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黒崎 雅子

医療法人社団洋精会訪問看護ステーション星が丘

訪問看護認定看護師の立場から

 私たちは、誰もが日常の生活をその人のあるいは家族の「普通」を営んでいます。そして、多くの人はその 普通の過ごし方をあたりまえの事として過ごしていることが多いと思います。恐らく私自身も、私なりの普通 の中で今日まで過ごしてきたのだと思います。普通の生活、その子らしくまたその人らしくとは、当然一括り にはできない一面がありますが、人の数だけ「普通」や「らしさ」の生活があるのではないかと思います。

 人が生まれ、育ち成熟していく過程においては、他者との関わりが必要です。子どもにとって他者との関わ りは、社会の中で適応をしていくための成長には欠かせません。親と離れた時間を過ごし、自己を表現するこ とやお友達と過ごす時間の中から情緒を育み、多くのことを学んでいきます。ほとんどの人が経験をする通園 や就学はその第一歩です。そうしてさらに社会参加を通じて、人として成長をし続けていきます。病気を持っ ている、障がいがあることで、それが選択肢から外れてしまうことは非常に残念なことです。どのように重い 障がいを持っていても、その大切な時間や経験を持ちたいという望みに対して、地域社会の一人一人が支援者 として考え、できることからお手伝いをする社会の仕組みづくりが今、求められているのだと感じています。

 私が従事する訪問看護師の活動は、現在ある制度サービスのひとつであり、栃木県内には、近年訪問看護の 事業所が増え始め、70 か所以上存在しています。医療職の支援者として位置付けられており、活動の内容は 多岐に渡りますが、医師をはじめとする在宅の各職種、機関と協働しマルチに活躍することができます。しか し、その反面で「ご自宅での支援」という制約もあります。つまり、場所が限定をされているということです。

自宅での支援は生活の基盤ですから、もちろん、大切な生活の支援です。学校や地域社会での集団の場もまた、

人が成長・発達をするためには、欠かせない場所です。各々の場所での支援、そしてその場所と場所をつなぐ 支援が途切れることなく、また、そこだけの支援で完結するのではなく、スムーズにフレキシブルに対応でき る社会への変革が必要なのだと思います。

 障がいを持つ本人・家族の方が、それぞれ思い描く「普通の生活」に一歩ずつ近づいていけるよう、私たち 支援者もできることを考え、少しずつ手を伸ばしていける地域社会の成長が、求められてるのではないでしょ うか。

【略 歴】

 栃木県佐野市生まれ。

  栃木県立衛生福祉大学校の保健看護学部看護学科本科、保健看護学部保健学科を卒業。保健学部の学生時代 に、訪問看護と出会い、JA 上都賀厚生連 上都賀総合病院 地域医療科地域医療課へ入職。1996 年に JA 上都賀厚生連の訪問看護ステーションひばりへ異動。田沼町役場 健康福祉課 保健指導係の非常勤勤務を経 て、2000 年に医療法人社団洋精会 訪問看護ステーション星が丘へ入職。現在に至る。

 1999 年に介護支援専門員、 2007 年に訪問看護認定看護師を取得する。

シンポジウム 第2部

椎貝 紀子

社会福祉法人すぎの芽会

相談支援専門員の立場から

 相談支援専門員の仕事に就いて4年。

 初めは何もわからないまま、無我夢中に仕事をしてきたので、あっという間に過ぎていった月日でした。

 今でもいろいろな壁にぶつかりながら仕事をしていますが、そんな中でも、本人の希望は何か、家族の気持 ちはどうなのかを常に意識しながら、関わりを持てるように心がけてきました。

 4年間の相談支援業務の中で、たくさんの出会いがありました。

 重い障害がありながらも、変わらぬ笑顔で迎えてくれる子どもたち。

 日々、ケアに追われ、きょうだいの子育てや家事をこなし、疲れているにも関わらず明るく接してくれるお 母様。家族の在宅生活を支え、見守り、ともに成長を喜び、一緒に考えてくれる支援チームのみなさん。これ からもみなさんに多くのことを学びながら、相談員として必要な関係機関に繋ぎ、できることを考え、チーム の調整役として、日々の支援が円滑に機能できるよう務めたいと思っています。

