

 上層は茶〜黄褐色粘土で,〈7>層の土粒あるいは土塊が包含される特徴がある。中層と明瞭 に分かれ,流入土と判断される。中層は灰褐色系の粘質土でブロック状の堆積層が多い。炭化 物は,中央部に比較的多く含まれるが,全体としては非常に少ない。下層は灰〜暗灰色粘土で 17・19層は有機物を多量に含む。19層下半の有機物中にはコギシギシ・マクワウリ・キカラス       く  ウリ・センダンといった種子および炭化米・炭化大麦が検出された。

 遺物は上層から土師質小皿

(5)などが出土しているが,量 的には少ない。中層では上層より

      1       3 は量的には多いが,図化不可能な

高一50cm辺りで土師質高台付椀      2       5

(2・3)・小皿(4)・須恵質 鉢(6)が角礫を伴って,また,

底面では完形の土師質高台付椀

(1)が出土した。

 本井戸の廃棄時期は共伴遺物か

      6 ら古代末〜中世初頭(12世紀代)

       0      10cm

と考えられる。       』一

}}(\ミ ミミミこ

\\ \

法  量  (cm)

遺物

ヤ号 器   種 口径 底径 器高 形態・手法の特徴ほか 色  調 胎  土

1 土師質  椀 14.4 6.9 5.7 内面ナデ後箆ミガキ,外面横ナデ後箆ミガキ⇔,底部外面ナデ 淡黄白 細砂⇔,精良

2 ク        〃 15.6 6.2 5.8 〃 〃  ク  ㊧,外面押圧箆ナデ後箆ミガキ㊧,底部外面押圧 淡黄灰白 粗砂

3 ク        〃 6.9 内面工具使用ナデ後箆ミガキ㊧,外面押圧後箆ミガキ㊧,底部外面押圧 細砂

4 〃   小皿 (9.1) (7.5) 1.5 強い横ナデ,底部外面箆キリ 淡乳灰白 微砂②,赤色粒

5 〃        〃 (8.7) (5.6) 1.2 横ナデ,底部外面箆キリ 明燈〜乳白 微〜細砂,赤粒⇔

6 須恵質  鉢 29.9 10.0 1L6 〃 ,底部外面糸キリ後ナデ,内面下半は使用により摩滅 ㈹淡灰 (州暗灰 微砂勧

図26 井戸一2 出土遺物縮尺1/4

一41

研次調査の概要

       d.土 墳

陣地劇

 本地区では,7層下面(A・Gl層)・7層上面・6層中・晋層上面において,14基の土墳が

検出された。

 A・C−1層中では4基の土墳(土堰一1〜4)が検出された。いずれも調査区南半部の河道上 に認められる。ある程度,一定した形状を保つもの(土壌一3・4)もあるが,中には非常に 不整形で土壌の機能に疑問をもたされるもの(土墳一1・2)も存在する。本層は河道上面に 短期間の内に繰り返し堆積した土層であり,時期は,7層堆積直前の古代末〜中世初頭が考え

られる。土壌一2は土墳一1と諸状況が近似しているため,ここでは説明を省略している。

 7層上面では6基の土壌(土壌一5・6・11〜14)が検出された。所属時期は古代末〜中世 である。分布状況は比較的高位部で安定した北半部に多く,形状は一定しない傾向がある。

 6層中で確認された1基(土墳一9)は,その上面を削平されており,諸状況から,本来の 掘削面は5層上面にまで上がると考えられることから,上層では4基の土墳(土堤一7〜10)

が存在すると判断される。土墳の分布は調査区全域に広がり,形状は楕円形に近い形をとる傾 向が認められる。

層が充満する。本土鑛の上部被覆層の〈7>層に非常に類似し た土である。出土遺物は僅少で,詳細な時期決定には不十分 であるが,検出面を考慮に入れて,古代末〜中世初頭と考え

たい。

 本土堰の性格は,形状が非常に不整形であることに加え,

掘り方にも凹凸が認められ,深さも一定していないことなど の点から,人為的な遺構とは考え難い要素も多く,河道上の やや深い窪み部分であった可能性も考えられる。

土墳一調(図27)

 DB16・17区において標高76cm,〈A−1>層で検出した。遺構密度が非常に低い調査区南東部 に位置する。

 平面形は,直線的な北面に対して,南面は西半部分が南に丸く張り出し,不定形な形状と なっている。東西74cm,南北は西半部で38c鵬・東半部分で50cmを測る。凹凸をもつ底面は標高 56c腿前後の位置にあり,深さは6〜10cmを示す。

       恒 OL鋤

0      1m

図27 土壌一1 縮尺1/30

遺構・遺物

土墳一3(図28)

       _一      令  平面形は南北115cm(推定),東西74cmを測る南北に長い楕円

形を呈す。底面は平坦ではなく傾斜を持ち,最深部で標高47cm,

深さ約25cmである。埋土はいずれも灰色土粒を含む褐色系の砂 質土で,特に,3層は全体的に汚れている。

       0.8m

れる。      ユ灰褐色砂質土(Mn・Fe多)    0         ユm       2 淡灰褐色砂質土(灰色土粒)      』−

      3 暗灰褐色砂質土(灰色土粒・Mn・Fe多)

       図盤  土墳一3 縮尺1/30 土鑛一尋(図29)

 DB・DC22区において,標高70cm前後の面で検出した。〈A−1>層中である。遺構iの西南部 分の一部をピットによって破壊されている。

 平面形は径120×108cm(推定)を測る東西にやや長い円形を呈す。深さは約22cmで,底面高 は標高39cmである。埋土は灰褐色系の粘質土で,一部に鉄分を含む。また,上層(1・2層)

は炭化物を比較的多く含む。本土壌の時期は,中世土器と

中世初頭と考えられる。

土墳一5 (図30)

 CT25区において,

標高88cm,〈7>層上面 で検出した。溝一11の 上部に位置する。

 平面形は,径95×

93cmを測る円形を呈し,

深さは約41cm,底面高 は標高約47cmである。

掘り方は全体的に少し

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