 『おうちでみんなと一緒に暮らしたい』『友達がほしい』『学校に行って勉強したい』『遠足に行きたい』など、

それらは子どもであれば誰もが願うことです。

 家族にとっても、子どもは子どもの成長に応じた環境の中で、子ども同士日々楽しく過ごしてほしい、たく さんの経験をさせてあげたいと願うのは親としてあたりまえのことです。

 しかし、特に重い障害を持つお子さんの支援については、本来、子どもが得られるべきである権利がなかな か叶わないことが多く、『あたりまえ』に過ごすことが『特別』になってしまうことを強く感じています。

 『生活のしづらさ』があれば、それをどうすれば克服できるのか、軽くできるのかを一緒に考えていきたい。

本人と家族が望むことを『できない』としてしまうのではなく、『できること』を一緒に見つけていきたいと思 います。

 重い障害を持った方が地域で生活していくために、現状や課題をたくさんの人に知ってもらい、何が必要な のかをみんなで考えていくのが『あたりまえ』になる世の中になることを願っています。

【略 歴】

  高校卒業後、一般企業を経て、平成 16 年に社会福祉法人すぎの芽会に入職。入職当時は、知的障がい者デ イサービスセンターで生活支援員として配属。(現行は生活介護事業所)

  平成 22 年に介護福祉士国家資格取得。平成 24 年に介護支援専門員を取得。同年、生活支援センターへ異 動となり、相談支援専門員として従事。現在に至る。

シンポジウム 第2部

石川 一夫

栃木県保健福祉部障害福祉課 障害者差別解消相談員 前・のざわ特別支援学校校長

教育者の立場から

1 重い障害のある子の教育

 重い障害のある子の多くは、通学して教育を受けているが、健康上の理由等により通学が困難な場合は、家 庭や病院、施設などで教員の派遣により教育を受けている。現在、障害のある子の教育の場については、本人 の障害の状態や教育的ニーズ、本人や保護者の意見、学校や地域の状況等を踏まえて総合的な観点から決めら れている。

2 のざわ特別支援学校の取組

 のざわ特別支援学校は、肢体不自由児を対象に教育することを目的とした学校である。

近年、在籍する子の障害が重度・重複化の傾向にあり、その対応が課題となっている。

 ① 指導内容・方法

   一人一人の障害の状態は様々であり、個々の教育的ニーズに対応するため複数の教育課程を編成して指導 が行われている。重い障害のある子の多くが、自立活動を中心に学習する課程や訪問教育による課程での指 導を受けており、交流を含め様々な体験的活動にも取組んでいる。指導に当たっては、的確な実態把握に基 づく個別の教育支援計画を作成し保護者と合意形成を図るとともに、関係機関等とも連携しながら進められ ている。

 ② 支援体制

   障害の状態により医療的ケアの実施も必要なことから、学校看護師が配置されており、医療機関と連携し ながら専門的な支援が行われている。また、関係する教職員がチームとなり必要な情報を共有しながら組織 的に進められている。さらに、専門性のある指導を担保するために、医療や福祉等の外部専門家を活用して 教職員の研修も行われている。

3 今後の方向性

 これから、インクルーシブ教育システムの推進に向けた特別支援教育の充実が図られ、連続性のある多様な 学びの場が設定されることとなる。重い障害のある子に適切な教育が提供できるよう支援体制や施設設備など の環境整備について、地域で計画的に進められる必要があり、そのための連携として、教育ができることを認 識しつつ、医療、福祉等の各分野における専門の取組を理解しながら具体的支援を考えることが大切である。

【略 歴】

 昭和 55 年~ 栃木養護学校において施設内学級及び重複障害学級を担当  平成元年~ 野沢養護学校において訪問教育学級及び重複障害学級を担当  平成 10 年~ 県教育委員会の指導主事として医療的ケア等の事業を担当  平成 25 年~ のざわ特別支援学校の校長として学校運営に携わる。

 平成 28 年~ 県障害福祉課の障害者差別解消相談員として勤務、現在に至る。

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